20.疑似家族の土井家 (後編)
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空が半助の家に滞在して三日目の朝。
本日は一年で一番めでたく、どこの家庭でも新年を喜び合う日。
元日だった。
いつも朝早く起きる空も、この日はまだ規則正しい寝息を立てている。
半助ときり丸も同様だった。
隣のおばちゃんと大家と夜遅くまで騒ぎ、皆疲れていた。
今、格子から差し込む強い陽の光は、仰向けに寝ているきり丸の顔を照らしている。
「んぁ……」
きり丸がうっとおしそうに目を擦る。
やけに部屋が明るい。
そうわかった瞬間、きり丸はぎょっとした顔で蛙のように跳ね起きた。
両隣にいる半助と空を慌てて揺すり起こす。
「お二人さん、起きて、起きて!」
「なんだ、きり丸……正月くらいゆっくり寝かせてくれても。せっかくは組のみんなが満点をとった夢を見ていたのに、」
「そうだよ、きりちゃん。新年なんだし、いま折角いいところだったんだから……すき焼きカニ鍋の鍋三昧のあとはケーキバイキングに行く予定で、」
「ええい、二人とも、いい加減夢から現実に戻ってきてください!今日は二人にお願いしたい重要なバイトがあるんですよ!」
きり丸の焦った様子に、空と半助、それぞれの瞼にのしかかった眠気が一気に吹き飛んだ。
「ああ、そういえばそんな話だったね。昨日聞くの忘れてたけど、今日は何のバイトなの、きりちゃん」
空がハテナ顔でそう聞けば、きり丸が走って別の部屋に行く。
数分後、大きい風呂敷包みを手にしてきり丸は戻って来た。
包みの結び目を開いて、中身を披露していく。
「このバイトです!」
そこにあったのは白と朱色の着物。
その着物を物珍しそうに眺めながら、空が言った。
「これって神社の巫女さんが着る服じゃない……今日のバイトって、もしかして巫女さんのバイトなの?」
「そうでぇーす!今日、町のはずれにある神社は年籠りで一番忙しい日ですからね!」
「年籠り?何それ……初詣じゃないの?」
「は、何っすかそれ?おれ、逆に初詣ってのを知らないんですけど……」
両者の話がかみ合わない。
二人の話を聞いていた半助は、少し思案のあと口を開いた。
「どうやら私たちの時代と空がいた時代では、正月の風習が違うみたいだな。おそらく長い年月の中で『年籠り』は廃れていったのだろう」
「そっか。そうなると空さんが年籠りを知らないのは当然っすね」
きり丸が納得したように頷いた。
「正月なんて、今も昔も同じだと思ってました。で、とどのつまり、年籠りって一体何をするんですか?」
「うん。年籠りというのは……」
半助が大まかに説明していく。
それによると、年籠りとは家の家長や村の偉い方々が祈願のために大晦日の夜から元日の朝にかけて氏神神社に籠る風習、とのことだった。
「なるほどね。じゃあ、今日のバイトはその年籠りに関係しているんだ。この巫女さん衣装を着て、具体的には何をするの?」
「午後一番、年籠りを終えた方々にお雑煮を振舞うお仕事です。これが結構時給が良くて、」
「よくそんなバイトを見つけたな、きり丸」
「おれ、時々あそこの神社で小銭が落ちてないか探すんです。一週間前にバイトの帰りで寄り道したら、バイト募集の張り紙を見つけて」
きり丸が自慢げに言う。
きり丸のドケチ根性に苦笑する空の傍ら、半助の顔は引き攣っていた。
「確認しておくが、きり丸……このバイト、私も頭数に入れてるんだよな」
「もちろんでぇす。だって既に前金三人分頂いてますから!」
もみ手をしながらきり丸が断言する。
ガクッと肩を落とす半助を前に、空がおそるおそる尋ねた。
「あの……、あのですよ。私はともかく二人もこれを着るってことは……きりちゃんは『きり子ちゃん』になるってことよね?」
「そうっすよ」
「ってことは、半助さんは、その……つまり、」
このとき、空の頭には、ある人物の姿が思い浮かんでいた。
それは伝子。
半助と同じ一年は組を受け持つ教師、山田伝蔵のもう一つの姿だ。
「半助さんは……今日、半子さんになるということですか」
「そうだ」
半助が力なく答える。
