杭瀬村へ行こう!
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家に入った空が真っ先に探したのは、土間に置いてある水甕 だった。
「ふぅ、畑仕事のあとの一杯は最高!」
なんて台詞を吐く空の姿は、まるで風呂上がりのビールを飲むオヤジのようである。
喉を潤した空は身体を休めようと居間へ上がる。
軽く横になれば、全身に筋肉痛を感じた。
「食堂のおばちゃん、早く帰ってこないかな……」
と疲れた表情でつぶやく空の元に、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら近づいてくる一匹の動物がいる。
長い耳にフワッとした白い毛並み。
愛らしい容姿をしたその動物はウサギである。
「ラビちゃん!」
空の目がみるみる輝く。
ラビちゃん、と呼ばれたこのウサギは大木が飼っている。
ラビは躊躇いもなく空の膝に乗る。
何回か杭瀬村に通ううちに、自然と懐くようになった。
「私に会いに来てくれたの?嬉しいなぁ」
空はしばらくラビの背をそっと撫でていたが、そのうちラビが甲高い声で鳴きはじめる。
つぶらな瞳は何かを訴えているようであった。
「あ……もしかして、お腹空いちゃった?」
空は急いで土間に降りる。
地べたに置いてあるザルを覗けば、土まみれの人参が数本入っていた。
急いで人参を洗い、食べやすいように細切りにし、ラビに与える。
一心に人参を齧り続けるラビの姿はとても可愛らしく、見ている者の心を和ませていく。
「本当に可愛いな、ラビちゃんは。あの大木先生もメロメロだもんね」
あの意地悪な大木がラビの前ではコロリと変わる。
ラビを猫かわいがりする大木を見たときは衝撃的すぎて、これがあの大木先生か?と目を疑ったほどだ。
空は人参を口に咥えたままのラビを胸元で抱きかかえると、ラビに向かって語り出した。
「ラビちゃんはいいよね、大木先生に全然意地悪されないんだもん。私なんて、顔を合わすたびに子供っぽいとか色気がないとか、失礼なこと言われちゃうし、」
「……」
「さっきもそう。畑仕事手伝ったのに、散々注意されたんだよ。私なりに頑張っているのに、『掘り方が甘い!』とか『どこんじょーが足りない!』って文句ばっかりつけてくるし。獅子舞みたいな顔して怒って、ほんとおっかないんだから!」
とここで獅子舞という自分の言葉に、空は大うけする。
「アハハ……獅子舞!そうそう、大木先生って怒るとき獅子舞みたいにこわ~い顔しているよね」
涙が出るほど爆笑する空を、ラビが不思議そうに見つめてくる。
すっかり食欲が落ち着いたようだ。
「急に笑い出してびっくりした?ごめんごめん。仮にもあなたのご主人様だよね、大木先生は」
「……」
「大木先生、あれでもう少し性格がやさしければいいんだけどな。せっかく格好良いのに、もったいない」
相槌を打つかのようにラビが鳴く。
そのときだった。
「おい、空!いつまで休んでいるんだ!」
戸を見れば、そこに眉を吊り上げた大木が立っていた。
直後、空の顔が真っ青になる。
(ゲッ!どうしよう……「獅子舞」呼ばわりしていたの、聞かれたかも)
空がおそるおそる大木に尋ねた。
「あの……さっきの独り言、もしかして聞いてました?」
「はぁ?何わけのわからんことを呟いているんだ?さっさと外に出て畑の草むしりをしてこい!」
「は、はい!」
(よかった。あの様子だと、聞いてなさそう……)
安心した空は慌てて外へ飛び出していく。
「……行ったか」
次の瞬間、大木の顔はムッと険しい顔つきになる。
どうやら外で一部始終を聞いて居たらしい。
「このワシを散々獅子舞呼ばわりしおって。まったく、それにしても、」
今度は一転して、大木の顔が崩れ切った。
「あいつ、ワシのことを『格好良い』と言ってたな。フン。ようやくこのワシの良さがわかってきたか」
