0.始まりの終わり
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ミーン、ミーン…………
蝉時雨とはよく言ったもので。
七年ぶりに土から地上に帰り、羽化した喜びをその小さい身軀であらわすかのように、外の木にびっしりとへばりつく蝉たちは間断なく鳴きわめく。
だが、そんな蝉たちの合唱もこの少女にはまるで届いていない。
「パスポート良し、航空券良し、両替用の現金良し……!」
外で鳴いている五月蝿い蝉なんぞ、その少女には眼中になかった。
少女は自宅のリビングのど真ん中で、スーツケースとリュックの中身を入念に確認していた。
彼女はこれから海外に旅立つのだ。
ちなみにその旅行の主目的は語学留学。
開ききったスーツケースの中一角を英語の辞書とテキスト等が占有しているのがその最たる証拠だ。
他の荷物を見てみれば、一週間分の洋服類やアメニティグッズなどの日用品、常備薬、パソコンなどの電子機器が目いっぱい詰め込んでいる。
何せ、初めて行く土地。
忘れ物でもしたら困ると用意周到な彼女の顔は険しく、強張っている。
「ふぅ……何とか大丈夫そう……」
全ての持ち物チェックが終わり、問題がないと分かると彼女はほっと一息ついた。
振り子式の壁時計を見やる。
出発の時間には十分余裕がある。
だが、家で待っていても落ちつかないので早めに出発しよう。
そう決めた少女はスーツケースとリュックのチャックを閉め、玄関に向かった。
少女には見送りをしてくれる家族はいなかった。
二年前からずっと、この家に一人で住んでいた。
親代わりに育ててくれた祖母は病気を患い二年前に他界している。
ちなみに彼女の両親は……困ったことに、娘よりも仕事が大好きな人間らしい。
ともに大企業に勤める父母はそれぞれ海外赴任で家には不在だ。
娘の存在を忘れたかのごとく仕事に邁進し、自身の人生を存分に謳歌していた。
そんな両親に幼少の頃から散々悩まされたが、嘆いてもしょうがない。
今となっては二馬力で働く両親の財力を逆手にとって、割と好き勝手にやらせてもらっている。
但し、祖母の育て方がよかったのか、その少女は計画性のない人間でもなければ浪費家でもなかったが。
留学をしたい。
そう決断したときも彼女の両親は一つも反対しなかった。
未成年であるその少女は事あるごとに親の承諾をとる必要があるが、このプロセスは事務的なものに過ぎない。
両親からメールで返ってくる答えは、いつも決まって同じ。
二つ返事であった。
あなたも好きにやりなさい――というわけだ。
一週間以内には、少女の持っている預金口座の中に十分すぎるほどの留学資金が振り込まれていた。
昨今の厳しい経済状況を考えると、バイトもせずに親のお金だけでぬくぬくと暮らしていけるこの少女の境遇は、同じ大学生からすれば、非常にうらやましいものである。
さて、その少女は今、玄関の棚に飾ってある一つの写真立てに向かって手を合わせる。
その写真の中には、最愛の祖母が映っていた。
(おばあちゃん、行ってきます。しばらく、家を留守にします。一人にしてごめんね……!)
これから新しい世界を見て、うんと勉強して、将来に繋げるため、少しでも成長して帰ってくるから。
そう誓って、少女は荷物を抱え玄関のドアを開けた。
が、残念ながらこの約束は未来永劫果たされないことになる。
これからその身に降りかかる己の運命を彼女はまだ知らない。
蝉時雨とはよく言ったもので。
七年ぶりに土から地上に帰り、羽化した喜びをその小さい身軀であらわすかのように、外の木にびっしりとへばりつく蝉たちは間断なく鳴きわめく。
だが、そんな蝉たちの合唱もこの少女にはまるで届いていない。
「パスポート良し、航空券良し、両替用の現金良し……!」
外で鳴いている五月蝿い蝉なんぞ、その少女には眼中になかった。
少女は自宅のリビングのど真ん中で、スーツケースとリュックの中身を入念に確認していた。
彼女はこれから海外に旅立つのだ。
ちなみにその旅行の主目的は語学留学。
開ききったスーツケースの中一角を英語の辞書とテキスト等が占有しているのがその最たる証拠だ。
他の荷物を見てみれば、一週間分の洋服類やアメニティグッズなどの日用品、常備薬、パソコンなどの電子機器が目いっぱい詰め込んでいる。
何せ、初めて行く土地。
忘れ物でもしたら困ると用意周到な彼女の顔は険しく、強張っている。
「ふぅ……何とか大丈夫そう……」
全ての持ち物チェックが終わり、問題がないと分かると彼女はほっと一息ついた。
振り子式の壁時計を見やる。
出発の時間には十分余裕がある。
だが、家で待っていても落ちつかないので早めに出発しよう。
そう決めた少女はスーツケースとリュックのチャックを閉め、玄関に向かった。
少女には見送りをしてくれる家族はいなかった。
二年前からずっと、この家に一人で住んでいた。
親代わりに育ててくれた祖母は病気を患い二年前に他界している。
ちなみに彼女の両親は……困ったことに、娘よりも仕事が大好きな人間らしい。
ともに大企業に勤める父母はそれぞれ海外赴任で家には不在だ。
娘の存在を忘れたかのごとく仕事に邁進し、自身の人生を存分に謳歌していた。
そんな両親に幼少の頃から散々悩まされたが、嘆いてもしょうがない。
今となっては二馬力で働く両親の財力を逆手にとって、割と好き勝手にやらせてもらっている。
但し、祖母の育て方がよかったのか、その少女は計画性のない人間でもなければ浪費家でもなかったが。
留学をしたい。
そう決断したときも彼女の両親は一つも反対しなかった。
未成年であるその少女は事あるごとに親の承諾をとる必要があるが、このプロセスは事務的なものに過ぎない。
両親からメールで返ってくる答えは、いつも決まって同じ。
二つ返事であった。
あなたも好きにやりなさい――というわけだ。
一週間以内には、少女の持っている預金口座の中に十分すぎるほどの留学資金が振り込まれていた。
昨今の厳しい経済状況を考えると、バイトもせずに親のお金だけでぬくぬくと暮らしていけるこの少女の境遇は、同じ大学生からすれば、非常にうらやましいものである。
さて、その少女は今、玄関の棚に飾ってある一つの写真立てに向かって手を合わせる。
その写真の中には、最愛の祖母が映っていた。
(おばあちゃん、行ってきます。しばらく、家を留守にします。一人にしてごめんね……!)
これから新しい世界を見て、うんと勉強して、将来に繋げるため、少しでも成長して帰ってくるから。
そう誓って、少女は荷物を抱え玄関のドアを開けた。
が、残念ながらこの約束は未来永劫果たされないことになる。
これからその身に降りかかる己の運命を彼女はまだ知らない。