第一話
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ふわりとしたそよ風がやさしく頬を撫でていく。
その心地よさに、舞野空が思わず目を細めた。
「思い出してよかった。ずっと借りっぱなしだったもんね」
空は今数冊の本や巻物を抱えて、廊下を歩いている。
行き先は、忍術学園一年は組の職員室。
そこに、本を貸してくれた人物がいる。
(結局、全部読みきれなかったな……)
初見では自力で読めるかもしれないと思っていたが、いざ読み進めると内容がとっつきにくく、断念したものばかり。
借りた本のうち、完読できたのはたったの一冊しかない。
ここは室町末期の戦国時代――
空は遥か遠い未来からやってきた十九歳の少女である。
元はただの大学生だった彼女だが、紆余曲折を経て、忍術学園という教育機関で雑用係として働いている。
(文字の勉強も続けてるし、この世界に慣れてきたと思ったんだけど、まだまだ修行が足りないな……)
過去の世界での暮らしぶりが板についてきたとはいえ、自分にはブランクがある。
焦らずに行こう。
そう思った矢先のことだった。
「わ!」
急に吹き付ける風の強さが増した。
そのいたずらな風は、抱えていた本からパラリとあるものを落とした。
(あれ?何だろう……?)
廊下に落ちたのは一枚の紙だった。
細長い短冊形――どうやら栞のようである。
拾ってみると、その紙には押し花が貼られていた。
(こういうの持ってるなんて、珍しい……)
空は栞を本に挟み直す。
ふたたび目的地を目指して歩き出した。
***
「失礼します」
そう言って職員室の戸を開けると、中で一人の男が忙しそうに書類を睨んでいた。
が、空の存在に気づくと、「やぁ」とやわらかい微笑みで彼女を出迎えた。
男――土井半助は一年は組の教科担当教師である。
もう一人の部屋の主、半助の同僚であり実技担当教師の山田伝蔵の姿は見当たらない。
半助と空の間に流れる、ほのかに甘い空気。
数か月前、ふたりは晴れて恋人同士になった。
「お忙しいところすみません。でも、職員会議で留守にされる前に、どうしても返したくて」
空がスッと本一式を差し出した。
「お、もう読んだのか。で、どうだった?感想は?」
「はぁ、それが……借りた本のうち、一冊しかまともに読めなくて、」
バツが悪そうに答える空を見て、半助は吹き出した。
「だと思った。一か月前に貸した瞬間から、君にはちょっと難しいかなって思ってたから、こうなることは予想できたんだ」
「なら、そのときにそうと言ってくだされば……!」
「だって、君が背伸びして張り切るもんだから、言い出しにくくて……黙ったままにしてしまった」
「もう」
「ごめん、ごめん」
拗ねた空の手を、正面に座る半助がぎゅっと握りしめる。
怒っているにもかかわらず、触れられた瞬間から心臓がとくとくと甘い音を立てはじめる。
空がツンとした態度で言った。
「し、執務中ですよ。それに、山田先生が戻ってきたら、」
「山田先生なら先に行ってるから問題ないよ。誰かさんの怒りがおさまるまで、こうしておく」
半助は微笑みを崩さなかった。
甘くやさしさを湛えた瞳と手の温もり。
つまらない怒りなどすぐに消失する。
その代わり、こみ上げてくる恥ずかしさの方が堪えがたかった。
「も、もう怒ってないから、離してください!」
「はいはい」
熟れたトマトのように赤面した空の可愛さに免じてといったところか。
半助は手を離し、返却された本を下げようとする。
このとき、空があることを思い出した。
「そういえば、土井先生……本に栞が挟まってましたよ」
「ん、栞?」
「ええ。さっき本を落としたときに気づいたんです。その本私読めなかったから」
そう言って、空は該当する本を手に取る。
栞を見つけて、どうぞと半助に差し出した。
「これは……」
「その押し花、土井先生がお作りになったんですか?」
「……」
「そういう趣味があるなんて、なんだか意外ですね」
「……」
「土井先生?」
ようやく空も気づいた。
栞を眺める半助の様子がどこかおかしい。
感傷的な雰囲気を漂わせている。
懐かしむような、どこかもの悲しげな。
「土井先生……?」
空の視線で半助がハッと我に返る。
さりげなく栞を本に戻すと、急に立ち上がった。
「おっと、こうしちゃいられないな。そろそろ職員会議に行かないと。じゃ」
半助は逃げるようにその場をあとにする。
「何か、ヘン……」
半助が去った後も、空は栞を挟んだ本から目が離せなかった。
その心地よさに、舞野空が思わず目を細めた。
「思い出してよかった。ずっと借りっぱなしだったもんね」
空は今数冊の本や巻物を抱えて、廊下を歩いている。
行き先は、忍術学園一年は組の職員室。
そこに、本を貸してくれた人物がいる。
(結局、全部読みきれなかったな……)
初見では自力で読めるかもしれないと思っていたが、いざ読み進めると内容がとっつきにくく、断念したものばかり。
借りた本のうち、完読できたのはたったの一冊しかない。
ここは室町末期の戦国時代――
空は遥か遠い未来からやってきた十九歳の少女である。
元はただの大学生だった彼女だが、紆余曲折を経て、忍術学園という教育機関で雑用係として働いている。
(文字の勉強も続けてるし、この世界に慣れてきたと思ったんだけど、まだまだ修行が足りないな……)
過去の世界での暮らしぶりが板についてきたとはいえ、自分にはブランクがある。
焦らずに行こう。
そう思った矢先のことだった。
「わ!」
急に吹き付ける風の強さが増した。
そのいたずらな風は、抱えていた本からパラリとあるものを落とした。
(あれ?何だろう……?)
