15.練り物嫌いの君
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木枯らしが吹きはじめた師走。
早朝は外気がぐんと冷え込み、食堂の仕事をしている空は朝の起床が堪えてきた頃のこと。
今日の半助の授業は午後からを予定している。
というわけで、空は朝イチから食堂の仕事に専念していた。
空はとあるメイン料理の下ごしらえを担当していた。
調理台の上には、下茹でされた厚切りの大根、三角の形に切り揃えられたこんにゃく、皮を剥いたゆで卵…などなど、豊富な具材が並べられている。
一方、食堂のおばちゃんは竈の前に立ち、出汁の出来を最終チェックをしている。
もうお分かりの通り、二人はこの寒い冬の季節、誰でも一度は食すであろう、日本人のソウルフードことおでんを作っていた。
「空ちゃん、お出汁の方は準備できたわよ。鍋に具材入れるの手伝ってくれる?」
「はい!」
透き通った黄金色のつゆの中に、一つ一つ具が沈んでいく。
全部入れ終えて、ひとしきり煮立たせる。
そのあとは、昼食の時間まで放置するだけだ。
食堂のおばちゃんがすっきりした表情で言った。
「私、おでんをつくるとき、この瞬間が一番好きなのよね。鍋一杯に敷き詰められた具材を見る瞬間が」
「わかります、わかります。大根とかの具材の仕込みは大変だけど、それを全部投入したとき、終わった……!てなりますよね」
「そうなのよね……フフフ。ここまで作っちゃえば、あとは副菜を用意して終わりよ」
「主菜と汁物を兼ねてますから、おでんの日は私達も楽ちんですね」
微笑みを交わす二人だったが、空はふと、おでんのとある具に注目した。
その具は、おばちゃんのこしらえた絶品のつゆの上にゆらゆらと浮かんでいる。
円柱状で、中心に穴の開いた食べ物である。
竹輪だ。
不意に空の脳裏にある人物の顔が浮かぶ。
その人物はおでんを前に慄き、絶叫している。
空が無意識に呟いていた。
「今日のおでん、大丈夫かな……?」
おばちゃんは空の呟きをばっちり聞いていた。
もちろん、どういう意味か完全に理解している。
「空ちゃん、土井先生のことは全然気にしなくていいのよ」
食堂のおばちゃんはそう言って、空の肩をポンと叩きにっこりと笑う。
だが、その目だけは険しさを残していた。
***
その日の忍術学園の食堂。
半助と伝蔵は食堂に向かっていた。
途中、腹を満たした忍たまたちとすれ違う。
半助を目に入れた瞬間、彼らが半助に気の毒そうな視線を送っているように見えるのは気のせいだろうか。
「さてさて今日のメニューは何かな………げっ!!」
何気なくメニューを覗いた半助は、その内容を知るやいなや、身体から血の気が引くのがわかった。
ピキっとその場で硬直している。
「……」
横にいる伝蔵が、無言で半助の肩を叩く。
「観念しろ」――伝蔵の表情はそう語っていた。
憂鬱そうな半助の腕をつかみ、引きずるようにして伝蔵は食堂内を進む。
そして、注文口にいるおばちゃんに淡々と告げた。
「食堂のおばちゃん。ランチ、私と半助の分、二つよろしく」
「はい、山田先生。席までお持ちしますから、お待ちください」
おばちゃんは元気よく対応する。
だが、伝蔵の後ろに隠れるように立つ半助を射るように見つめていた。
食堂のおばちゃんが伝蔵たちの元へ食膳を運び終えた。
出汁がたっぷりとしみ込んだおでんを見て、伝蔵と半助のふたりは全く正反対の思いから笑みを浮かべていた。
一人は、美味しそうな食事に顔をほころばせている、喜びの笑みを。
もう一人は、本当にこれを今から食すのかという、引き攣った笑みを。
「おお、うまいのう」
「ええ……あれ以外は、本当に……」
伝蔵はあっという間に平らげてしまった。
だが、半助の食器には特定の食べ物だけがいつまでも残っている。
それは竹輪だ。
半助は竹輪、ひいては練り物全般が大の苦手だった。
「山田先生……私の竹輪たべてくださいませんか?」
半助はすがるような目を向けて、伝蔵に小声で懇願する。
だが、伝蔵は即座にぶんぶんと首を振った。
視線を感じたからだ。
常日頃から、「お残しは許しまへんで」と口にする、食堂のおばちゃんの視線を。
もし、半助を助けようと手を差し伸べるものなら、伝蔵もまた食堂のおばちゃんの制裁の対象になってしまうのだ。
「半助。これも試練じゃ。先に行っとるぞ」
そう言って、伝蔵は逃げるように食堂を後にした。
「……」
どれだけの時間、この竹輪と対峙したことだろう。
いつの間にか、食堂には半助だけとなってしまっていた。
脂汗が頬を伝う。
(やっぱり、食べなきゃだめなんだよなぁ……)
半助はチラッと横を見た。
そこでは、食堂のおばちゃんと空が、半助の行く末を黙って見守っている。
(空君も見ているし、こうなったら仕方がない。よし!)
