半助に指名され、不良たちのリーダー格の男がすっと前に出た。
不良たちの中で一段と体格がしっかりとしており、腕っぷしの強そうな男だった。
手には短刀を持っている。

「随分、威勢のいい兄ちゃんじゃねえか。俺にサシで勝負を申し込むとはいい度胸だな。笑っていられるのもいまのうちだぞ」
「はぁ……さっさとかかってこい」
「アニキなら、そんな優男ひとひねりだぜ！やっちまえ！」

周りの手下たちは自分たちのリーダーが勝つことを信じて疑わない。
余程リーダーの男は喧嘩に自信があるのだろう。

だが、半助は全く臆していなかった。
生と死の狭間に常にさらされていた忍者の眼力は、その不良たちの力量を一目で見抜いていたのだ。

「俺に喧嘩を売ったこと、後悔させてやるよ！死ね！」

男が目前の半助に向かって短刀を振り下ろす。
半助はなんとその場にしゃがみ込んでしまった。

「は！今更、命乞いかよ！情けねえな！でも、遅えぜ！」

勝負あった、と勝った気満々な男は一層醜悪な笑みを浮かべる。
が、次の瞬間、男は驚愕する。
自分の真下にいる半助がニヤリと微笑んだのだ。

半助は地面の砂をひと掴みするとパッと男の顔にまき散らした。

「うわっ……！」

目に砂が入り、男は目元を抑える。
怯んだ隙に、男の懐目掛けて半助は思いっきり当て身をくらわした。

「うっ……」

半助の渾身の一撃は男の急所を突いていた。
みぞおちにダメージを受けたその男は地面に倒れ、苦しそうに悶えている。
半助は男から素早く短刀を取り上げると、男の首元にその切っ先を向けた。

「ひ、卑怯だぞ……」
「大人数で子どもにあんなことしておいて、よくそんな口が聞けるな」
「……」
「どうだ？自分の武器を他人に向けられる気分は？その身体でコイツの切れ味を試してみるか？」

ニヒルな笑みを浮かべた半助は、さらに首に短刀を近づける。
男の首に、わずかに血が滲んだ。
もう何も発せられないほど、男は戦意喪失していた。
半助の凄みのある目つきから、自分との格の違いを嫌でも感じ取っていたのだ。

「……」

リーダーを慕っていた下っ端たちは唖然としていた。
奇襲をしかけ、機先を制した半助の戦術は見事なものだった。
加えて、たった一撃とはいえ正確に急所に狙いをつけ、相手を倒すことは普通の人間にはできない芸当だ。

彼らは直感していた。
喧嘩の強かったリーダーがあっさりやられたのに、自分たちがどうこうできる相手ではない。
自分たちがアマチュアなら、相手は戦闘のプロなのだ、と。

その後の下っ端たちの反応はさまざまだった。
腰を抜かして真っ先に逃げる者、倒れたリーダーをひきずるようにして早足で去るもの。

脱兎のごとく不良たちは消えていった。

「土井先生……。凄い……！」
「ね、言った通りだったでしょ？」

呆然とする空の横で、北石がさも得意げに言った。

「やれやれ……これで大人しくなってくれるといいけど」

不良たちを撃退し、ぽりぽりと頭を掻く半助だったが、歓声を上げる周りの野次馬たちが忽ち半助を取り囲む。

「すげえじゃねえか、兄ちゃん！」
「あいつら、周囲の村やこの町で悪さしてたから、スカッとしたぜ！」
「えっ？えっ？いや、私は……」

押し寄せる群衆の中から、先ほどの子どもを救ってもらった両親が現れた。

「この度は息子の命を助けてくださり、本当にありがとうございます！」
「ぜひ何かお礼をしたいので、うちにいらしてください！」
「いえ、お礼だなんて、そんな……」

謙遜し、半助は辞退しようとする。
が、悪人たちが現れてからずっとダンマリを決め込んでいた牧之介がしれっと割り込んできて高らかに叫んだ。

「よくやったな、土井半助！ん～、流石は私の弟子だ！」
「おい、こら！牧之介！何、勝手なこと言ってるんだ！？」

しかし、子の両親はすぐに信じてしまう。

「まぁ、あなたはこちらの方のお師匠様なんですね！ぜひ、うちの家に！」
「ううむ……そう言われてはしょうがないな。行くぞ！半助！」
「おいこら、牧之介！私を弟子扱いするんじゃない！」

牧之介を放置するわけにもいかず、半助は結局ついていくしかなかった。

「あれ……？土井先生たちどこに行くんでしょうね？」
「空さん、私たちも行ってみましょう！」

遠くから眺めていた空と北石も慌てて半助たちの跡を追った。