春休み、ふたりきり(前編)
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向こう岸に着いた空と半助は川を背にして歩いていく。
遠くの方にポツン、ポツンと民家が見えるだけの、のどかな野道をひたすら進んだ。
しばらくすると、空たちの目の前に出現したのは息を呑むような絶景だった。
鮮やかな花の絨毯が一面に広がっていて、あたりには二人以外誰もいない。
「今年も見事に花を咲かせてるな」
「すごく綺麗ですね!にしても、よくこんな場所知ってましたね」
「……去年、町の婦人会のハイキングに荷物持ちとして無理やり借りだされて、」
半助は苦々しく言う。
そんなことだろうと思った、と呟いて空は笑った。
「この辺じっくり歩いてみてもいいですか?」
「うん」
草花の匂いが懐かしい。
空は静かに深く匂いを吸い込み、肺を満たした。
タンポポやレンゲ、スミレにナデシコ……さまざまな春の野花が咲いているが、子供の頃によく摘んだシロツメクサを見つければ幼少の頃の思い出が鮮やかに甦ってくる。
「そろそろお昼にしませんか」
「ああ。あそこで一休みしよう」
半助が指した方には枝のあちこちから新しい葉をつけだした大きなイチョウの木が立っている。
傍には小さな池が広がっていた。
イチョウの木の根元に座って弁当を開いた。
おにぎり以外に空が作ったのは、醤油と砂糖で甘辛く味付けした牛肉の牛蒡巻き、塩水に漬けておいたゆで卵、ごま油で香ばしく仕上げた絹さや炒め。
きゅうりの糠漬けは隣のおばちゃんからのおすそ分けで頂いた。
半助が食べるのを、空は固唾を飲んで見守っている。
「うん、美味い!」
「ほ、本当ですか……お世辞じゃないですよね?」
「ああ、どれもお世辞抜きに美味いよ」
ノンストップで食べ続ける半助を見て、空は大満足だった。
食堂のおばちゃん直伝のレシピが奏功した。
ほっとしたら急にお腹が空いてきて、空もおにぎりを口いっぱいに頬張った。
「空、全然気づいてないんだな」
「何がですか?」
「ご飯粒、ついてる」
「え、やだ。どこ?」
慌てて半助に聞く。
半助は一瞬何かを言いかけたが、ニコッと微笑むと、口元に手を伸ばしてきた。
かさついた指が唇を掠める。
「あ……」
身体がびくっと震える。
外出前に半助に身体を撫でられたときの、甘く痺れる感覚が全身に広がっていく。
「……」
空はたまらず俯いた。
ふたりを包む空気の質が変わったのは決して思い過ごしではない。
沈黙が鼓動が早まらせる。
間が持たない――そう思ったとき、空は膝に乗せていたあるものに気がついた。
「あの、半助さん。おやつに蜜柑持ってきたんです。これ、食べませんか?」
「いただくよ」
何とかその場を凌げた。
気持ちを落ち着かせようと、空は蜜柑の皮を剥くことに集中する。
中身を半分こにして渡したら、わずかに手が触れ合った。
ドキドキした。
蜜柑の味は甘酸っぱく、まるでふたりの関係を象徴するかのようだった。
遠くの方にポツン、ポツンと民家が見えるだけの、のどかな野道をひたすら進んだ。
しばらくすると、空たちの目の前に出現したのは息を呑むような絶景だった。
鮮やかな花の絨毯が一面に広がっていて、あたりには二人以外誰もいない。
「今年も見事に花を咲かせてるな」
「すごく綺麗ですね!にしても、よくこんな場所知ってましたね」
「……去年、町の婦人会のハイキングに荷物持ちとして無理やり借りだされて、」
半助は苦々しく言う。
そんなことだろうと思った、と呟いて空は笑った。
「この辺じっくり歩いてみてもいいですか?」
「うん」
草花の匂いが懐かしい。
空は静かに深く匂いを吸い込み、肺を満たした。
タンポポやレンゲ、スミレにナデシコ……さまざまな春の野花が咲いているが、子供の頃によく摘んだシロツメクサを見つければ幼少の頃の思い出が鮮やかに甦ってくる。
「そろそろお昼にしませんか」
「ああ。あそこで一休みしよう」
半助が指した方には枝のあちこちから新しい葉をつけだした大きなイチョウの木が立っている。
傍には小さな池が広がっていた。
イチョウの木の根元に座って弁当を開いた。
おにぎり以外に空が作ったのは、醤油と砂糖で甘辛く味付けした牛肉の牛蒡巻き、塩水に漬けておいたゆで卵、ごま油で香ばしく仕上げた絹さや炒め。
きゅうりの糠漬けは隣のおばちゃんからのおすそ分けで頂いた。
半助が食べるのを、空は固唾を飲んで見守っている。
「うん、美味い!」
「ほ、本当ですか……お世辞じゃないですよね?」
「ああ、どれもお世辞抜きに美味いよ」
ノンストップで食べ続ける半助を見て、空は大満足だった。
食堂のおばちゃん直伝のレシピが奏功した。
ほっとしたら急にお腹が空いてきて、空もおにぎりを口いっぱいに頬張った。
「空、全然気づいてないんだな」
「何がですか?」
「ご飯粒、ついてる」
「え、やだ。どこ?」
慌てて半助に聞く。
半助は一瞬何かを言いかけたが、ニコッと微笑むと、口元に手を伸ばしてきた。
かさついた指が唇を掠める。
「あ……」
身体がびくっと震える。
外出前に半助に身体を撫でられたときの、甘く痺れる感覚が全身に広がっていく。
「……」
空はたまらず俯いた。
ふたりを包む空気の質が変わったのは決して思い過ごしではない。
沈黙が鼓動が早まらせる。
間が持たない――そう思ったとき、空は膝に乗せていたあるものに気がついた。
「あの、半助さん。おやつに蜜柑持ってきたんです。これ、食べませんか?」
「いただくよ」
何とかその場を凌げた。
気持ちを落ち着かせようと、空は蜜柑の皮を剥くことに集中する。
中身を半分こにして渡したら、わずかに手が触れ合った。
ドキドキした。
蜜柑の味は甘酸っぱく、まるでふたりの関係を象徴するかのようだった。