杭瀬村へ行こう! その2
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
(はぁ……また杭瀬村に着いちゃった……)
一歩一歩と大木の家に近づいていくにつれ、憂鬱な気持ちが膨らんでいく。
頭上を見れば鼠色の雲が広がってきている。
まるで自分の心の中を映しているかのようだ、と空の口から溜息が零れた。
「な~に辛気臭い顔をしてるの、空ちゃん。可愛い顔がもったいないわよ」
空とは対照的に、食堂のおばちゃんはグングン先へと進んでいく。
杭瀬村での料理教室が良いリフレッシュになっているらしく、いつも以上に上機嫌であった。
「あら。大木先生……今日は外にいないわね。家の中にいるのかしら」
「そうみたいですね」
食堂のおばちゃんと空は、一通りあたりを見渡す。
畑にいることが多い大木だが、珍しいことに今日は姿が見えない。
面食らった二人ではあったが、気を取り直し、食堂のおばちゃんが家の戸を叩いた。
「大木先生、大木先生!」
その呼び声に呼応して、少し遅れて大木が出てきた。
「おっ、もう着いたのか。食堂のおばちゃん!ご無沙汰です。おっと、ついでに 空も」
相変わらずの口ぶりに空は頬を膨らませる。
が、大木の顔を見て、空は目を白黒させた。
「お、大木先生!口の周りから血が出てますよ!大丈夫ですか!?」
「平気だ、こんなもん」
そう言い放って、大木はゴシゴシと袖で血を拭う。
慌てふためく空のよそで、おばちゃんは極めて冷静だった。
「大木先生、ま~た、かみそりでやっちゃったんでしょ!髭剃り苦手だから……とにかく、急いで手当するわよ。空ちゃん手伝って」
「は、はい」
大木が顔中を血だらけにしている。
予期せぬ展開に動揺した空だったが、おばちゃんの急かす声で自身のやるべきことを早々に理解した。
***
「はい、これで手当て完了」
「ありがとう、食堂のおばちゃん」
怪我の処置が終わると、じっとしているのが堪えたようで、大木はうーんと背筋を伸ばした。
その横で空が笑いを堪えている。
大木が怪訝そうに言った。
「何だお前。人が怪我をしたというのに、不謹慎だな」
「だって、意外だったから……大木先生でも苦手なことがあるんだなって。髭剃りであんなに血だらけにする人、初めて見ました」
「そうそう。おかしいわよね。大木先生っていっつも自信満々で、苦手なことなんて何一つなさそうなのに、髭剃りだけはだめなのよ。知ったときは私も笑っちゃったわ」
「何だよ、二人して……フンッ!」
女二人に笑われたのが悔しいのか、大木はプイっと大げさにそっぽを向く。
その態度が、また女たちの笑いを誘った。
「さぁて、そろそろ村長の村に行って料理教室の準備をしないと。大事な娘さんたちを待たせるわけにはいかないからね」
おばちゃんがスッと立ち上がる。
「じゃあ、大木先生。空ちゃんを頼むわね」
「了解です。こいつの子守は任せてください!」
「ちょっと大木先生!子守ってどういう意味ですか!?」
「言葉のとおりだ」
「大木先生!」
(あの二人、毎度毎度よくやるわね)
騒々しい二人を呆れたように見つめながら、食堂のおばちゃんは静かに戸の向こう側へと消えていった。
「あ~あ……今日も農作業かぁ」
「そうだ!どこんじょーの精神で農作業をやるぞ!!!……と言いたいところだが、今日はナシだ」
この予想外の言葉に、空の目が大きく見開いた。
「ええ!?農作業しなくてもいいんですか?」
「ああ。この空模様だと……一降りきそうだ。だから、今日は別の仕事を頼もうと思ってる」
「別の仕事って、一体……」
空が首をかしげる。
