16.天井裏から来るアイツ
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その日の午後の食堂の後片付け中のこと。
洗い終えた食器を拭いている空は、朝決断したことを思い出して、胸の鼓動がとくとくと波打ちだす。
先日、「練り物入りハンバーグ」の件で半助と諍いをして、空にはわかったことがある。
自分がいかに半助に甘え、依存していたかということに。
他人に対してあんなに怒りをあらわにするなんて、いつ以来だろう。
記憶の糸を手繰り寄せなければならないほど、空には久しい。
あのときの自分を思い出せば、羞恥で顔が焼けるように熱くなる。
他人の目を憚らずに怒り散らし、半助と仲直りした日には涙まで見せ……まるで、子どものようではないか、と。
が、反芻するたびに、それが半助への信頼が大きすぎるが故に出た行為なのだと思い知らされる。
あの日以降、半助は前よりも自分に対してやさしい態度をとるようになった。
しかもそれが、怒らせまいとか変に気を使ったような、偽りのやさしさでないことくらい、空にもわかっている。
自分と接しているときに見せる、どこまでも温かい目。
あの目を見ていると、心臓が勝手に騒々しくなるのだ。
自分に起きたこの変化は何なのだろう。
どうして半助といるときだけ、胸にせつないものがはしるのだろう。
仕事仲間だから、先生生徒の関係だから。
そういう理由だけでは、この気持ちに到底説明がつかないことに、空は気が付き始めている。
冬休み、半助の家で一週間も寝食を共にする。
着替えや湯浴みも含め、何もかも同じ一つ屋根の下。
想像しただけで、身体が火照る。
きり丸の手前、家へ行くことを決断したものの、逃げ出したくなってしまう自分がいる。
そんな悶々とする空に、横で同じ作業をしている食堂のおばちゃんが不意に声をかけた。
「聞いた、空ちゃん。秋休みに町に出没した盗賊たち、無事つかまったんですって」
「ほんとですか……!それなら、よかったです」
おばちゃんの言う通り、秋休みに世間を騒がせた凶悪な盗賊たちは、忍術学園と周囲の城・寺院が連携し、一網打尽にしたのだった。
この話を聞いて、空は思い出した。
秋休み後半、半助ときり丸が自分の身を案じて、急いで町から駆け付けてきてくれたことを。
自分が忍術学園に残ったばかりに、せっかくの休暇を台無しにしたようで、申し訳なく思う。
やはり、今回は忍術学園に残らずに外へ出ることは正解なのだ。
自分の決断は間違ってない――そう心の中で何度も繰り返していた。
その空の心を知ってか知らずか、食堂のおばちゃんが旬の話題を振った。
「もうすぐ冬休みねぇ。私もそろそろ故郷 へ帰る準備をしないと。空ちゃんは冬休み、またここに残るの?」
「実は……一旦はそう考えたんですけど、思い切って今回は外に出てみようかなって」
「あら、そうなの。でも、外に出るってどこへ?」
「今回は、乱太郎君たちのお誘いを受けていて、」
「じゃあ、乱太郎君のおうちで過ごすのね」
「はい。それから、しんべヱ君ときり丸君の家にもお邪魔することになって……」
「そうなの。しんべヱ君ときり丸君の家に……」
食堂のおばちゃんは空の言葉を反復するように言っていたが、「きり丸の家に行く」、この意味を理解した瞬間、持っていたお皿を落としてしまった。
バリィィィィン!
「大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫よ。私としたことが、あまりにびっくりしたもんだから……そうなの、そうなの。ということは冬休みは乱太郎君としんべヱ君ときり丸君と、それから土井先生と一緒に過ごすのね」
食堂のおばちゃんは割れた皿の破片を慎重に拾い集めながらそう言う。
土井先生、という言葉が飛び出して、何故か空は弁明するように話し出した。
「あ、あの、その、きり丸君がどうしてもバイトを手伝ってほしいっていうもんだから、その、断りきれなくて……力になりたいし……」
「……」
「でも、やっぱりまずいでしょうか?いくら担任の先生とはいえ、その、男の人の家に外泊してもいいのかなって……」
空が消え入りそうな声で呟く。
頬を紅く染めて恥じらう様子は、半助を男として認識している証拠だ。
その空の初々しさに、おばちゃんは狂おしいほどの興奮を隠しきれなかった。
(んま!その姿……これはもう、若き日の私の生き写しじゃないの!)
