宵の明星を君と見たい
その日はなんて事ない普通の、曇りの日だった。
その日は休日で学校も無かったのでトラットリア、いわゆる大衆食堂を営む両親を手伝い、常連さん達とお喋りをする。そんないつも通りのそんな日だ。
でもその日は変わったことがあった。
ここらでは見た事のない顔の男の人が、緊張した面持ちで何故かライターの火をずっと付けたまま、火の出るであろう部分の辺りを手でガードをして歩いていたのだ。
だがそんな彼の努力を笑うかの様に突風が吹いて、付いていた火を拐っていってしまった。そんな急な風に火を覆っていた手を自らの防護に使ってしまった彼の表情は言葉では表せないくらいに絶望に染まっていった。
今となってはこの風は私の事も絶望の淵に叩き落とす物だった。そしてそこで彼の事を見るのをやめて、両親に店の表にいるこの彼の事を言わなければあんな事にもならなかっただろう。
だがまだ幼く、何もわからず純粋無垢だった私は両親にこの事を言ってしまい、人の良い両親も彼の事を心配し店に招き入れてしまった。
そして常連客から人が良すぎる、という評価を受けた両親により手厚い慰めとして出された料理を食べ、少し元気になった彼が店を出る為に立った瞬間、ポケットに押し込んでいたライターがコツンと音を立てて出てきた。彼は慌てて拾おうとしたが如何せん落ちた衝撃で跳ねて少し遠くの、父の足元にあった。それを人の良い父はもし壊れてしまっていたら弁償をしようそれ位の気持ちで火が付くの確認をしようとしたのだろう。だが彼がこの数十分では見た事も無いくらいに気迫に迫った顔をして
「火を付けるな!」
と叫んで父の手からライターを奪った。だが父が既に蓋を開けている状態だった事、彼の触りどころが悪かったのか彼の手に収まったライターの火は付いてしまっていたのだった。
その様を見た彼はこの世の終わりの様な顔をしてへたりこんでしまった。そして、その次の瞬間。突然、彼の後ろに真っ黒な身体に変な仮面を付けた一目でヒトではないとわかる不思議なモノが現れた。
ヤツは再び火を付けたことに対して何か難しい事を言い、突然古びた矢を取り出し彼を刺そうとした。だがその矢はそんな彼を助けようとその間に飛び出した父の背中に刺さってしまった。
真っ赤な血が普通では有り得ない程に店中に飛び散り、赤く染めている。父が初心者ながら四苦八苦して造っていたテーブルと椅子、少し古ぼったくなった様な感じがおしゃれよねと母が言っていた床や壁の至る所に血がベタリ、ベタリと付いていく。
「キャァァァァァァッ!!!」
普段、優しくて落ち着いている母からは考えられない程の悲鳴が響き渡る。そして母が今だに背中からドクドクと血を流す父に駆け寄っていった瞬間、あの黒いやつは次に母を標的にしたらしく母の背後にいた。
その事にその場に居た全員が気づき、助けようと動いた時にはもう、母は刺されていた。母はやつが後ろに来た瞬間、見えていなかったが何かを感じ取って振り向いていたのだろう。そのせいで運悪く丁度左胸の心臓のあるあたり、そこより少し上に矢が刺さっていた。父のときよりもっと凄まじい量の血がまるで噴水の様に溢れ出る。父の血痕に被さるように母の血がそこら中に飛び散っていった。駆け寄っていた私や彼にも雨粒のように飛んだ血が付いた。
ドシャリと嫌な音を立てて母が父の上に倒れこむ。その音で私の心の糸も切れてしまっ。涙が溢れ出てまだあの黒いヤツが近くに居るのにも関わらず、もう確実に生の無い目をしている両親に駆け寄った。
「父さんッ……母さんッ……お願い……お願いだから返事してよ……」
