31.二人だけのワルツ
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
次の日。
珍しく学園長とヘムヘムは朝からずっといない。
空は学園長室で一人やることもなく過ごしていた。
今は虚空を見つめている。
仙人山で対峙した夢の女、即ち前世の自分との会話を思い出していた。
〈この世界から心が離れないよう……何があっても生きていく。その意志と覚悟を持つことよ〉
(意志と覚悟、か……)
空がこちらの世界に来て、もう半年近くになる。
不便な生活にも慣れた。
沢山の仲間ができた。
「帰りたい」から「この世界で生きてもいい」と考えが変わった。
現に、この世界に愛着さえ持ち始めている。
それなのに。
ふと向こうの世界の素晴らしさを思い出して、やっぱりもの悲しくなることがある。
あそこには戦や流行り病など生を脅かすものはなにもない。
遥かに発達した文明と快適な暮らし。
理想郷と言ってもいい。
空からしてみたら、18年間そんな世界で生きてきて、郷愁を抱かないほうがおかしい。
前世の自分から、もし元の世界に帰れるとしたらどうする?と問われて突っぱねられなかったのはそういうことだ。
だが、空は理解していた。
過度の郷愁はこの世界から心が離れる原因となってしまう、と。
(だから深い絆が必要なんだ……この世界で生きていきたいって強く思えるように……)
考えを巡らす空を現実へ引き戻したのは、ある少年の声だった。
「空さん!」
きり丸だった。
一人で学園長室にやって来たのだ。
「きりちゃん!どうしたの?今日は一人……?」
「今日はみんな委員会活動なんです!おれは図書委員会で……早く終わったから、来ちゃいました」
そう言って、空の身体にしがみついてくる。
「わ!」
勢いあまって、空はよろけそうになる。
が、なんとか受け止めた。
「もう、きりちゃん」
「エヘヘ……空さん!」
空の温もりが恋しいのか、きり丸はピッタリとくっついて離れない。
あの仙人山騒動で随分心労をかけたのだろう。
騒動後、こうやって甘えることが増えた。
「……」
抱き寄せたきり丸の頭をそっと撫でる。
「ごめんね、きりちゃん……心配かけて」
「おれ、すっげー心配したんだぜ。それに、空さんが隠し事していたのもショックだったし……」
「本当に……ごめん」
「ねぇ、空さん。もう他には隠してることはないよね?おれたちから離れるってことないよね?ずっと、ここで暮らせるんだよね?」
きり丸が心配そうに空の顔を覗き込む。
空は安心させるように言った。
「きりちゃん……もう隠していることはないから安心して。それに、帰って来てから話したでしょ。私はここの世界で生まれるはずの人間……だったんだって。だから、もうどこかに行ったりしない。ずっと、きりちゃんのそばにいる」
「ほんと?」
「ほんと。これからもずっと一緒だよ」
きり丸はパッと明るくなって、空の胸に甘えるように顔を埋める。
やはり、この子からは離れられない――空はそんな風に思っていた。
(きりちゃんとはこんなに強い絆ができてるのに……あの体質は消えない。となるとあの女 の発言が示すことってやっぱり……そういうことよね)
強い絆――それは男女の愛。
行きついた結論に、思わず顔に熱が集まる。
「空さん。なんか顔赤いよ?」
「あ、何でもない、何でもないよ!ハハハ……」
「……よく分かんないけど。それよりさ、もうすぐ春休みだけど、空さんになんのバイト手伝ってもらおうかなぁ?」
「え……?」
決定事項のように言うきり丸に、空は唖然とする。
「でも、きりちゃん……私がおうちに行くこと、土井先生にはちゃんと話したの?」
「話すも何も、もう土井先生はその気でいるよ。そうしないと空さんを守れないって」
