あなたがすべて
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
目の前の私の愛しい女 は、悲しげに瞳を伏せています。
本来ならば、大切なあなたにはいつも笑顔でいてほしい――そう願っています。
ですが、あなたがどうしてそんな顔をしているのか――その理由次第では、怒った顔も、悲しんでいる顔もたまらなく愛おしいと思えてしまうときがあるのです。
あなたにそうさせている理由が、私への愛ゆえだと知ると。
***
この世界に来てから、あなたは食堂の仕事のことでずっと悩んでいました。
料理ができない、と。
何をつくっても、真っ黒こげになってしまう――そう、私に語ってくれました。
最初にそれを聞いたとき、私は単純に料理音痴なのだろうと軽く見ていました。
でも、そうじゃなかった。
あなたが竈の前に立つと、薪を加えていないにもかかわらず、中の火は狂ったように燃え出すのです。
言葉では説明できない、何らかの力があなたに働いているのだと、私も、周りの人間もそう悟りました。
でも、それがどうしたというのです。
あなたが今この時代にいる――つまりは時を超えること自体、通常起こりえないことなのに。
これ以上不可思議なことを目の当たりにしても、私を含めあなたの周囲にいる人々はそのことに麻痺してしまっているのです。
そういうわけで誰も気にも留めませんでしたが、あなたにとっては大問題です。
食堂の仕事を任されて、肝心の料理が作れない。
自分にできることは、竈の前に立つことを必要としない雑用ばかり。
あなたは常に劣等感に苛まれていました。
時折、得意げに料理をつくるおばちゃんの傍ら、暗い表情でその場に立ち尽くすあなたを見ては、胸を痛めたことを今でも覚えています。
ですが、あなたに働いている「不思議な力」も長くは続かなかった。
厨房に立つあなたの笑顔が増えたのは、いつからでしょうか。
私と思いを通わせて、お互いの何もかもを知り尽くしたあの日以降ではないか――そう思えてしまうのは、私の気のせいでしょうか?
とにかく、あなたはあなたを苦しめているものから解放された。
その反動は大きかった。
あなたは今まで以上に食堂の仕事に熱を入れるようになったのです。
それまでの鬱憤を晴らすかのように。
そのときのあなたの喜びを私はこう解釈していました。
これで食堂のおばちゃんの役に立てる。
忍術学園の一員として、胸を張れる。
そういう思いから、料理の習得に励んでいるのだと。
ですが、この前食堂のおばちゃんからあることを聞いてしまいました。
食堂のおばちゃんは、呆れ交じりに、でも嬉しそうにこう言ったのです。
「空ちゃんね、土井先生のために色々お料理作ってあげたいって張り切ってるの。さっきも私をつかまえては色々と聞いてくるんだから、もうこっちは大変よ」
そんな私的な理由があなたの喜びを大きく占めていたとは、つゆにも思いませんでした。
私のために料理を作りたい。
愛する男のために尽くしたい。
あなたの女心を推し量れば、言葉に尽くせないほどの嬉しさが身体中を駆け巡りました。
***
相当落ち込んだ様子のあなたを、私は時間をかけて慰めました。
横に並んで肩を抱いて、時々背中をさすって。
私の温もりを通じて、大分気持ちが落ち着いてきたのでしょうか。
私に身を預けながら、あなたは一つ一つ語り出しました。
「今日……長次君と一緒にクッキー作ったんです。半助さんに食べてほしくて……なのに……」
それから先の話はこうでした。
私のところへクッキーを届けに行こうと、あなたが外に飛び出たら、偶然にもお腹を空かせた戸部先生に遭遇して、半分ほど譲ってしまったのだと。
それだけならまだしも、その戸部先生と決闘しに忍術学園に来た花房牧之介に見つかってしまい、残ったクッキーの半分を奪い取られてしまったのだと。
さらにそのあと、腹を空かせた乱太郎・きり丸・しんべえとくノ一教室のユキ・トモミ・おシゲとかち合わせて、遠慮なくつまんでいかれたのだと。
そうしていたら、最後の一枚しか手元に残らなかったのだと。
「もう一回作ろうかと思ったけど、時間も材料もなくて……会心の出来だったのに……」
そう言って、あなたは項垂れています。
なのに、私は嬉しさを感じずにはいられません。
あなたは申し訳なさそうに、紙包みから何かを取り出しました。
そして、私の掌にヒビの入ったクッキーが乗せられます。
たった一枚。
「ごめんなさい……次はこういうことも予測して、もっと多めにつくりますね」
あなたはやりきれない表情で嘆息をつきました。
