源氏についてかく語りき
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半助が忍術学園で天鬼になった騒動後―
夜、時々半助から天鬼へと変わり空と逢瀬を重ねていた。
今宵はその天鬼が現れた日。
今回は兵法について議論を交わそうと、学園内にある小屋の一つに天鬼と空は居た。
二人は蝋燭の置かれた文机を間に置き、向かいあって座っている。
空が兵法書や火薬の調合書に紛れて、ある一つの書物を持ってきていた。
平家物語の本だ。
「ん、これは…?」
「すみません、間違えて図書室で借りたものまで持ってきてしまいましたね…私、源平合戦にはもう目が無くて…!」
源氏と平氏。
日本人なら誰もが聞いたことある有名な武士の家柄。
彼らが巻き起こした源平合戦、それはこの時代より少し前。
武家の棟梁である源氏と平氏との間で、1177年から1185年にかけて日本全国で起こった数々の戦争の総称を指す。
「ほう…空は源氏と平氏について詳しいのか」
「はい!源氏と平氏は未来でも語り継がれており、日本史の中でも大人気の項目の一つです。私はやはり、義経様がイチオシですね!」
空は天鬼に源義経について自分の知り得ることを語り始めた。
源九郎判官義経(みなもとのくろうほうがんよしつね)。
幼名は牛若丸。
壇ノ浦の戦いで平家を滅ぼした最大の功労者であるにも関わらず、兄・源頼朝に疎まれ落ち延びた先、奥州平泉で自刃した悲劇の名将。
「そういえば、義経様は天鬼様がお詳しい中国の兵法書、六韜三略(りくとうさんりゃく)を読破していて天才的な戦術家でした!様々な奇襲を用いて一の谷の合戦や屋島の合戦で次々に平家を倒していくんです…ああ、素敵」
「フン、算術以外にも歴史についても精通しているのだな」
「いや、他の日本史についてはそこまで…源平だけは特別なんです!義経様が…大好きだから!」
空は歴史上の人物、源義経に憧れを抱き、心酔していた。
義経にまつわる数々の伝説やドラマティックな彼の人生。
それらが空の中で自然と美男子像を作り上げてしまっていた。
そして、彼女もまた年相応の女の子。
決して手の届くことない存在に対して、憧れを抱き夢想する一面があった。
そんな空を天鬼は黙って見ていたが、やがて口を開いた。
「空」
「…な、何でしょう、天鬼様?」
一段と低い声で自分の名を呼ぶ天鬼に空は恐れおののく。
はしゃぎすぎて怒らせてしまったと不安が募る中、天鬼はいつもの淡々とした様子で表情を崩すことなく話を続けた。
「私以外の男に「様」をつけるな。癇に障る。たとえ、そいつがもう死んだ、過去の人物であってもだ」
「…」
「フン」
(天鬼様、嫉妬してる?)
(ちょっと拗ねたような、不満気な顔の天鬼様も素敵…)
「はい…気を付けます。天鬼様…」
空は天鬼の言葉に完全に心を鷲掴みされていた。
今はトロンとした目で、頬を染めて天鬼を見つめている。
「…義経だけが魅力的なのか?」
「いえ、ほかにも魅力的な登場人物は沢山おります。源氏に限定するならまずは那須与一(なすのよいち)です」
那須与一は弓の名手として知られる。
源氏と平家の「屋島の戦い」にて、平家が立てた船上にかざされた扇の的を、見事射落とした。
その偉業に敵側の平家も賛辞を送ったといわれている。
空は身振り手振りを交えながら話を続ける。
「あと武蔵坊弁慶も素敵です。義経への忠誠心の深さが堪りません!」
武蔵坊弁慶は義経に最も尽くした家臣。
京の五条橋の上で18歳の義経に挑むも返り討ちに合い、以後彼に仕えることを決める。
弁慶の最期は義経が滅ぶ、高館衣川(たかだちころもがわ)の合戦。
満身に敵の矢を受けながら、目を見開き、立ったまま死んで敵を寄せ付けなかった。
(これが有名な「弁慶の立ち往生」である。)
自害をしようとした義経を最後まで敵から守りながら命を落とした。
