12.心の整理

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はまばゆい光の中にいた。
身体がグングンと飛翔していくのがわかる。
やがてその浮遊感がなくなり、足元が地面に着く感覚をしっかりと認識すると、そこには見慣れた光景が広がっていた。

あちこちに見えるのは実験棟や講義棟。
広大な敷地の中を行き交う多くの若者。

(ここは……大学!私、とうとう帰ってこれたんだ、元の時代に……)

身に纏っている服も、忍び装束から現代の洋服へと変わっていた。
目線を遠くに投げれば、緑と調和したキャンパスの風景が広がっている。

あちこちにたむろする学生たちの話し声。
道端にずらりと並んだ自転車やバイク。
頭上を飛ぶのは飛行機。
ひとつひとつが懐かしい。

やっと帰ってこれた。
感無量の思いであった。

(今、いつなんだろう……)

タイムスリップしていたが、現代の世界に戻ってきて最初に浮かんだ疑問だった。
慌てて手に抱えているトートバッグからスマホを取り出して、画面を覗いた。

日付は、大学の後期日程の初日。
火曜日で、時刻は十時半となっている。

が現代の世界で不在にしていた期間と、乱太郎たちのいる世界で過ごした期間はほぼ同じだった。
どうやら、時間の流れ方は変わらないようである。

(後期の時間割も前期日程とほぼ同じだから……次の講義はあの部屋だ!)

そこへ行けば、仲の良い級友たちに会える。
帰ったきた実感を味わいたくて、再会の喜びに浸りたくて、はやる気持ちをおさえきれず、は次の授業が行われる部屋へと駆けていった。



次の授業、火曜二限目の講義は理工学部棟の二階、201教室であった。
肩を上下させながら、がその部屋を覗いた。

(いた!)

が所属するクラスはほぼ男だらけのため、女子のかたまりを見つけるのは簡単なことだ。
教室の入り口から一番離れた角のほうで、女の子たちが談笑している。

(よかった。留学はできなかったのは残念だけど……こうしてまたここで生活できる……!)

そんなことを考えながら、は級友たちのところを目指して進む。
周りを見れば、小麦色に肌が焼けた男子生徒がちらほら目についた。
それはに、自分が経験し損ねたひと夏の時間の経過を感じさせた。


そうこうしているうちに、は級友たちの元へと到達した。
バイトや旅行……休みを謳歌した友人たちは大なり小なり、最後に顔を合わせたときよりも大人びていて、垢ぬけている。

「みんな……!ひさしぶり!」

やや照れくさそうに声をかけるだったが、級友たちからの反応は返ってこなかった。

(あれ……?)

何かの悪ふざけかと思ったはその後も執拗に声をかけ続ける。
が、やはりに応えるものはいない。
やがて、はあることに気が付いた。
がいくら至近距離で手を振ろうが、大声を出そうが、誰一人を見ようとしない。
無視というより、の存在そのものに気づいていなかった。

(どうして!?私のこと……みんなに見えていないの……?)

まるで路傍の石――誰も気に留めない道端の石のように、はその空間に存在していた。

すぐそばで愕然とするがいることに気がつかない級友の女の子たちは、会話を続ける。

「そういや、はまだ留学中だっけ?あたし、あの子に休み中メール送ったんだけど、全然返事がこなくて」
「あ、あたしもだよ!おかしいよね。、割とレス早いのに」
「スマホ忘れて飛行機乗っちゃったのかな?」
「まさか!スマホなんて絶対忘れるわけないでしょ。ありえないって」
「でも、連絡こないのちょっと心配だよね。事故とかに巻き込まれたとか、病気とか……」
「まさか!に限って、それはないよ。でも、もし連絡来なかったら、大学の事務課に行って聞いてみよっか」
「そうだね」

(こんなに近くにいるのに、心配してもらっているのに、みんなが……遠い……)
(そっか……私はもう……)

がショックを受けている間に担当教官が入室し、友人たちの会話もそこで終了となった。
担当教官はスタスタと壇上に上がると、講義室内が水を打ったように静まり返った。
やがて、彼は教科書の内容を無機質な口調で読み上げていく。

皆が着席して話を聞く中、はその場で一人立ち尽くしている。
無論、教官はそんなの姿に気づくことはなかった。







「あれは……夢……」

呟いたのと同時に、は目が覚めていた。
薄暗い部屋。
こんな朝早くに起きた習慣など、かつてない。
それは、今いる場所が過去の世界だとに実感させるのには十分だった。

ただの夢にしては、今日の夢はリアルすぎた。
教室の古びた机の匂いも、始業を告げるベルの音も、級友たちの容貌の変化も、何もかも全てが。

あの夢は「今現在」の現代の世界を映したものに違いない。
なんとなくではあるが、はそう直感していた。

(どうして、あんな夢を……)

が、今はそれをゆっくりと考える時間はなかった。
朝の食堂の仕事――
はけだるそうに身を起こし、支度を整え、職務を全うすべく食堂へと向かった。


がそんな夢を見たのは、秋休みの二日前のことだった。
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