徐に大木が懐から手裏剣を取り出す。
何を思ったのか、大木はその手裏剣をまじまじと見つめ出した。
わかっているとは思うが、実はこれ、手裏剣のチェックをしているのではない。
手裏剣に映った自分の顔を覗き込んでいた。
「三十路を超えたとはいえ、まだまだ若いモンには負ける気がしないな」
自画自賛する大木は、顔の角度を変えては決め顔を作って……の繰り返し。
ひとしきり終えると、勝ち誇ったように笑った。
「がっはっは。やっぱりワシは完璧じゃのう。顔良し、性格良し、野菜作りの名人ときて、とどめは一流の忍者……どんな女も惚れぬはずがない!」
今大木の脳内には、「大木先生、素敵です♡」とうっとりと熱い眼差しを向ける空の姿が浮かんでいる。
この「空の姿を思い浮かべている」というところがミソである。
散々意地悪しておきながら、大木が空に抱く思いは、どうやらそういうことらしい。
深く追求するのは避けるが、要するに男心は複雑ということだ。
自身の妄想で有頂天になっている大木だが、背後から強烈な視線を感じてパッと振り返る。
訝しそうに見つめてくるその人物は、食堂のおばちゃんだった。
「大木先生、どうしちゃったの?一人で手裏剣見ながらニヤニヤしてるし……」
これに大木はしどろもどろ。
「あ……いや……その、なんでもない、なんでもない!」
「そんなに慌てて、ますます怪しい」
「そ、それより、おばちゃんは料理教室は終わったのか?」
「ええ!ほら、この通り」
そう言って、おばちゃんが料理を詰めた鍋を調理台におろした。
「どれどれ中身は……おお!ロールキャベツか。おばちゃんの料理はいつも美味そうじゃのう!」
話題を逸らそうと、大木は必要以上におばちゃんを持ち上げていく。
うんうんと上機嫌のおばちゃん――が、裏ではこんなことを思っていた。
(私たちが来るようになってから、大木先生ってやたら機嫌がいいのよねぇ。表面上は私の料理が食べれるから、なんて言ってるけど)
そこへ、唐突に空が戻って来た。
鍋の隙間から漏れた香しい匂いで、食堂のおばちゃんが帰ってきたことを察知したらしい。
「食堂のおばちゃんが戻ってきてるってことは、料理教室終わったんですよね」
「ええ、空ちゃんもご苦労さま」
「料理教室が終わったなら、コレ食べてさっさと帰りましょう。わぁ……今日はロールキャベツ作ったんですね。私、何個食べようかな」
鍋の蓋を取り、中を覗いてはグフッと笑みをこぼす空に、待ったがかかった。
「コラァ、空!お前、草むしりはどうした?」
「だって、もう料理教室は終わったじゃないですか?私がお手伝いを頼まれてるのはその間だけだし、草むしりはまた今度ということで、」
「甘い!甘いぞ、空。このロールキャベツに見合う働きをお前はまだ見せていない。というわけで、草むしりは続行だ。いますぐ終わらせて来い」
「ええ、そんなぁ!」
空は食堂のおばちゃんをチラリと見る。
何も発さないが、その顔には「やるしかないわよ」と書いてあった。
二対一。
分が悪いと悟り、空は諦めたようだ。
「わ、わかりました。草むしり行ってきま~す」
空は泣く泣くこの場をあとにした。
「全く、しょうがないやつだ」
「……」
「しかし、あいつ一人じゃとろいのは確実。ふ~む、仕方ない、ワシも手伝うとしよう。食堂のおばちゃん、というわけで、晩飯の支度よろしく!」
そう言って、大木はおばちゃんを横切っていく。
あっという間に一人にされた食堂のおばちゃんは一瞬呆然とするが、やおらニンマリと笑った。
(大木先生が機嫌が良い原因は、やっぱりアレよね。好きな子ほど、イジメたくなる性分なのかしら……)
ふと食堂のおばちゃんは気づいた。
足元にラビがすり寄っていることを。
おばちゃんはラビをやさしく抱き上げ、ボソッと呟いた。
「ほ~んと、あなたのご主人様にも困ったものよね」
「?」
ラビが首を傾げる。