新春早々待ち構えていたのは、女装の難――
幸先悪いスタートを切ってしまう半助なのだった。
本日は一年で一番めでたく、どこの家庭でも新年を喜び合う日。
元日だった。
いつも朝早く起きる空も、この日はまだ規則正しい寝息を立てている。
半助ときり丸も同様だった。
隣のおばちゃんと大家と夜遅くまで騒ぎ、皆疲れていた。
今、格子から差し込む強い陽の光は、仰向けに寝ているきり丸の顔を照らしている。
「んぁ……」
きり丸がうっとおしそうに目を擦る。
やけに部屋が明るい。
そうわかった瞬間、きり丸はぎょっとした顔で蛙のように跳ね起きた。
両隣にいる半助と空を慌てて揺すり起こす。
「お二人さん、起きて、起きて!」
「なんだ、きり丸……正月くらいゆっくり寝かせてくれても。せっかくは組のみんなが満点をとった夢を見ていたのに、」
「そうだよ、きりちゃん。新年なんだし、いま折角いいところだったんだから……すき焼きカニ鍋の鍋三昧のあとはケーキバイキングに行く予定で、」
「ええい、二人とも、いい加減夢から現実に戻ってきてください!今日は二人にお願いしたい重要なバイトがあるんですよ!」
きり丸の焦った様子に、空と半助、それぞれの瞼にのしかかった眠気が一気に吹き飛んだ。
「ああ、そういえばそんな話だったね。昨日聞くの忘れてたけど、今日は何のバイトなの、きりちゃん」
空がハテナ顔でそう聞けば、きり丸が走って別の部屋に行く。
数分後、大きい風呂敷包みを手にしてきり丸は戻って来た。
包みの結び目を開いて、中身を披露していく。
「このバイトです!」
そこにあったのは白と朱色の着物。
その着物を物珍しそうに眺めながら、空が言った。
「これって神社の巫女さんが着る服じゃない……今日のバイトって、もしかして巫女さんのバイトなの?」
「そうでぇーす!今日、町のはずれにある神社は年籠りで一番忙しい日ですからね!」
「年籠り?何それ……初詣じゃないの?」
「は、何っすかそれ?おれ、逆に初詣ってのを知らないんですけど……」
両者の話がかみ合わない。
二人の話を聞いていた半助は、少し思案のあと口を開いた。
「どうやら私たちの時代と空がいた時代では、正月の風習が違うみたいだな。おそらく長い年月の中で『年籠り』は廃れていったのだろう」
「そっか。そうなると空さんが年籠りを知らないのは当然っすね」
きり丸が納得したように頷いた。
「正月なんて、今も昔も同じだと思ってました。で、とどのつまり、年籠りって一体何をするんですか?」
「うん。年籠りというのは……」
半助が大まかに説明していく。
それによると、年籠りとは家の家長や村の偉い方々が祈願のために大晦日の夜から元日の朝にかけて氏神神社に籠る風習、とのことだった。
「なるほどね。じゃあ、今日のバイトはその年籠りに関係しているんだ。この巫女さん衣装を着て、具体的には何をするの?」
「午後一番、年籠りを終えた方々にお雑煮を振舞うお仕事です。これが結構時給が良くて、」
「よくそんなバイトを見つけたな、きり丸」
「おれ、時々あそこの神社で小銭が落ちてないか探すんです。一週間前にバイトの帰りで寄り道したら、バイト募集の張り紙を見つけて」
きり丸が自慢げに言う。
きり丸のドケチ根性に苦笑する空の傍ら、半助の顔は引き攣っていた。
「確認しておくが、きり丸……このバイト、私も頭数に入れてるんだよな」
「もちろんでぇす。だって既に前金三人分頂いてますから!」
もみ手をしながらきり丸が断言する。
ガクッと肩を落とす半助を前に、空がおそるおそる尋ねた。
「あの……、あのですよ。私はともかく二人もこれを着るってことは……きりちゃんは『きり子ちゃん』になるってことよね?」
「そうっすよ」
「ってことは、半助さんは、その……つまり、」
このとき、空の頭には、ある人物の姿が思い浮かんでいた。
それは伝子。
半助と同じ一年は組を受け持つ教師、山田伝蔵のもう一つの姿だ。
「半助さんは……今日、半子さんになるということですか」
「そうだ」
半助が力なく答える。
新春早々待ち構えていたのは、女装の難――
幸先悪いスタートを切ってしまう半助なのだった。