22.約束

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大木が去った今、裏々山にいるのはと半助の二人だけとなった。

「もう、なんなの……一体!?」

大木に勢いよく叩かれたお尻がヒリヒリと痛む。

半助は大木に頭に来ていた。
自分を挑発するような発言とへの馴れ馴れしい態度が許せなかったのだ。
そんな烈火のごとく怒る半助を見て、はぎょっとする。

「あ、あの、土井先生……何か、怒ってます?」

の声に、半助は慌てて我に返った。

「あ、いや、別に……何でもない。それより、大変だったな」
「いきなり拉致されて、何事かと思いましたよ……」
「そういえば、大木先生の用事って何だったんだ?」
「えーっと、それは……この景色を見せるために私をここに連れて来たそうです」
「へっ?ここに来るためだけに?」

キョトンとする半助に、は無言で頷く。
不意に大木の言葉がの脳裏をよぎった。

『自分で答えを得られる悩みもあるが、他人に話して初めて解決できる悩みだってある』

(今まで、ずっと一人で抱え込んでいたけど、もうだめなのかもしれない……)

大木のあの言葉には背中を押されたような気がした。

「土井先生、あの……このまま少しお話してもいいですか?」
「うん、大丈夫だよ。どうした?」

は気持ちを落ち着かせるため、一旦深く息を吸いこむ。
目に入りこむ景色を見ながら、ゆっくりと自分の思いを語り出した。

「ここの世界って、どの場所も自然がそのまま残ってて美しいですね……こんな風景は私のいた世界ではなかなか見れないです……自然を切り崩して、建物がバンバン造られて、空気も汚れていて……」
「……」
「あまりの違いに最初は戸惑ったけど、忍術学園の生活に慣れてきて、いろんな人たちに会って……この世界の良さに少しずつ気づき始めたのに」
「……」
「なのに私は……やっぱり元の世界に帰りたい……そう、思ってしまいました」
「……」

の声は震えていた。
半助は悲痛な面持ちで、の話にじっと耳を傾けていく。

「あの日、尊奈門さんが来た日……手裏剣を初めて触った時、すごく興奮したんです。あの時の私は、手裏剣を子どものおもちゃのように捉えてて。でも……その日の夜色々考えてやっと気づきました。あれは人を傷つける武器なんだって」
「……」
「この世界は身近に争いがある……自分が生きてきた世界と全然違います……悲しいくらいに」
「……」
「それを実感した瞬間、理由わけもなく怖かった。こんな世界で幸せになんか生きていけない。戦に巻き込まれたら、忍術学園から追い出されたらどうしよう……そんな不安ばかりがどんどん押し寄せてくる。未来に希望が持てない……」
「……」
「何で私、ここにいるの……?ここに居なかったら、こんなことで悩まなくてよかった!いっそのこと、この世界のことが全部夢だったらいいのに!」

心情を吐露していくうちに、最後の方は興奮で叫んだものになっていた。

「ごめんなさい。土井先生からして見れば、かなり失礼なことを言ってるの、わかってます」

はどこか諦めたような表情で、隣にいた半助を見る。
半助はの肩に手を置くと、穏やかな表情でゆっくりと首を横に振った。

「知らない世界で生きるってことは想像もつかないほどつらいし、怖いに決まってる……もし私が君のように、全く知らない世界に飛ばされて同じような状況になったら、相当堪えてしまうと思う……」
「……」
「家族も、友も、自分が築き上げたものも、将来も、何もかも失って……それに、君からすれば、ここははるかに命の危険の多い場所だ」
「……」
「君が感じている不安や恐怖はごく当たり前のことなんだ。だから、私たちがどう思うかなんて気にしないでほしい」
「土井先生……」
「やっと、話してくれた。君が故郷に帰りたいってのは今に始まったことじゃないだろ?もうずっと前から気づいてた」
「……」

半助は黙り込んだの頭をやさしく小突いた。

「時々寂しそうにしているの、きり丸だって気づいてるんだぞ。は組のみんなや食堂のおばちゃんだって。全く、もっと早く打ち明けてくれたら良かったのに!」

押し黙ったままのもこの半助の発言は看過できなかったようだ。
感情をあらわに反論していた。

「だって、言えるわけないじゃないですか!?未来からきたってだけで十分胡散臭くて怪しいのに。こんな素性の私に、働き口と住むところまで与えてくれて。そこまでしてもらって、皆に気を遣わせることなんかとても言えません!皆に嫌われて、疎まれて、忍術学園にいれなくなったら、私はもう……!」
「なにつまらないこと言ってるんだ!」

半助がもどかしそうに怒鳴る。

「私も含めて……君が忍術学園で知り得た人たちが、そんなことで見捨てるような薄情なやつらだと思うかい?」
「えっ!?………………ううん、そんなことはありません!」

そう、忍術学園の生徒や先生たちは皆個性は強いが、優しく頼れる存在だ。
新しい生活を始めてから今日に至るまで、困った時みんなは何度も助けてくれたのだ。

だとて、頭ではそれを理解していた。
にもかかわらず、はあと一歩が踏み出せなかった。
でも、それは仕方がないのかもしれない。
たった五ヶ月しかいない世界の人々に全ての胸の内をさらけ出せるほど、の心は単純ではなかった。

は自嘲気味に呟いた。

「そうですよね……先生の言う通り、もっと周りに吐き出していたら……皆に甘えることができたら、こんなに不安を感じずに済んだのかな……」

そう言って、は項垂れる。
ふと、頭に温かさを感じる。
半助がの頭をポンポンと叩いていた。

「そう自分を責めるな。たった一人でここに来た君の哀しみや苦しみは、私たちでは推し量れない」

その言葉に、今まで押さえつけていた感情が爆発し、思わず瞼の奥から涙が零れ出そうになる。
が、それを遮るように、今度は半助から話を切り出した。
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