ついに半助が覚悟を決めた。
一口大に切った竹輪を恐る恐る口に入れる。
が、次の瞬間、カラン……と箸が落ちる音が響き渡る。
あまりの不味さに、半助は竹輪から背をそむけ、その場で蹲ってしまった。
「うっ……」
噛めばぷりぷりと弾力のある食感と許容できない味が口いっぱいに広がる。
ああ、憎らしや、この竹輪の味(自由律俳句)
水を流し込み、なんとかその一口は食べきることができたが、この時点で既に戦意喪失していた。
あっさりと両手を上げる――降伏の意だ。
「食堂のおばちゃん、ごめん」
「半助ぇぇぇぇ!!」
般若と化した食堂のおばちゃんが半助に飛び掛かっていく。
完食しない代償として、おばちゃんからの折檻を甘んじて受け入れる半助なのだった。
早朝は外気がぐんと冷え込み、食堂の仕事をしている空は朝の起床が堪えてきた頃のこと。
今日の半助の授業は午後からを予定している。
というわけで、空は朝イチから食堂の仕事に専念していた。
空はとあるメイン料理の下ごしらえを担当していた。
調理台の上には、下茹でされた厚切りの大根、三角の形に切り揃えられたこんにゃく、皮を剥いたゆで卵…などなど、豊富な具材が並べられている。
一方、食堂のおばちゃんは竈の前に立ち、出汁の出来を最終チェックをしている。
もうお分かりの通り、二人はこの寒い冬の季節、誰でも一度は食すであろう、日本人のソウルフードことおでんを作っていた。
「空ちゃん、お出汁の方は準備できたわよ。鍋に具材入れるの手伝ってくれる?」
「はい!」
透き通った黄金色のつゆの中に、一つ一つ具が沈んでいく。
全部入れ終えて、ひとしきり煮立たせる。
そのあとは、昼食の時間まで放置するだけだ。
食堂のおばちゃんがすっきりした表情で言った。
「私、おでんをつくるとき、この瞬間が一番好きなのよね。鍋一杯に敷き詰められた具材を見る瞬間が」
「わかります、わかります。大根とかの具材の仕込みは大変だけど、それを全部投入したとき、終わった……!てなりますよね」
「そうなのよね……フフフ。ここまで作っちゃえば、あとは副菜を用意して終わりよ」
「主菜と汁物を兼ねてますから、おでんの日は私達も楽ちんですね」
微笑みを交わす二人だったが、空はふと、おでんのとある具に注目した。
その具は、おばちゃんのこしらえた絶品のつゆの上にゆらゆらと浮かんでいる。
円柱状で、中心に穴の開いた食べ物である。
竹輪だ。
不意に空の脳裏にある人物の顔が浮かぶ。
その人物はおでんを前に慄き、絶叫している。
空が無意識に呟いていた。
「今日のおでん、大丈夫かな……?」
おばちゃんは空の呟きをばっちり聞いていた。
もちろん、どういう意味か完全に理解している。
「空ちゃん、土井先生のことは全然気にしなくていいのよ」
食堂のおばちゃんはそう言って、空の肩をポンと叩きにっこりと笑う。
だが、その目だけは険しさを残していた。
***
その日の忍術学園の食堂。
半助と伝蔵は食堂に向かっていた。
途中、腹を満たした忍たまたちとすれ違う。
