きり丸と、雨の日と
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雨は嫌いだった。
この世界に、自分がひとりぼっちなんだっていう残酷な現実を見せつけられるかのようで――
***
その日、おれはバイトの帰りだった。
長時間歩いてようやく町の大通りに入った途端、ポツン、とごく冷たい感触が肌をはしる。
それが雨だとわかったときには、もう遅かった。
バケツをひっくり返したような雨があたり一面に降り注いでいた。
「ちっくしょう、あとちょっとのところで夕立ちに遭うなんて、ついてねえ!」
おれは慌てて近くの店で雨宿りさせてもらうことにした。
運の良いことにその店の軒下は広かった。
おれと同じように、雨宿りしている人間が何人もいる。
ザー、ザー……
降りしきる雨の中、おれは何をするわけでもなく、ぼーっとつっ立っている。
町の大通りに視線をやると、ある親子に目が止まった。
子どもはおれよりも幼く、しんべえの妹のカメ子と同じくらいだろうか。
蛇の目傘を差した母親と仲良く手を繋いで歩いていく。
微笑ましい――
そういう風に思える自分が不思議だった。
昔はその光景を見るのが嫌で嫌で堪らなかったのに。
自分にはもう親や兄弟はいない。
もし、おれが何も変われていなかったら、あの子どもを相当妬んでいただろう。
頼れる人間がいるなんてずるい、と。
ふと寺に身を寄せているときのことが脳裏に甦ってくる――
戦で何もかもを失ってから、毎日食い扶持に預かるのに必死だった。
あくせく働いて日銭を稼いだ。
晴れの日はいい。
ルンルンで帰って上機嫌で銭勘定したら、それで一日がお仕舞い。
でも、雨の日はそうもいかない。
傘という毎日使わない日用品なんて、買う余裕がなかった。
持っていても、嵩張るだけの携帯品は邪魔でしかない。
だから、バイトの帰りがけに雨が降られると、傘無しのおれはもうそれだけで憂鬱だった。
ずぶ濡れの身体で、雨宿りできる場所を必死で探す。
そうして見つけた場所で足止めを食らっていると、考えなくてもいいことを考えてしまう。
外の世界に目を向けた瞬間、自分の人生がいかにみじめで悲惨なのかって思い知らされる。
帰る家も、待つ家族も、ない。
みすぼらしくて貧しい。
かわいそう、不憫だ――そう言われる側の人間なんだと。
寺に居座っておきながら、あのときほど仏様を信じられなかったし、憎いとさえ思った。
どうしておれが、こんな目に遭わなければならないのか、て。
「おお、きり丸。帰って来たか」
「和尚さん、ただいま。もう、この雨で散々っすよ~!」
「ほんに大変じゃったな。さ、中へ……」
出迎えてくれた和尚から、身体を拭く布を渡された。
おれはその布で、顔についた雨水とともに、自分の目からこぼれ出た感情の雫をゴシゴシ拭いた。
***
回想に耽りすぎていて気づかなかった。
一緒に住んでいる、おれの大切な人たちが至近距離に居ることに。
「きり丸、やっぱりここにいた」
「ほんと、半助さんの言う通りでしたね」
土井先生と空さんがにっこりと微笑みかけてきた。
「土井先生、空さん……。よくおれがここにいるってわかりましたね」
「雨宿りするならここしかないだろう。軒下広いから、うってつけだし。さ、帰るぞ」
そう言って、土井先生が開いた蛇の目傘を差し出してきた。
おれの傘を。
(土井先生、空さん……)
もう雨の日が嫌いじゃない。
おれが変われたのは、ふたりのおかげ。
一度失ったものを、ふたりがもう一度与えてくれた。
ふたりは……おれの光だ。
「きり丸?」
「きりちゃん?」
ふたりがおれを見る瞳はどこまでもやさしかった。
肌に触れてないのに、温もりが伝わってくる。
ずっと見ていると、鼻の奥がツンと痛くなってきて、目の縁から熱いものが溢れてきそうだった。
でも、涙に歪む顔を見られるなんて御免だ。
土井先生の手からパッと傘を奪い取ると、軒下から外へ飛び出した。
「あ、こら、きり丸!」
「おれ、腹減ってるんだ。早く帰ろ!」
そう言って、おれは一目散に駆け出した。
「おーい、きり丸!」
「待ってよ、きりちゃん!」
激しい雨音に混じって、追いかけてくる二つの足音が聞こえてくる。
思わず口許が緩んだ。