正直今日起きたこの事、全てが夢だと思った。悪い悪い夢。実は悪魔が私に付いていて、私の魂を食べる為、生きる事を絶望させて連れ去ろうとしているのだろうと思った。だがそんな私の小さくて、些細な希望も目の前に居るこの黒いやつのせいで打ち砕かれた。やつが私を掴んでいた。いや正確には私の魂の様なものだろう。少し下を見ると泣き崩れた私が居たのだから。そして私の喉らへんに矢が刺さった。視界が暗くなり端々に血が飛び、手を離され崩れ落ちる中、最期に見た光景はこちらに駆け寄る彼とそんな彼の背後に移動し、矢を振りかぶる黒いやつだった。
*********
次に意識が浮上した私が味わったのは、ほんのり暖かいが妙に固く、驚く程グラリグラリと揺れる感覚だった。
遂に私は悪魔に捕まってしまい、調理台に運ばれているのかと思ったが、その割には丁寧に毛布も掛けられているらしく、身体全体に僅かながら暖かさが感じられた。だがそんな優しい悪魔だとしても、本当の最期くらい自分を殺す奴の顔を見て、文句の1つや2つ言ってやろう、と目を開けると広がっていたのは紺色だった。てっきり目がギョロりとして釣り上がった凶悪な顔をした本に出てきた悪魔の顔があるものだと思っていた私は、飛び起きて四方八方を見て回ったがそんなものは一切見当たらなかった。
だが、そんな私の視界が得た情報は男の背中と後頭部、首の後ろの付け根にある既に瘡蓋が出来て塞がりつつある大きな刺傷。そして私の喉元にある、男と同じように塞がりかけている大きな刺傷だった。
それで大体の事を悟った。私を背負って何処かに向かっているのは、今日あった悪夢を一緒に体験した彼で、あの黒いやつに刺され死んだと思っていた私は何故か生きている。しかし恐らく両親は死んでしまったのだろう。だから矢で刺されたが一命を取りとめた彼が背負ってどこかに運んでくれているのだろうという事を。
「あぁごめんね……起こしてしまったかい……?」
彼が申し訳なさそうな声で言った。流石に勢い良く起きておいて誤魔化すのは無理だろうと思い素直に
「うん。凄く揺れてなんだろうと思って目が覚めちゃった…」
と少々の不満を込めて言った。
「やっぱり今の状態の俺が背負って運ぶのは寝れないよね……本当にごめんね……それにこちらは謝っても謝りきれないけれどご両親の事も……」
「まあそれはそうだけど……でも貴方も刺されてるから被害者、全てあの変な黒いやつが悪いんだよ……。あと、今何処に向かってるの?病院?警察?」
「そう……だね……そう言ってくれてありがとう。でもごめんね全然違う場所なんだ。そして君は俺を恨むと思う……。」
申し訳なさそうな声をした彼が足を止めたのは大きな家の前だった。
そして彼はその家に少し迷いながら入って行き奥へと進んで行った。 全体的に薄暗い廊下を真っ直ぐ進むと、そこには見たことも無い位に立派な身体の全体的に黄色っぽい男が居た。
「おやァ〜君ィどうやら再点火してしまった様だねェ。全く駄目じゃァ無いかァ、約束が守れないとはねェ」
「はい……すみません……」
「まァいいさァ、矢を受けても生きている様だし。それよりそっちの子供はなんだい?どうやら矢を受けているようだが?」
と大男が私に目を向けてきた。その目線が余りにもねっちりと、値踏みする様で気持ち悪くておぶってくれている彼の背に隠れた。
「この子はその……再点火した際に周囲に居て巻き込んでしまって……両親の方は息が無かったのですが、この子はあったのでとりあえず報告の為連れてこようと思い……」
「ふゥン〜まあその子供にはあまり良い話じゃァ無いだろうが、私には関係が無いからねェ〜遠慮無く進めさせてもらうサ」
と言って
「君はとりあえず合格さァ、これからパッショーネの人間として頑張って働いてくれたまえ。それでそっちの子供は……ふゥむ……暫く待っていたまえ、ボスに連絡して聴くからなァ」
