34.新たなる一歩
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その日の晩。
「うぅぅ……疲れた……」
ここは空の自室。
湯浴みを終え、空はぐったりとして座り込んでいる。
あのあと――
おばちゃんとシナの元を離れた空は、急いで吉野たちのところへと向かった。
しかし、部屋に着いてみれば、吉野も小松田も事務のおばちゃんも、誰一人として欠勤のことなど気にも留めていなかった。
というか謝罪の言葉を伝える間すら与えてくれなかった。
春休み前で年度末の業務と新学期の準備に追われて事務員たちはとにかく忙しいのだ。
空に課せられたことは目の前の膨大な仕事をこなすこと。
それだけであった。
「すごく忙しかったな……。この時期、あんなにやること多いんだ……」
あの多忙さを思い返してうんざりしていると天井からトントンと叩く音がする。
「空。私だ」
半助だった。
天井の一部の板を外して顔を出す。
まだ忍び装束を着ていた。
「土井先生!?まだお仕事中ですか?」
天井からシュッと飛び降りた半助は空のそばへ寄った。
「さっき終わった。私もこれから寝る準備をするよ」
「そうでしたか。あの……欠勤したことですが、一番気にされていた安藤先生は大丈夫でしたか?」
「ああ……なんとか。意外にも祝福されたよ。それなりに嫌味も言われたけどね」
「そっか……それならよかったです」
「どっちかというと、山田先生の方が大変だったよ」
二人は軽く微笑みを交わし合う。
ふと半助は空の机に置いてある赤い布の存在に気づく。
それがシナのトレードマークである赤いスカーフだと知っているからだ。
「あれ?何でシナ先生のスカーフがここに?」
空の顔が火がついたように赤くなった。
「これは……その……シナ先生にしばらく使うようにって……これを隠すために」
空は申し訳なさそうに長い髪を払うと、白い首があらわになる。
その首についたアザを見て、半助の顔が林檎のように真っ赤に染まる。
ひどく狼狽していた。
「わわわわ……これは!」
「だ、大丈夫ですよ。スカーフで隠せばだれも気付かないし。今のところシナ先生と食堂のおばちゃんにしか見られてない……と思います!」
あちゃーと半助は顔を押さえる。
食堂のおばちゃんにもバレた。
これでは自ら逆セクハラのネタを提供したようなものだ。
暗い空気を纏って愕然とする半助を励ますように空は言った。
「そんなに自分を責めないでください!これってそのうち消えますよね?そしたら、おばちゃんたちも何も言わなくなりますよ!」
「だといいが……本当に……すまん」
「謝らないでください!私は気にしてないですよ。それに……」
「?」
「うれしかったです。昨晩、一緒に居れて、私……幸せでした」
首元に手をあて、いとしげにそう言った。
「こら」
半助がムッとした顔で空の額を小突いた。
「いたっ!もう、何するんですか、いきなり!」
「『幸せでした』じゃない。『幸せです』だろう?勝手に終わりにするな。やっと始まったんだ。私たちの……これからが」
空は半助を見れば、視線をそらしている。
ぶっきらぼうな態度。
こういうときの半助は照れている。
それがわかると、普段あまり湧かない悪戯心が空の中にむくむくと芽生えていた。
「そうですね。土井先生の言い分の方が正しいかも。でも、顔……真っ赤っかですよ」
小突かれた仕返しにと、空は出迎えてくれたきり丸を思い出し、彼の口真似をしてそう言った。
半助は忽ち眉を吊り上げる。
「それ、きり丸の真似してるだろ」
「あはは……バレてましたか」
「バレバレだ。今日は安藤先生と山田先生を相手にして大変だったんだぞ……空まで私をいじめてくれるな」
「ごめんなさい。でも、照れてる土井先生、可愛いから」
「全く」
不意に半助は空を抱きしめる。
やさしい抱擁だったが、空の身体は一気に火照ってしまった。
「あ、あの……」
「ん?空……熱でもあるんじゃないか?ほっぺたがやけに赤いぞ」
額をこつんと合わせてきた半助は白々しく言う。
さっきの仕返しなのだろう。
思いもよらぬ反撃を受けて、人を茶化すなど慣れないことをするものでないと空は激しく後悔した。
「そ、それは、土井先生のせいです……」
