お団子はむはむ
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結構待ったけど、買ってきて正解だった……。
隣にいる恋人が口いっぱいに団子を頬張る姿を見て、山田利吉は心からそう思った。
急に仕事の依頼がキャンセルされた。
突然の休みに何をしようか。
そう考えるまでもなく、利吉の足は忍術学園へ向かっていた。
そこでは、利吉の恋人である舞野空が働いている。
利吉が忍術学園に着いたのは、午後の昼下がりの時間。
今の時間なら食堂のお手伝いではなく、事務の仕事をしているだろう――となれば、彼女は学園中をあちこち動き回っているに違いない。
すれ違う人々に挨拶しながら、利吉は学園内を探し回った。
ほどなくして、見慣れた長い黒髪が目に留まる。
彼女は学園長の庵の庭にいた。
「利吉さん!」
声をかけると、空は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにとびっきりの笑顔で出迎えてくれた。
「びっくりしました……急に来るなんて。もしかして、お休みとれたんですか!?」
「ええ。急に仕事がキャンセルになって。今、忙しいですか?」
「忙しいと言えば忙しいですが、庵の掃除は一通り終わりました」
「よかった。じゃあ、一休みしませんか?」
そう言って、利吉が手にぶら下げたものを見せる。
空の顔がもう一段と輝いた。
日当たりのいい縁側に腰を下ろし、小休止といくことにした。
「ほ~んと、美味しい!まさか今日『みっちゃん』のお団子が食べれるとは思ってなかったです」
みっちゃん、というのは忍術学園から割と近くにある、一年前にオープンした菓子屋である。
少々わかりづらい場所に位置しているが、繁盛している。
瞬く間に名が知れ渡ってからは、菓子一つ買うのに長い列に並ばなければいけないほどだった。
「ああ、ほんと美味しい。止まらなくなりますね~」
始めのころは旺盛な食欲に驚いた利吉も、今はもう慣れた。
美味しそうに空が食べているのを眺めているだけで、幸せを感じる。
普段の凛とした顔つきも美しいが、今のように目元がデレっと緩みきった様は小動物のように愛らしい。
こんな無防備な顔を、忍術学園の男たちは毎日見ているんだよな……。
急に嫉妬が湧く。
けれど、空は利吉の想いなどつゆ知らず、団子を頬張るのに精いっぱいだ。
口に入れた団子のせいで、頬がリスのように膨らんでいる。
「お団子、食べないんですか~?」
呑気な声で空が聞く。
せっかく恋人がはるばる訪ねてきたというのに、「花より団子」なままの彼女に次第に腹が立ってきた。
一泡吹かせたくなった。
「そうですね、私も頂こうかな」
利吉の返事を受け、空が団子を一本とろうとする。
しかし、それより先に利吉が空を横抱きにし、膝の上に乗せた。
空が目を丸くしている。
「あ、あれ……?」
「本当に旨そうだ。いただきます」
利吉は顔を近づけ、空の頬にかぶりつく。
白くふっくらした頬をお団子のように見立て、はむはむと唇で噛んだ。
「やっ……いきなり何するんですか!」
空の顔が火が付いたように真っ赤になった。
「何って……お団子食べてるんですけど」
「こ、これはお団子ではありません!」
「おや、失礼。お団子のように丸っこかったので、見間違えました」
空は素早く身を離し、定位置に戻った。
もう……と呟きながらも、その顔にはまだ火照りが残っている。
「誰かに見られたら大変ですよ!もう、昼間からあんなことするなんて……」
「じゃあ、夜ならいいんですか?」
そう返せば、空の顔がさらに赤みを増した。
「そ、それは……言葉のあやで……!その、つまりは……」
空の反撃も長くは続かない。
じっと見つめてやると、耳まで赤くし、やがて口ごもってしまう。
自滅していく彼女が面白かった。
「もっと感激の意を示して欲しかったです。せっかく会えたのに、空さんはお団子に夢中だし」
「だって、まだ業務中ですよ!?」
「『まだ』って……やっぱり、夜ならいいってことじゃないですか。これで決まり。仕事が終わったら、部屋まで迎えにいきますから、準備しておいてください」
強引な逢引の誘いに、空は絶句している。
けれど、桜色に染めた頬と潤んだ瞳を見れば、期待しているのが見て取れた。
「それまで美味しいお団子 を我慢しますから。夜になったら、うんと食べさせてくださいね」
