10.十歳の背中
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
空が一年は組で学びはじめて、二週間が経った。
今は始業前の時間。
は組にはすっかり馴染んだようで、日々彼らから怒涛の勢いで話しかけられても、動じることはなくなった。
そればかりか、
「そっか。喜三太君はナメさんとお散歩に行くのね。天気がいいから、きっとナメさんたちも喜ぶと思うよ」
「金吾君は剣の稽古があるんだ。戸部先生厳しいかもしれないけど、頑張ってね」
「団蔵君は今日、会計委員のお仕事があるんだね。数字の書き間違えには気をつけてね」
と一度に話しかけられても、冷静に対応できるようになっていた。
「ふぇぇ……」
「空さん、すごい。土井先生みたい!」
近くにいた伊助と庄左ヱ門はそんなことを口々に言っていた。
「あはは。慣れかな、うん……」
汗ジトで応えた空は自分を取り巻く喜三太・金吾・団蔵の頭を撫でる。
その間、空はある人物を見つめていた。
それは少し離れたところで乱太郎と話をしているきり丸だった。
「ニヒヒッ。もうすぐ秋休みかぁ。山菜取りに農家のお手伝い。秋はバイトが目白押しだぜぃ!」
「もう、きりちゃんったら。秋だけじゃなくて、年中、でしょ?」
「そうだっけ?」
きり丸は実に楽しそうで、次の授業なんてうわの空…という有様だ。
ニヤニヤした顔で秋休みにするバイト収入の銭勘定に耽っている。
(きり丸君……)
空はここ数日、きり丸のことがずっと気になっていた。
***
空にとって、先日の歓迎会は本当に楽しいものだった。
あの日だけは、自分がどうして未来から来たのか、なんて小難しいことを一切忘れることができた。
久しぶりに心の底から笑えた日であった。
ただ、そのときのことを思い返そうとすればするほど、何故かきり丸の存在が心に引っかかるのである。
歓迎会の最中、大体のは組の子は家族の話をしてくれた。
家業や兄弟。
例えば、庄左エ門なら家は炭屋で弟がいるし、伊助の実家は染物屋の一人っ子だ。
だが、こときり丸に関してはその話が一切なかった。
やれ合戦場での弁当売りは大変だったとか、花売りのときは女装した方が売れ行きがいいだとか、専らアルバイトの話ばかりだった。
このとき、は組の皆はその話に当然のように耳を傾けていた。
なぜ、きり丸がバイトの漬けの生活を送るのか――空の中で、その疑問は日を追うごとに膨らんでいく。
いつしか空はきり丸についてある仮説を立てるようになる。
学費を自ら工面しなければならないほど、きり丸の家庭は貧しいのだろう――と。
(両親がご病気なのかな……それとも、兄弟が多いから、家計を支えるために稼ぎの良い忍者になろうって決めたのかな……)
しかし、これはあくまで推測にすぎない。
きり丸本人に聞けば、その疑問は一発で解消される。
が、空がそれをすることはない。
苦手だった。
他人の根幹を成す部分に気安く触れる行為が。
それは、自身の過去に起因していた。
空の両親は仕事で忙しい人たちだったため、空は祖母とずっと二人きりで過ごしてきた。
仕事熱心と言えば聞こえはいいが、実質は空を放置したも同然だ。
祖母に育てられた空は、物心ついてから周りの同級生と比較して、自分の家庭が普通とは異なることを初めて知った。
家族の話をすると、こんな反応が返ってきたからだ。
『おれ、あいつんちの両親一度も見たことないよ。変わってるよな』
『パパとママと、もう何年も一緒にいないんでしょ?かわいそう……』
特に小学校時代という多感なステージにおいて、空はクラスメイトの子たちに嫌というほどからかわれたし、反対に同情もされた。
そういう経験が積み重なり、空はもう家族の話をすることが苦痛になってしまった。
逆もまた然りで、相手に不快な思いをさせるべきではない、と空から家庭の話を振る、なんてことは絶対にない。
相手が自ら語り出さない限りは。
空はもう一度きり丸を見やる。
「ああ、秋休み楽しみだなぁ!」