半助を直視できず、恥ずかしがる空はもう観念している。
「そうか」
半助は満足げに微笑むと、そのまま顔を近づけていった。
柔らかな感触が唇にはしる。
顔を離し目が合えば、双方急に恥ずかしさがこみ上げてくる。
それぞれ紅潮した顔を見合って、ふたり照れたように笑った。
半助が頭を掻きながら言った。
「思えば、昨日からいろいろあったな」
「はい」
「もうすぐ春休みだけど……空は何したい?」
「春休み……」
少しの沈黙の後、空は思いついたままのことを述べていく。
「土井先生とふたりで歩きたいです。町や自然の中、色んな場所を」
「うん」
「あと、お家で土井先生とゆっくり話したいです。それから、家にあった本も読んでみたいし……」
「うん」
「でも、一緒に居れるなら、何でもいい……かな」
「何でもいいなら、きり丸のアルバイトで終わってしまう」
「あ、やだ。それは絶対イヤ」
言ったそばから空は苦笑する。
半助が空の頭をポンポンと叩いた。
「うん。色んな場所を歩こう。そして、たくさん話そう……春休み、楽しみだな」
「はい」
「じゃあ、そろそろ行くよ。今日は、しっかり休んで。また明日。おやすみ」
半助は天井裏に跳躍し、去っていった。
(身軽だなぁ……)
しばし忍者らしい去り方に感心していた空だったが、次の瞬間驚愕の表情に変わる。
天井裏から半助がひょこっと顔を出していたのだ。
「土井先生!?」
半助はジト目でじっと見つめてくる。
ドキドキと胸の鼓動を高鳴っていく中、空は半助が発するのを静かに待っている。
やがて、半助がボソボソと言葉を紡いだ。
「言い忘れたんだけど……忍術学園に戻ってきて……気を使っているかもしれんが……ふたりだけでいるときは……その……やっぱり名前で呼んでほしい」
聞き終えた空は一瞬絶句するが、すぐに笑顔で応えた。
「わかりました。半助さん」
「……それだけだ。また明日」
今度こそ、半助はその場から完全に姿を消した。
(それを言うためだけに戻ってくるなんて。半助さん……さっきの顔……!)
半助がいなくなったあとも、空は微笑みを深めていた。
下の名で呼んだ後の、頬に赤みがさした半助が愛しくてしょうがなかった。
「うぅぅ……疲れた……」
ここは空の自室。
湯浴みを終え、空はぐったりとして座り込んでいる。
あのあと――
おばちゃんとシナの元を離れた空は、急いで吉野たちのところへと向かった。
しかし、部屋に着いてみれば、吉野も小松田も事務のおばちゃんも、誰一人として欠勤のことなど気にも留めていなかった。
というか謝罪の言葉を伝える間すら与えてくれなかった。
春休み前で年度末の業務と新学期の準備に追われて事務員たちはとにかく忙しいのだ。
空に課せられたことは目の前の膨大な仕事をこなすこと。
それだけであった。
「すごく忙しかったな……。この時期、あんなにやること多いんだ……」
あの多忙さを思い返してうんざりしていると天井からトントンと叩く音がする。
「空。私だ」
半助だった。
天井の一部の板を外して顔を出す。
まだ忍び装束を着ていた。
「土井先生!?まだお仕事中ですか?」
天井からシュッと飛び降りた半助は空のそばへ寄った。
「さっき終わった。私もこれから寝る準備をするよ」
「そうでしたか。あの……欠勤したことですが、一番気にされていた安藤先生は大丈夫でしたか?」
「ああ……なんとか。意外にも祝福されたよ。それなりに嫌味も言われたけどね」
「そっか……それならよかったです」
「どっちかというと、山田先生の方が大変だったよ」
二人は軽く微笑みを交わし合う。
ふと半助は空の机に置いてある赤い布の存在に気づく。
それがシナのトレードマークである赤いスカーフだと知っているからだ。
「あれ?何でシナ先生のスカーフがここに?」
空の顔が火がついたように赤くなった。
「これは……その……シナ先生にしばらく使うようにって……これを隠すために」
空は申し訳なさそうに長い髪を払うと、白い首があらわになる。
その首についたアザを見て、半助の顔が林檎のように真っ赤に染まる。
ひどく狼狽していた。
「わわわわ……これは!」
「だ、大丈夫ですよ。スカーフで隠せばだれも気付かないし。今のところシナ先生と食堂のおばちゃんにしか見られてない……と思います!」