それにもかかわらず、私は口許の緩みを抑えることができません。
数の問題ではないのに、と。
確かに、せっかく作ったあなたの料理がほんの少ししか食べれないのは残念なことに変わりはありません。
ですが、あなたが私の喜ぶ顔を想像して行動を起こしてくれたことが、私にとってはどうしようもなく愛おしく、胸が締め付けられるのです。
そういうとき、私は実感するのです。
あなたに愛されているのだと。
あなたの原動力は、この私なのだと。
「はぁ……」
余程、期待通りの結果が得られなかったことが悔しいのでしょう。
あなたはまだ溜息をついて、俯いています。
私のためならば、その落ち込んだ表情すらも愛おしく映る――確かに私はそう断言しました。
ですが、ずっとその悲しみの表情が続くのは、私もこらえ切れません。
色んな表情が魅力的なあなたですが、やはり蕾が花開くような笑顔には敵わないのですから。
あなたの悲しみを払拭できるのは、この私だけなのです。
そろそろ、その悲しみの魔法を解いてあげようと、行動へと移しました。
私はあなたの作ったクッキーを口にしました。
お世辞抜きで美味しかった。
こんなに出来がいいのならば、あなたが肩を落とすのも当然だ、と十分に頷けます。
「このクッキー、本当に美味しいよ。今度また、作ってくれる?」
本心からそう言いました。
あなたは私の顔を見て、嬉しそうに何度も何度も頷いています。
「絶対、作ります!次は絶対ここで一緒に食べましょうね!」
あなたの顔はとっくに晴れやかな明るいものへと変わっています。
私の一言で落胆から喜びへ、こんなにも感情の振れ幅を大きくするあなたは、なんて可愛らしいのでしょう。
肩を抱くだけでは、もう我慢ができませんでした。
もっと触れたい――そう思った私は、あなたを抱き寄せて、唇を奪いました。
あなたの柔らかい唇を愉しむように啄んだ後、ゆっくりと舌を入れ、温かい口内をなぞります。
あなたは瞳を潤ませながら、声にならない声とともにそれを受け止めてくれました。
今、あなたの口の中には、私の食べたクッキーの味が広がっているでしょう。
「さっきのキス……とっても甘かったです」
口付けを終えたあなたは照れたように、けれど、満足げな様子でそう言いました。
もうその顔には先ほどのような悲しみの色は浮かんでいません。
やはり、あなたには笑顔が似合っています。
化粧なんぞしなくても、あなたが私に向ける微笑みは最高に美しいのですから。
先ほどの口付けに感極まったのかは知りませんが、あなたは顔面に喜びを敷き詰めて、甘えるように私の首に巻き付いてきます。
その想いに応えるように、私も腕に力を込め、骨が軋むほど抱きしめました。
そして、心の中で何度もこう伝えました。
あなたのことが大好きだ、と。
本来ならば、大切なあなたにはいつも笑顔でいてほしい――そう願っています。
ですが、あなたがどうしてそんな顔をしているのか――その理由次第では、怒った顔も、悲しんでいる顔もたまらなく愛おしいと思えてしまうときがあるのです。
あなたにそうさせている理由が、私への愛ゆえだと知ると。
***
この世界に来てから、あなたは食堂の仕事のことでずっと悩んでいました。
料理ができない、と。
何をつくっても、真っ黒こげになってしまう――そう、私に語ってくれました。
最初にそれを聞いたとき、私は単純に料理音痴なのだろうと軽く見ていました。
でも、そうじゃなかった。
あなたが竈の前に立つと、薪を加えていないにもかかわらず、中の火は狂ったように燃え出すのです。
言葉では説明できない、何らかの力があなたに働いているのだと、私も、周りの人間もそう悟りました。
でも、それがどうしたというのです。
あなたが今この時代にいる――つまりは時を超えること自体、通常起こりえないことなのに。
これ以上不可思議なことを目の当たりにしても、私を含めあなたの周囲にいる人々はそのことに麻痺してしまっているのです。
そういうわけで誰も気にも留めませんでしたが、あなたにとっては大問題です。
食堂の仕事を任されて、肝心の料理が作れない。
自分にできることは、竈の前に立つことを必要としない雑用ばかり。
あなたは常に劣等感に苛まれていました。
時折、得意げに料理をつくるおばちゃんの傍ら、暗い表情でその場に立ち尽くすあなたを見ては、胸を痛めたことを今でも覚えています。
ですが、あなたに働いている「不思議な力」も長くは続かなかった。
厨房に立つあなたの笑顔が増えたのは、いつからでしょうか。
私と思いを通わせて、お互いの何もかもを知り尽くしたあの日以降ではないか――そう思えてしまうのは、私の気のせいでしょうか?
