懐かしい背中
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今日のバイトは、とある農家の収穫作業の手伝いだった。
きり丸は空とともに、稲穂の香る田舎道を歩いている。
「空さん、今日もバイト一緒に入ってくれてありがとうございました!」
「どういたしまして」
「今日のバイトは、仕事の割に時給良かったっすねぇ~。帰ってからの銭勘定が楽しみだなぁ、ニヒヒヒヒッ」
「ああ、ちょっときりちゃん!いきなり走らないで!」
上機嫌なきり丸は、気持ちも身体も前のめりになった。
だが、
「うわっ!」
バタンッ
道ころの石に躓き、勢いよく転んでしまう。
「大丈夫!?きりちゃん!」
「いてててっ!」
起き上がろうとしたきり丸だったが、足に鋭い痛みがはしる。
どうやら、転んだ拍子に足を捻ってしまったらしい。
「ちぇっ……ツイてねぇ」
「急に走るからよ。ほら、おんぶするから」
「え……!?」
肩を貸してもらえば歩けると思っていたから、それ以上の申し出を受けて、きり丸は目を丸くした。
「空さん、何もおんぶまでしなくても……!」
「ダメよ!そんな足じゃ歩けないし」
「いや、でも……おれ、もう十歳ですよ!」
「そんなの関係ないわよ。大人だって、怪我したらおんぶで運ばれることもあるんだし」
「でも、空さん……おれをおんぶできる?」
「もう、馬鹿にしないでよ。これでもきりちゃんよりずっと大人なんだから。ほら、つべこべ言わずに!」
既に空はきり丸に背を向け、身を屈めている。
拒否しづらい雰囲気を感じ取り、きり丸は不承不承 空に従った。
「……大丈夫っすかぁ、空さん?無理してません?重たいでしょ?」
「このくらい、全然平気よ。今日は荷物もなくて手ぶらだったし、丁度良かった」
「……」
昔、やはり同様に足を捻ったとき、半助におぶってもらったことがある。
半助と比べると、空の背中は一回り以上小さい。
だが、半助にはない、甘い匂いと柔らかさがあった。
(空さんって、いっつもあったかくてやわらけぇよな……)
(おれの、母ちゃんみたい……あのときの……)
きり丸の脳裏に蘇る。
まだ帰るべき家のあった頃の記憶が――
***
天高く馬肥ゆる秋。
燃えるような夕陽が西の空に浮かんでいる。
山に囲まれた静かな村できり丸は生まれ育った。
あたり一面を田が覆い尽くし、立派に実った黄金の稲がゆらゆらと風にそよいでいる。
どこまでも続く畦道 を、幼いきり丸は母とふたりで歩いていく。
だが、足が棒になってきて、これ以上は歩けない。
きり丸はへたへたとその場に座り込んでしまう。
「ねぇ、かあちゃん……。おれ、もう疲れて歩けないよ!」
「きり丸、あと少しでおうちだから我慢して」
「イヤだイヤだ!もう、ず~っと歩いてばっかり!」
きり丸の母は優しく言い聞かせるが、きり丸は一向に動く気配がない。
その頑固さにほとほと困った母は、ついに根負けしてしまった。
「こんなところに座り込んじゃって……もう、しょうがないわねぇ。ほら、おんぶしてあげるから、こっちにおいで」
「やったぁ!」
さっきまでの疲れはどこへやら。
きり丸は目を爛爛と輝かせて、母の背に乗る。
首に手を回し、ぎゅっとしがみつきながら、最高の笑顔で言った。
「おれさ、かあちゃんのことが、せかいでいちばんだいすき!」
「フフ……私もきり丸が大好きよ」
母もまた、慈愛の微笑みを我が子へ向けた。
その笑顔の輪郭が徐々にぼやけてきて――
***
(あの頃に比べると、人の背中が小さく感じられる……それだけおれが大きくなっちまったってことか……)
(懐かしいな……母ちゃん……)
「母ちゃん……」
きり丸の口からふいに呟きが零れる。
