4.対峙
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「「空さん、おはようございます!」」
振り返ると、そこには満開の笑顔を見せる二人の少年がいた。
「庄左エ門君、伊助君、おはよう」
空も微笑みで返す。
厨房から勝手口を突き抜けるやいなや、二人から声をかけられたのだ。
「空さん、もう食堂の仕事上がっちゃうんですか?」
「これから学園長先生のお部屋へ行くんでしょ?事務のお仕事がやっと慣れてきたっていうのに、『学園長特命 』で秘書に命じられて大変ですよね」
「ほんとほんと。学園長先生の気まぐれに付き合わされて可哀想……」
「あはは。二人とも、心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だから」
空がにっこりと笑う。
だが、最初の微笑みに比べるとなんだかぎこちない。
そんな空の軽微な変化に気づかない庄左エ門と伊助は急に顔を暗くした。
「あ~あ、土井先生も三河の国へ出張中だし。安藤先生や斜堂先生が入れ替わり立ち代わりで来るのはいいんだけど、なんか身が入らなくて」
「なんだかんだで、土井先生の授業が一番ほっとするよな」
「まぁ、あと二、三週間の辛抱だよ……って伊助、そろそろ授業始まっちゃう!」
「わ、いっけね!」
じゃ、と短く告げて庄左エ門と伊助が去っていく。
「……」
庄左ヱ門と伊助の前で、自分は自然に振舞えていただろうか。
空は急に不安になった。
そして、周囲を見渡す。
重い瞼をこすり、欠伸をする忍たまの姿。
同級生と談笑し合う忍たまの姿。
宿題を忘れたと焦って走る忍たまの姿。
空の瞳には、普段と変わらない静謐 な学園風景が映っている。
(まだ忍術学園の皆は誰一人気づいていない……土井先生が天鬼へ変わってしまったことも……)
半助が天鬼となってから、三日が過ぎた。
依然として学園長は捕虜の身のままである。
普段、気ままに学園内をうろついているだけに、全く姿を見せないとなるとその違和感に気づく者は必ずいるだろう。
そこで、伝蔵は対外的にこう打ち出した。
学園長は来たる一か月後において、全忍たまにある課題を課す。
その課題の熟考及び作成に専念するため、庵を中心とした指定された区域への入場を禁止するとのこと。
この掟を破った者は、即退学なのだと。
即退学という厳しいルールに学園中の忍たまが騒然となったが、その強制力は絶大で皆黙って従っている。
中には訝る者もいたが、突飛なことを思いつく学園長の性格を考慮すると、考え過ぎかと頓着しなかった。
それから、不幸中の幸いともいうべきか、天鬼自身学園内を全く徘徊しなかった。
学園長の庵でじっと本を睨んでは、必要な事項を紙に記していく。
今後の戦略を組んでいるようだった。
身の回りの世話は空やきり丸の従者たちで完結するし、外の空気を吸おうと庵の庭に佇むのは、暗闇が支配する夜の時間。
忍術学園側の措置と天鬼自身の消極的な行動範囲――この二つが重なって学園の異変に気付かれることはなかった。
しかし、長くはもたないだろう。
この膠着状態もどちらかが崩れれば、忍術学園に混乱をきたすことは確実――
空は目の前の天鬼をじっと見つめている。
天鬼から指示があるまで、繕いやきり丸のバイトの内職などでやり過ごしてきたが、もうそろそろ限界である。
(これじゃ、全然だめだよね……)
三日間様子を窺っていたが、食事の準備や雑用以外での会話は皆無だった。
自分から話しかけようと何度もトライしたが、あの凍てついた瞳で見据えられると蛇に睨まれた蛙のように身体が竦んでだめなのだ。
このままでは、諜報役の六年生たちから天鬼へと報告資料が渡り、彼の思惑通りの展開に――
いや、忍術学園総出で天鬼を抑えつければ、それは絶対に起こり得ないはずなのだが、時折思いつめたような表情で呟く伝蔵の台詞が頭にこびりついている。
「もしものときは、天鬼と刺し違えようと……」
悪い妄想をかき消すように、空はブンブンと首を振った。
同僚の二人が傷つけあう姿なんて、絶対にあってはならない。
特に、恋い慕う人間が血の海に沈む姿なんて、想像するだけで寒気がした。
空の懸念は他にもある。
学園長だ。
常人よりも強靭な肉体を持っているとはいえ、狭い部屋での幽閉は七十以上の高齢の身に堪えるだろう。
(何とかしなきゃいけない……何とか……)
何も良い考えが浮かばないまま、時間だけが過ぎていく。
天鬼は取りつく島もないように、本だけを睨んでいる。
(よく飽きもしないで読んでいられるよね……)
(そんなに兵法の本って面白いのかな……そういえば、土井先生も……)
ふと空は回想する。
忍術学園で一年は組の授業に参加していた頃、半助の得意分野である兵法の話になった途端、高揚してつい喋りすぎてしまう彼の姿を。
『いいか。兵法というのはそもそも――』
『孫子の兵法で最も有名な言葉は――』
本来の好奇心旺盛な性格も加わって、空は今無性に知りたくなっていた。
