18.疑似家族の土井家 (前編)
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炊事場の掃除と明日の朝食の準備が終わった。
床に就く前に、空はどうしてもやりたいことが一つあった。
少し言いにくいことではあったが、やがて意を決して半助に切り出した。
「あの……奥の部屋、少し一人で使っても良いですか?」
「いいけど?」
「今日はここに着いたっきり、外に出ていないので、その……湯屋には行けませんでした。だから、体だけでも拭こうかと思って」
よく見れば、空が手に抱えているのは手ぬぐいと着替えだった。
湯浴みをすると分かった途端、半助の心はざわめき出す。
何とか平静を装って返事を返した。
「うん。奥の部屋使っていいから」
「ありがとうございます。じゃあ、少しの間お借りします」
半助の了承がとれた途端、空は待ってましたとばかりにお湯やら桶やらを準備して、そそくさと奥の部屋へと消えた。
「……」
半助は何をするわけでもなくその場に突っ立っていた。
が、静まり返ったこの空間で、いつしかパサッと渇いた音を拾ってしまう。
空が自らの着物を剝いでいる音だ。
奥の部屋で起こっていることを想像すれば、体中が炙られたように熱くなってしまった。
(いかん、いかん……!)
焦った半助は同じ家の中にいることにさえ罪悪感を生じ始める。
逃げるように外へと飛び出した。
半助の家は人の往来のある通りに面しているが、今は誰も歩いていない。
昼間の賑やかさはそこにはなく、あるのは暗闇と静けさのみ。
外気は冷たかった。
茹だった頭を冷やすには丁度いい場所だと、半助は家の壁にもたれる。
頭上の月をじっと眺めていた。
(もう夜か。この前の休みとは、全く違うな……)
秋休みにきり丸と二人で帰ったときは、新学期までの日々が長く感じられたというのに。
空が来た今日、時間の流れの何と早いことか。
半助にとって、空と共に過ごせるということは、それだけ幸せなことなのだ。
明日はどんな一日になるのだろうか。
夜風にあたりながら、半助はそんなことを考えていた。
***
「半助さん、ここにいたんですね」
「空」
「部屋から出たら、家に半助さんいないから、びっくりしました」
「ちょっと、外の空気を吸いたくて。あれ?空、その服……?」
目の前の空はパジャマではなく、この時代の寝間着――身拭を着ている。
白地の木綿素材で作られた浴衣のようなものだ。
「はい、あの服は置いてきました。忍術学園の外であんな服着れませんから。服だけじゃなくて、持ち物も全部忍術学園に残してきたから安心してください」
空が自信満々に言う。
だが、半助の反応は薄かった。
空は次第に不安が募っていく。
「半助さん……どうしたんですか?あ、もしかして服の着方間違ってましたか?乱太郎くんちでもしんべヱ君んちでも特に何も指摘されなかったけど、」
「あ……いや、違う違う。その着方で合ってるよ。それに……よく似合ってる」
半助がしみじみと言う。
その感慨深い表情を、空は不思議そうに見つめていた。
「さ、中に入ろう。私も寝る支度をするよ」
「は、はい」
半助に背中を押されながら、空は敷居をまたぐ。
空に見えないところで、半助は顔を綻ばせていた。
彼女にはこの時代の着物が本当によく似合っている。
そうしていると、まるで最初からこの時代で生まれ育ったかのようではないか――