現在進行形で、小銭、小銭と連呼するきり丸を、空は飽きることなく見つめていた。
今は始業前の時間。
は組にはすっかり馴染んだようで、日々彼らから怒涛の勢いで話しかけられても、動じることはなくなった。
そればかりか、
「そっか。喜三太君はナメさんとお散歩に行くのね。天気がいいから、きっとナメさんたちも喜ぶと思うよ」
「金吾君は剣の稽古があるんだ。戸部先生厳しいかもしれないけど、頑張ってね」
「団蔵君は今日、会計委員のお仕事があるんだね。数字の書き間違えには気をつけてね」
と一度に話しかけられても、冷静に対応できるようになっていた。
「ふぇぇ……」
「空さん、すごい。土井先生みたい!」
近くにいた伊助と庄左ヱ門はそんなことを口々に言っていた。
「あはは。慣れかな、うん……」
汗ジトで応えた空は自分を取り巻く喜三太・金吾・団蔵の頭を撫でる。
その間、空はある人物を見つめていた。
それは少し離れたところで乱太郎と話をしているきり丸だった。
「ニヒヒッ。もうすぐ秋休みかぁ。山菜取りに農家のお手伝い。秋はバイトが目白押しだぜぃ!」
「もう、きりちゃんったら。秋だけじゃなくて、年中、でしょ?」
「そうだっけ?」
きり丸は実に楽しそうで、次の授業なんてうわの空…という有様だ。
ニヤニヤした顔で秋休みにするバイト収入の銭勘定に耽っている。
(きり丸君……)
空はここ数日、きり丸のことがずっと気になっていた。
***
空にとって、先日の歓迎会は本当に楽しいものだった。
あの日だけは、自分がどうして未来から来たのか、なんて小難しいことを一切忘れることができた。
久しぶりに心の底から笑えた日であった。
ただ、そのときのことを思い返そうとすればするほど、何故かきり丸の存在が心に引っかかるのである。
歓迎会の最中、大体のは組の子は家族の話をしてくれた。
家業や兄弟。
例えば、庄左エ門なら家は炭屋で弟がいるし、伊助の実家は染物屋の一人っ子だ。
だが、こときり丸に関してはその話が一切なかった。
やれ合戦場での弁当売りは大変だったとか、花売りのときは女装した方が売れ行きがいいだとか、専らアルバイトの話ばかりだった。
このとき、は組の皆はその話に当然のように耳を傾けていた。
なぜ、きり丸がバイトの漬けの生活を送るのか――空の中で、その疑問は日を追うごとに膨らんでいく。
いつしか空はきり丸についてある仮説を立てるようになる。
学費を自ら工面しなければならないほど、きり丸の家庭は貧しいのだろう――と。
(両親がご病気なのかな……それとも、兄弟が多いから、家計を支えるために稼ぎの良い忍者になろうって決めたのかな……)
しかし、これはあくまで推測にすぎない。
きり丸本人に聞けば、その疑問は一発で解消される。
が、空がそれをすることはない。
苦手だった。
他人の根幹を成す部分に気安く触れる行為が。
それは、自身の過去に起因していた。
空の両親は仕事で忙しい人たちだったため、空は祖母とずっと二人きりで過ごしてきた。
仕事熱心と言えば聞こえはいいが、実質は空を放置したも同然だ。
祖母に育てられた空は、物心ついてから周りの同級生と比較して、自分の家庭が普通とは異なることを初めて知った。
家族の話をすると、こんな反応が返ってきたからだ。
『おれ、あいつんちの両親一度も見たことないよ。変わってるよな』
『パパとママと、もう何年も一緒にいないんでしょ?かわいそう……』
特に小学校時代という多感なステージにおいて、空はクラスメイトの子たちに嫌というほどからかわれたし、反対に同情もされた。
そういう経験が積み重なり、空はもう家族の話をすることが苦痛になってしまった。
逆もまた然りで、相手に不快な思いをさせるべきではない、と空から家庭の話を振る、なんてことは絶対にない。
相手が自ら語り出さない限りは。
空はもう一度きり丸を見やる。
「ああ、秋休み楽しみだなぁ!」
現在進行形で、小銭、小銭と連呼するきり丸を、空は飽きることなく見つめていた。