「土井先生……」
「守る」という言葉に、半助への愛おしさが募る。
空の胸がきゅうと締め付けられた。
が、きり丸は不満があるのか今にも爆発寸前だ。
頭をくしゃくしゃと搔きむしる。
「もぉ~、土井先生もさぁ!「守る」なんて曖昧にせずに、もっとはっきり伝えたらいいのに!」
「え……!?」
「気づかないんですか、空さん!土井先生がどれだけ空さんのことを好……」
だが、きり丸はその先の言葉を続けることができなかった。
急に頭の上に強烈な痛みを感じたのだ。
「いってぇ!」
「人のいないところで何を言っているんだ、何を!」
「土井先生!いつの間に!」
きり丸に拳骨を落としたのは半助だった。
その顔は赤い。
「きり丸……こんなところにいたんだな。委員会活動が終わったら私の部屋に来るように言っておいたろ?」
「そうでしたっけ?」
すっとぼけるきり丸を半助は軽々と脇に抱えた。
きり丸はぶうっと頬を膨らませている。
「おれ、もうちょっとここに居たいのにぃ!」
「乱太郎としんべえはとっくに来てるぞ!大人しく補習を受けるんだ!」
「……」
半助のムスッとした態度に、空は目の前の掛け合いを黙って見ていることしかできなかった。
その視線に気づいた半助は去り際にチラっと空を見やる。
「……春休みの件、そういうことだから」
それだけ言い残し、戸がピシャっと閉まった。
「……」
(土井先生……照れてたのかな?)
ふたりで町に出かけたときもそうだった。
買ってくれた櫛を渡す時、ちょっとしたやり取りのあと、ぶっきらぼうな態度をとっていた。
さっきの憮然とした顔がそのときの表情に重なって、不意に笑いがこぼれてしまう。
ふと自分の足にそっと手を添える。
昨日半助が包帯を巻いてくれた部分を愛おしげに見つめていた。
(自惚れても、いいんだよね……)
怪我が治ったら、今の気持ちを素直に打ち明けよう。
想いを伝えたら、その先にどんなことが待っているのかを知りたい。
空は決意を新たにしていた。
珍しく学園長とヘムヘムは朝からずっといない。
空は学園長室で一人やることもなく過ごしていた。
今は虚空を見つめている。
仙人山で対峙した夢の女、即ち前世の自分との会話を思い出していた。
〈この世界から心が離れないよう……何があっても生きていく。その意志と覚悟を持つことよ〉
(意志と覚悟、か……)
空がこちらの世界に来て、もう半年近くになる。
不便な生活にも慣れた。
沢山の仲間ができた。
「帰りたい」から「この世界で生きてもいい」と考えが変わった。
現に、この世界に愛着さえ持ち始めている。
それなのに。
ふと向こうの世界の素晴らしさを思い出して、やっぱりもの悲しくなることがある。
あそこには戦や流行り病など生を脅かすものはなにもない。
遥かに発達した文明と快適な暮らし。
理想郷と言ってもいい。
空からしてみたら、18年間そんな世界で生きてきて、郷愁を抱かないほうがおかしい。
前世の自分から、もし元の世界に帰れるとしたらどうする?と問われて突っぱねられなかったのはそういうことだ。
だが、空は理解していた。
過度の郷愁はこの世界から心が離れる原因となってしまう、と。
(だから深い絆が必要なんだ……この世界で生きていきたいって強く思えるように……)
考えを巡らす空を現実へ引き戻したのは、ある少年の声だった。
「空さん!」
きり丸だった。
一人で学園長室にやって来たのだ。
「きりちゃん!どうしたの?今日は一人……?」
「今日はみんな委員会活動なんです!おれは図書委員会で……早く終わったから、来ちゃいました」
そう言って、空の身体にしがみついてくる。
「わ!」
勢いあまって、空はよろけそうになる。
が、なんとか受け止めた。
「もう、きりちゃん」
「エヘヘ……空さん!」
