36.再会の季節(とき)

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桜の花が舞っている。
狂おしげに乱れ散っている。
狂瀾――と呼ぶにふさわしい桜吹雪をはただ一心に見つめていた。

「綺麗……」

が陶然と呟いた。



忍術学園の春休みが終わる間近のこと。
は半助ときり丸に無理を言って、一足早く彼らと忍術学園に戻っていた。

三人は今一ヶ月ぶりに仙人山の麓に来ている。
仙人山――そこはにとっては忘れられない場所。
この場所で、は己の運命を知った。

「ひゃあぁぁ、絶景っすね。この山の桜は見ごたえがあるとはきいていたけど、まさかここまでとは」
「そうだな」
「来年はここで花見を企画すれば、花見弁当やお茶の売れ行きがいいのは間違いなしで……ニヒヒッ」
「きり丸、目が銭になってるぞ」
「ほへ?」

が初めて来たときは、まだ三月に入ったばかりの頃。
今とは違って、花も葉もつけない枝だけの桜の木しかなく、あたり一帯はわびしい風景であった。

一際大きい桜の木を探し当てたは、しばしの時間、感慨深そうにそれを見つめる。

「……」

背負っていた荷物を下ろし、包みをほどく。
中から出てきたのは、横笛。
は唄口にそっと唇をあて、音を紡ぎ出す。

まるでの内面が滲み出ているかのような、やさしい笛の音だった。
ゆったりとした曲調。
だが、少し物悲しい。
滑らかな旋律が麓に響き渡る。

「……」

きり丸と半助は無言で聞き入っている。
花吹雪が舞う中、演奏に没頭するの姿は近寄りがたく、神々しさすら感じられる。
あのきり丸ですらちょっかいを出すことが憚れるほどの、超然とした雰囲気がそこにはあった。

演奏を続けたまま、は天を見上げる。

(もう……完全にこの世界から消えてしまったの?あなたは……)

は夢に度々出てきた巫女を思う。
美しくも儚い彼女――それは悲劇的な最期を遂げた、前世の自分の姿だった。

全てを教えてくれた彼女に、別れの言葉を告げることができなかった。
今奏でている曲は、せめてものはなむけ
舞い散る桜に彼女の面影を重ね、感傷に浸る――そのときだった。

〈綺麗な曲……あなた、こんなに素敵な才能を持っていたのね〉

澄み透った声が脳裏に響く。
は演奏を止め、咄嗟に振り返った。
視線を上に移せば、桜の枝に一人の女性がいる。
艶のある長い黒髪がたおやかに揺れていた。
もちろん、彼女は――

「……!」
〈まだお礼を言ってなかったから〉

と巫女は互いに見つめ合う。
二人が共有し合った時間はとても短い。
なのに、お互いの目に浮かぶ感情は相手への信頼、尊敬、愛情……と深遠なる絆を感じさせる。
巫女が嬉しそうに言った。

〈私ね……今、とても幸せよ。のおかげ〉
「え?」
〈魂が解放されて、やっと死後の世界へ行けた。そこで、離れ離れになっていた村の人たちともようやく再会できた〉
「うん」
〈向こうは本当に平和で、驚くほどのんびりと暮らしている。あの力も使えなくなってしまって、〉
「そっか」

自らに宿った不思議な力に運命を狂わされた巫女は、何の柵もない、ただの女に戻った。
その巫女が話すのを、は愛おしげに聞いている。
その後方できり丸が唖然とした表情で半助に尋ねた。

さん……誰としゃべっているんですか?」
「さあな。おそらく、彼女にしか見えないものが見えているんだろう」

は未だ目に見えぬ者と談笑を続けている。
だが、その顔が急に曇った。
まるで質量を失ったかのように、巫女の身体が宙へと浮き出したのだ。
別れの時が迫っていた。

〈そろそろ、行かないと……〉
「待って……一つだけ教えて!」
〈何を?〉
「……あなたの名前、まだ聞いてなかった」

それを受けて、巫女は一瞬目を見開くもすぐに微笑んで言った。

〈あなたの名を知ったときは驚いたわよ……まさか後世の自分が私と同じ名を持つなんて〉
「それって……!」
〈そういうこと〉

巫女はクスクス笑っている。
もつられて笑うが、ふたたび表情に翳りがさした。

「もう……会えないの?」

が寂し気に問う。
巫女は巫女で、の悲しみを感じ取ったようだ。
しばらく静寂があたりを支配する。
その間にも、徐々に周囲の風は強くなっていた。

「あ……!」

まき散らす花びらの嵐での視界が一度途絶えてしまう。
次の瞬間には、巫女はもういなくなっていた。

「……」

自分の世界に突入したっきりのに痺れを切らしたのはきり丸だった。

「んもう、さん!一体誰と話してたんですか?」
「え……ああ、なんでもない」
「うっそだぁ!絶対うそ。『なんでもない』、わけないでしょ!」
「そうだぞ、。何が起こっていたのかきちんと話してもらうからな」

横から半助が言う。
が苦笑した。

「はいはい。もう二人とも知りたがりなんだから」
「な……!おれたちはさんを心配しているんです。ね、土井先生」
「ああ。知りたがりとはなんて言い草だ」

不貞腐れた二人は、ほとんど同時にの手を握っていた。

「あはは……」

ふたつの温もりを感じながら、はもう一度桜の木を見た。
巫女は姿を消す直前、確かにこう言ったのだ。

〈大丈夫。来年もまた、咲くから……〉

巫女の言葉を噛みしめながら、が呟いた。

「さよなら。そして、また・・ね。もう一人のわたし……」

来年も、その次の年も、きっと私はここに来る。
桜の花が咲く、この季節に――


すぐさっきまで巫女が座っていたその場所を、は満足そうに見つめていた。
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