22.約束

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「塀を超えるよ。しっかり掴まって!」

半助は思いっきり地面を蹴って跳躍する。
ほんの少しの時間だけ身体が宙に浮いたあと、塀に着地した。

「やっと忍術学園に戻ってこれたな。お疲れ様」

半助の並外れた運動能力に、は唖然としていた。

「凄い、私を抱えたままこんな高い塀まで跳んで……土井先生ってほんとに忍者なんですね!」
「まあね」

得意気に返事した半助はさらに塀から下り、地面に着地すると背負っていたを下ろした。

「……」

は半助の様子がおかしいことに気づいた。
何か引っかかることがあるのか、少し険しい顔をしている。
をじっと見据えていた半助だったが、徐に口を開いた。

君」
「何ですか、土井先生?」
「さっきの裏々山での話だけど……」
「は、はい」
「裏々山で君が言ったこと……この世界のことがすべて夢だったらいい、と。あれ、私は嫌だからな。君と過ごした日々が夢で終わるなんて」

憮然とした顔で半助は強く言い切る。
それを聞いたは言葉を失くし、やがて俯いてしまう。
この反応に、しまったと半助は慌てて言葉を並べていく。

「あ、いや、怒ったわけじゃないんだ!そうじゃなくて……その、ほら、きり丸や乱太郎、しんべえも悲しむだろうし……もちろん私もだけど……つまりは……」

何を言いたいのか要領を得ていなくて、半助は自分自身が情けなくなる。
一方で、顔を上げたは、半助の困惑ぶりに目を丸くしている。

「違うんです、土井先生。私、怒られたなんて思っていません」
「へっ?」
「嬉しいんです。土井先生が嫌だ、て言ってくれて。あんなにきっぱりと否定してくれるなんて」
「……」
「全て夢だったらいいなんて酷いこと言っておきながら、私も……今は土井先生と同じ気持ちです。皆と過ごした日々が夢で終わるなんて、絶対に嫌です」

そう言って、は気恥ずかしそうに微笑む。
そのかわいらしい表情を見て、半助の胸は高鳴っていく。

(君……)

二人はそのまま見つめ合い、良い雰囲気になるも、

「お、やっと帰ってきたか!いっちょ前にイチャつきおって!」

威勢のいい声の主、大木によって水を差されてしまうのであった。

「「大木先生!?」」
「声まで揃って、仲睦まじいなぁ!なぁ、乱太郎、しんべえ、きり丸!」

大木に冷やかされ、ふたりともほんのり顔が赤い。
何故かボロボロになっている大木の後ろには、ホクホク顔のきり丸とげっそりと疲れた様子の乱太郎、しんベヱがいた。

「お、大木先生こそ、何やってたんですか?随分くたびれてて……」
「何って決闘だ。あのキザで鼻につく野村雄三と」
「二年の実技担当教師の野村先生と?あんなに優しくて良い先生なのに、何でそんなことするんですか?」

ここで、小銭袋を掲げたきり丸が会話に割り込んでくる。

さんは知らないですよね?大木先生と野村先生は、水と油、永遠のライバルなんでぇす!おかげでチケット代儲かっちゃいました!」

目が小銭状態のきり丸が満足げにしている理由はそういうことだった。
乱太郎としんべえがさらに細かい情報を付け加えていく。

「私としんベヱ、大木先生対野村先生の対戦にかこつけたきり丸のバイトに付き合わされてもう散々……」
「チケット売りだけじゃなくて、おせんべいとキャラメル売りまで!おかげで僕もうお腹ペッコペコ!」
「しんベヱ!しんベヱはそのおせんべいとキャラメルをつまみ食いしてただけでしょ!」
「まあまあ、いいじゃん!二人とも、仲良く仲良く」

険悪になりそうな乱太郎としんベヱをきり丸が慌てて仲裁する。

「やれやれ、お前らはいつも騒がしいのう」

子ども三人の掛け合いを見守っていた大木だったが、何かを思い出して、「あ」と声を発した。

「おっと、こうしちゃおれん!結局タイマン勝負は引き分けだったから、次は食堂であいつと早食い競争をするんだ。わしは先を急ぐ!」

大木は去り際にをちらっと見る。

(目に光がもどってるな……)

が大丈夫だと確認できると、大木は一目散に食堂へ疾走していった。

「ボクたちも今から食堂行くんです!土井先生とさんも一緒に行きましょう~!」
「うん!」

しんべえに笑顔で答えたを見て、きり丸は顔を輝かせる。

(いつものさんに戻ってる!)

きり丸は嬉しくて、思わずの手を握る。
その小さい手の感触と温かさに、は胸がきゅうと締め付けられた。

(きりちゃん……)

今、はっきりとわかったことがある。
元の世界へ帰りたいと思っていたのに、自分に情を求めるきり丸と離れることなんてやっぱりできない、と。
ましてや、好きだと自覚した半助は、尚更――


さんはなんかいいことあったんすか?嬉しそうだけど」
「うん、まあね」

はニッコリと微笑む。
その笑顔を見て、土井先生が何もかも解決してくれたのだろうと、きり丸はそれ以上追求しなかった。





わずかに残っていた夕焼けが漆黒に染まろうとしている。
はきり丸としんべえと手を繋ぎ、乱太郎はその前を半助と並んで歩いている。

「土井先生は、さんを連れ戻しにどこまで行ってたんですか?」
「裏々山までだよ。そうだ!乱太郎、私が不在の間、課題は出来たか?あれは簡単だからすぐ解けただろう?」

半助は「はい」の返事がかえってくることを信じて疑わない。
対して、顔をひきつらせた乱太郎は申し訳なさそうに口を開いた。

「土井先生。あの課題、庄左エ門以外はみんな激ムズだって匙投げちゃって……」

これを聞いた半助は、一気に奈落の底に突き落とされる。

「教えたはずだ、教えたはずだ!」

がっくりとその場に崩れ落ちた半助の肩を、きり丸が慰めるように叩いた。

「土井先生!ちゃんと課題やりますから!これからご飯食べて、お風呂に入って、髪乾かして、内職をして、その後に!」
「きり丸……やると言いながら、何で課題を後回しにしているんだ!」
「まぁまぁ、土井先生、きりちゃん!とりあえず食堂に行ってご飯を食べましょう!」
「そうだよ、ボク早く夕ご飯食べたい!」
「私も!きり丸のバイトで疲れちゃって、もうお腹と背中がくっつきそうです……」

が乱太郎としんべえに引っ張られてさっさと行ってしまうので、慌てたきり丸が追いかける。

「おい、みんな!ちょっと待ってよ~!」

あっという間に半助はその場に一人ぽつんと取り残された。

「やれやれ」

半助はどこか嬉しそうに呟く。
三人組といるの姿に安心すると、半助もまた白い湯気の立ち昇る食堂へ向かって走り出した。
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