兵法という学問が何たるものかを。
「て、天鬼様!!」
清水の舞台から飛び降りるような心地で、空が叫んだ。
振り返ると、そこには満開の笑顔を見せる二人の少年がいた。
「庄左エ門君、伊助君、おはよう」
空も微笑みで返す。
厨房から勝手口を突き抜けるやいなや、二人から声をかけられたのだ。
「空さん、もう食堂の仕事上がっちゃうんですか?」
「これから学園長先生のお部屋へ行くんでしょ?事務のお仕事がやっと慣れてきたっていうのに、『
「ほんとほんと。学園長先生の気まぐれに付き合わされて可哀想……」
「あはは。二人とも、心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だから」
空がにっこりと笑う。
だが、最初の微笑みに比べるとなんだかぎこちない。
そんな空の軽微な変化に気づかない庄左エ門と伊助は急に顔を暗くした。
「あ~あ、土井先生も三河の国へ出張中だし。安藤先生や斜堂先生が入れ替わり立ち代わりで来るのはいいんだけど、なんか身が入らなくて」
「なんだかんだで、土井先生の授業が一番ほっとするよな」
「まぁ、あと二、三週間の辛抱だよ……って伊助、そろそろ授業始まっちゃう!」
「わ、いっけね!」
じゃ、と短く告げて庄左エ門と伊助が去っていく。
「……」
庄左ヱ門と伊助の前で、自分は自然に振舞えていただろうか。
空は急に不安になった。
そして、周囲を見渡す。
重い瞼をこすり、欠伸をする忍たまの姿。
同級生と談笑し合う忍たまの姿。
宿題を忘れたと焦って走る忍たまの姿。
空の瞳には、普段と変わらない
(まだ忍術学園の皆は誰一人気づいていない……土井先生が天鬼へ変わってしまったことも……)
半助が天鬼となってから、三日が過ぎた。
依然として学園長は捕虜の身のままである。
普段、気ままに学園内をうろついているだけに、全く姿を見せないとなるとその違和感に気づく者は必ずいるだろう。
そこで、伝蔵は対外的にこう打ち出した。
学園長は来たる一か月後において、全忍たまにある課題を課す。
その課題の熟考及び作成に専念するため、庵を中心とした指定された区域への入場を禁止するとのこと。
この掟を破った者は、即退学なのだと。
即退学という厳しいルールに学園中の忍たまが騒然となったが、その強制力は絶大で皆黙って従っている。
中には訝る者もいたが、突飛なことを思いつく学園長の性格を考慮すると、考え過ぎかと頓着しなかった。
それから、不幸中の幸いともいうべきか、天鬼自身学園内を全く徘徊しなかった。
学園長の庵でじっと本を睨んでは、必要な事項を紙に記していく。
今後の戦略を組んでいるようだった。
身の回りの世話は空やきり丸の従者たちで完結するし、外の空気を吸おうと庵の庭に佇むのは、暗闇が支配する夜の時間。
忍術学園側の措置と天鬼自身の消極的な行動範囲――この二つが重なって学園の異変に気付かれることはなかった。
しかし、長くはもたないだろう。
この膠着状態もどちらかが崩れれば、忍術学園に混乱をきたすことは確実――
空は目の前の天鬼をじっと見つめている。
天鬼から指示があるまで、繕いやきり丸のバイトの内職などでやり過ごしてきたが、もうそろそろ限界である。
(これじゃ、全然だめだよね……)
三日間様子を窺っていたが、食事の準備や雑用以外での会話は皆無だった。
自分から話しかけようと何度もトライしたが、あの凍てついた瞳で見据えられると蛇に睨まれた蛙のように身体が竦んでだめなのだ。
このままでは、諜報役の六年生たちから天鬼へと報告資料が渡り、彼の思惑通りの展開に――
いや、忍術学園総出で天鬼を抑えつければ、それは絶対に起こり得ないはずなのだが、時折思いつめたような表情で呟く伝蔵の台詞が頭にこびりついている。
「もしものときは、天鬼と刺し違えようと……」
悪い妄想をかき消すように、空はブンブンと首を振った。
同僚の二人が傷つけあう姿なんて、絶対にあってはならない。
特に、恋い慕う人間が血の海に沈む姿なんて、想像するだけで寒気がした。
空の懸念は他にもある。
学園長だ。
常人よりも強靭な肉体を持っているとはいえ、狭い部屋での幽閉は七十以上の高齢の身に堪えるだろう。
(何とかしなきゃいけない……何とか……)
何も良い考えが浮かばないまま、時間だけが過ぎていく。
天鬼は取りつく島もないように、本だけを睨んでいる。
(よく飽きもしないで読んでいられるよね……)
(そんなに兵法の本って面白いのかな……そういえば、土井先生も……)
ふと空は回想する。
忍術学園で一年は組の授業に参加していた頃、半助の得意分野である兵法の話になった途端、高揚してつい喋りすぎてしまう彼の姿を。
『いいか。兵法というのはそもそも――』
『孫子の兵法で最も有名な言葉は――』
本来の好奇心旺盛な性格も加わって、空は今無性に知りたくなっていた。
兵法という学問が何たるものかを。
「て、天鬼様!!」
清水の舞台から飛び降りるような心地で、空が叫んだ。