22.約束
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自分の置かれた状況と謎の夢に悩まされて、空の鬱積は膨らむ一方だった。
だが、空を悩ます種はもう一つある。
それは食堂の仕事だ。
食べることが大好きな空はその仕事が嫌いなわけではない。
食堂のおばちゃんだって、優しく気さくで頼れる上司であり、何の不満はない。
自分が中途半端な戦力なのが許せなかった。
というのも、
「また焦がしちゃった……」
久しぶりに厨房に立って魚を焼く練習をしていたが、たちまち黒焦げになってしまう。
「空ちゃんが竈の前にたつと、なんか火の勢いが増すような気がするのよねぇ……」
「やっぱり、そうですよね。おばちゃんも気づきますよね、これだけ失敗すると……もう偶然じゃないですよね…」
空が竈の近くで調理すると、突然竈内の炎が激しくなることがわかった。
竈の火だけではない。
囲炉裏の火や火鉢の炭火…火という火は皆同じでその勢いを増す。
空が料理下手になった最大の理由は、これだったのだ。
原因不明の奇妙な現象を引き起こす体質になってしまった。
空は自分自身を気味悪く思う。
しかし、おばちゃんは困るどころか、寧ろ好意的に捉えていた。
「でも、これだけ火の勢いが凄かったら、お湯は早く湧かせるじゃない?結構便利かも。汁物を手早く作りたいときは、空ちゃんを呼ぶわね」
「ええ!?」
「伊作君が不運を呼ぶ、そういう体質みたいなもんでしょ、全く気にしてないわよ」
というわけで、おばちゃんは空の悩みなど歯牙にもかけない。
極めてノーテンキだった。
不運大魔王の異名をもつ、六年生の善法寺伊作の不運と一括りにするおばちゃんの楽観ぶりに、空は口をポカンとする。
おばちゃんは気にしていないようだが、空本人にとっては大問題に変わりはない。
料理さえまともにできない自分に対する自己嫌悪から、空は自分自身に自信が持てなくなっていた。
それは、空とこの世界との間にできた溝をますます深くしていく。
空は竈の前でしゃがみこみ、中の揺らめく火をじっと見る。
その瞬間、火は激しさを増した。
(竈の火が一定じゃないと碌に料理も作れないわよ……やんなっちゃう)
(この不安定さは……私の心みたい……)
いくら考えてもわからないものはわからない。
気を取り直して、おばちゃんに頼まれた仕事のうちの野菜洗いにとりかかることにした。
淡々とその仕事をこなしていくが、空は心の中に何かひっかかるものを感じていた。
それは、いみじくも少し前に頭の中で考えていた言葉だ。
――この不安定さは……私の心みたい……
(あれ?もしかして……?)
何かつかめそう。
空が考えを発展させようとした、そのときだった。
バシッ!
誰かにお尻を叩かれてしまい、突然のことに空はびっくりする。
「きゃぁぁっ!」
空は堪らず声を上げる。
おばちゃんのイタズラかと思って振り返る。
が、そこに居たのは全く違う人物だった。
(あれ?おばちゃんじゃない……誰?この人?)
目の前には白いハチマキをつけた野性味溢れる男が仁王立ちしている。
どこか不満げな様子でぶつぶつ文句を言ってきた。
「わしが育てた野菜をそんな辛気臭い顔で洗いおって」
「そっちこそ!いきなり一体何するんですか!?それに、あなた誰ですか?」
「わしは大木雅之助だ。昔ここで忍術学園の教師をしていた。今は杭瀬村でラッキョウや他の野菜を作っている」
「え!?ここで先生やってたんですか?」
意外にもその男からしっかりとした経歴が返ってきて、空はハトが豆鉄砲くらったような顔になった。
「そうだ。それより、お前はここの新入りか?見ない顔だな」
「はい。空と申します。今、食堂のお手伝いを任されてまして」
「ふ~ん……」
大木は空を品定めするようにジロジロと見る。
「な、何ですか?」
「そんなひょろっとした身体で大丈夫か?もっとしっかり食べた方がいいぞ!」
元忍者というだけあって、素早く空の背後に回る。
そして、またお尻を叩いた。
本日二回目。
空は顔を真っ赤にして怒っていた。
「イタッ!もう、なんでお尻なんですか!私、女の子ですよ!!」
「ハッハッハ。気合を入れているだけだ。それに安心しろ。ワシはお前のような小娘には興味無い」
(もう……何なの、この人!?)