とにかく、あなたはあなたを苦しめているものから解放された。
その反動は大きかった。
あなたは今まで以上に食堂の仕事に熱を入れるようになったのです。
それまでの鬱憤を晴らすかのように。
そのときのあなたの喜びを私はこう解釈していました。
これで食堂のおばちゃんの役に立てる。
忍術学園の一員として、胸を張れる。
そういう思いから、料理の習得に励んでいるのだと。
ですが、この前食堂のおばちゃんからあることを聞いてしまいました。
食堂のおばちゃんは、呆れ交じりに、でも嬉しそうにこう言ったのです。
「空ちゃんね、土井先生のために色々お料理作ってあげたいって張り切ってるの。さっきも私をつかまえては色々と聞いてくるんだから、もうこっちは大変よ」
そんな私的な理由があなたの喜びを大きく占めていたとは、つゆにも思いませんでした。
私のために料理を作りたい。
愛する男のために尽くしたい。
あなたの女心を推し量れば、言葉に尽くせないほどの嬉しさが身体中を駆け巡りました。
***
相当落ち込んだ様子のあなたを、私は時間をかけて慰めました。
横に並んで肩を抱いて、時々背中をさすって。
私の温もりを通じて、大分気持ちが落ち着いてきたのでしょうか。
私に身を預けながら、あなたは一つ一つ語り出しました。
「今日……長次君と一緒にクッキー作ったんです。半助さんに食べてほしくて……なのに……」
それから先の話はこうでした。
私のところへクッキーを届けに行こうと、あなたが外に飛び出たら、偶然にもお腹を空かせた戸部先生に遭遇して、半分ほど譲ってしまったのだと。
それだけならまだしも、その戸部先生と決闘しに忍術学園に来た花房牧之介に見つかってしまい、残ったクッキーの半分を奪い取られてしまったのだと。
さらにそのあと、腹を空かせた乱太郎・きり丸・しんべえとくノ一教室のユキ・トモミ・おシゲとかち合わせて、遠慮なくつまんでいかれたのだと。
そうしていたら、最後の一枚しか手元に残らなかったのだと。
「もう一回作ろうかと思ったけど、時間も材料もなくて……会心の出来だったのに……」
そう言って、あなたは項垂れています。
なのに、私は嬉しさを感じずにはいられません。
あなたは申し訳なさそうに、紙包みから何かを取り出しました。
そして、私の掌にヒビの入ったクッキーが乗せられます。
たった一枚。
「ごめんなさい……次はこういうことも予測して、もっと多めにつくりますね」
あなたはやりきれない表情で嘆息をつきました。
それにもかかわらず、私は口許の緩みを抑えることができません。
数の問題ではないのに、と。
確かに、せっかく作ったあなたの料理がほんの少ししか食べれないのは残念なことに変わりはありません。
ですが、あなたが私の喜ぶ顔を想像して行動を起こしてくれたことが、私にとってはどうしようもなく愛おしく、胸が締め付けられるのです。
そういうとき、私は実感するのです。
あなたに愛されているのだと。
あなたの原動力は、この私なのだと。
「はぁ……」
余程、期待通りの結果が得られなかったことが悔しいのでしょう。
あなたはまだ溜息をついて、俯いています。
私のためならば、その落ち込んだ表情すらも愛おしく映る――確かに私はそう断言しました。
ですが、ずっとその悲しみの表情が続くのは、私もこらえ切れません。
色んな表情が魅力的なあなたですが、やはり蕾が花開くような笑顔には敵わないのですから。
あなたの悲しみを払拭できるのは、この私だけなのです。
そろそろ、その悲しみの魔法を解いてあげようと、行動へと移しました。
私はあなたの作ったクッキーを口にしました。
お世辞抜きで美味しかった。
こんなに出来がいいのならば、あなたが肩を落とすのも当然だ、と十分に頷けます。
「このクッキー、本当に美味しいよ。今度また、作ってくれる?」
本心からそう言いました。
あなたは私の顔を見て、嬉しそうに何度も何度も頷いています。
「絶対、作ります!次は絶対ここで一緒に食べましょうね!」
あなたの顔はとっくに晴れやかな明るいものへと変わっています。
私の一言で落胆から喜びへ、こんなにも感情の振れ幅を大きくするあなたは、なんて可愛らしいのでしょう。
肩を抱くだけでは、もう我慢ができませんでした。
もっと触れたい――そう思った私は、あなたを抱き寄せて、唇を奪いました。
あなたの柔らかい唇を愉しむように啄んだ後、ゆっくりと舌を入れ、温かい口内をなぞります。
あなたは瞳を潤ませながら、声にならない声とともにそれを受け止めてくれました。
今、あなたの口の中には、私の食べたクッキーの味が広がっているでしょう。
「さっきのキス……とっても甘かったです」
口付けを終えたあなたは照れたように、けれど、満足げな様子でそう言いました。
もうその顔には先ほどのような悲しみの色は浮かんでいません。
やはり、あなたには笑顔が似合っています。
化粧なんぞしなくても、あなたが私に向ける微笑みは最高に美しいのですから。
先ほどの口付けに感極まったのかは知りませんが、あなたは顔面に喜びを敷き詰めて、甘えるように私の首に巻き付いてきます。
その想いに応えるように、私も腕に力を込め、骨が軋むほど抱きしめました。
そして、心の中で何度もこう伝えました。
あなたのことが大好きだ、と。