耳元で熱く囁いてから、空の目をじっと見る。
しばらくそうしていると、空は毒気を抜かれたように素直に頷いた。
自分の身に何が起こるか感じ取ったのだろう。
恥じらう姿が男心をくすぐる。
本当は今すぐ君を――
しかし、人の気配を感じた利吉は風のように姿を消した。
「あ、あれ……利吉さん?もういなくなってる」
空がキョロキョロとあたりを探している。
その様子を利吉が学園長室の屋根上から見守っている。
呆然とする空に、学園長とヘムヘムが廊下側から近づいてくる。
「おう、空ちゃん。掃除は終わったかのう……ああっ!」
「な、なんですか?」
「そのお団子……さては『みっちゃん』のお団子と見た。一人だけ食してずるいのう。ああ、ずるいのう!」
学園長の視線は団子に集中している。
甘いものに目がない彼は、空からの次の一言を待っているのだ。
「これはお土産で頂いて……よろしかったら学園長も、」
「おお、そうか!では、早速」
そうと決まれば、と学園長はどかっと空の隣に座った。
遠慮なしに団子にがっついていく。
傍で見ていたヘムヘムも。
「おお、うまいのう!流石は名店の味じゃ」
「ヘムヘムゥ!」
「ははは……それはよかったです」
「ところで、これは誰が買って来たんじゃ?」
「利吉さんですよ」
空がそう答えると、学園長とヘムヘムが顔を見合わせる。
ニンマリと笑った。
「空ちゃんは幸せ者じゃな。これを買うために利吉くんはあの長い行列に耐えたのじゃから。う~ん、愛されとるのう!」
「あ、愛されてるって……そんなっ……!」
「ヘムヘムゥ」
「もう、ヘムヘムまで!」
空がふたたび赤面する。
「愛されている」と言う言葉に、過剰に反応しているようだ。
普段なら多少の冷やかしにも耐えていられるのに。
ついさっき触れ合ったことが、彼女を過敏にさせているのかもしれない。
しどろもどろになっている恋人がたまらなく可愛くて、滑稽だ。
吹き出しそうになるのを堪えながら、利吉はその場をあとにした。
(さて、どう時間をつぶそうかな……)
何とはなしに父・伝蔵のいる職員室を目指している。
とりあえずは近況報告。
そのあとは、あの頓珍漢な一年は組の面々を相手にしていれば、十分な暇つぶしになるだろう。
まだ高みにある太陽を、利吉は睨んだ。
闇に染まれば、思いきり彼女を抱き締められるのに。
夜が待ち遠しかった。
隣にいる恋人が口いっぱいに団子を頬張る姿を見て、山田利吉は心からそう思った。
急に仕事の依頼がキャンセルされた。
突然の休みに何をしようか。
そう考えるまでもなく、利吉の足は忍術学園へ向かっていた。
そこでは、利吉の恋人である舞野空が働いている。
利吉が忍術学園に着いたのは、午後の昼下がりの時間。
今の時間なら食堂のお手伝いではなく、事務の仕事をしているだろう――となれば、彼女は学園中をあちこち動き回っているに違いない。
すれ違う人々に挨拶しながら、利吉は学園内を探し回った。
ほどなくして、見慣れた長い黒髪が目に留まる。
彼女は学園長の庵の庭にいた。
「利吉さん!」
声をかけると、空は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにとびっきりの笑顔で出迎えてくれた。
「びっくりしました……急に来るなんて。もしかして、お休みとれたんですか!?」
「ええ。急に仕事がキャンセルになって。今、忙しいですか?」
「忙しいと言えば忙しいですが、庵の掃除は一通り終わりました」
「よかった。じゃあ、一休みしませんか?」
そう言って、利吉が手にぶら下げたものを見せる。
空の顔がもう一段と輝いた。
日当たりのいい縁側に腰を下ろし、小休止といくことにした。
「ほ~んと、美味しい!まさか今日『みっちゃん』のお団子が食べれるとは思ってなかったです」
みっちゃん、というのは忍術学園から割と近くにある、一年前にオープンした菓子屋である。
少々わかりづらい場所に位置しているが、繁盛している。
瞬く間に名が知れ渡ってからは、菓子一つ買うのに長い列に並ばなければいけないほどだった。
「ああ、ほんと美味しい。止まらなくなりますね~」
始めのころは旺盛な食欲に驚いた利吉も、今はもう慣れた。
美味しそうに空が食べているのを眺めているだけで、幸せを感じる。
普段の凛とした顔つきも美しいが、今のように目元がデレっと緩みきった様は小動物のように愛らしい。
こんな無防備な顔を、忍術学園の男たちは毎日見ているんだよな……。