そう続けて大男はパソコンを開き、メールを打ち込みだした。その間に私は彼に色々と問い詰めた。
「聞きたいんですが、パッショーネってあのパッショーネですか…?貴方はギャングになるんですか…?」
驚く程震えた声が出た私には、彼は小さく、静かにあぁ…と答えた。その時私は抱いていた希望が全てガラガラと音を立てて崩れていった。この街でパッショーネといえば殆ど全ての事を取り締まるギャング組織だった。両親の店にも時々、厳つそうな男達が食事に来たり、金を徴収しに来ていた。両親は毎回言われた金額を払えていたから良かったが、時折その男達が路地裏で見知らぬ人を暴行しているとこを目撃した。その時の雰囲気がとても恐ろしく、私には一生深く関わる事の無い、無縁な世界だと思っていた。
だが現実は非情だった。私が気にかけて声をかけた男はなんとその組織への入団テスト中で、両親が死んだのもそのテストに巻き込まれたからだった。そう思った瞬間、何かが自分の中で爆ぜた。
あぁ、なんて憎い。彼も、その彼にこのテストをした大男も、やつを雇っている組織も憎い。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。全部、グチャグチャのバラバラに壊れてしまえばいい。何もかも綺麗に形を残さずに壊れてしまえ。むしろ壊してやりたい。壊してやる。壊れろ。全てが憎い。全部、何もかも憎い。何より自分が1番憎い。力もお金も何もかもが無いそんな自分が憎い。
あぁ……せめて力があれば……全てを壊せる力があれば良かったのに……そうすれば憎いもの全部壊せるのに……
その瞬間、私のなかて何かがカチリとはまった。まるでパズルのピースや歯車と歯車が上手くはまったように、私の中の湧き出た思いと私に付こうとしていた何かが重なり合い、綺麗に溶け合って一つになっていくような感覚が来た。
気づいたら私は彼の背から飛び降り、アイアン・ハート、壊す力を頂戴と無意識に叫んだ。
いや正確には無意識ではない。その時私はハッキリとこの言葉が頭に思い浮かんでいた。そしてこの言葉を言うことでどうなるのかも分かっていた。恐らく私はもう二度と普通には一生、どう足掻いても戻れないだろう。だが良いのだ。私を愛して育ててくれた両親はもう居ない。居るのは血を流し、闇に命を喰らい尽くされた憐れな死体。だったら私は、私達家族をこんなにも悲しい運命にした奴ら全員に復讐をしてやる。そいつらの大切なものを全て壊して、後悔させてやる。例え私が行き着く先が奴らと同じ冥府でも、底まで追い詰めてやると決意した。
すると私の周りに銃が現れた始めた。少しずつだが形を作り出していた。それらはふよふよと浮いており、様々な疑問が浮かんだ。だが、正直そんな事の正解はどうでも良い。これで奴らを全員殺せる。
だがその事で喜びに溢れていた私は後から近寄る気配に気づけなかった。そして気づいた時には強い衝撃を食らい、意識を失っていた。
*********************
とある男の独白
俺はある日パッショーネというギャング組織の入団テストを受けた。そのテスト内容はライターの火を消さず、再点火もしないで1日過ごし持ってくるというものだった。
簡単だと思っていたが俺は失敗してしまった。ギャングとは無縁そうな一家を巻き込んでしまい、俺とその一家は謎の黒いイキモノに刺された。だが俺のその家族の一人娘の子だけは何故か刺されたのに生きていた。そしてそれを報告する為にテストを課してきたポルポという男の元に彼女を連れて行った。そこで彼女の事をポルポがボスと相談している間に事は起きた。
彼女に、パッショーネとはあのギャング組織かと質問され素直に答えた。すると暫く彼女が黙り込んだかと思ったら突然飛び降りてしまった。
