22.約束
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森を抜けると、辺り一面緑の続く高台が視界に飛び込んできた。
その平らな台地をさらに進めば、なだらかな丘陵が続いている。
大木はその丘陵の一番高い部分でやっと足を止めた。
「着いたぞ!」
「うえっ。気持ち悪い……」
大木にやっと降ろしてもらった空は、頭巾をとってしゃがみこみ、吐き気に必死に耐えていた。
空のあまりの軟弱ぶりに、大木はゲンナリとしていた。
「なんだぁ!?アレで酔ったのか?」
呆れる大木に言い返したくても、酔いの苦しさがつらくて、空はただ黙って堪えることしかできなかった。
それを見た大木は流石に悪いと思ったのか空の背を優しくさする。
「……もう少しゆっくり走ればよかったな。すまん」
本当はその気遣いさえ拒否したかったが、その気力すら残っていない。
大木にしばらく背中をさすられていると、気分が大分良くなってきた。
「もう、結構です……」
大木から身体を離し、膝に手をつきながらゆっくりと立ち上がると、まだ苦しさの残る顔で大木を睨んだ。
いくら今優しくされたとはいえ、自分に対する大木の態度は終始尊大で、失礼極まりない。
空はそれがどうしても許せなかった。
だが、大木はそんな空の機嫌に全く構わず、あっけらかんとしている。
山の頂上に吹きつける風を感じながら、おもむろに口を開いた。
「どうだ?ここの景色絶景だと思わんか?わしのお気に入りの場所なんだぞ」
「はぁ?」
空は開いた口が塞がらなかった。
そんなことのために自分をここへ連れてきたというのか。
驚きと呆れの感情は、やがて怒りへと変わっていく。
だが、いつまで経っても自分から視線を動かさない空に大木はついに痺れを切らした。
「いいから見て見ろ!」
「……はい」
大木の言われるがまま、丘陵から周囲を見渡す。
目の前には風光明媚な絶景が広がっていた。
丘陵の下に広がっている密集した森林。
その深い緑の一番奥には岩のような山が幾重も連なり、頂きは雪で白く染まっている。
爽やかな青空とも調和したその光景は、まさに絵画から飛び出てきたように美しい。
雄大な自然が織りなす美に空は息をのんだ。
「すごい……」
空はこの壮麗な光景から目が離せなかった。
その場から微動だにせず立ち尽くしている。
その様子に、大木は連れて来たかいがあったと顔を綻ばせた。
「もっと深刻だと思ったが、その様子なら大丈夫そうだな」
「へっ?」
「この風景を楽しむ余裕があるなら、お前の心はまだ壊れていない」
「大木先生、一体どういうことですか?」
大木は少し考えたような顔をして、やがて空に問いかけた。
「お前、酒は飲むか?」
「いえ…」
「わしは時々、夜酒を嗜む。そういう日は決まって外で飲むことにしておる」
「……」
今一つ大木の言葉の真意がわからない。
回りくどい言い方にじれったさを感じるが、大木の口から次の言葉が出るのを待った。
「星や月の夜空、鳥や虫の奏でる音、雨や雪の天候、季節の花…自然を楽しみながら飲む酒はいつ飲んでも美味い。だが、酒がまずいと感じる時は……それは自分の心に何か問題があるときだ」
「……」
空は何となく大木の言いたいことがわかった。
自然を愛でることができるのは、心が正常に機能している。
逆にそれができないときは、自分の心が病んでいるのだ、と。
「今日初めて会ったとはいえ、食堂でのお前、悩んでる苦しんでるってのが全面に出てたぞ。あんな暗い顔で仕事しおって」
「……」
忍者特有の鋭さなのか、或いは人生経験を積んだ年長者の勘なのか。
大木は空の苦しみを見抜いていた。
「まぁ、若い時はわしもそういうこともあったが、な。とにかくお前が何を悩んでるか知らんが、ちゃんと解決できそうか?」
「それは……」
「自分で答えを得られる悩みもあるが、他人に話して初めて解決できる悩みだってある」
「……」
「わしでよければ、聞くぞ!」
大木は嬉々として申し出るが、空はツンとした態度でキッパリと断るのだった。
「いえ、それは遠慮しておきます。どこんじょーの一言で片づけられても困りますから」
大木は冷ややかな視線を向ける空の頭に手を置くと、髪をくしゃくしゃにした。
「わわっ!もう、何するんですか!」
「がっはっは。それだけ憎まれ口を叩けるなら大丈夫そうだな」
(もう。ほんとに遠慮がないんだから……!)
