34.新たなる一歩
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一方、半助は一年い組の職員室へと足を運んでいた。
廊下を歩き進むにつれ、半助の顔が曇っていく。
(ああ、気が重いなぁ……。ただでさえ安藤先生苦手なのに、借りを作ってしまうとは……)
気がつけば、い組の職員室の戸の前にいた。
ひとたび顔を合わせばいがみ合う、相性最悪の安藤と今から対峙する。
一度深呼吸してから、戸をそっと開けた。
「安藤先生、土井です。失礼します」
「おやぁ、土井先生?随分、お早いお帰りで」
「……」
安藤は屈託のない笑みを向けたまま、自分の机で筆を走らせている。
丁寧ながらも冷ややかな皮肉がきいたその言い回し。
半助は今後の展開が容易に目に浮かび、気が滅入りそうになる。
しかし、今回の件は間違いなく自分に非がある。
あくまで大人の対応をと、平身低頭で安藤にお礼を伝えることにした。
「安藤先生、今日は私の代わりに一年は組の授業を務めて頂きありがとうございました」
「いえいえ、礼には及びませんよ。なかなか楽しませてもらいましたよ。は組の生徒は実に単純で……そこが面白いですからね。複雑で繊細な我がい組の子たちと違って新鮮でした」
(はぁ……乱太郎たち大変だっただろうなぁ……)
半助は頭の中でブーブー文句を言うは組の良い子たちに頭を下げた。
これから何時間安藤にねちねちと嫌味を言われるだろうか。
半助は覚悟を決めて次の言葉を待つ。
だが、安藤はそれ以上のことを発さなかった。
(あれっ?)
もっと、痛烈な嫌味を食らうと予想しただけに、この展開は意外であった。
ハトが豆鉄砲食らったような顔で居座る半助は、不意に安藤に話しかけられた。
「土井先生」
「な、なんでしょう?」
「町に行って、無事……欲しいものは手に入ったんですか?」
この質問は買い物を意味することではない。
空と恋仲になれたのか。
安藤らしい、遠回しな聞き方であった。
そんな普段と違う温かい安藤の様子に、半助も拍子抜けしている。
素直に返事を返した。
「えぇ……まぁ……」
頬を染め、半助が照れ交じりに応える。
その返事で、初めて安藤は筆を置く。
遠い目をしてゆっくりとため息をついた。
「懐かしいですねぇ……土井先生と空君を見ていると、若かりし頃の私と妻を思い出してしまいます」
「え?」
不思議なこともあるもんだ、と半助は思った。
普段散々嫌味を当てつける安藤が自分のことについて言及するのが、半助からすれば非常に珍しかったからだ。
「安藤先生とその奥様……ですか?」
「そうです。あなた達ふたりを見ていると私たちが結ばれたあの運命の日のことを思い出します……!」
そう言って、安藤はその運命の日について語りだした。
今から十数年前に遡る――
晩夏の夜。
安藤と当時の恋人(現・妻)は見晴らしのいい丘へと来ていた。
そこはかとなく虫の音が聞こえ、心地よい風が二人を包む。
周りには自然しかなく、上を見上げれば無数の星々が煌めいている。
今この世界にはふたりだけ。
そう感じてしまうほど、ロマンティックな雰囲気が二人の間に流れていた。
安藤の恋人は、目に移り込む景色に感動していた。
「とっても綺麗……。夏之丞さん、こんな素敵なところに連れてきてくださってありがとうございます」
「いえいえ。でも、今日は君がいてくれるから……一段と美しい景色ですよ」
「え?」
「夜景がやけえ に綺麗ですからね」
「まぁ、夏之丞さんたら……!」
安藤渾身の口説き文句に、恋人は歓喜の表情を見せる。
甘いムードが周囲に充満し、ふたりの気持ちは最高潮に昇りつめる。
安藤とその恋人は肩を寄せ合い、満天の星屑をいつまでも眺めていた。
過去の色褪せない思い出に浸って、安藤が顔の表面も表情もテカテカと輝かせている。
反対に、半助は頭を抱えていた。
安藤の妻には悪いが、人生最良の日に決めた傑作のダジャレを内心「つまんねぇ!」と思っていたのだ。
ここに乱太郎たちが居たら速攻罵倒しただろうが、半助は大人。
自分の立場をわきまえて、
「そ、それは……素敵な話ですねぇ……」
と引き攣った顔で返すのが精いっぱいだった。
半助の感想に、安藤は満更でもなさそうな様子だった。
「時々自分で自分が怖くなりますよ。私のように言葉のセンスが素晴らしすぎるのも罪深い、とね」
「は、はぁ……」
(何はともあれ、安藤先生機嫌がよさそうだな)
不愉快な思いをせずに済みそうで、半助は安心する。
だが、これ以上長居して昔話に付き合わされたら厄介だと、部屋を退出することにした。
「安藤先生、ではこれで失礼します」
「そうそう。今度一年い組の授業の参考にしますよ。忍者の三禁。色に溺れて欠勤した先生を反面教師にしてもらわないと困りますからねぇ。ああ、誰とは言いませんから」
「……」
