18.疑似家族の土井家 (前編)
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さて、こちらは半助の家。
半助ときり丸は家の大掃除をしていた。
きり丸が何気なく聞く。
「土井先生、こっちの小棚はもう拭きました?」
「ああ、さっき拭いたよ」
床を拭きながら、半助はきり丸にそう答えた。
「……」
何を思ったのか、きり丸が目の前の棚を人差し指でツーっとなぞり、指先をじっと見て言った。
「土井先生、まだ埃残ってるじゃないですか」
「ああ、そうか。悪かったな、やり直すから……っておい!嫁いびりか、おのれは!」
「じょ、冗談っすよ、冗談。ちゃんと拭けてますよ。あはははは」
「なら、何故そういう冗談を言う!?」
「だって、昨日から土井先生、顔がガッチガチに固まってるんだもん!だから、少しでも緊張をほぐしてあげたいなって思って」
「そ、それは……」
きり丸にズバリ指摘されて、半助は顔がカッと熱くなった。
「楽しみですよね。今日から空さん、冬休みが終わるまで、ここで暮らすんだもん!」
「ああ」
「んもう、口数少ないっすよ。ほんと照れっ照れなんだから」
「ええい、少しくらいその口に蓋はできんのか!」
怒鳴る半助だったが、急に驚愕の表情に変わる。
きり丸に両頬を掴まれたのだ。
「ニヒヒッ。こうやってさ、もっと表情豊かに、普通にしておかないと、空さんがくつろげませんよ!」
そう言って、きり丸が半助の頬をぐにぐにとほぐすように抓った。
きり丸にいいようにされながら、半助はこんなことを思っていた。
(いいよな……子どもは気楽に捉えることができて。こっちは色々と心の準備が必要だと言うのに)
空がこの家に来ることは喜ばしいが、振り返ってみればこの家に通う女性と言えば、せいぜい隣のおばちゃんくらい。
そんな自分が一週間も意中の女性と一緒に暮らすのだ。
緊張がこみ上げてくる。
そんな半助とは対照的に、きり丸は早く早くと期待を顔いっぱいにして待ち構えていた。
「ああ、空さん、早く来ないかな。乱太郎としんべヱの家よりも、うんと楽しいって言わせたいなぁ」
「そうだな」
きり丸のあまりのはしゃぎようにつられて笑う半助だったが、ふとあることを思い出していた。
それは空と全く同じこと。
冬休み前日から遡って、二日前の夜のことだった。
(誰だ……?)
半助は深夜に目を覚ましていた。
ザッザッザ……と誰かが外へと駆けていく足音を聞いたのだ。
その足音の主に心当たりがあった。
(もしかして……)
気になった半助は静かにその人物の後を追った。
息を殺し、音一つ立てずに近づいていく。
その人物は庭の池のほとりに立っていた。
近くの木の陰に隠れた半助は顔を確認してやはり……と納得する。
空だった。
夜、庭で寂しげに佇む空に付き添うことはもう珍しくない。
だが、それは就寝前のこと。
皆が寝静まった真夜中に空が外へ飛び出すのは、これまでにないことだった。
いつものように傍にいてあげようと思った半助は木陰から抜けようとする。
が、月明りの下にいる空の横顔を見て、立ち止まらざるを得なくなった。
月の光以外に、空の顔にはもう一つの光がある。
その光は……涙だ。
「うっ……」
かすかな嗚咽が、半助の鼓膜を震わせる。
「……」
戻りたい。帰りたい。
半助にはその気持ちが痛いほど理解できた。
半助もまた、過去に深い悲しみを経験している。
ある日突然帰る家と家族を失い、自分の世界が覆された、凄絶な経験を。
一方で、複雑だった。
昼間は食堂のおばちゃんや忍たまたちとあんなに笑っているというのに。
まだこの世界で生きていくことを受け入れられないというのか。
「……」
何を焦っているというのか。
半助は自嘲気味に笑った。
かつての自分もそうだったではないか、と。
絶望の底から這い上がり、前だけを向いて修行に励み、本当の笑顔を取り戻したのには年以上の時間がかかったことを。
きっと空にはまだまだ時間が必要なのだ。
たった四か月で、身に降りかかった運命をすべて受け入れろというのはあまりにも酷なのだから。
だからといって、好いた女の悲しむ顔は長い時間見るべきものではない。
頃合いを見て、半助は声をかけた。