ガハハと豪快に笑う雅之助を空はジト目で睨んでいる。
そんな二人の応酬は食堂のおばちゃんの登場よって終わりを告げた。
おばちゃんは呆れている。
「大木先生……空ちゃんをからかうのもいい加減にしてください!」
おばちゃんが一喝する。
が、大木は全く悪びれる様子でおばちゃんに答えた。
「ははは。そんな怒んないでください。親睦を深めようとしただけですよ!ご無沙汰してます、食堂のおばちゃん」
(何が親睦を深める、よ。調子の良いこと言って!)
空はカンカンに怒った顔で大木を睨みつけている。
「ごめんね、空ちゃん。びっくりしたでしょう。大木先生に悪気はない……はずだから、今回だけは許してあげてね」
「おばちゃんがそこまで言うなら……わかりました」
他ならぬおばちゃんの一声に、空はしぶしぶ怒りをおさめることにした。
「大木先生は時々忍術学園に来て、杭瀬村のお野菜をおすそ分けしてくれるの。ほら、冬休み前、空ちゃんがおいしいって三回もお代わりしてた野菜の煮物、あれ大木先生が作った野菜よ」
「えぇぇぇっ!!」
「ほぅ。三回もお代わりしたとは。まあ、ワシが丹精込めて育てた野菜だから、当然だな」
「うっ……」
まさかそんな事情があったとは知らず、図々しくも三回おかわりしたことを本人に知られ、恥ずかしさを感じる。
空はもう、大木に強い態度で出れなくなってしまうのだった。
大木はそのままおばちゃんと雑談を始めてしまい、なんとなく輪に入りづらい空はまた洗い場で野菜を洗い始めた。
大きな溜息をこぼし、憂いのある表情に戻っている。
(アイツ……ま~た、あんなしかめっ面顔しおって)
大木は空の表情が変化するさまをしっかりと見ていた。
陰鬱な空気に身を包んだ空をチラ見しては、何か思うところがあるのだった。
だが、空を悩ます種はもう一つある。
それは食堂の仕事だ。
食べることが大好きな空はその仕事が嫌いなわけではない。
食堂のおばちゃんだって、優しく気さくで頼れる上司であり、何の不満はない。
自分が中途半端な戦力なのが許せなかった。
というのも、
「また焦がしちゃった……」
久しぶりに厨房に立って魚を焼く練習をしていたが、たちまち黒焦げになってしまう。
「空ちゃんが竈の前にたつと、なんか火の勢いが増すような気がするのよねぇ……」
「やっぱり、そうですよね。おばちゃんも気づきますよね、これだけ失敗すると……もう偶然じゃないですよね…」
空が竈の近くで調理すると、突然竈内の炎が激しくなることがわかった。
竈の火だけではない。
囲炉裏の火や火鉢の炭火…火という火は皆同じでその勢いを増す。
空が料理下手になった最大の理由は、これだったのだ。
原因不明の奇妙な現象を引き起こす体質になってしまった。
空は自分自身を気味悪く思う。
しかし、おばちゃんは困るどころか、寧ろ好意的に捉えていた。
「でも、これだけ火の勢いが凄かったら、お湯は早く湧かせるじゃない?結構便利かも。汁物を手早く作りたいときは、空ちゃんを呼ぶわね」
「ええ!?」
「伊作君が不運を呼ぶ、そういう体質みたいなもんでしょ、全く気にしてないわよ」
というわけで、おばちゃんは空の悩みなど歯牙にもかけない。
極めてノーテンキだった。
不運大魔王の異名をもつ、六年生の善法寺伊作の不運と一括りにするおばちゃんの楽観ぶりに、空は口をポカンとする。
おばちゃんは気にしていないようだが、空本人にとっては大問題に変わりはない。
料理さえまともにできない自分に対する自己嫌悪から、空は自分自身に自信が持てなくなっていた。
それは、空とこの世界との間にできた溝をますます深くしていく。
空は竈の前でしゃがみこみ、中の揺らめく火をじっと見る。
その瞬間、火は激しさを増した。
(竈の火が一定じゃないと碌に料理も作れないわよ……やんなっちゃう)
(この不安定さは……私の心みたい……)
いくら考えてもわからないものはわからない。
気を取り直して、おばちゃんに頼まれた仕事のうちの野菜洗いにとりかかることにした。
淡々とその仕事をこなしていくが、空は心の中に何かひっかかるものを感じていた。
それは、いみじくも少し前に頭の中で考えていた言葉だ。
――この不安定さは……私の心みたい……
(あれ?もしかして……?)
