16.天井裏から来るアイツ
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「土井先生、いらっしゃいますか~?」
暗闇に包まれた蔵の中に、きり丸の声が木霊する。
少しの後、返事が返ってきた。
きり丸が探し回っていた人物、半助は煙硝蔵に火薬を取りに来ていた。
「どうした、きり丸?そんなに嬉しそうな顔をして。銭の山でも見つけたのか?」
「え、どこどこ?」
目を銭にしてあたりをキョロキョロ見回すきり丸に、半助が呆れている。
「守銭奴か、おのれは」
「守銭奴ですが、何か?」
「……不毛なやりとりはやめよう。んで、一体どうしたんだ?」
よいしょっと言いながら、半助が手にした火薬のツボを持ち直すのと、きり丸が口を開いたのは全く同時だった。
「びっくりしないでくださいよ!空さん……冬休み、うちに来ることになりました。おれのアルバイトを手伝ってもらうことになったんです!」
「!?!?!?」
半助の両手から火薬壺が落っこちそうになる。
が、すんでのところで何とか持ちこたえた。
「そ、それは本当か、きり丸!?」
「乱太郎としんべえの家にも寄るから、一週間ずつだけど」
「一週間……!」
想いを寄せている女性が家に滞在するなんて。
しかも一週間も。
喜びが大きすぎるのか、半助は呆けた表情で突っ立っている。
きり丸の存在を忘れているほどに。
「ど、土井先生……今からポーっとしちゃって大丈夫っすか?でも楽しみっすね!アルバイト沢山お願いしようっと」
ニコニコと言うきり丸の顔を目に入れて、半助はハッと意識を取り戻した。
「……あ、あまり、無理はさせるなよ」
「はーい!でも、空さんが遊びに来たら、隣のおばちゃんと大家さんビックリしちゃうだろうな。ニヒヒヒヒッ」
「確かに……色々詮索されそうだな……」
半助の顔つきが急に険しくなった。
半助の家の隣に住んでいるご近所さんこと、隣のおばちゃん。
世話焼きの親切なおばちゃんなのだが、詮索好きなのが玉にキズである。
自分が忍者であることを、半助は秘密にしている。
が、それが一度隣のおばちゃんに勘づかれ、危うくバレそうになったことがあった。
油断ならないおばちゃんなのである。
もし、そんな隣のおばちゃんと空を何も考えずに引き合わせたら、「出身はどこだ」とか、「今までどうやって過ごしてきた」とか、質問攻めにし、根掘り葉掘り聞くのは確実だろう。
これまで町に何回か行っているとはいえ、忍術学園での生活を基盤としている空は外の人々の暮らしぶりをあまり知らない。
さらに、土地勘もなく、近隣情勢にも疎い。
隣のおばちゃんとの会話で、自分が未来から来たとボロを出す可能性がある。
空のことをどう説明すればいいか、念入りに準備する必要があると半助は考えていた。
「さて、どうしたもんかな」
「なんかめんどくさいっすねぇ。もう、いっそのこと、空さんは先生の恋人って偽っちゃえばいいんじゃないっすか?」
「こ、恋人!?」
「だって、恋人を装うのが、一番便利で楽じゃないっすか?そしたら、四六時中土井先生が傍にいて、おばちゃんの詮索攻撃から守ってあげられるし」
「あ、あのなぁ……!」
「それが嫌なら、おれの……姉ちゃん……かな」
そう言いながら、きり丸は自分の言葉に照れてしまった。
顔が赤い。
家族のいないきり丸だからこそ、「姉ちゃん」といった家族を呼ぶ言葉を口にして、こそばゆさを感じたのだ。
そんなきり丸の気持ちを察した半助は、きり丸の肩をポンと叩いた。
「きり丸の姉、ていう設定は良いんじゃないか。空君はきり丸のことを可愛がっている。その役を快く引き受けてくれると思うよ。わ、私のは……多分だめだ。うん」
半助は何故か一人で勝手に落ち込む。
それを受けて、きり丸が自信満々にこう返した。
「先生こそ大丈夫だと思いますよ。二人はお似合いだし。ていうか早く恋人同士になっちゃえば良いのに。おれの見立てでは、今回の冬休みで二人は何らかの既成事実をつくる……予定のはずですけど」