やはり空に親近感を覚えてしまう、おばちゃんなのだった。
そんなおばちゃんだが、何とか興奮を抑え、冷静な頭で空を観察する。
空は眉根に皺を寄せて思い詰めている。
どうやら、自分に言及されたことで迷いが生じたようだ。
(まずいわね……土井先生の名を出したのは迂闊だったわ)
このまま放っておけば、「やっぱり行かないことにします」と言い出しかねない――
そう危惧したおばちゃんは、空の背中を後押しするべく、高らかに叫んだ。
「全然まずくないわよ!寧ろ、オッケーよ、この私が許すわ!」
「へっ?」
「きり丸君の力になりたいんでしょ。冬休みもバイトを手伝うなんて、素晴らしい心意気じゃないの。こんな立派な理由がある以上、もう行くっきゃないじゃない!そこに、土井先生云々とか関係ないわよ。土井先生はあくまでオマケみたいなもんよ、オマケ」
「おばちゃん……」
「きり丸君、空ちゃんを慕っているもの。十歳でもまだまだ甘え盛りよ。冬休み、沢山甘えさせておいで」
「はい」
食堂のおばちゃんは安堵していた。
目の前の空の様子からして、完全に腹をくくったようだ。
きっぱりとした返事には、満面の笑みが伴っている。
すべてはきり丸のため、と強調したことが奏功した。
(よしよし……これで半助の家行きは確定ね)
(できることなら、私も一緒に見守りたかったわ。冬休み明けにはきり丸君から色々報告をもらわないと……)
食堂のおばちゃんはそんなことを思っていたという。
対して、空はすっきりした表情で言った。
「食堂のおばちゃんにそう言われたら、急に楽しみになってきました」
「そうそう。何事も経験よ!でも、一つだけ忠告しておくわ」
「あ、はい……何でしょうか?」
「下着の替えは沢山持っていくのよ。毎日きちんと変えて、横着しないこと!」
「は、はぁ」
いまいちピントがずれている食堂のおばちゃんであった。
洗い終えた食器を拭いている空は、朝決断したことを思い出して、胸の鼓動がとくとくと波打ちだす。
先日、「練り物入りハンバーグ」の件で半助と諍いをして、空にはわかったことがある。
自分がいかに半助に甘え、依存していたかということに。
他人に対してあんなに怒りをあらわにするなんて、いつ以来だろう。
記憶の糸を手繰り寄せなければならないほど、空には久しい。
あのときの自分を思い出せば、羞恥で顔が焼けるように熱くなる。
他人の目を憚らずに怒り散らし、半助と仲直りした日には涙まで見せ……まるで、子どものようではないか、と。
が、反芻するたびに、それが半助への信頼が大きすぎるが故に出た行為なのだと思い知らされる。
あの日以降、半助は前よりも自分に対してやさしい態度をとるようになった。
しかもそれが、怒らせまいとか変に気を使ったような、偽りのやさしさでないことくらい、空にもわかっている。
自分と接しているときに見せる、どこまでも温かい目。
あの目を見ていると、心臓が勝手に騒々しくなるのだ。
自分に起きたこの変化は何なのだろう。
どうして半助といるときだけ、胸にせつないものがはしるのだろう。
仕事仲間だから、先生生徒の関係だから。
そういう理由だけでは、この気持ちに到底説明がつかないことに、空は気が付き始めている。
冬休み、半助の家で一週間も寝食を共にする。
着替えや湯浴みも含め、何もかも同じ一つ屋根の下。
想像しただけで、身体が火照る。
きり丸の手前、家へ行くことを決断したものの、逃げ出したくなってしまう自分がいる。
そんな悶々とする空に、横で同じ作業をしている食堂のおばちゃんが不意に声をかけた。
「聞いた、空ちゃん。秋休みに町に出没した盗賊たち、無事つかまったんですって」
「ほんとですか……!それなら、よかったです」
おばちゃんの言う通り、秋休みに世間を騒がせた凶悪な盗賊たちは、忍術学園と周囲の城・寺院が連携し、一網打尽にしたのだった。
この話を聞いて、空は思い出した。
秋休み後半、半助ときり丸が自分の身を案じて、急いで町から駆け付けてきてくれたことを。
自分が忍術学園に残ったばかりに、せっかくの休暇を台無しにしたようで、申し訳なく思う。
やはり、今回は忍術学園に残らずに外へ出ることは正解なのだ。
自分の決断は間違ってない――そう心の中で何度も繰り返していた。
その空の心を知ってか知らずか、食堂のおばちゃんが旬の話題を振った。
「もうすぐ冬休みねぇ。私もそろそろ
「実は……一旦はそう考えたんですけど、思い切って今回は外に出てみようかなって」
「あら、そうなの。でも、外に出るってどこへ?」
「今回は、乱太郎君たちのお誘いを受けていて、」
「じゃあ、乱太郎君のおうちで過ごすのね」
「はい。それから、しんべヱ君ときり丸君の家にもお邪魔することになって……」
「そうなの。しんべヱ君ときり丸君の家に……」
食堂のおばちゃんは空の言葉を反復するように言っていたが、「きり丸の家に行く」、この意味を理解した瞬間、持っていたお皿を落としてしまった。
バリィィィィン!