過熱した空の源氏愛は止まらない。
「やっぱり彼女を忘れちゃいけません。義経の愛妾、静御前です!」
静御前は京都にいた白拍子である。
白拍子とは歌を歌いながら舞いを披露する、当時の歌姫である。
京の都に入った義経と恋仲になるも、義経が兄である頼朝に追われる身になる際、女人禁制の吉野山で別れ、それっきりとなる。
その後、頼朝の本拠地とする鎌倉に送られ、鶴岡八幡宮で舞いを披露する。
「自分の命を顧みず頼朝の前で舞った、義経を慕う歌が素敵なんです!」
吉野山 峰の白雪 踏み分けて入 りにし人の 跡ぞ恋しき
(吉野山の峰の白雪を踏み分けて姿を隠していったあの人(義経)のあとが恋しい)
しづやしづ しづのをだまき くりかへし 昔を今に なすよしもがな
(しず布を織るために糸を巻くおだまきのように繰り返す、昔(義経と暮らせる世)であったらどんなに良いことか)
「静御前は悲恋の代名詞として有名で…だからより一層魅力的で人気なんです!」
話し終えると、空は義経と静の燃えるような恋を想像してうっとりしている。
その表情たるや、完全に恋する乙女のそれであった。
天鬼はずっと黙って聞いていた。
(気に食わん…すっかり源氏に熱中していて。何か黙らせる方法はないものか…)
今まで見たことない空の熱狂ぶり。
自分をおろそかにしている空に天鬼は徐々に不満を募らせていた。
が、静御前の話を聞いてあることを思いつき、意味ありげに笑う。
「空」
「何ですか?天鬼様」
「お前は愛人の立場がいいのか?義経には正妻がいただろう?」
「え…」
天鬼の言葉に空は困惑してしまう。
彼の言う通り、義経には「河越重頼の娘」という正妻がいる。
天鬼が薄ら笑いを浮かべながら話を続けた。
「そんなに静御前を慕うなら…お前を愛人にして、私が他に正妻を娶ってやろうか?それなら望み通り、同じ立場になるぞ」
その言葉に空はこれ以上ないくらい顔を真っ赤にして首を横に振りながら叫んだ。
「…そんなの、絶対イヤです!!」
予想通りの反応に、天鬼は口の端に皮肉な笑みを浮かべる。
「矛盾してるぞ」
「それは、やっぱり悲恋というのはある種感動的だし印象的といいますか…」
「お前の時代では随分愛人を美徳とするのだな」
「うっ…!」
言い得て妙―
空は、反論しようとするも、それ以上のことが言い返せない。
悔しさから頬をブスっと膨らませて、じっと天鬼を睨むのみだ。
「私の勝ちだな」
論破できたこととその悔し気な表情に満足した天鬼は、自分の近くに来いと空に手招きをした。
空は言われた通りに隣に座ると、一気に天鬼に引き寄せられる。
急に自分の近くに現れた端正な天鬼の顔を前に、空の胸は高鳴っていく。
「…正妻も愛人も関係ない。目の前の女だけで十分だ」
天鬼は空の顎を持ち上げ、強引に彼女の唇を奪う。
「ん…」
急な口付けに空の声が漏れる。
普段の仏頂面の天鬼からは想像もつかないほどの甘く優しい口付け。
しかし、もっと深い口付けが欲しいと思ったところで唇を離される。
「あっ…」
どこか物足りなさそうな空の顔。
ますます気を良くした天鬼は彼女の耳元で囁いた。
「だから、ちゃんと私を満足させてみろ」
「…どうやって、ですか?」
空は天鬼の言葉の意味を理解していた。
その証拠にソワソワとどこか落ち着かない様子でいる。
それでも、敢えて聞き返した。
そんな空の様子に、天鬼は意地悪な笑みを浮かべ、フンと鼻を鳴らす。
「分からぬか。なら…」
天鬼はゆっくりと空を組み敷いていく。
「身体に聞く」
床に頭をつけた空の視界に広がるのは、大胆不敵な天鬼の表情 。
それを見て、さっき反論出来なかったこととはまた別の悔しさが沸き起こる。
(いつも私ばっかりドキドキさせられて…こうやって天鬼様に翻弄されてばかり…)
空は観念したように天鬼の首に腕を絡め、目を閉じた。