何かつかめそう。
空が考えを発展させようとした、そのときだった。
バシッ!
誰かにお尻を叩かれてしまい、突然のことに空はびっくりする。
「きゃぁぁっ!」
空は堪らず声を上げる。
おばちゃんのイタズラかと思って振り返る。
が、そこに居たのは全く違う人物だった。
(あれ?おばちゃんじゃない……誰?この人?)
目の前には白いハチマキをつけた野性味溢れる男が仁王立ちしている。
どこか不満げな様子でぶつぶつ文句を言ってきた。
「わしが育てた野菜をそんな辛気臭い顔で洗いおって」
「そっちこそ!いきなり一体何するんですか!?それに、あなた誰ですか?」
「わしは大木雅之助だ。昔ここで忍術学園の教師をしていた。今は杭瀬村でラッキョウや他の野菜を作っている」
「え!?ここで先生やってたんですか?」
意外にもその男からしっかりとした経歴が返ってきて、空はハトが豆鉄砲くらったような顔になった。
「そうだ。それより、お前はここの新入りか?見ない顔だな」
「はい。空と申します。今、食堂のお手伝いを任されてまして」
「ふ~ん……」
大木は空を品定めするようにジロジロと見る。
「な、何ですか?」
「そんなひょろっとした身体で大丈夫か?もっとしっかり食べた方がいいぞ!」
元忍者というだけあって、素早く空の背後に回る。
そして、またお尻を叩いた。
本日二回目。
空は顔を真っ赤にして怒っていた。
「イタッ!もう、なんでお尻なんですか!私、女の子ですよ!!」
「ハッハッハ。気合を入れているだけだ。それに安心しろ。ワシはお前のような小娘には興味無い」
(もう……何なの、この人!?)
ガハハと豪快に笑う雅之助を空はジト目で睨んでいる。
そんな二人の応酬は食堂のおばちゃんの登場よって終わりを告げた。
おばちゃんは呆れている。
「大木先生……空ちゃんをからかうのもいい加減にしてください!」
おばちゃんが一喝する。
が、大木は全く悪びれる様子でおばちゃんに答えた。
「ははは。そんな怒んないでください。親睦を深めようとしただけですよ!ご無沙汰してます、食堂のおばちゃん」
(何が親睦を深める、よ。調子の良いこと言って!)
空はカンカンに怒った顔で大木を睨みつけている。
「ごめんね、空ちゃん。びっくりしたでしょう。大木先生に悪気はない……はずだから、今回だけは許してあげてね」
「おばちゃんがそこまで言うなら……わかりました」
他ならぬおばちゃんの一声に、空はしぶしぶ怒りをおさめることにした。
「大木先生は時々忍術学園に来て、杭瀬村のお野菜をおすそ分けしてくれるの。ほら、冬休み前、空ちゃんがおいしいって三回もお代わりしてた野菜の煮物、あれ大木先生が作った野菜よ」
「えぇぇぇっ!!」
「ほぅ。三回もお代わりしたとは。まあ、ワシが丹精込めて育てた野菜だから、当然だな」
「うっ……」
まさかそんな事情があったとは知らず、図々しくも三回おかわりしたことを本人に知られ、恥ずかしさを感じる。
空はもう、大木に強い態度で出れなくなってしまうのだった。
大木はそのままおばちゃんと雑談を始めてしまい、なんとなく輪に入りづらい空はまた洗い場で野菜を洗い始めた。
大きな溜息をこぼし、憂いのある表情に戻っている。
(アイツ……ま~た、あんなしかめっ面顔しおって)
大木は空の表情が変化するさまをしっかりと見ていた。
陰鬱な空気に身を包んだ空をチラ見しては、何か思うところがあるのだった。