大木は素早く居間の押入れの前へと移動し、襖を開けた。
「頼みたい仕事がある。これだ」
そう言って、大木が押入れから取り出したのは大量の着物だった。
「今日はこの着物の繕いをやってもらう」
「ええっ!これ全部ですか?私が!?」
「ああ、そうだ」
大木は当然のように頷く。
が、空も黙ってはいられない。
「ど、どうして私が大木先生の着物を繕わないといけないんですか!?」
「天候のせいで農作業が出来ないんだ。それなら、他の仕事をするしかないだろう」
「だからって、それくらいご自身でなされたほうが、」
躍起になって反論する空だったが、やおら余裕の表情に切り替わった。
「はは~ん。さては、大木先生。髭剃り以外にも、裁縫とかこういう細かい作業、苦手なんじゃ?」
「な……っ!」
わかりやすいほど大木の顔が引き攣る。
どうやら図星らしい。
「バ、バッカもぉぉん!裁縫くらい、どこんじょー!でやり遂げられるわい!それに、わしは不器用ではない。手先は器用な方だ!」
「ほんとですか?」
「ああ。例えば、こんな風に服を脱がしたり……」
大木はいつの間にか空の背後にすべりこんでいた。
さりげなく後ろから手を回し、細帯をほどこうとする。
案の定、
「もう、なにしようとしてるんですか!」
空は大木からパッと距離をとる。
林檎のごとく赤面した顔で叫んだ。
「ハハッ……冗談だ。でも、お子様には少々刺激が強かったかな」
空がキッと大木を睨む。
しかし、大木は平然としている。
いや、どこか嬉しそうでさえある。
明らかに空の反応を楽しんでいた。
「おっと、こうしちゃいられない。生憎ワシも杭瀬村ラッキョウ協同組合の会合があってのう。ちょっくら出てくる。だから、留守番頼むな」
「え、ちょっと、大木先生!」
「仕事、ちゃんとやっておくんだぞ。じゃあな!」
空が引き止める暇もなかった。
大木の姿は瞬く間に離れていく。
ほどなくして、ピシャリと戸の閉まった音が空の耳に木霊した。
一歩一歩と大木の家に近づいていくにつれ、憂鬱な気持ちが膨らんでいく。
頭上を見れば鼠色の雲が広がってきている。
まるで自分の心の中を映しているかのようだ、と空の口から溜息が零れた。
「な~に辛気臭い顔をしてるの、空ちゃん。可愛い顔がもったいないわよ」
空とは対照的に、食堂のおばちゃんはグングン先へと進んでいく。
杭瀬村での料理教室が良いリフレッシュになっているらしく、いつも以上に上機嫌であった。
「あら。大木先生……今日は外にいないわね。家の中にいるのかしら」
「そうみたいですね」
食堂のおばちゃんと空は、一通りあたりを見渡す。
畑にいることが多い大木だが、珍しいことに今日は姿が見えない。
面食らった二人ではあったが、気を取り直し、食堂のおばちゃんが家の戸を叩いた。
「大木先生、大木先生!」
その呼び声に呼応して、少し遅れて大木が出てきた。
「おっ、もう着いたのか。食堂のおばちゃん!ご無沙汰です。おっと、
相変わらずの口ぶりに空は頬を膨らませる。
が、大木の顔を見て、空は目を白黒させた。
「お、大木先生!口の周りから血が出てますよ!大丈夫ですか!?」
「平気だ、こんなもん」
そう言い放って、大木はゴシゴシと袖で血を拭う。
慌てふためく空のよそで、おばちゃんは極めて冷静だった。
「大木先生、ま~た、かみそりでやっちゃったんでしょ!髭剃り苦手だから……とにかく、急いで手当するわよ。空ちゃん手伝って」
「は、はい」
大木が顔中を血だらけにしている。
予期せぬ展開に動揺した空だったが、おばちゃんの急かす声で自身のやるべきことを早々に理解した。
***
「はい、これで手当て完了」
「ありがとう、食堂のおばちゃん」