だが、このとき空は大木のことを見直していた。
やり方はめちゃくちゃだが、会って間もない初対面の自分を心配してくれたと思うと、どこか憎めない。
ふと、大木が何かに気づく。
自分と空のほかに、もうひとりの人間の気配を察知した。
「迎えが来たみたいだぞ」
空が振り向くと、そこには半助が立っていた。
「土井先生!」
空は喜びいっぱいに叫んだ。
「大木先生……あなたのせいで一年は組の授業が中断されたじゃないですか。全く、いい加減にしてください!」
「久しぶりに会ったのに、随分言葉がきついな。まぁ、そう怒るなって!」
半助のただならぬ怒りに、大木は何かを感じ取ったようだ。
素早く半助の隣に移動して肩を組み、ニヤニヤした顔で半助に耳打ちする。
「なぁ、あれ、お前の女か!?もう寝たのか?具合はどうだった?」
「え!?あ、いや、彼女は……」
形勢逆転。
あれだけ怒っていた半助が一転して動揺している。
目は泳ぎがちで、口調がしどろもどろ。
その反応に大木はガハハハッといつもの豪快な笑いが止まらなかった。
「土井先生にも春が来たんだな!」
「大木先生!!」
大木におちょくられ、半助は至近距離で怒声を飛ばす。
五月蠅くて敵わん、と大木は半助から離れると、空の隣に立ってその肩を抱いた。
「今は小娘だが……素材は悪くない。なかなかイイ線いっておる。あと二、三年経てばワシの相手をしてもらおうか?」
「は?」
ポカンと口を開ける空に対し、半助は大激怒。
この神経を逆なでするような発言に過剰に反応してしまう。
「大木先生、あなたという人は!」
「そう怒るなよ、土井先生。わしはもう用が済んだから。ほら、後は仲良く一緒に帰るんだぞ」
そう言って半助に差し出すように、空のお尻をバチンと叩く。
「きゃあああっ!」
空が大木にお尻を叩かれたのは、本日三回目となった。
その平らな台地をさらに進めば、なだらかな丘陵が続いている。
大木はその丘陵の一番高い部分でやっと足を止めた。
「着いたぞ!」
「うえっ。気持ち悪い……」
大木にやっと降ろしてもらった空は、頭巾をとってしゃがみこみ、吐き気に必死に耐えていた。
空のあまりの軟弱ぶりに、大木はゲンナリとしていた。
「なんだぁ!?アレで酔ったのか?」
呆れる大木に言い返したくても、酔いの苦しさがつらくて、空はただ黙って堪えることしかできなかった。
それを見た大木は流石に悪いと思ったのか空の背を優しくさする。
「……もう少しゆっくり走ればよかったな。すまん」
本当はその気遣いさえ拒否したかったが、その気力すら残っていない。
大木にしばらく背中をさすられていると、気分が大分良くなってきた。
「もう、結構です……」
大木から身体を離し、膝に手をつきながらゆっくりと立ち上がると、まだ苦しさの残る顔で大木を睨んだ。
いくら今優しくされたとはいえ、自分に対する大木の態度は終始尊大で、失礼極まりない。
空はそれがどうしても許せなかった。
だが、大木はそんな空の機嫌に全く構わず、あっけらかんとしている。
山の頂上に吹きつける風を感じながら、おもむろに口を開いた。
「どうだ?ここの景色絶景だと思わんか?わしのお気に入りの場所なんだぞ」
「はぁ?」
空は開いた口が塞がらなかった。
そんなことのために自分をここへ連れてきたというのか。
驚きと呆れの感情は、やがて怒りへと変わっていく。
だが、いつまで経っても自分から視線を動かさない空に大木はついに痺れを切らした。
「いいから見て見ろ!」
「……はい」
大木の言われるがまま、丘陵から周囲を見渡す。
目の前には風光明媚な絶景が広がっていた。
丘陵の下に広がっている密集した森林。
その深い緑の一番奥には岩のような山が幾重も連なり、頂きは雪で白く染まっている。
爽やかな青空とも調和したその光景は、まさに絵画から飛び出てきたように美しい。
雄大な自然が織りなす美に空は息をのんだ。
「すごい……」
空はこの壮麗な光景から目が離せなかった。