あちゃーと半助は顔を押さえる。
食堂のおばちゃんにもバレた。
これでは自ら逆セクハラのネタを提供したようなものだ。
暗い空気を纏って愕然とする半助を励ますように空は言った。
「そんなに自分を責めないでください!これってそのうち消えますよね?そしたら、おばちゃんたちも何も言わなくなりますよ!」
「だといいが……本当に……すまん」
「謝らないでください!私は気にしてないですよ。それに……」
「?」
「うれしかったです。昨晩、一緒に居れて、私……幸せでした」
首元に手をあて、いとしげにそう言った。
「こら」
半助がムッとした顔で空の額を小突いた。
「いたっ!もう、何するんですか、いきなり!」
「『幸せでした』じゃない。『幸せです』だろう?勝手に終わりにするな。やっと始まったんだ。私たちの……これからが」
空は半助を見れば、視線をそらしている。
ぶっきらぼうな態度。
こういうときの半助は照れている。
それがわかると、普段あまり湧かない悪戯心が空の中にむくむくと芽生えていた。
「そうですね。土井先生の言い分の方が正しいかも。でも、顔……真っ赤っかですよ」
小突かれた仕返しにと、空は出迎えてくれたきり丸を思い出し、彼の口真似をしてそう言った。
半助は忽ち眉を吊り上げる。
「それ、きり丸の真似してるだろ」
「あはは……バレてましたか」
「バレバレだ。今日は安藤先生と山田先生を相手にして大変だったんだぞ……空まで私をいじめてくれるな」
「ごめんなさい。でも、照れてる土井先生、可愛いから」
「全く」
不意に半助は空を抱きしめる。
やさしい抱擁だったが、空の身体は一気に火照ってしまった。
「あ、あの……」
「ん?空……熱でもあるんじゃないか?ほっぺたがやけに赤いぞ」
額をこつんと合わせてきた半助は白々しく言う。
さっきの仕返しなのだろう。
思いもよらぬ反撃を受けて、人を茶化すなど慣れないことをするものでないと空は激しく後悔した。
「そ、それは、土井先生のせいです……」
半助を直視できず、恥ずかしがる空はもう観念している。
「そうか」
半助は満足げに微笑むと、そのまま顔を近づけていった。
柔らかな感触が唇にはしる。
顔を離し目が合えば、双方急に恥ずかしさがこみ上げてくる。
それぞれ紅潮した顔を見合って、ふたり照れたように笑った。
半助が頭を掻きながら言った。
「思えば、昨日からいろいろあったな」
「はい」
「もうすぐ春休みだけど……空は何したい?」
「春休み……」
少しの沈黙の後、空は思いついたままのことを述べていく。
「土井先生とふたりで歩きたいです。町や自然の中、色んな場所を」
「うん」
「あと、お家で土井先生とゆっくり話したいです。それから、家にあった本も読んでみたいし……」
「うん」
「でも、一緒に居れるなら、何でもいい……かな」
「何でもいいなら、きり丸のアルバイトで終わってしまう」
「あ、やだ。それは絶対イヤ」
言ったそばから空は苦笑する。
半助が空の頭をポンポンと叩いた。
「うん。色んな場所を歩こう。そして、たくさん話そう……春休み、楽しみだな」
「はい」
「じゃあ、そろそろ行くよ。今日は、しっかり休んで。また明日。おやすみ」
半助は天井裏に跳躍し、去っていった。
(身軽だなぁ……)
しばし忍者らしい去り方に感心していた空だったが、次の瞬間驚愕の表情に変わる。
天井裏から半助がひょこっと顔を出していたのだ。
「土井先生!?」
半助はジト目でじっと見つめてくる。
ドキドキと胸の鼓動を高鳴っていく中、空は半助が発するのを静かに待っている。
やがて、半助がボソボソと言葉を紡いだ。
「言い忘れたんだけど……忍術学園に戻ってきて……気を使っているかもしれんが……ふたりだけでいるときは……その……やっぱり名前で呼んでほしい」
聞き終えた空は一瞬絶句するが、すぐに笑顔で応えた。
「わかりました。半助さん」
「……それだけだ。また明日」
今度こそ、半助はその場から完全に姿を消した。
(それを言うためだけに戻ってくるなんて。半助さん……さっきの顔……!)
半助がいなくなったあとも、空は微笑みを深めていた。
下の名で呼んだ後の、頬に赤みがさした半助が愛しくてしょうがなかった。