あぁ、やっぱりご両親の死んだ原因の男とは居られないよなと思った次の瞬間、彼女の背後に奇妙な影が見え隠れするようになった。
それはだんだんとヒトの形をとり、じわじわと色を持ち存在感を放ちだしていた。
気づいた時には影は、シスターが着用するような服とベールを被り、目元は劇で役者が付けていそうな仮面を付け、蜘蛛の様に沢山の腕が背中から出ているそんな姿の”モノ”に変化していた。そして何も無い空間に指をかざした。すると彼女と”ソレ”を囲うように少しずつ銃の様なものが形を持ち出していた。
恐らくこれは彼女の憎悪なのだろう。両親を殺され、裏社会へと知らないうちにレールの引かれた彼女の憎しみ。ならばこれは俺が受け止めるべきなのだろう。優しい一家を滅茶苦茶にし、輝かしい未来も踏み潰した俺の罪だ。
そう思い、全て受け止める為に1歩進んだ瞬間、彼女は倒れ込んだ。恐らく、いつの間にか彼女の後ろに立っている男が気を失わせて受け止めたのだ。その男は自分の腕の中で気を失っている彼女を一瞥してから、ポルポの方を見た。
「ボスからの命令でこの子供を迎えに来ました。後の報告はよろしくお願いします。」
そう言って男は一礼をして、小麦粉の大袋を抱える様に彼女を肩に担いで出ていった。
「ふゥむ……彼も中々にせっかちだねェ。」
そう言って男が去っていった廊下を少し眺めたが、すぐに手元のパソコンに目線を移し恐らくボスへの報告書を打ち込んでいた。カタカタとキーボードを打ち込む音だけが響いた。少し居心地が悪い雰囲気だったので早々に退散する為に、自分の所属先や彼女の連れてかれた先など疑問に思ったことを聞いてみた。
「あァ〜、あの子供はボス直属のチームに連れてかれたよ。あそこならもし上手く働かなくても始末がしやすいからねェ。」
まるでなんて事ない日常会話をするように何とも言えない残酷な事を言われ、気が遠くなるような感覚に襲われた。
ギャングの世界に入る事で自分が死ぬ事は覚悟はしていた。しかし自分の失態のせいで誰かが死の淵に立たされるという事は正直、余りにも現実味がなく、考えれていなかった。
だが今の状況は、自分のせいで普通の一家が巻き込まれ、生き残った少女をまた命の危機にさらしている。
男の心には後悔と懺悔の気持ちでいっぱいになった。そして誰にも言わない、少女が悪に手を染める前に救い出しもう一度普通の生活をおくれるようにしようという決意を秘めた。
その日は休日で学校も無かったのでトラットリア、いわゆる大衆食堂を営む両親を手伝い、常連さん達とお喋りをする。そんないつも通りのそんな日だ。
でもその日は変わったことがあった。
ここらでは見た事のない顔の男の人が、緊張した面持ちで何故かライターの火をずっと付けたまま、火の出るであろう部分の辺りを手でガードをして歩いていたのだ。
だがそんな彼の努力を笑うかの様に突風が吹いて、付いていた火を拐っていってしまった。そんな急な風に火を覆っていた手を自らの防護に使ってしまった彼の表情は言葉では表せないくらいに絶望に染まっていった。
今となってはこの風は私の事も絶望の淵に叩き落とす物だった。そしてそこで彼の事を見るのをやめて、両親に店の表にいるこの彼の事を言わなければあんな事にもならなかっただろう。
だがまだ幼く、何もわからず純粋無垢だった私は両親にこの事を言ってしまい、人の良い両親も彼の事を心配し店に招き入れてしまった。
そして常連客から人が良すぎる、という評価を受けた両親により手厚い慰めとして出された料理を食べ、少し元気になった彼が店を出る為に立った瞬間、ポケットに押し込んでいたライターがコツンと音を立てて出てきた。彼は慌てて拾おうとしたが如何せん落ちた衝撃で跳ねて少し遠くの、父の足元にあった。それを人の良い父はもし壊れてしまっていたら弁償をしようそれ位の気持ちで火が付くの確認をしようとしたのだろう。だが彼がこの数十分では見た事も無いくらいに気迫に迫った顔をして