亡き母を偲んでいれば、懐かしい、会いたい……そういう感情が無意識に高まってしまった。
「きりちゃん……?」
空が不思議そうに背後を伺ってくる。
心配されたとわかると、きり丸は急に恥ずかしい気持ちがこみ上げてきた。
「あ、いやぁ……なんでもないっす!」
「そう……ならいいけど」
何でもないように受け流した空だったが、しっかりと聞いていた。
きり丸が母と呟いていたことを。
(おんぶされて、思い出したのかな……)
きり丸を背負ってみて、空は新たに発見したことがある。
大人顔負けに仕事をこなすのに、びっくりするほど体重が軽いのだ。
その小さい身躯から、年齢に不釣り合いな苦労が十分に感じ取れた。
「……」
空が徐に口を開く。
「ねえ、きりちゃん?」
「何っすか?」
「もしよかったら……きりちゃんがおっきくなるまで、これからも時々おんぶさせてね」
「えっ」
きり丸がポカンとする。
最初、空が何を話しているのか全く理解できなかった。
だが、空の意味するものを自分の中に落とし込んでいくと、全身がじわじわと温かい膜に包み込まれた。
(空さん……)
母の面影が空に重なる。
空の愛情を悟った瞬間、鼻奥にツンとした痛みがはしって、目の裏が熱い。
目尻から零れ落ちそうになるものをぐっとこらえた。
「へへっ。おれみたいな可愛い男の子をおんぶするなんて、うんと高くつきますけどね。それでもいいなら、好きにしてくださいっ」
ぐずぐずと洟 を啜りながら、きり丸は首元に頭を擦りつけてきた。
甘える仕草が愛おしい。
うんと高いなんてふっかけられているけれど、そんなことするわけが無いと、確かな自信がある。
きり丸らしい物言いに、空はフッと目を細めた。
(きりちゃん……大きくなったら、あなたはいつか巣立ってしまう……)
(だから、一緒に居れるうちはまだまだ甘えさせてね……)
夕陽に照らされた帰り道を空は静かに歩いていく。
それっきり、背負ったきり丸との会話は途絶えたけれど、彼との絆の深まりを十分に感じとっていた。
きり丸は空とともに、稲穂の香る田舎道を歩いている。
「空さん、今日もバイト一緒に入ってくれてありがとうございました!」
「どういたしまして」
「今日のバイトは、仕事の割に時給良かったっすねぇ~。帰ってからの銭勘定が楽しみだなぁ、ニヒヒヒヒッ」
「ああ、ちょっときりちゃん!いきなり走らないで!」
上機嫌なきり丸は、気持ちも身体も前のめりになった。
だが、
「うわっ!」
バタンッ
道ころの石に躓き、勢いよく転んでしまう。
「大丈夫!?きりちゃん!」
「いてててっ!」
起き上がろうとしたきり丸だったが、足に鋭い痛みがはしる。
どうやら、転んだ拍子に足を捻ってしまったらしい。
「ちぇっ……ツイてねぇ」
「急に走るからよ。ほら、おんぶするから」
「え……!?」
肩を貸してもらえば歩けると思っていたから、それ以上の申し出を受けて、きり丸は目を丸くした。
「空さん、何もおんぶまでしなくても……!」
「ダメよ!そんな足じゃ歩けないし」
「いや、でも……おれ、もう十歳ですよ!」
「そんなの関係ないわよ。大人だって、怪我したらおんぶで運ばれることもあるんだし」
「でも、空さん……おれをおんぶできる?」
「もう、馬鹿にしないでよ。これでもきりちゃんよりずっと大人なんだから。ほら、つべこべ言わずに!」
既に空はきり丸に背を向け、身を屈めている。
拒否しづらい雰囲気を感じ取り、きり丸は
「……大丈夫っすかぁ、空さん?無理してません?重たいでしょ?」
「このくらい、全然平気よ。今日は荷物もなくて手ぶらだったし、丁度良かった」
「……」
昔、やはり同様に足を捻ったとき、半助におぶってもらったことがある。