「な、なにを言うんだ、きり丸!」
「ニヒヒヒヒッ!土井先生、首まで赤いっすよ。照れちゃって」
そう言って、きり丸は半助の怒声が飛ぶ前にダッシュで逃げた。
「まったく……」
未だ赤い顔のままの半助は、小さくなっていくきり丸の背を憎らしげに見つめている。
が、ほんの少しの間のこと。
空が家に滞在することを思い出せば、きり丸とのやりとりなんか頭からすり抜け、胸の鼓動は高鳴る一方だ。
一週間も一緒に居られる。
あまりの嬉しさに顔の緩みが抑えられない。
が、半助は慌てて我に返り、気を引き締める。
(いかん……最近、すぐ顔に出てしまう……)
あの練り物事件を契機に、半助の中で空の存在がますます大きくなっていく。
仲直りをした日、空はこう言った。
『私、土井先生に嫌われたら、軽蔑されたら……もうどうしようかって不安で……』
嬉しかった。
その言葉は、裏を返せば自分のことを必要としてくれていることを意味する。
そうわかってから、半助は必要以上に空に話しかけにいくようになった。
空に関するあらゆることが気になって、過保護ともいえるくらいに干渉してしまう。
空と接しているとき、知らず知らずのうちに自分の目が熱い感情――彼女への愛おしさを湛えているらしい。
「あの娘 といるときのお前さんのその顔……好きだ、好きだ――そう伝えているように見えるぞ」
一度、伝蔵にそう指摘されて、赤面する始末だ。
それでも、空と居るとそうなってしまわざるを得ない。
この恋心はどこまで成長していくのだろう。
いや、きっと、際限なくどこまでも――
そう考えると、次の冬休み一緒に過ごすのが恐いくらいだ、と半助は思う。
ふときり丸が口にした「恋人」という言葉が半助の脳裏をかすめた。
冬休み、傍から見れば自分と空はそういう風に見えるのだろうか。
「半助さん」
あの澄んだ瞳を向けられながら、そう名を呼ばれたら。
それだけで顔を赤くし、心臓が跳ね上がるのは必至だろう。
好意が露骨にあらわれる己の単純さを恨めしく思いながら、半助は煙硝蔵をあとにした。
暗闇に包まれた蔵の中に、きり丸の声が木霊する。
少しの後、返事が返ってきた。
きり丸が探し回っていた人物、半助は煙硝蔵に火薬を取りに来ていた。
「どうした、きり丸?そんなに嬉しそうな顔をして。銭の山でも見つけたのか?」
「え、どこどこ?」
目を銭にしてあたりをキョロキョロ見回すきり丸に、半助が呆れている。
「守銭奴か、おのれは」
「守銭奴ですが、何か?」
「……不毛なやりとりはやめよう。んで、一体どうしたんだ?」
よいしょっと言いながら、半助が手にした火薬のツボを持ち直すのと、きり丸が口を開いたのは全く同時だった。
「びっくりしないでくださいよ!空さん……冬休み、うちに来ることになりました。おれのアルバイトを手伝ってもらうことになったんです!」
「!?!?!?」
半助の両手から火薬壺が落っこちそうになる。
が、すんでのところで何とか持ちこたえた。
「そ、それは本当か、きり丸!?」
「乱太郎としんべえの家にも寄るから、一週間ずつだけど」
「一週間……!」
想いを寄せている女性が家に滞在するなんて。
しかも一週間も。
喜びが大きすぎるのか、半助は呆けた表情で突っ立っている。
きり丸の存在を忘れているほどに。
「ど、土井先生……今からポーっとしちゃって大丈夫っすか?でも楽しみっすね!アルバイト沢山お願いしようっと」
ニコニコと言うきり丸の顔を目に入れて、半助はハッと意識を取り戻した。
「……あ、あまり、無理はさせるなよ」
「はーい!でも、空さんが遊びに来たら、隣のおばちゃんと大家さんビックリしちゃうだろうな。ニヒヒヒヒッ」
「確かに……色々詮索されそうだな……」
半助の顔つきが急に険しくなった。
半助の家の隣に住んでいるご近所さんこと、隣のおばちゃん。
世話焼きの親切なおばちゃんなのだが、詮索好きなのが玉にキズである。