その場から微動だにせず立ち尽くしている。
その様子に、大木は連れて来たかいがあったと顔を綻ばせた。
「もっと深刻だと思ったが、その様子なら大丈夫そうだな」
「へっ?」
「この風景を楽しむ余裕があるなら、お前の心はまだ壊れていない」
「大木先生、一体どういうことですか?」
大木は少し考えたような顔をして、やがて空に問いかけた。
「お前、酒は飲むか?」
「いえ…」
「わしは時々、夜酒を嗜む。そういう日は決まって外で飲むことにしておる」
「……」
今一つ大木の言葉の真意がわからない。
回りくどい言い方にじれったさを感じるが、大木の口から次の言葉が出るのを待った。
「星や月の夜空、鳥や虫の奏でる音、雨や雪の天候、季節の花…自然を楽しみながら飲む酒はいつ飲んでも美味い。だが、酒がまずいと感じる時は……それは自分の心に何か問題があるときだ」
「……」
空は何となく大木の言いたいことがわかった。
自然を愛でることができるのは、心が正常に機能している。
逆にそれができないときは、自分の心が病んでいるのだ、と。
「今日初めて会ったとはいえ、食堂でのお前、悩んでる苦しんでるってのが全面に出てたぞ。あんな暗い顔で仕事しおって」
「……」
忍者特有の鋭さなのか、或いは人生経験を積んだ年長者の勘なのか。
大木は空の苦しみを見抜いていた。
「まぁ、若い時はわしもそういうこともあったが、な。とにかくお前が何を悩んでるか知らんが、ちゃんと解決できそうか?」
「それは……」
「自分で答えを得られる悩みもあるが、他人に話して初めて解決できる悩みだってある」
「……」
「わしでよければ、聞くぞ!」
大木は嬉々として申し出るが、空はツンとした態度でキッパリと断るのだった。
「いえ、それは遠慮しておきます。どこんじょーの一言で片づけられても困りますから」
大木は冷ややかな視線を向ける空の頭に手を置くと、髪をくしゃくしゃにした。
「わわっ!もう、何するんですか!」
「がっはっは。それだけ憎まれ口を叩けるなら大丈夫そうだな」
(もう。ほんとに遠慮がないんだから……!)
だが、このとき空は大木のことを見直していた。
やり方はめちゃくちゃだが、会って間もない初対面の自分を心配してくれたと思うと、どこか憎めない。
ふと、大木が何かに気づく。
自分と空のほかに、もうひとりの人間の気配を察知した。
「迎えが来たみたいだぞ」
空が振り向くと、そこには半助が立っていた。
「土井先生!」
空は喜びいっぱいに叫んだ。
「大木先生……あなたのせいで一年は組の授業が中断されたじゃないですか。全く、いい加減にしてください!」
「久しぶりに会ったのに、随分言葉がきついな。まぁ、そう怒るなって!」
半助のただならぬ怒りに、大木は何かを感じ取ったようだ。
素早く半助の隣に移動して肩を組み、ニヤニヤした顔で半助に耳打ちする。
「なぁ、あれ、お前の女か!?もう寝たのか?具合はどうだった?」
「え!?あ、いや、彼女は……」
形勢逆転。
あれだけ怒っていた半助が一転して動揺している。
目は泳ぎがちで、口調がしどろもどろ。
その反応に大木はガハハハッといつもの豪快な笑いが止まらなかった。
「土井先生にも春が来たんだな!」
「大木先生!!」
大木におちょくられ、半助は至近距離で怒声を飛ばす。
五月蠅くて敵わん、と大木は半助から離れると、空の隣に立ってその肩を抱いた。
「今は小娘だが……素材は悪くない。なかなかイイ線いっておる。あと二、三年経てばワシの相手をしてもらおうか?」
「は?」
ポカンと口を開ける空に対し、半助は大激怒。
この神経を逆なでするような発言に過剰に反応してしまう。
「大木先生、あなたという人は!」
「そう怒るなよ、土井先生。わしはもう用が済んだから。ほら、後は仲良く一緒に帰るんだぞ」
そう言って半助に差し出すように、空のお尻をバチンと叩く。
「きゃあああっ!」
空が大木にお尻を叩かれたのは、本日三回目となった。