「どうしたんだ、こんな夜中に」
「ちょっと、怖い夢を見てしまって……」
それが心配かけぬようについた嘘だということくらい、半助には簡単に見抜けてしまう。
強がらなくてもいいのに。
いくら親しくなろうと、今こうして虚勢を張る彼女と自分との間には見えない壁がある。
でも、今はその壁を無理に取り払わなくていいと半助は思った。
空の気持ちに整理がつくまで、或いは本音を語ってくれるまで静かに待とう――そう固く決意していた。
「でも、こんな夜中に外に居たら風邪ひくよ。さ、部屋に戻ろう」
中々動こうとしない空に痺れを切らした半助は、強引に肘をとって、自分の元へと寄せる。
瞬間、半助は空と目が合った。
せつなげに眉根を寄せているその表情を見て、半助はドキリとする。
抱きしめてほしい――そう訴えているように見えたのは、気のせいだろうか。
ともかくここに長居させるわけにはいかない。
半助は空の手を握り取った。
「さ、戻ろう」
歩きながら、半助の意識は手に集中していた。
彼女の手は紅葉のように可憐で小さく、そして冷たかった。
不意に空が手に力をこめてくる。
こんな真夜中まで、私のことを探しに来てくれて、ありがとう――
彼女の仕草はそんなことを語ってくれたような気がした。
ぼーっと焦点の合わない半助の頬を、きり丸はぺしぺしと叩いた。
「土井先生、土井先生!もう、なに呆けてんですか!」
「ん?なんだ?」
「急に照れたかと思えば、今度は真顔で思い詰めているし……ああ、わかった!今晩どうやって空さんの隣で寝ようとか考えてるでしょ?」
「は!?」
慌てて否定しようとする半助だったが、調子に乗ったきり丸にはもう通用しない。
「ああ、図星だ、図星。でも、いくら仲良くしたくても、それは許しませんよ。三人で寝るとはいえ、真ん中はおれなんですからね!」
「き・り・ま・る!」
ポカン!
無神経なきり丸の頭に、半助の渾身のゲンコツが炸裂する。
「馬鹿なこと言ってないで、さっさと掃除済ませるぞ!」
「へーい……がくっ」
きり丸が頭 を垂れて気絶した。
半助ときり丸は家の大掃除をしていた。
きり丸が何気なく聞く。
「土井先生、こっちの小棚はもう拭きました?」
「ああ、さっき拭いたよ」
床を拭きながら、半助はきり丸にそう答えた。
「……」
何を思ったのか、きり丸が目の前の棚を人差し指でツーっとなぞり、指先をじっと見て言った。
「土井先生、まだ埃残ってるじゃないですか」
「ああ、そうか。悪かったな、やり直すから……っておい!嫁いびりか、おのれは!」
「じょ、冗談っすよ、冗談。ちゃんと拭けてますよ。あはははは」
「なら、何故そういう冗談を言う!?」
「だって、昨日から土井先生、顔がガッチガチに固まってるんだもん!だから、少しでも緊張をほぐしてあげたいなって思って」
「そ、それは……」
きり丸にズバリ指摘されて、半助は顔がカッと熱くなった。
「楽しみですよね。今日から空さん、冬休みが終わるまで、ここで暮らすんだもん!」
「ああ」
「んもう、口数少ないっすよ。ほんと照れっ照れなんだから」
「ええい、少しくらいその口に蓋はできんのか!」
怒鳴る半助だったが、急に驚愕の表情に変わる。
きり丸に両頬を掴まれたのだ。
「ニヒヒッ。こうやってさ、もっと表情豊かに、普通にしておかないと、空さんがくつろげませんよ!」
そう言って、きり丸が半助の頬をぐにぐにとほぐすように抓った。
きり丸にいいようにされながら、半助はこんなことを思っていた。
(いいよな……子どもは気楽に捉えることができて。こっちは色々と心の準備が必要だと言うのに)
空がこの家に来ることは喜ばしいが、振り返ってみればこの家に通う女性と言えば、せいぜい隣のおばちゃんくらい。
そんな自分が一週間も意中の女性と一緒に暮らすのだ。
緊張がこみ上げてくる。
そんな半助とは対照的に、きり丸は早く早くと期待を顔いっぱいにして待ち構えていた。
「ああ、空さん、早く来ないかな。乱太郎としんべヱの家よりも、うんと楽しいって言わせたいなぁ」
「そうだな」
きり丸のあまりのはしゃぎようにつられて笑う半助だったが、ふとあることを思い出していた。
それは空と全く同じこと。
冬休み前日から遡って、二日前の夜のことだった。
(誰だ……?)