現代の服の方が素材にしろ着心地にしろ、何もかも優れていることくらい、半助は知っている。
それでも、空にはこの時代の着物の方がずっとずっと相応しいと断言できる。
しかし、故郷を密かに恋しがる空にそう伝えれば、失礼だと捉えられるかもしれない。
ついさっき半助のリアクションが乏しかったのもそう。
本当はもっと喜びを前面に出したかったが、空の事情を踏まえ、憚ったのだ。
布団に横になった途端、空の口から欠伸が漏れる。
隣でクークーと寝息を立てているきり丸の顔を見ながら、今日一日を振り返っていた。
長時間の牛車での移動から始まり、着いたら着いたで半助ときり丸と家族ないし恋人役を演じる羽目になった。
さらには強烈な個性を持つ、隣のおばちゃんとの出会い。
緊張とドキドキの連続。
思い出すだけで、元々溜まった疲労感が倍増されたようだった。
目を閉じれば、まるで舞台が暗転するように、一瞬で眠りに落ちてしまった。
着替えを終えた半助は目の前の光景に呆然としていた。
さっきまで起きていた空はすでに夢の中。
沈み込むように寝入っている。
(色々あったし、気が張って相当疲れただろうな……)
悪いとは思いつつ、半助はほんの少しだけと言い訳をしながら、空の寝顔を堪能することにした。
穴が開くほど見つめても、穏やかな夢見心地の空の寝顔に飽きなかった。
空の安らかさに相反するように、半助の心は嵐が吹き荒れている。
ふっくらと柔らかそうな頬。
夕食の準備の最中、色気のないやりとりでそこを抓り、広げるように引っ張ったことを思い出した。
「……」
心臓が早鐘を打つ中、丸みのある輪郭をそっと撫でる。
淡雪のようなとろける質感。
触れた手先からゾクッとするような痺れが皮膚に沁み込んでいく。
もう一度その頬に触れたいと手を伸ばしたが、寸でのところで思いとどまった。
これ以上疚しい感情が湧き起こってはまずいと、半助は慌てて自分の布団へ潜る。
隣を見れば、いつもと変わらず寝相の悪いきり丸がいる。
何故かほっとした。
明日からきり丸のバイトの手伝いに空が加わる。
きり丸から頼まれたバイトは何だったっけ、空とどんなことを話そうか、そんなことを考えているうちに、身体が布団に沈み込んでいく。
瞼にのしかかった強烈な眠気に抗うことなく、半助の意識は瞬く間に深い眠りの海へと溶けていった。
床に就く前に、空はどうしてもやりたいことが一つあった。
少し言いにくいことではあったが、やがて意を決して半助に切り出した。
「あの……奥の部屋、少し一人で使っても良いですか?」
「いいけど?」
「今日はここに着いたっきり、外に出ていないので、その……湯屋には行けませんでした。だから、体だけでも拭こうかと思って」
よく見れば、空が手に抱えているのは手ぬぐいと着替えだった。
湯浴みをすると分かった途端、半助の心はざわめき出す。
何とか平静を装って返事を返した。
「うん。奥の部屋使っていいから」
「ありがとうございます。じゃあ、少しの間お借りします」
半助の了承がとれた途端、空は待ってましたとばかりにお湯やら桶やらを準備して、そそくさと奥の部屋へと消えた。
「……」
半助は何をするわけでもなくその場に突っ立っていた。
が、静まり返ったこの空間で、いつしかパサッと渇いた音を拾ってしまう。
空が自らの着物を剝いでいる音だ。
奥の部屋で起こっていることを想像すれば、体中が炙られたように熱くなってしまった。
(いかん、いかん……!)