半助を目に入れた瞬間、彼らが半助に気の毒そうな視線を送っているように見えるのは気のせいだろうか。
「さてさて今日のメニューは何かな………げっ!!」
何気なくメニューを覗いた半助は、その内容を知るやいなや、身体から血の気が引くのがわかった。
ピキっとその場で硬直している。
「……」
横にいる伝蔵が、無言で半助の肩を叩く。
「観念しろ」――伝蔵の表情はそう語っていた。
憂鬱そうな半助の腕をつかみ、引きずるようにして伝蔵は食堂内を進む。
そして、注文口にいるおばちゃんに淡々と告げた。
「食堂のおばちゃん。ランチ、私と半助の分、二つよろしく」
「はい、山田先生。席までお持ちしますから、お待ちください」
おばちゃんは元気よく対応する。
だが、伝蔵の後ろに隠れるように立つ半助を射るように見つめていた。
食堂のおばちゃんが伝蔵たちの元へ食膳を運び終えた。
出汁がたっぷりとしみ込んだおでんを見て、伝蔵と半助のふたりは全く正反対の思いから笑みを浮かべていた。
一人は、美味しそうな食事に顔をほころばせている、喜びの笑みを。
もう一人は、本当にこれを今から食すのかという、引き攣った笑みを。
「おお、うまいのう」
「ええ……あれ以外は、本当に……」
伝蔵はあっという間に平らげてしまった。
だが、半助の食器には特定の食べ物だけがいつまでも残っている。
それは竹輪だ。
半助は竹輪、ひいては練り物全般が大の苦手だった。
「山田先生……私の竹輪たべてくださいませんか?」
半助はすがるような目を向けて、伝蔵に小声で懇願する。
だが、伝蔵は即座にぶんぶんと首を振った。
視線を感じたからだ。
常日頃から、「お残しは許しまへんで」と口にする、食堂のおばちゃんの視線を。
もし、半助を助けようと手を差し伸べるものなら、伝蔵もまた食堂のおばちゃんの制裁の対象になってしまうのだ。
「半助。これも試練じゃ。先に行っとるぞ」
そう言って、伝蔵は逃げるように食堂を後にした。
「……」
どれだけの時間、この竹輪と対峙したことだろう。
いつの間にか、食堂には半助だけとなってしまっていた。
脂汗が頬を伝う。
(やっぱり、食べなきゃだめなんだよなぁ……)
半助はチラッと横を見た。
そこでは、食堂のおばちゃんと空が、半助の行く末を黙って見守っている。
(空君も見ているし、こうなったら仕方がない。よし!)
ついに半助が覚悟を決めた。
一口大に切った竹輪を恐る恐る口に入れる。
が、次の瞬間、カラン……と箸が落ちる音が響き渡る。
あまりの不味さに、半助は竹輪から背をそむけ、その場で蹲ってしまった。
「うっ……」
噛めばぷりぷりと弾力のある食感と許容できない味が口いっぱいに広がる。
ああ、憎らしや、この竹輪の味(自由律俳句)
水を流し込み、なんとかその一口は食べきることができたが、この時点で既に戦意喪失していた。
あっさりと両手を上げる――降伏の意だ。
「食堂のおばちゃん、ごめん」
「半助ぇぇぇぇ!!」
般若と化した食堂のおばちゃんが半助に飛び掛かっていく。
完食しない代償として、おばちゃんからの折檻を甘んじて受け入れる半助なのだった。