(やっぱり天鬼様には敵わない…)
瞼の向こうで、自分にのしかかる天鬼の重みをゆっくりと感じるのだった。
夜、時々半助から天鬼へと変わり空と逢瀬を重ねていた。
今宵はその天鬼が現れた日。
今回は兵法について議論を交わそうと、学園内にある小屋の一つに天鬼と空は居た。
二人は蝋燭の置かれた文机を間に置き、向かいあって座っている。
空が兵法書や火薬の調合書に紛れて、ある一つの書物を持ってきていた。
平家物語の本だ。
「ん、これは…?」
「すみません、間違えて図書室で借りたものまで持ってきてしまいましたね…私、源平合戦にはもう目が無くて…!」
源氏と平氏。
日本人なら誰もが聞いたことある有名な武士の家柄。
彼らが巻き起こした源平合戦、それはこの時代より少し前。
武家の棟梁である源氏と平氏との間で、1177年から1185年にかけて日本全国で起こった数々の戦争の総称を指す。
「ほう…空は源氏と平氏について詳しいのか」
「はい!源氏と平氏は未来でも語り継がれており、日本史の中でも大人気の項目の一つです。私はやはり、義経様がイチオシですね!」
空は天鬼に源義経について自分の知り得ることを語り始めた。
源九郎判官義経(みなもとのくろうほうがんよしつね)。
幼名は牛若丸。
壇ノ浦の戦いで平家を滅ぼした最大の功労者であるにも関わらず、兄・源頼朝に疎まれ落ち延びた先、奥州平泉で自刃した悲劇の名将。
「そういえば、義経様は天鬼様がお詳しい中国の兵法書、六韜三略(りくとうさんりゃく)を読破していて天才的な戦術家でした!様々な奇襲を用いて一の谷の合戦や屋島の合戦で次々に平家を倒していくんです…ああ、素敵」
「フン、算術以外にも歴史についても精通しているのだな」
「いや、他の日本史についてはそこまで…源平だけは特別なんです!義経様が…大好きだから!」
空は歴史上の人物、源義経に憧れを抱き、心酔していた。
義経にまつわる数々の伝説やドラマティックな彼の人生。
それらが空の中で自然と美男子像を作り上げてしまっていた。
そして、彼女もまた年相応の女の子。
決して手の届くことない存在に対して、憧れを抱き夢想する一面があった。
そんな空を天鬼は黙って見ていたが、やがて口を開いた。
「空」
「…な、何でしょう、天鬼様?」
一段と低い声で自分の名を呼ぶ天鬼に空は恐れおののく。
はしゃぎすぎて怒らせてしまったと不安が募る中、天鬼はいつもの淡々とした様子で表情を崩すことなく話を続けた。
「私以外の男に「様」をつけるな。癇に障る。たとえ、そいつがもう死んだ、過去の人物であってもだ」
「…」
「フン」
(天鬼様、嫉妬してる?)
(ちょっと拗ねたような、不満気な顔の天鬼様も素敵…)
「はい…気を付けます。天鬼様…」
空は天鬼の言葉に完全に心を鷲掴みされていた。
今はトロンとした目で、頬を染めて天鬼を見つめている。
「…義経だけが魅力的なのか?」
「いえ、ほかにも魅力的な登場人物は沢山おります。源氏に限定するならまずは那須与一(なすのよいち)です」
那須与一は弓の名手として知られる。
源氏と平家の「屋島の戦い」にて、平家が立てた船上にかざされた扇の的を、見事射落とした。
その偉業に敵側の平家も賛辞を送ったといわれている。
空は身振り手振りを交えながら話を続ける。
「あと武蔵坊弁慶も素敵です。義経への忠誠心の深さが堪りません!」
武蔵坊弁慶は義経に最も尽くした家臣。
京の五条橋の上で18歳の義経に挑むも返り討ちに合い、以後彼に仕えることを決める。
弁慶の最期は義経が滅ぶ、高館衣川(たかだちころもがわ)の合戦。
満身に敵の矢を受けながら、目を見開き、立ったまま死んで敵を寄せ付けなかった。
(これが有名な「弁慶の立ち往生」である。)
自害をしようとした義経を最後まで敵から守りながら命を落とした。
過熱した空の源氏愛は止まらない。