廊下に落ちたのは一枚の紙だった。
細長い短冊形――どうやら栞のようである。
拾ってみると、その紙には押し花が貼られていた。
(こういうの持ってるなんて、珍しい……)
空は栞を本に挟み直す。
ふたたび目的地を目指して歩き出した。
***
「失礼します」
そう言って職員室の戸を開けると、中で一人の男が忙しそうに書類を睨んでいた。
が、空の存在に気づくと、「やぁ」とやわらかい微笑みで彼女を出迎えた。
男――土井半助は一年は組の教科担当教師である。
もう一人の部屋の主、半助の同僚であり実技担当教師の山田伝蔵の姿は見当たらない。
半助と空の間に流れる、ほのかに甘い空気。
数か月前、ふたりは晴れて恋人同士になった。
「お忙しいところすみません。でも、職員会議で留守にされる前に、どうしても返したくて」
空がスッと本一式を差し出した。
「お、もう読んだのか。で、どうだった?感想は?」
「はぁ、それが……借りた本のうち、一冊しかまともに読めなくて、」
バツが悪そうに答える空を見て、半助は吹き出した。
「だと思った。一か月前に貸した瞬間から、君にはちょっと難しいかなって思ってたから、こうなることは予想できたんだ」
「なら、そのときにそうと言ってくだされば……!」
「だって、君が背伸びして張り切るもんだから、言い出しにくくて……黙ったままにしてしまった」
「もう」
「ごめん、ごめん」
拗ねた空の手を、正面に座る半助がぎゅっと握りしめる。
怒っているにもかかわらず、触れられた瞬間から心臓がとくとくと甘い音を立てはじめる。
空がツンとした態度で言った。
「し、執務中ですよ。それに、山田先生が戻ってきたら、」
「山田先生なら先に行ってるから問題ないよ。誰かさんの怒りがおさまるまで、こうしておく」
半助は微笑みを崩さなかった。
甘くやさしさを湛えた瞳と手の温もり。
つまらない怒りなどすぐに消失する。
その代わり、こみ上げてくる恥ずかしさの方が堪えがたかった。
「も、もう怒ってないから、離してください!」
「はいはい」
熟れたトマトのように赤面した空の可愛さに免じてといったところか。
半助は手を離し、返却された本を下げようとする。
このとき、空があることを思い出した。
「そういえば、土井先生……本に栞が挟まってましたよ」
「ん、栞?」
「ええ。さっき本を落としたときに気づいたんです。その本私読めなかったから」
そう言って、空は該当する本を手に取る。
栞を見つけて、どうぞと半助に差し出した。
「これは……」
「その押し花、土井先生がお作りになったんですか?」
「……」
「そういう趣味があるなんて、なんだか意外ですね」
「……」
「土井先生?」
ようやく空も気づいた。
栞を眺める半助の様子がどこかおかしい。
感傷的な雰囲気を漂わせている。
懐かしむような、どこかもの悲しげな。
「土井先生……?」
空の視線で半助がハッと我に返る。
さりげなく栞を本に戻すと、急に立ち上がった。
「おっと、こうしちゃいられないな。そろそろ職員会議に行かないと。じゃ」
半助は逃げるようにその場をあとにする。
「何か、ヘン……」
半助が去った後も、空は栞を挟んだ本から目が離せなかった。
1/6ページ