急に嫉妬が湧く。
けれど、空は利吉の想いなどつゆ知らず、団子を頬張るのに精いっぱいだ。
口に入れた団子のせいで、頬がリスのように膨らんでいる。
「お団子、食べないんですか~?」
呑気な声で空が聞く。
せっかく恋人がはるばる訪ねてきたというのに、「花より団子」なままの彼女に次第に腹が立ってきた。
一泡吹かせたくなった。
「そうですね、私も頂こうかな」
利吉の返事を受け、空が団子を一本とろうとする。
しかし、それより先に利吉が空を横抱きにし、膝の上に乗せた。
空が目を丸くしている。
「あ、あれ……?」
「本当に旨そうだ。いただきます」
利吉は顔を近づけ、空の頬にかぶりつく。
白くふっくらした頬をお団子のように見立て、はむはむと唇で噛んだ。
「やっ……いきなり何するんですか!」
空の顔が火が付いたように真っ赤になった。
「何って……お団子食べてるんですけど」
「こ、これはお団子ではありません!」
「おや、失礼。お団子のように丸っこかったので、見間違えました」
空は素早く身を離し、定位置に戻った。
もう……と呟きながらも、その顔にはまだ火照りが残っている。
「誰かに見られたら大変ですよ!もう、昼間からあんなことするなんて……」
「じゃあ、夜ならいいんですか?」
そう返せば、空の顔がさらに赤みを増した。
「そ、それは……言葉のあやで……!その、つまりは……」
空の反撃も長くは続かない。
じっと見つめてやると、耳まで赤くし、やがて口ごもってしまう。
自滅していく彼女が面白かった。
「もっと感激の意を示して欲しかったです。せっかく会えたのに、空さんはお団子に夢中だし」
「だって、まだ業務中ですよ!?」
「『まだ』って……やっぱり、夜ならいいってことじゃないですか。これで決まり。仕事が終わったら、部屋まで迎えにいきますから、準備しておいてください」
強引な逢引の誘いに、空は絶句している。
けれど、桜色に染めた頬と潤んだ瞳を見れば、期待しているのが見て取れた。
「それまで美味しい
耳元で熱く囁いてから、空の目をじっと見る。
しばらくそうしていると、空は毒気を抜かれたように素直に頷いた。
自分の身に何が起こるか感じ取ったのだろう。
恥じらう姿が男心をくすぐる。
本当は今すぐ君を――
しかし、人の気配を感じた利吉は風のように姿を消した。
「あ、あれ……利吉さん?もういなくなってる」
空がキョロキョロとあたりを探している。
その様子を利吉が学園長室の屋根上から見守っている。
呆然とする空に、学園長とヘムヘムが廊下側から近づいてくる。
「おう、空ちゃん。掃除は終わったかのう……ああっ!」
「な、なんですか?」
「そのお団子……さては『みっちゃん』のお団子と見た。一人だけ食してずるいのう。ああ、ずるいのう!」
学園長の視線は団子に集中している。
甘いものに目がない彼は、空からの次の一言を待っているのだ。
「これはお土産で頂いて……よろしかったら学園長も、」
「おお、そうか!では、早速」
そうと決まれば、と学園長はどかっと空の隣に座った。
遠慮なしに団子にがっついていく。
傍で見ていたヘムヘムも。
「おお、うまいのう!流石は名店の味じゃ」
「ヘムヘムゥ!」
「ははは……それはよかったです」
「ところで、これは誰が買って来たんじゃ?」
「利吉さんですよ」
空がそう答えると、学園長とヘムヘムが顔を見合わせる。
ニンマリと笑った。
「空ちゃんは幸せ者じゃな。これを買うために利吉くんはあの長い行列に耐えたのじゃから。う~ん、愛されとるのう!」
「あ、愛されてるって……そんなっ……!」
「ヘムヘムゥ」
「もう、ヘムヘムまで!」
空がふたたび赤面する。
「愛されている」と言う言葉に、過剰に反応しているようだ。
普段なら多少の冷やかしにも耐えていられるのに。
ついさっき触れ合ったことが、彼女を過敏にさせているのかもしれない。
しどろもどろになっている恋人がたまらなく可愛くて、滑稽だ。
吹き出しそうになるのを堪えながら、利吉はその場をあとにした。
(さて、どう時間をつぶそうかな……)
何とはなしに父・伝蔵のいる職員室を目指している。
とりあえずは近況報告。
そのあとは、あの頓珍漢な一年は組の面々を相手にしていれば、十分な暇つぶしになるだろう。
まだ高みにある太陽を、利吉は睨んだ。
闇に染まれば、思いきり彼女を抱き締められるのに。
夜が待ち遠しかった。