「大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫よ。私としたことが、あまりにびっくりしたもんだから……そうなの、そうなの。ということは冬休みは乱太郎君としんべヱ君ときり丸君と、それから土井先生と一緒に過ごすのね」
食堂のおばちゃんは割れた皿の破片を慎重に拾い集めながらそう言う。
土井先生、という言葉が飛び出して、何故か空は弁明するように話し出した。
「あ、あの、その、きり丸君がどうしてもバイトを手伝ってほしいっていうもんだから、その、断りきれなくて……力になりたいし……」
「……」
「でも、やっぱりまずいでしょうか?いくら担任の先生とはいえ、その、男の人の家に外泊してもいいのかなって……」
空が消え入りそうな声で呟く。
頬を紅く染めて恥じらう様子は、半助を男として認識している証拠だ。
その空の初々しさに、おばちゃんは狂おしいほどの興奮を隠しきれなかった。
(んま!その姿……これはもう、若き日の私の生き写しじゃないの!)
やはり空に親近感を覚えてしまう、おばちゃんなのだった。
そんなおばちゃんだが、何とか興奮を抑え、冷静な頭で空を観察する。
空は眉根に皺を寄せて思い詰めている。
どうやら、自分に言及されたことで迷いが生じたようだ。
(まずいわね……土井先生の名を出したのは迂闊だったわ)
このまま放っておけば、「やっぱり行かないことにします」と言い出しかねない――
そう危惧したおばちゃんは、空の背中を後押しするべく、高らかに叫んだ。
「全然まずくないわよ!寧ろ、オッケーよ、この私が許すわ!」
「へっ?」
「きり丸君の力になりたいんでしょ。冬休みもバイトを手伝うなんて、素晴らしい心意気じゃないの。こんな立派な理由がある以上、もう行くっきゃないじゃない!そこに、土井先生云々とか関係ないわよ。土井先生はあくまでオマケみたいなもんよ、オマケ」
「おばちゃん……」
「きり丸君、空ちゃんを慕っているもの。十歳でもまだまだ甘え盛りよ。冬休み、沢山甘えさせておいで」
「はい」
食堂のおばちゃんは安堵していた。
目の前の空の様子からして、完全に腹をくくったようだ。
きっぱりとした返事には、満面の笑みが伴っている。
すべてはきり丸のため、と強調したことが奏功した。
(よしよし……これで半助の家行きは確定ね)
(できることなら、私も一緒に見守りたかったわ。冬休み明けにはきり丸君から色々報告をもらわないと……)
食堂のおばちゃんはそんなことを思っていたという。
対して、空はすっきりした表情で言った。
「食堂のおばちゃんにそう言われたら、急に楽しみになってきました」
「そうそう。何事も経験よ!でも、一つだけ忠告しておくわ」
「あ、はい……何でしょうか?」
「下着の替えは沢山持っていくのよ。毎日きちんと変えて、横着しないこと!」
「は、はぁ」
いまいちピントがずれている食堂のおばちゃんであった。