「火を付けるな!」
と叫んで父の手からライターを奪った。だが父が既に蓋を開けている状態だった事、彼の触りどころが悪かったのか彼の手に収まったライターの火は付いてしまっていたのだった。
その様を見た彼はこの世の終わりの様な顔をしてへたりこんでしまった。そして、その次の瞬間。突然、彼の後ろに真っ黒な身体に変な仮面を付けた一目でヒトではないとわかる不思議なモノが現れた。
ヤツは再び火を付けたことに対して何か難しい事を言い、突然古びた矢を取り出し彼を刺そうとした。だがその矢はそんな彼を助けようとその間に飛び出した父の背中に刺さってしまった。
真っ赤な血が普通では有り得ない程に店中に飛び散り、赤く染めている。父が初心者ながら四苦八苦して造っていたテーブルと椅子、少し古ぼったくなった様な感じがおしゃれよねと母が言っていた床や壁の至る所に血がベタリ、ベタリと付いていく。
「キャァァァァァァッ!!!」
普段、優しくて落ち着いている母からは考えられない程の悲鳴が響き渡る。そして母が今だに背中からドクドクと血を流す父に駆け寄っていった瞬間、あの黒いやつは次に母を標的にしたらしく母の背後にいた。
その事にその場に居た全員が気づき、助けようと動いた時にはもう、母は刺されていた。母はやつが後ろに来た瞬間、見えていなかったが何かを感じ取って振り向いていたのだろう。そのせいで運悪く丁度左胸の心臓のあるあたり、そこより少し上に矢が刺さっていた。父のときよりもっと凄まじい量の血がまるで噴水の様に溢れ出る。父の血痕に被さるように母の血がそこら中に飛び散っていった。駆け寄っていた私や彼にも雨粒のように飛んだ血が付いた。
ドシャリと嫌な音を立てて母が父の上に倒れこむ。その音で私の心の糸も切れてしまっ。涙が溢れ出てまだあの黒いヤツが近くに居るのにも関わらず、もう確実に生の無い目をしている両親に駆け寄った。
「父さんッ……母さんッ……お願い……お願いだから返事してよ……」
正直今日起きたこの事、全てが夢だと思った。悪い悪い夢。実は悪魔が私に付いていて、私の魂を食べる為、生きる事を絶望させて連れ去ろうとしているのだろうと思った。だがそんな私の小さくて、些細な希望も目の前に居るこの黒いやつのせいで打ち砕かれた。やつが私を掴んでいた。いや正確には私の魂の様なものだろう。少し下を見ると泣き崩れた私が居たのだから。そして私の喉らへんに矢が刺さった。視界が暗くなり端々に血が飛び、手を離され崩れ落ちる中、最期に見た光景はこちらに駆け寄る彼とそんな彼の背後に移動し、矢を振りかぶる黒いやつだった。
*********
次に意識が浮上した私が味わったのは、ほんのり暖かいが妙に固く、驚く程グラリグラリと揺れる感覚だった。
遂に私は悪魔に捕まってしまい、調理台に運ばれているのかと思ったが、その割には丁寧に毛布も掛けられているらしく、身体全体に僅かながら暖かさが感じられた。だがそんな優しい悪魔だとしても、本当の最期くらい自分を殺す奴の顔を見て、文句の1つや2つ言ってやろう、と目を開けると広がっていたのは紺色だった。てっきり目がギョロりとして釣り上がった凶悪な顔をした本に出てきた悪魔の顔があるものだと思っていた私は、飛び起きて四方八方を見て回ったがそんなものは一切見当たらなかった。
だが、そんな私の視界が得た情報は男の背中と後頭部、首の後ろの付け根にある既に瘡蓋が出来て塞がりつつある大きな刺傷。そして私の喉元にある、男と同じように塞がりかけている大きな刺傷だった。