その無垢な瞳を受け、ラビちゃんにわかるわけないか……と食堂のおばちゃんは納得顔で笑った。
「ふぅ、畑仕事のあとの一杯は最高!」
なんて台詞を吐く空の姿は、まるで風呂上がりのビールを飲むオヤジのようである。
喉を潤した空は身体を休めようと居間へ上がる。
軽く横になれば、全身に筋肉痛を感じた。
「食堂のおばちゃん、早く帰ってこないかな……」
と疲れた表情でつぶやく空の元に、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら近づいてくる一匹の動物がいる。
長い耳にフワッとした白い毛並み。
愛らしい容姿をしたその動物はウサギである。
「ラビちゃん!」
空の目がみるみる輝く。
ラビちゃん、と呼ばれたこのウサギは大木が飼っている。
ラビは躊躇いもなく空の膝に乗る。
何回か杭瀬村に通ううちに、自然と懐くようになった。
「私に会いに来てくれたの?嬉しいなぁ」
空はしばらくラビの背をそっと撫でていたが、そのうちラビが甲高い声で鳴きはじめる。
つぶらな瞳は何かを訴えているようであった。
「あ……もしかして、お腹空いちゃった?」
空は急いで土間に降りる。
地べたに置いてあるザルを覗けば、土まみれの人参が数本入っていた。
急いで人参を洗い、食べやすいように細切りにし、ラビに与える。
一心に人参を齧り続けるラビの姿はとても可愛らしく、見ている者の心を和ませていく。
「本当に可愛いな、ラビちゃんは。あの大木先生もメロメロだもんね」
あの意地悪な大木がラビの前ではコロリと変わる。
ラビを猫かわいがりする大木を見たときは衝撃的すぎて、これがあの大木先生か?と目を疑ったほどだ。
空は人参を口に咥えたままのラビを胸元で抱きかかえると、ラビに向かって語り出した。
「ラビちゃんはいいよね、大木先生に全然意地悪されないんだもん。私なんて、顔を合わすたびに子供っぽいとか色気がないとか、失礼なこと言われちゃうし、」
「……」
「さっきもそう。畑仕事手伝ったのに、散々注意されたんだよ。私なりに頑張っているのに、『掘り方が甘い!』とか『どこんじょーが足りない!』って文句ばっかりつけてくるし。獅子舞みたいな顔して怒って、ほんとおっかないんだから!」
とここで獅子舞という自分の言葉に、空は大うけする。
「アハハ……獅子舞!そうそう、大木先生って怒るとき獅子舞みたいにこわ~い顔しているよね」
涙が出るほど爆笑する空を、ラビが不思議そうに見つめてくる。
すっかり食欲が落ち着いたようだ。
「急に笑い出してびっくりした?ごめんごめん。仮にもあなたのご主人様だよね、大木先生は」
「……」
「大木先生、あれでもう少し性格がやさしければいいんだけどな。せっかく格好良いのに、もったいない」
相槌を打つかのようにラビが鳴く。
そのときだった。
「おい、空!いつまで休んでいるんだ!」
戸を見れば、そこに眉を吊り上げた大木が立っていた。
直後、空の顔が真っ青になる。
(ゲッ!どうしよう……「獅子舞」呼ばわりしていたの、聞かれたかも)
空がおそるおそる大木に尋ねた。
「あの……さっきの独り言、もしかして聞いてました?」
「はぁ?何わけのわからんことを呟いているんだ?さっさと外に出て畑の草むしりをしてこい!」
「は、はい!」
(よかった。あの様子だと、聞いてなさそう……)
安心した空は慌てて外へ飛び出していく。
「……行ったか」
次の瞬間、大木の顔はムッと険しい顔つきになる。
どうやら外で一部始終を聞いて居たらしい。
「このワシを散々獅子舞呼ばわりしおって。まったく、それにしても、」
今度は一転して、大木の顔が崩れ切った。
「あいつ、ワシのことを『格好良い』と言ってたな。フン。ようやくこのワシの良さがわかってきたか」
徐に大木が懐から手裏剣を取り出す。
何を思ったのか、大木はその手裏剣をまじまじと見つめ出した。
