35.この世界より、愛をこめて

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業務時間内に仕事を片付けたは、自室にこもって半助と会う支度をしている。
もうすぐ約束の戌の刻。
寝るにはまだ早い時間。
軽く外を散歩するかもしれないと思ったは入浴を思いとどまり、忍装束のままでいる。

(なんか変な一日だったな……)

頭巾を脱ぎ、髪を梳かしながら、は吉野たちのことを思い出していた。
何か言いかけた小松田もそうだし、まるで一人にするかのような業務を与えた吉野にも怪しさが募る。

「……」

ふと、は正面にある鏡を見て絶句した。
周りの人間たちの態度を怪しむ、自分の顔の不細工さに。

(せっかくこれから二人で半助さんと会うのに、こんな顔じゃ……!)

ひとまず忘れよう。
は鏡の中の自分に向かって、にこっと微笑んだ。
愛しい男性ひとの顔を思い浮かべながら、顔にうっすらと化粧を施した。






***

半助は一足早く待ち合わせの場所についていた。
日はとっくに沈んでいるが、真っ暗というほどではない。
池の傍にある大きな庭石に一人腰掛けている。

半助は五感を研ぎ澄まし、周囲の気配を窺っている。
庭の茂みにも、木や岩の影にも、誰も潜んでいないようだ。

(ふぅ……流石にあの野次馬たちは来ていないようだな)

半助の頭の中に、昨日学園長の庵にいた人物たちが次々を浮かぶ。
伝蔵や学園長にヘムヘム、食堂のおばちゃんにシナ先生、そして乱きりしんの三人組。

(はぁ……揃いも揃って、人の恋路にいちいち口を挟んでくるし)

昨日の介入を思い出せば、やれやれ……と溜息が口からこぼれ出る。
ちょうどそこへ、喜びを顔に散らしたがやってきた。

「半助さん」

甘く親しみのこもった声が半助の耳に響く。
無意識に半助の頬が緩んだ。
が残念そうに言う。

「私の方が早く着くと思ったのに、意外でした。てっきり、仕事で遅くなった……って半助さんが言い訳するのを想像していて」
「今後そういうことがあるかもしれないが、今日だけは遅れるわけにはいかないからな」
「え?」
「それより、今から少し散歩しないか?そこまで遠くないところに見晴らしのいい丘があるんだ」

読みがあたった。
は胸底で密かにニンマリする。

「はい」
「それじゃ、行こうか」

半助がごく自然にの手を握る。
大きな手に包み込まれた瞬間、の胸が甘く疼いた。




たわいのない会話を重ねながら、と半助は歩く。
数十分ほどでふたりは丘に着いた。

目に入ってきた光景には思わず息を呑んだ。
遮蔽物のない、草に覆われた緑の大広間に、無数の星の光が降り注いでいる。

「素敵ですね……ここ」
「うん。今日は特に星が綺麗に見える。連れてきて正解だった」

横たわる大木を見つけて、たちははそこへ腰を下ろした。
しばらくの間、二人は夜空を眺める。
やがてが口を開いた。

「半助さん……一日の終わりにここへ来れてよかったです。今日は朝からずっともやもやしてて、」
「ん?」

半助の視線がへと移る。
は釈然としない様子で話を続けた。

「今日、食堂のおばちゃんや乱太郎君たち、他の皆も……様子が変でした。私の顔をニヤニヤと見てきたかと思えば、何か言いたそうにしてるし……とにかくいつもと違って、」
「もしかしたら、私に気を遣っていたのかもしれん」
「え、半助さんに?」

半助が大きく頷く。

「今日どうしても君に直接伝えたいことがあるんだ。誰よりも先に、私から」
「私に?いったい何を?」
「その様子だと、自身が忘れてしまっているようだな、」
「忘れているって、何だっけ?」

えーと、えーと、と呟きながら記憶を辿り、しまいには腕を組んで考え込むを見て、半助がくすっと笑った。

「誕生日、おめでとう」
「あ、」

が呆然とする。
が、驚いたのはほんのわずかの時間。
今日が何日であるかを理解すれば、今の今まで忘れていたことに笑みがこぼれてしまう。

「ああ、そっか……だから、食堂のおばちゃんもシナ先生も、乱太郎君たちも、小松田さんも吉野先生も……みんな知ってたんだ……」
「みんな、君におめでとうと言うのを必死に我慢してたんだよ」

納得しただったが、ここで当然の疑問が湧いた。

「でも、どうしてみんな、私の誕生日を知ってたんですか?」
「それは……学園長がしれっと君の私物をくすねていたんだ。学生証って書いてある札を」
「ええ!?そうなんですか?」

が素っ頓狂な声を上げる。
だが、を驚かせるのはこれだけではなかった。

……君に、渡したいものがある」
「渡したいもの?」
「うん」

半助は背負った包みを下ろし、丁重に膝の上で解く。
中から出てきた細長い木箱を、へと差し出した。

「これ、受け取ってほしい」
「これって……プレゼントですか?私の、誕生日の……」
「ああ」
「ほんとに!?ほんとですか!?」
「あのなぁ、どうして君を欺く必要があるんだ?」
「だって……そんな……、え~っ!?」

まさかプレゼントまで用意していたとはと、の頭はパニックになっている。
照れくさいのか、半助が慌てて急かした。

「とにかく、まぁ、その……中身を確認してくれ」
「は、はい」

がゆっくりと箱の上蓋を取る。
中から出てきたのは、竹を加工した細い円柱状の楽器――横笛であった。
は愕然と半助の顔を見た。

「これって……」
「先月、二人で町へ出かけたときのこと、覚えてる?」

はコクリと頷く。
初めてデートをした町で、二人は真っ先に見世物を見物した。
あのとき、久しく楽器の音に触れたはあることを決意していた。
当時の半助との会話が脳裏に甦る。

『土井先生、私、決めました。この時代……楽器なんて高価だし手に入りにくいかもしれないけど、いつか絶対買って見せます!』
『……そっか。ああいう楽器は唐渡りのものが多いから、しんべえのお父上に相談するといいかもしれないな。そのときはぜひ私にも協力させてくれ』

(あ……!)

の頭の中で、一個一個の点が繋がりはじめる。
何故、春休み直前にもなって、しんべヱのパパが忍術学園へ来訪したのか――

「この笛って……もしかして、しんべヱ君のパパが、」
「ああ。しんべヱのお父上に相談して、譲っていただいたんだ」

半助はサラッと言ったが、聞いた方のの衝撃は途轍もなかった。
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