空の温もりが恋しいのか、きり丸はピッタリとくっついて離れない。
あの仙人山騒動で随分心労をかけたのだろう。
騒動後、こうやって甘えることが増えた。
「……」
抱き寄せたきり丸の頭をそっと撫でる。
「ごめんね、きりちゃん……心配かけて」
「おれ、すっげー心配したんだぜ。それに、空さんが隠し事していたのもショックだったし……」
「本当に……ごめん」
「ねぇ、空さん。もう他には隠してることはないよね?おれたちから離れるってことないよね?ずっと、ここで暮らせるんだよね?」
きり丸が心配そうに空の顔を覗き込む。
空は安心させるように言った。
「きりちゃん……もう隠していることはないから安心して。それに、帰って来てから話したでしょ。私はここの世界で生まれるはずの人間……だったんだって。だから、もうどこかに行ったりしない。ずっと、きりちゃんのそばにいる」
「ほんと?」
「ほんと。これからもずっと一緒だよ」
きり丸はパッと明るくなって、空の胸に甘えるように顔を埋める。
やはり、この子からは離れられない――空はそんな風に思っていた。
(きりちゃんとはこんなに強い絆ができてるのに……あの体質は消えない。となるとあの
強い絆――それは男女の愛。
行きついた結論に、思わず顔に熱が集まる。
「空さん。なんか顔赤いよ?」
「あ、何でもない、何でもないよ!ハハハ……」
「……よく分かんないけど。それよりさ、もうすぐ春休みだけど、空さんになんのバイト手伝ってもらおうかなぁ?」
「え……?」
決定事項のように言うきり丸に、空は唖然とする。
「でも、きりちゃん……私がおうちに行くこと、土井先生にはちゃんと話したの?」
「話すも何も、もう土井先生はその気でいるよ。そうしないと空さんを守れないって」
「土井先生……」
「守る」という言葉に、半助への愛おしさが募る。
空の胸がきゅうと締め付けられた。
が、きり丸は不満があるのか今にも爆発寸前だ。
頭をくしゃくしゃと搔きむしる。
「もぉ~、土井先生もさぁ!「守る」なんて曖昧にせずに、もっとはっきり伝えたらいいのに!」
「え……!?」
「気づかないんですか、空さん!土井先生がどれだけ空さんのことを好……」
だが、きり丸はその先の言葉を続けることができなかった。
急に頭の上に強烈な痛みを感じたのだ。
「いってぇ!」
「人のいないところで何を言っているんだ、何を!」
「土井先生!いつの間に!」
きり丸に拳骨を落としたのは半助だった。
その顔は赤い。
「きり丸……こんなところにいたんだな。委員会活動が終わったら私の部屋に来るように言っておいたろ?」
「そうでしたっけ?」
すっとぼけるきり丸を半助は軽々と脇に抱えた。
きり丸はぶうっと頬を膨らませている。
「おれ、もうちょっとここに居たいのにぃ!」
「乱太郎としんべえはとっくに来てるぞ!大人しく補習を受けるんだ!」
「……」
半助のムスッとした態度に、空は目の前の掛け合いを黙って見ていることしかできなかった。
その視線に気づいた半助は去り際にチラっと空を見やる。
「……春休みの件、そういうことだから」
それだけ言い残し、戸がピシャっと閉まった。
「……」
(土井先生……照れてたのかな?)
ふたりで町に出かけたときもそうだった。
買ってくれた櫛を渡す時、ちょっとしたやり取りのあと、ぶっきらぼうな態度をとっていた。
さっきの憮然とした顔がそのときの表情に重なって、不意に笑いがこぼれてしまう。
ふと自分の足にそっと手を添える。
昨日半助が包帯を巻いてくれた部分を愛おしげに見つめていた。
(自惚れても、いいんだよね……)
怪我が治ったら、今の気持ちを素直に打ち明けよう。
想いを伝えたら、その先にどんなことが待っているのかを知りたい。
空は決意を新たにしていた。