わかっているとは思うが、実はこれ、手裏剣のチェックをしているのではない。
手裏剣に映った自分の顔を覗き込んでいた。
「三十路を超えたとはいえ、まだまだ若いモンには負ける気がしないな」
自画自賛する大木は、顔の角度を変えては決め顔を作って……の繰り返し。
ひとしきり終えると、勝ち誇ったように笑った。
「がっはっは。やっぱりワシは完璧じゃのう。顔良し、性格良し、野菜作りの名人ときて、とどめは一流の忍者……どんな女も惚れぬはずがない!」
今大木の脳内には、「大木先生、素敵です♡」とうっとりと熱い眼差しを向ける空の姿が浮かんでいる。
この「空の姿を思い浮かべている」というところがミソである。
散々意地悪しておきながら、大木が空に抱く思いは、どうやらそういうことらしい。
深く追求するのは避けるが、要するに男心は複雑ということだ。
自身の妄想で有頂天になっている大木だが、背後から強烈な視線を感じてパッと振り返る。
訝しそうに見つめてくるその人物は、食堂のおばちゃんだった。
「大木先生、どうしちゃったの?一人で手裏剣見ながらニヤニヤしてるし……」
これに大木はしどろもどろ。
「あ……いや……その、なんでもない、なんでもない!」
「そんなに慌てて、ますます怪しい」
「そ、それより、おばちゃんは料理教室は終わったのか?」
「ええ!ほら、この通り」
そう言って、おばちゃんが料理を詰めた鍋を調理台におろした。
「どれどれ中身は……おお!ロールキャベツか。おばちゃんの料理はいつも美味そうじゃのう!」
話題を逸らそうと、大木は必要以上におばちゃんを持ち上げていく。
うんうんと上機嫌のおばちゃん――が、裏ではこんなことを思っていた。
(私たちが来るようになってから、大木先生ってやたら機嫌がいいのよねぇ。表面上は私の料理が食べれるから、なんて言ってるけど)
そこへ、唐突に空が戻って来た。
鍋の隙間から漏れた香しい匂いで、食堂のおばちゃんが帰ってきたことを察知したらしい。
「食堂のおばちゃんが戻ってきてるってことは、料理教室終わったんですよね」
「ええ、空ちゃんもご苦労さま」
「料理教室が終わったなら、コレ食べてさっさと帰りましょう。わぁ……今日はロールキャベツ作ったんですね。私、何個食べようかな」
鍋の蓋を取り、中を覗いてはグフッと笑みをこぼす空に、待ったがかかった。
「コラァ、空!お前、草むしりはどうした?」
「だって、もう料理教室は終わったじゃないですか?私がお手伝いを頼まれてるのはその間だけだし、草むしりはまた今度ということで、」
「甘い!甘いぞ、空。このロールキャベツに見合う働きをお前はまだ見せていない。というわけで、草むしりは続行だ。いますぐ終わらせて来い」
「ええ、そんなぁ!」
空は食堂のおばちゃんをチラリと見る。
何も発さないが、その顔には「やるしかないわよ」と書いてあった。
二対一。
分が悪いと悟り、空は諦めたようだ。
「わ、わかりました。草むしり行ってきま~す」
空は泣く泣くこの場をあとにした。
「全く、しょうがないやつだ」
「……」
「しかし、あいつ一人じゃとろいのは確実。ふ~む、仕方ない、ワシも手伝うとしよう。食堂のおばちゃん、というわけで、晩飯の支度よろしく!」
そう言って、大木はおばちゃんを横切っていく。
あっという間に一人にされた食堂のおばちゃんは一瞬呆然とするが、やおらニンマリと笑った。
(大木先生が機嫌が良い原因は、やっぱりアレよね。好きな子ほど、イジメたくなる性分なのかしら……)
ふと食堂のおばちゃんは気づいた。
足元にラビがすり寄っていることを。
おばちゃんはラビをやさしく抱き上げ、ボソッと呟いた。
「ほ~んと、あなたのご主人様にも困ったものよね」
「?」
ラビが首を傾げる。
その無垢な瞳を受け、ラビちゃんにわかるわけないか……と食堂のおばちゃんは納得顔で笑った。