自分が忍者であることを、半助は秘密にしている。
が、それが一度隣のおばちゃんに勘づかれ、危うくバレそうになったことがあった。
油断ならないおばちゃんなのである。
もし、そんな隣のおばちゃんと空を何も考えずに引き合わせたら、「出身はどこだ」とか、「今までどうやって過ごしてきた」とか、質問攻めにし、根掘り葉掘り聞くのは確実だろう。
これまで町に何回か行っているとはいえ、忍術学園での生活を基盤としている空は外の人々の暮らしぶりをあまり知らない。
さらに、土地勘もなく、近隣情勢にも疎い。
隣のおばちゃんとの会話で、自分が未来から来たとボロを出す可能性がある。
空のことをどう説明すればいいか、念入りに準備する必要があると半助は考えていた。
「さて、どうしたもんかな」
「なんかめんどくさいっすねぇ。もう、いっそのこと、空さんは先生の恋人って偽っちゃえばいいんじゃないっすか?」
「こ、恋人!?」
「だって、恋人を装うのが、一番便利で楽じゃないっすか?そしたら、四六時中土井先生が傍にいて、おばちゃんの詮索攻撃から守ってあげられるし」
「あ、あのなぁ……!」
「それが嫌なら、おれの……姉ちゃん……かな」
そう言いながら、きり丸は自分の言葉に照れてしまった。
顔が赤い。
家族のいないきり丸だからこそ、「姉ちゃん」といった家族を呼ぶ言葉を口にして、こそばゆさを感じたのだ。
そんなきり丸の気持ちを察した半助は、きり丸の肩をポンと叩いた。
「きり丸の姉、ていう設定は良いんじゃないか。空君はきり丸のことを可愛がっている。その役を快く引き受けてくれると思うよ。わ、私のは……多分だめだ。うん」
半助は何故か一人で勝手に落ち込む。
それを受けて、きり丸が自信満々にこう返した。
「先生こそ大丈夫だと思いますよ。二人はお似合いだし。ていうか早く恋人同士になっちゃえば良いのに。おれの見立てでは、今回の冬休みで二人は何らかの既成事実をつくる……予定のはずですけど」
「な、なにを言うんだ、きり丸!」
「ニヒヒヒヒッ!土井先生、首まで赤いっすよ。照れちゃって」
そう言って、きり丸は半助の怒声が飛ぶ前にダッシュで逃げた。
「まったく……」
未だ赤い顔のままの半助は、小さくなっていくきり丸の背を憎らしげに見つめている。
が、ほんの少しの間のこと。
空が家に滞在することを思い出せば、きり丸とのやりとりなんか頭からすり抜け、胸の鼓動は高鳴る一方だ。
一週間も一緒に居られる。
あまりの嬉しさに顔の緩みが抑えられない。
が、半助は慌てて我に返り、気を引き締める。
(いかん……最近、すぐ顔に出てしまう……)
あの練り物事件を契機に、半助の中で空の存在がますます大きくなっていく。
仲直りをした日、空はこう言った。
『私、土井先生に嫌われたら、軽蔑されたら……もうどうしようかって不安で……』
嬉しかった。
その言葉は、裏を返せば自分のことを必要としてくれていることを意味する。
そうわかってから、半助は必要以上に空に話しかけにいくようになった。
空に関するあらゆることが気になって、過保護ともいえるくらいに干渉してしまう。
空と接しているとき、知らず知らずのうちに自分の目が熱い感情――彼女への愛おしさを湛えているらしい。
「あの
一度、伝蔵にそう指摘されて、赤面する始末だ。
それでも、空と居るとそうなってしまわざるを得ない。
この恋心はどこまで成長していくのだろう。
いや、きっと、際限なくどこまでも――
そう考えると、次の冬休み一緒に過ごすのが恐いくらいだ、と半助は思う。
ふときり丸が口にした「恋人」という言葉が半助の脳裏をかすめた。
冬休み、傍から見れば自分と空はそういう風に見えるのだろうか。
「半助さん」
あの澄んだ瞳を向けられながら、そう名を呼ばれたら。
それだけで顔を赤くし、心臓が跳ね上がるのは必至だろう。
好意が露骨にあらわれる己の単純さを恨めしく思いながら、半助は煙硝蔵をあとにした。