春休み、ふたりきり(前編)

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昼食を終えると、と半助は花畑に戻った。
シロツメクサの咲き誇る一帯に座り込んでいる。

子供の頃、は草花を使ってよく遊んだ。
その中でもシロツメクサは特に馴染みがある。
は何本かそれを摘みとり、器用に茎を編み込んで花冠を作っていた。

「はい、半助さん。どうぞ」
「男が花冠をもらっても、ちっとも嬉しくないんだが、」

花冠を頭の上に乗せられて、半助が不機嫌そうに溜息をつく。

「そうですよね……私いつも友達に作ってあげてたから、つい」

そういえば、とは昔の記憶を辿り出した。

幼稚園に通っていた頃、クラスの友達と「王宮ごっこ」が流行った。
も含めて周りの女の子はお姫様役に憧れを抱いたが、我の強いボス格の女の子が独占状態。
仕方なく、王様や王国に仕える騎士、姫の世話を焼く侍女……と他の役をやるうちに、考えが変わっていった。
花冠をかぶるお姫様役なんて、身の丈に合わないと。

「ふうん。どの世界でも、わがままな人間に振り回されるのは一緒か。それでも、この花冠は君に相応しいよ」
「ううん。私は似合わないから、いいんです。それは半助さんにあげます」
「だから、男が花冠をもらっても、」

半助が無理やり頭に花冠を乗せようとする。
それを押し返そうとしたが、力では敵わない。
やめてください、とが後ろに身を捩ったときだった。

「……!」

バランスを崩し、は花畑の上に倒れ込んだ。
花がクッションの役目をはたして、痛くはなかった。
追いかけるように、半助が覆いかぶさってくる。

「ごめん。力加減を誤ってしまった。でも、やっぱりこれはに似合ってる」

半助が頭の上に花冠を乗せる。
が、仰向けの状態で乗せられても、花冠は定位置に収まらず、くるんとひっくり返りながら地に落ちた。

「……」

半助は周囲に生えたシロツメクサを一輪だけプチっと毟り、の耳上の髪に差した。
髪飾りのつもりなのだろう。

「子どもの頃はお姫様役をできなかったかもしれないけど……今は違う。これからはずっとお姫様だ」
「え……」
「生涯貴女にお仕えいたします、姫」

やさしく手を握り取られ、恭しい口調で囁かれた。
心臓が早鐘を打ちはじめる。
まるで本物の騎士のような台詞に、胸のときめきを隠せない。
半助があまりに様なっているものだから、自分までお姫様になったと錯覚しそうになった。

「もう、からかわないでください」
「からかってないよ、。さっきの言葉に嘘偽りはない。だから……愛していただけませんか、この私を」

後半また芝居口調になってる。
胸底でそう悪態をつくだったが、半助にじっと見つめられると言葉が出なくなってしまう。

愛していただけませんか、この私を――

台詞の威力が後からじわじわと効いてきた。
頭の中でその言葉がぐるぐると回る。

髪の色と同じ、鳶色の瞳がを捉えて離さなかった。
その真摯な瞳の裏側に、静かに滾る男の猛りが見えたような気がした。

「……」

甘い予感を感じたは目を瞑る。
心音が大きくなる中、半助の顔が降りてくるのを静かに待つ。

しかし、そのとき無情にも幼子の声があたりに響き渡った。

「ちちうえ、ははうえ!ここ、おはながいっ~ぱい、さいてるね!」

お団子髪の幼女が大はしゃぎしている。
母親と手を繋いでいて、横にいる父親は赤子を抱いている。
一家団欒でピクニックがてらここへ来たようだ。

「ははうえ、あそこのおにいさんたち、なにしているんだろうね?」
「しっ。見ちゃいけません!」

倒れている男女、しかも男が女に被さっている――そんなふたりの姿を目に入れれば、子の両親らに誤解されないはずがない。
母親は女の子の目を覆い隠し、父親は気まずそうに背を向けた。
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