「やっぱり彼女を忘れちゃいけません。義経の愛妾、静御前です!」
静御前は京都にいた白拍子である。
白拍子とは歌を歌いながら舞いを披露する、当時の歌姫である。
京の都に入った義経と恋仲になるも、義経が兄である頼朝に追われる身になる際、女人禁制の吉野山で別れ、それっきりとなる。
その後、頼朝の本拠地とする鎌倉に送られ、鶴岡八幡宮で舞いを披露する。
「自分の命を顧みず頼朝の前で舞った、義経を慕う歌が素敵なんです!」
吉野山 峰の白雪 踏み分けて
(吉野山の峰の白雪を踏み分けて姿を隠していったあの人(義経)のあとが恋しい)
しづやしづ しづのをだまき くりかへし 昔を今に なすよしもがな
(しず布を織るために糸を巻くおだまきのように繰り返す、昔(義経と暮らせる世)であったらどんなに良いことか)
「静御前は悲恋の代名詞として有名で…だからより一層魅力的で人気なんです!」
話し終えると、空は義経と静の燃えるような恋を想像してうっとりしている。
その表情たるや、完全に恋する乙女のそれであった。
天鬼はずっと黙って聞いていた。
(気に食わん…すっかり源氏に熱中していて。何か黙らせる方法はないものか…)
今まで見たことない空の熱狂ぶり。
自分をおろそかにしている空に天鬼は徐々に不満を募らせていた。
が、静御前の話を聞いてあることを思いつき、意味ありげに笑う。
「空」
「何ですか?天鬼様」
「お前は愛人の立場がいいのか?義経には正妻がいただろう?」
「え…」
天鬼の言葉に空は困惑してしまう。
彼の言う通り、義経には「河越重頼の娘」という正妻がいる。
天鬼が薄ら笑いを浮かべながら話を続けた。
「そんなに静御前を慕うなら…お前を愛人にして、私が他に正妻を娶ってやろうか?それなら望み通り、同じ立場になるぞ」
その言葉に空はこれ以上ないくらい顔を真っ赤にして首を横に振りながら叫んだ。
「…そんなの、絶対イヤです!!」
予想通りの反応に、天鬼は口の端に皮肉な笑みを浮かべる。
「矛盾してるぞ」
「それは、やっぱり悲恋というのはある種感動的だし印象的といいますか…」
「お前の時代では随分愛人を美徳とするのだな」
「うっ…!」
言い得て妙―
空は、反論しようとするも、それ以上のことが言い返せない。
悔しさから頬をブスっと膨らませて、じっと天鬼を睨むのみだ。
「私の勝ちだな」
論破できたこととその悔し気な表情に満足した天鬼は、自分の近くに来いと空に手招きをした。
空は言われた通りに隣に座ると、一気に天鬼に引き寄せられる。
急に自分の近くに現れた端正な天鬼の顔を前に、空の胸は高鳴っていく。
「…正妻も愛人も関係ない。目の前の女だけで十分だ」
天鬼は空の顎を持ち上げ、強引に彼女の唇を奪う。
「ん…」
急な口付けに空の声が漏れる。
普段の仏頂面の天鬼からは想像もつかないほどの甘く優しい口付け。
しかし、もっと深い口付けが欲しいと思ったところで唇を離される。
「あっ…」
どこか物足りなさそうな空の顔。
ますます気を良くした天鬼は彼女の耳元で囁いた。
「だから、ちゃんと私を満足させてみろ」
「…どうやって、ですか?」
空は天鬼の言葉の意味を理解していた。
その証拠にソワソワとどこか落ち着かない様子でいる。
それでも、敢えて聞き返した。
そんな空の様子に、天鬼は意地悪な笑みを浮かべ、フンと鼻を鳴らす。
「分からぬか。なら…」
天鬼はゆっくりと空を組み敷いていく。
「身体に聞く」
床に頭をつけた空の視界に広がるのは、大胆不敵な天鬼の
それを見て、さっき反論出来なかったこととはまた別の悔しさが沸き起こる。
(いつも私ばっかりドキドキさせられて…こうやって天鬼様に翻弄されてばかり…)
空は観念したように天鬼の首に腕を絡め、目を閉じた。
(やっぱり天鬼様には敵わない…)
瞼の向こうで、自分にのしかかる天鬼の重みをゆっくりと感じるのだった。