30.長い一日(後編)

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仙人山を下り、裏裏山を下り…忍術学園へと戻る保健委員のメンバーは全員虚ろな目をしていた。
そこに、の姿はいない。

「……」

特に、伊作の表情は暗い。

「僕、まだ信じられないよ……」

震えた声で伏木蔵は呟く。

「私だって、信じられないよ。いやだ!信じたくない!」

乱太郎が吐き捨てるように言った。
左近も数馬も思っていることは同じだ。

が崖から落ちて帰らぬ人となった――

あの後、保健委員のみんなは伊作のところへ駆けつけ、何が起こったかを知った。
四人は崖の高さを見て驚愕する。
地上から崖までその高さはゆうに二百メートル以上はある。
あそこから落ちれば間違いなく死んでいる。

「……」

だが、どの顔にも涙は見えない。
全員ギリギリのところで耐えているのだ。
もし、誰かが泣けばその哀しみは一気に連鎖してしまう。

四人は思っていた。
今一番つらいのは伊作―――
先頭にいる伊作の顔は見えないが、足取り重そうに歩くその姿からは感じ取れるのは後悔と自責の念だ。


伊作は今生きている心地がしなかった。
頭がズキズキと痛い。
呼吸の仕方を忘れたかのような息苦しさを感じていた。

が崖から落ちた後、なんとか自力でよじ登ってきた八方斎に激しい殺意を抱いた。
だが、血の気の引いた八方斎の顔を見て、その殺意は削がれてしまう。

こんなつもりじゃなかった。

八方斎の顔はそう語っていた。

思考がおぼつかない中、伊作はひとまず忍術学園に戻る決意を固めた。
学園長へ薬を届けなければならない。

の死は自分の過失。
その報告をするべき人間は自分なのだ、と。
どんな罰でも受けようと、伊作は覚悟を決めていた。

五人はその後も何も発さぬまま歩き続けていた。



***

その日の夕焼けは血のように真っ赤だった。
忍術学園についた伊作たちはすぐさま学園長室へ向かう。

途中一行はきり丸とすれ違う。
何も事情を知らない彼は、無情にも無邪気な声をかけた。

「おーい、乱太郎!薬草たんまり取れたのか?」
「……」
「何黙ってんだよ。あれ?さんは?」

の名前を出した時、保健委員みんなの空気がピンと張りつめたものに変わった。

「ごめん……きり丸。私たちちょっと急いでるんだ」

きり丸に構わず、乱太郎たちはそそくさと早足で去る。

「なんだ、あいつ……?」

乱太郎たちの背を見ながら、きり丸が怪訝な表情で呟いた。




学園長の庵では、半助と食満がヘムヘムとともに学園長の看病をしていた。

「まだか、まだ伊作たちは戻ってこんのか?いたたたた…!」
「学園長、安静にしてください!もうすぐ帰ってくるはずですから。今食堂のおばちゃんがお粥作ってくれてますから、それを食べながら待ちましょう」
「ヘムヘムゥ!」

学園長の背中を半助とヘムヘムが丁寧にさする。

「伊作たち……何もないといいけど」

留三郎が不安そうな顔で呟く。
彼の中で、まだあの嫌な予感は続いているのだ。

「大丈夫だよ、食満。みんな何事もなく元気に戻ってくるさ」

半助も話を聞いてから一抹の不安を覚えていたが、取り越し苦労だと留三郎を気遣う。
その時だった。

「学園長、ただいま戻りました。善法寺です」
「おおー!待っておったぞ。入れ、入れ!」

パッと明るい表情になった学園長は伊作たちを急かすように招く。
だが、戸を開けた保健委員会の面々を見て、ただならぬ雰囲気に半助は違和感を覚える。

留三郎はというと、伊作たちが帰ってきたという事実にただ喜んでいてその違和感に気づかない。

「伊作!みんな!無事帰ってきたか!」

留三郎は伊作他、保健委員の面々に笑顔をつくる。
だが、伊作は無言で首を振った。

「伊作……?」

おかしいのは伊作だけではない。
よく見れば乱太郎たちも眉間に皺を寄せ、何かを必死で我慢している顔つきだった。

「伊作!乱太郎!君は!?」

半助がの名前を出した途端、保健委員全員の目が大きくなる。

ガクッと項垂れながら、伊作はその場に突っ伏す。
しばらくすると、雨粒のような涙がぽたぽたと零れ落ちて、伊作の膝を濡らした。

「学園長先生、土井先生……申し訳ありません!さんが、さんが……!」

伊作から嗚咽が漏れる。

もうだめだった。
それを皮切りに、乱太郎や伏木蔵…他のみんなは喉の底から声をあげた。

さんが……さんが……崖から落ちて死んじゃったんです!!」

青天の霹靂のような出来事に、学園長たちは頭が真っ白になる。
やがて、泣きじゃくる乱太郎たちが事の顛末を語り出した。
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