焦った半助は同じ家の中にいることにさえ罪悪感を生じ始める。
逃げるように外へと飛び出した。
半助の家は人の往来のある通りに面しているが、今は誰も歩いていない。
昼間の賑やかさはそこにはなく、あるのは暗闇と静けさのみ。
外気は冷たかった。
茹だった頭を冷やすには丁度いい場所だと、半助は家の壁にもたれる。
頭上の月をじっと眺めていた。
(もう夜か。この前の休みとは、全く違うな……)
秋休みにきり丸と二人で帰ったときは、新学期までの日々が長く感じられたというのに。
空が来た今日、時間の流れの何と早いことか。
半助にとって、空と共に過ごせるということは、それだけ幸せなことなのだ。
明日はどんな一日になるのだろうか。
夜風にあたりながら、半助はそんなことを考えていた。
***
「半助さん、ここにいたんですね」
「空」
「部屋から出たら、家に半助さんいないから、びっくりしました」
「ちょっと、外の空気を吸いたくて。あれ?空、その服……?」
目の前の空はパジャマではなく、この時代の寝間着――身拭を着ている。
白地の木綿素材で作られた浴衣のようなものだ。
「はい、あの服は置いてきました。忍術学園の外であんな服着れませんから。服だけじゃなくて、持ち物も全部忍術学園に残してきたから安心してください」
空が自信満々に言う。
だが、半助の反応は薄かった。
空は次第に不安が募っていく。
「半助さん……どうしたんですか?あ、もしかして服の着方間違ってましたか?乱太郎くんちでもしんべヱ君んちでも特に何も指摘されなかったけど、」
「あ……いや、違う違う。その着方で合ってるよ。それに……よく似合ってる」
半助がしみじみと言う。
その感慨深い表情を、空は不思議そうに見つめていた。
「さ、中に入ろう。私も寝る支度をするよ」
「は、はい」
半助に背中を押されながら、空は敷居をまたぐ。
空に見えないところで、半助は顔を綻ばせていた。
彼女にはこの時代の着物が本当によく似合っている。
そうしていると、まるで最初からこの時代で生まれ育ったかのようではないか――
現代の服の方が素材にしろ着心地にしろ、何もかも優れていることくらい、半助は知っている。
それでも、空にはこの時代の着物の方がずっとずっと相応しいと断言できる。
しかし、故郷を密かに恋しがる空にそう伝えれば、失礼だと捉えられるかもしれない。
ついさっき半助のリアクションが乏しかったのもそう。
本当はもっと喜びを前面に出したかったが、空の事情を踏まえ、憚ったのだ。
布団に横になった途端、空の口から欠伸が漏れる。
隣でクークーと寝息を立てているきり丸の顔を見ながら、今日一日を振り返っていた。
長時間の牛車での移動から始まり、着いたら着いたで半助ときり丸と家族ないし恋人役を演じる羽目になった。
さらには強烈な個性を持つ、隣のおばちゃんとの出会い。
緊張とドキドキの連続。
思い出すだけで、元々溜まった疲労感が倍増されたようだった。
目を閉じれば、まるで舞台が暗転するように、一瞬で眠りに落ちてしまった。
着替えを終えた半助は目の前の光景に呆然としていた。
さっきまで起きていた空はすでに夢の中。
沈み込むように寝入っている。
(色々あったし、気が張って相当疲れただろうな……)
悪いとは思いつつ、半助はほんの少しだけと言い訳をしながら、空の寝顔を堪能することにした。
穴が開くほど見つめても、穏やかな夢見心地の空の寝顔に飽きなかった。
空の安らかさに相反するように、半助の心は嵐が吹き荒れている。
ふっくらと柔らかそうな頬。
夕食の準備の最中、色気のないやりとりでそこを抓り、広げるように引っ張ったことを思い出した。
「……」
心臓が早鐘を打つ中、丸みのある輪郭をそっと撫でる。
淡雪のようなとろける質感。
触れた手先からゾクッとするような痺れが皮膚に沁み込んでいく。
もう一度その頬に触れたいと手を伸ばしたが、寸でのところで思いとどまった。
これ以上疚しい感情が湧き起こってはまずいと、半助は慌てて自分の布団へ潜る。
隣を見れば、いつもと変わらず寝相の悪いきり丸がいる。
何故かほっとした。
明日からきり丸のバイトの手伝いに空が加わる。
きり丸から頼まれたバイトは何だったっけ、空とどんなことを話そうか、そんなことを考えているうちに、身体が布団に沈み込んでいく。
瞼にのしかかった強烈な眠気に抗うことなく、半助の意識は瞬く間に深い眠りの海へと溶けていった。