半助は深夜に目を覚ましていた。
ザッザッザ……と誰かが外へと駆けていく足音を聞いたのだ。
その足音の主に心当たりがあった。
(もしかして……)
気になった半助は静かにその人物の後を追った。
息を殺し、音一つ立てずに近づいていく。
その人物は庭の池のほとりに立っていた。
近くの木の陰に隠れた半助は顔を確認してやはり……と納得する。
空だった。
夜、庭で寂しげに佇む空に付き添うことはもう珍しくない。
だが、それは就寝前のこと。
皆が寝静まった真夜中に空が外へ飛び出すのは、これまでにないことだった。
いつものように傍にいてあげようと思った半助は木陰から抜けようとする。
が、月明りの下にいる空の横顔を見て、立ち止まらざるを得なくなった。
月の光以外に、空の顔にはもう一つの光がある。
その光は……涙だ。
「うっ……」
かすかな嗚咽が、半助の鼓膜を震わせる。
「……」
戻りたい。帰りたい。
半助にはその気持ちが痛いほど理解できた。
半助もまた、過去に深い悲しみを経験している。
ある日突然帰る家と家族を失い、自分の世界が覆された、凄絶な経験を。
一方で、複雑だった。
昼間は食堂のおばちゃんや忍たまたちとあんなに笑っているというのに。
まだこの世界で生きていくことを受け入れられないというのか。
「……」
何を焦っているというのか。
半助は自嘲気味に笑った。
かつての自分もそうだったではないか、と。
絶望の底から這い上がり、前だけを向いて修行に励み、本当の笑顔を取り戻したのには年以上の時間がかかったことを。
きっと空にはまだまだ時間が必要なのだ。
たった四か月で、身に降りかかった運命をすべて受け入れろというのはあまりにも酷なのだから。
だからといって、好いた女の悲しむ顔は長い時間見るべきものではない。
頃合いを見て、半助は声をかけた。
「どうしたんだ、こんな夜中に」
「ちょっと、怖い夢を見てしまって……」
それが心配かけぬようについた嘘だということくらい、半助には簡単に見抜けてしまう。
強がらなくてもいいのに。
いくら親しくなろうと、今こうして虚勢を張る彼女と自分との間には見えない壁がある。
でも、今はその壁を無理に取り払わなくていいと半助は思った。
空の気持ちに整理がつくまで、或いは本音を語ってくれるまで静かに待とう――そう固く決意していた。
「でも、こんな夜中に外に居たら風邪ひくよ。さ、部屋に戻ろう」
中々動こうとしない空に痺れを切らした半助は、強引に肘をとって、自分の元へと寄せる。
瞬間、半助は空と目が合った。
せつなげに眉根を寄せているその表情を見て、半助はドキリとする。
抱きしめてほしい――そう訴えているように見えたのは、気のせいだろうか。
ともかくここに長居させるわけにはいかない。
半助は空の手を握り取った。
「さ、戻ろう」
歩きながら、半助の意識は手に集中していた。
彼女の手は紅葉のように可憐で小さく、そして冷たかった。
不意に空が手に力をこめてくる。
こんな真夜中まで、私のことを探しに来てくれて、ありがとう――
彼女の仕草はそんなことを語ってくれたような気がした。
ぼーっと焦点の合わない半助の頬を、きり丸はぺしぺしと叩いた。
「土井先生、土井先生!もう、なに呆けてんですか!」
「ん?なんだ?」
「急に照れたかと思えば、今度は真顔で思い詰めているし……ああ、わかった!今晩どうやって空さんの隣で寝ようとか考えてるでしょ?」
「は!?」
慌てて否定しようとする半助だったが、調子に乗ったきり丸にはもう通用しない。
「ああ、図星だ、図星。でも、いくら仲良くしたくても、それは許しませんよ。三人で寝るとはいえ、真ん中はおれなんですからね!」
「き・り・ま・る!」
ポカン!
無神経なきり丸の頭に、半助の渾身のゲンコツが炸裂する。
「馬鹿なこと言ってないで、さっさと掃除済ませるぞ!」
「へーい……がくっ」
きり丸が