怪我の処置が終わると、じっとしているのが堪えたようで、大木はうーんと背筋を伸ばした。
その横で空が笑いを堪えている。
大木が怪訝そうに言った。
「何だお前。人が怪我をしたというのに、不謹慎だな」
「だって、意外だったから……大木先生でも苦手なことがあるんだなって。髭剃りであんなに血だらけにする人、初めて見ました」
「そうそう。おかしいわよね。大木先生っていっつも自信満々で、苦手なことなんて何一つなさそうなのに、髭剃りだけはだめなのよ。知ったときは私も笑っちゃったわ」
「何だよ、二人して……フンッ!」
女二人に笑われたのが悔しいのか、大木はプイっと大げさにそっぽを向く。
その態度が、また女たちの笑いを誘った。
「さぁて、そろそろ村長の村に行って料理教室の準備をしないと。大事な娘さんたちを待たせるわけにはいかないからね」
おばちゃんがスッと立ち上がる。
「じゃあ、大木先生。空ちゃんを頼むわね」
「了解です。こいつの子守は任せてください!」
「ちょっと大木先生!子守ってどういう意味ですか!?」
「言葉のとおりだ」
「大木先生!」
(あの二人、毎度毎度よくやるわね)
騒々しい二人を呆れたように見つめながら、食堂のおばちゃんは静かに戸の向こう側へと消えていった。
「あ~あ……今日も農作業かぁ」
「そうだ!どこんじょーの精神で農作業をやるぞ!!!……と言いたいところだが、今日はナシだ」
この予想外の言葉に、空の目が大きく見開いた。
「ええ!?農作業しなくてもいいんですか?」
「ああ。この空模様だと……一降りきそうだ。だから、今日は別の仕事を頼もうと思ってる」
「別の仕事って、一体……」
空が首をかしげる。
大木は素早く居間の押入れの前へと移動し、襖を開けた。
「頼みたい仕事がある。これだ」
そう言って、大木が押入れから取り出したのは大量の着物だった。
「今日はこの着物の繕いをやってもらう」
「ええっ!これ全部ですか?私が!?」
「ああ、そうだ」
大木は当然のように頷く。
が、空も黙ってはいられない。
「ど、どうして私が大木先生の着物を繕わないといけないんですか!?」
「天候のせいで農作業が出来ないんだ。それなら、他の仕事をするしかないだろう」
「だからって、それくらいご自身でなされたほうが、」
躍起になって反論する空だったが、やおら余裕の表情に切り替わった。
「はは~ん。さては、大木先生。髭剃り以外にも、裁縫とかこういう細かい作業、苦手なんじゃ?」
「な……っ!」
わかりやすいほど大木の顔が引き攣る。
どうやら図星らしい。
「バ、バッカもぉぉん!裁縫くらい、どこんじょー!でやり遂げられるわい!それに、わしは不器用ではない。手先は器用な方だ!」
「ほんとですか?」
「ああ。例えば、こんな風に服を脱がしたり……」
大木はいつの間にか空の背後にすべりこんでいた。
さりげなく後ろから手を回し、細帯をほどこうとする。
案の定、
「もう、なにしようとしてるんですか!」
空は大木からパッと距離をとる。
林檎のごとく赤面した顔で叫んだ。
「ハハッ……冗談だ。でも、お子様には少々刺激が強かったかな」
空がキッと大木を睨む。
しかし、大木は平然としている。
いや、どこか嬉しそうでさえある。
明らかに空の反応を楽しんでいた。
「おっと、こうしちゃいられない。生憎ワシも杭瀬村ラッキョウ協同組合の会合があってのう。ちょっくら出てくる。だから、留守番頼むな」
「え、ちょっと、大木先生!」
「仕事、ちゃんとやっておくんだぞ。じゃあな!」
空が引き止める暇もなかった。
大木の姿は瞬く間に離れていく。
ほどなくして、ピシャリと戸の閉まった音が空の耳に木霊した。