面と向かってじゃ恥ずかしいから、心の中で「大好きだよ」って、後ろのふたりに何度も伝えた。
この世界に、自分がひとりぼっちなんだっていう残酷な現実を見せつけられるかのようで――
***
その日、おれはバイトの帰りだった。
長時間歩いてようやく町の大通りに入った途端、ポツン、とごく冷たい感触が肌をはしる。
それが雨だとわかったときには、もう遅かった。
バケツをひっくり返したような雨があたり一面に降り注いでいた。
「ちっくしょう、あとちょっとのところで夕立ちに遭うなんて、ついてねえ!」
おれは慌てて近くの店で雨宿りさせてもらうことにした。
運の良いことにその店の軒下は広かった。
おれと同じように、雨宿りしている人間が何人もいる。
ザー、ザー……
降りしきる雨の中、おれは何をするわけでもなく、ぼーっとつっ立っている。
町の大通りに視線をやると、ある親子に目が止まった。
子どもはおれよりも幼く、しんべえの妹のカメ子と同じくらいだろうか。
蛇の目傘を差した母親と仲良く手を繋いで歩いていく。
微笑ましい――
そういう風に思える自分が不思議だった。
昔はその光景を見るのが嫌で嫌で堪らなかったのに。
自分にはもう親や兄弟はいない。
もし、おれが何も変われていなかったら、あの子どもを相当妬んでいただろう。
頼れる人間がいるなんてずるい、と。
ふと寺に身を寄せているときのことが脳裏に甦ってくる――
戦で何もかもを失ってから、毎日食い扶持に預かるのに必死だった。
あくせく働いて日銭を稼いだ。
晴れの日はいい。
ルンルンで帰って上機嫌で銭勘定したら、それで一日がお仕舞い。
でも、雨の日はそうもいかない。
傘という毎日使わない日用品なんて、買う余裕がなかった。
持っていても、嵩張るだけの携帯品は邪魔でしかない。
だから、バイトの帰りがけに雨が降られると、傘無しのおれはもうそれだけで憂鬱だった。
ずぶ濡れの身体で、雨宿りできる場所を必死で探す。
そうして見つけた場所で足止めを食らっていると、考えなくてもいいことを考えてしまう。
外の世界に目を向けた瞬間、自分の人生がいかにみじめで悲惨なのかって思い知らされる。
帰る家も、待つ家族も、ない。
みすぼらしくて貧しい。
かわいそう、不憫だ――そう言われる側の人間なんだと。
寺に居座っておきながら、あのときほど仏様を信じられなかったし、憎いとさえ思った。
どうしておれが、こんな目に遭わなければならないのか、て。
「おお、きり丸。帰って来たか」
「和尚さん、ただいま。もう、この雨で散々っすよ~!」
「ほんに大変じゃったな。さ、中へ……」
出迎えてくれた和尚から、身体を拭く布を渡された。
おれはその布で、顔についた雨水とともに、自分の目からこぼれ出た感情の雫をゴシゴシ拭いた。
***
回想に耽りすぎていて気づかなかった。
一緒に住んでいる、おれの大切な人たちが至近距離に居ることに。
「きり丸、やっぱりここにいた」
「ほんと、半助さんの言う通りでしたね」
土井先生と空さんがにっこりと微笑みかけてきた。
「土井先生、空さん……。よくおれがここにいるってわかりましたね」
「雨宿りするならここしかないだろう。軒下広いから、うってつけだし。さ、帰るぞ」
そう言って、土井先生が開いた蛇の目傘を差し出してきた。
おれの傘を。
(土井先生、空さん……)
もう雨の日が嫌いじゃない。
おれが変われたのは、ふたりのおかげ。
一度失ったものを、ふたりがもう一度与えてくれた。
ふたりは……おれの光だ。
「きり丸?」
「きりちゃん?」
ふたりがおれを見る瞳はどこまでもやさしかった。
肌に触れてないのに、温もりが伝わってくる。
ずっと見ていると、鼻の奥がツンと痛くなってきて、目の縁から熱いものが溢れてきそうだった。
でも、涙に歪む顔を見られるなんて御免だ。
土井先生の手からパッと傘を奪い取ると、軒下から外へ飛び出した。
「あ、こら、きり丸!」
「おれ、腹減ってるんだ。早く帰ろ!」
そう言って、おれは一目散に駆け出した。
「おーい、きり丸!」
「待ってよ、きりちゃん!」
激しい雨音に混じって、追いかけてくる二つの足音が聞こえてくる。
思わず口許が緩んだ。
面と向かってじゃ恥ずかしいから、心の中で「大好きだよ」って、後ろのふたりに何度も伝えた。