ズキズキッ
半助の胃に鋭い痛みがはしる。
やはりこの人とは根本的に相容れないと思った瞬間だった。
廊下を歩き進むにつれ、半助の顔が曇っていく。
(ああ、気が重いなぁ……。ただでさえ安藤先生苦手なのに、借りを作ってしまうとは……)
気がつけば、い組の職員室の戸の前にいた。
ひとたび顔を合わせばいがみ合う、相性最悪の安藤と今から対峙する。
一度深呼吸してから、戸をそっと開けた。
「安藤先生、土井です。失礼します」
「おやぁ、土井先生?随分、お早いお帰りで」
「……」
安藤は屈託のない笑みを向けたまま、自分の机で筆を走らせている。
丁寧ながらも冷ややかな皮肉がきいたその言い回し。
半助は今後の展開が容易に目に浮かび、気が滅入りそうになる。
しかし、今回の件は間違いなく自分に非がある。
あくまで大人の対応をと、平身低頭で安藤にお礼を伝えることにした。
「安藤先生、今日は私の代わりに一年は組の授業を務めて頂きありがとうございました」
「いえいえ、礼には及びませんよ。なかなか楽しませてもらいましたよ。は組の生徒は実に単純で……そこが面白いですからね。複雑で繊細な我がい組の子たちと違って新鮮でした」
(はぁ……乱太郎たち大変だっただろうなぁ……)
半助は頭の中でブーブー文句を言うは組の良い子たちに頭を下げた。
これから何時間安藤にねちねちと嫌味を言われるだろうか。
半助は覚悟を決めて次の言葉を待つ。
だが、安藤はそれ以上のことを発さなかった。
(あれっ?)
もっと、痛烈な嫌味を食らうと予想しただけに、この展開は意外であった。
ハトが豆鉄砲食らったような顔で居座る半助は、不意に安藤に話しかけられた。
「土井先生」
「な、なんでしょう?」
「町に行って、無事……欲しいものは手に入ったんですか?」
この質問は買い物を意味することではない。
空と恋仲になれたのか。
安藤らしい、遠回しな聞き方であった。
そんな普段と違う温かい安藤の様子に、半助も拍子抜けしている。
素直に返事を返した。
「えぇ……まぁ……」
頬を染め、半助が照れ交じりに応える。
その返事で、初めて安藤は筆を置く。
遠い目をしてゆっくりとため息をついた。
「懐かしいですねぇ……土井先生と空君を見ていると、若かりし頃の私と妻を思い出してしまいます」
「え?」
不思議なこともあるもんだ、と半助は思った。
普段散々嫌味を当てつける安藤が自分のことについて言及するのが、半助からすれば非常に珍しかったからだ。
「安藤先生とその奥様……ですか?」
「そうです。あなた達ふたりを見ていると私たちが結ばれたあの運命の日のことを思い出します……!」
そう言って、安藤はその運命の日について語りだした。
今から十数年前に遡る――
晩夏の夜。
安藤と当時の恋人(現・妻)は見晴らしのいい丘へと来ていた。
そこはかとなく虫の音が聞こえ、心地よい風が二人を包む。
周りには自然しかなく、上を見上げれば無数の星々が煌めいている。
今この世界にはふたりだけ。
そう感じてしまうほど、ロマンティックな雰囲気が二人の間に流れていた。
安藤の恋人は、目に移り込む景色に感動していた。
「とっても綺麗……。夏之丞さん、こんな素敵なところに連れてきてくださってありがとうございます」
「いえいえ。でも、今日は君がいてくれるから……一段と美しい景色ですよ」
「え?」
「夜景が
「まぁ、夏之丞さんたら……!」
安藤渾身の口説き文句に、恋人は歓喜の表情を見せる。
甘いムードが周囲に充満し、ふたりの気持ちは最高潮に昇りつめる。
安藤とその恋人は肩を寄せ合い、満天の星屑をいつまでも眺めていた。
過去の色褪せない思い出に浸って、安藤が顔の表面も表情もテカテカと輝かせている。
反対に、半助は頭を抱えていた。
安藤の妻には悪いが、人生最良の日に決めた傑作のダジャレを内心「つまんねぇ!」と思っていたのだ。
ここに乱太郎たちが居たら速攻罵倒しただろうが、半助は大人。
自分の立場をわきまえて、
「そ、それは……素敵な話ですねぇ……」
と引き攣った顔で返すのが精いっぱいだった。
半助の感想に、安藤は満更でもなさそうな様子だった。
「時々自分で自分が怖くなりますよ。私のように言葉のセンスが素晴らしすぎるのも罪深い、とね」
「は、はぁ……」
(何はともあれ、安藤先生機嫌がよさそうだな)
不愉快な思いをせずに済みそうで、半助は安心する。
だが、これ以上長居して昔話に付き合わされたら厄介だと、部屋を退出することにした。
「安藤先生、ではこれで失礼します」
「そうそう。今度一年い組の授業の参考にしますよ。忍者の三禁。色に溺れて欠勤した先生を反面教師にしてもらわないと困りますからねぇ。ああ、誰とは言いませんから」
「……」
ズキズキッ
半助の胃に鋭い痛みがはしる。
やはりこの人とは根本的に相容れないと思った瞬間だった。