半助と比べると、空の背中は一回り以上小さい。
だが、半助にはない、甘い匂いと柔らかさがあった。
(空さんって、いっつもあったかくてやわらけぇよな……)
(おれの、母ちゃんみたい……あのときの……)
きり丸の脳裏に蘇る。
まだ帰るべき家のあった頃の記憶が――
***
天高く馬肥ゆる秋。
燃えるような夕陽が西の空に浮かんでいる。
山に囲まれた静かな村できり丸は生まれ育った。
あたり一面を田が覆い尽くし、立派に実った黄金の稲がゆらゆらと風にそよいでいる。
どこまでも続く
だが、足が棒になってきて、これ以上は歩けない。
きり丸はへたへたとその場に座り込んでしまう。
「ねぇ、かあちゃん……。おれ、もう疲れて歩けないよ!」
「きり丸、あと少しでおうちだから我慢して」
「イヤだイヤだ!もう、ず~っと歩いてばっかり!」
きり丸の母は優しく言い聞かせるが、きり丸は一向に動く気配がない。
その頑固さにほとほと困った母は、ついに根負けしてしまった。
「こんなところに座り込んじゃって……もう、しょうがないわねぇ。ほら、おんぶしてあげるから、こっちにおいで」
「やったぁ!」
さっきまでの疲れはどこへやら。
きり丸は目を爛爛と輝かせて、母の背に乗る。
首に手を回し、ぎゅっとしがみつきながら、最高の笑顔で言った。
「おれさ、かあちゃんのことが、せかいでいちばんだいすき!」
「フフ……私もきり丸が大好きよ」
母もまた、慈愛の微笑みを我が子へ向けた。
その笑顔の輪郭が徐々にぼやけてきて――
***
(あの頃に比べると、人の背中が小さく感じられる……それだけおれが大きくなっちまったってことか……)
(懐かしいな……母ちゃん……)
「母ちゃん……」
きり丸の口からふいに呟きが零れる。
亡き母を偲んでいれば、懐かしい、会いたい……そういう感情が無意識に高まってしまった。
「きりちゃん……?」
空が不思議そうに背後を伺ってくる。
心配されたとわかると、きり丸は急に恥ずかしい気持ちがこみ上げてきた。
「あ、いやぁ……なんでもないっす!」
「そう……ならいいけど」
何でもないように受け流した空だったが、しっかりと聞いていた。
きり丸が母と呟いていたことを。
(おんぶされて、思い出したのかな……)
きり丸を背負ってみて、空は新たに発見したことがある。
大人顔負けに仕事をこなすのに、びっくりするほど体重が軽いのだ。
その小さい身躯から、年齢に不釣り合いな苦労が十分に感じ取れた。
「……」
空が徐に口を開く。
「ねえ、きりちゃん?」
「何っすか?」
「もしよかったら……きりちゃんがおっきくなるまで、これからも時々おんぶさせてね」
「えっ」
きり丸がポカンとする。
最初、空が何を話しているのか全く理解できなかった。
だが、空の意味するものを自分の中に落とし込んでいくと、全身がじわじわと温かい膜に包み込まれた。
(空さん……)
母の面影が空に重なる。
空の愛情を悟った瞬間、鼻奥にツンとした痛みがはしって、目の裏が熱い。
目尻から零れ落ちそうになるものをぐっとこらえた。
「へへっ。おれみたいな可愛い男の子をおんぶするなんて、うんと高くつきますけどね。それでもいいなら、好きにしてくださいっ」
ぐずぐずと
甘える仕草が愛おしい。
うんと高いなんてふっかけられているけれど、そんなことするわけが無いと、確かな自信がある。
きり丸らしい物言いに、空はフッと目を細めた。
(きりちゃん……大きくなったら、あなたはいつか巣立ってしまう……)
(だから、一緒に居れるうちはまだまだ甘えさせてね……)
夕陽に照らされた帰り道を空は静かに歩いていく。
それっきり、背負ったきり丸との会話は途絶えたけれど、彼との絆の深まりを十分に感じとっていた。