それで大体の事を悟った。私を背負って何処かに向かっているのは、今日あった悪夢を一緒に体験した彼で、あの黒いやつに刺され死んだと思っていた私は何故か生きている。しかし恐らく両親は死んでしまったのだろう。だから矢で刺されたが一命を取りとめた彼が背負ってどこかに運んでくれているのだろうという事を。
「あぁごめんね……起こしてしまったかい……?」
彼が申し訳なさそうな声で言った。流石に勢い良く起きておいて誤魔化すのは無理だろうと思い素直に
「うん。凄く揺れてなんだろうと思って目が覚めちゃった…」
と少々の不満を込めて言った。
「やっぱり今の状態の俺が背負って運ぶのは寝れないよね……本当にごめんね……それにこちらは謝っても謝りきれないけれどご両親の事も……」
「まあそれはそうだけど……でも貴方も刺されてるから被害者、全てあの変な黒いやつが悪いんだよ……。あと、今何処に向かってるの?病院?警察?」
「そう……だね……そう言ってくれてありがとう。でもごめんね全然違う場所なんだ。そして君は俺を恨むと思う……。」
申し訳なさそうな声をした彼が足を止めたのは大きな家の前だった。
そして彼はその家に少し迷いながら入って行き奥へと進んで行った。 全体的に薄暗い廊下を真っ直ぐ進むと、そこには見たことも無い位に立派な身体の全体的に黄色っぽい男が居た。
「おやァ〜君ィどうやら再点火してしまった様だねェ。全く駄目じゃァ無いかァ、約束が守れないとはねェ」
「はい……すみません……」
「まァいいさァ、矢を受けても生きている様だし。それよりそっちの子供はなんだい?どうやら矢を受けているようだが?」
と大男が私に目を向けてきた。その目線が余りにもねっちりと、値踏みする様で気持ち悪くておぶってくれている彼の背に隠れた。
「この子はその……再点火した際に周囲に居て巻き込んでしまって……両親の方は息が無かったのですが、この子はあったのでとりあえず報告の為連れてこようと思い……」
「ふゥン〜まあその子供にはあまり良い話じゃァ無いだろうが、私には関係が無いからねェ〜遠慮無く進めさせてもらうサ」
と言って
「君はとりあえず合格さァ、これからパッショーネの人間として頑張って働いてくれたまえ。それでそっちの子供は……ふゥむ……暫く待っていたまえ、ボスに連絡して聴くからなァ」
そう続けて大男はパソコンを開き、メールを打ち込みだした。その間に私は彼に色々と問い詰めた。
「聞きたいんですが、パッショーネってあのパッショーネですか…?貴方はギャングになるんですか…?」
驚く程震えた声が出た私には、彼は小さく、静かにあぁ…と答えた。その時私は抱いていた希望が全てガラガラと音を立てて崩れていった。この街でパッショーネといえば殆ど全ての事を取り締まるギャング組織だった。両親の店にも時々、厳つそうな男達が食事に来たり、金を徴収しに来ていた。両親は毎回言われた金額を払えていたから良かったが、時折その男達が路地裏で見知らぬ人を暴行しているとこを目撃した。その時の雰囲気がとても恐ろしく、私には一生深く関わる事の無い、無縁な世界だと思っていた。
だが現実は非情だった。私が気にかけて声をかけた男はなんとその組織への入団テスト中で、両親が死んだのもそのテストに巻き込まれたからだった。そう思った瞬間、何かが自分の中で爆ぜた。
あぁ、なんて憎い。彼も、その彼にこのテストをした大男も、やつを雇っている組織も憎い。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。全部、グチャグチャのバラバラに壊れてしまえばいい。何もかも綺麗に形を残さずに壊れてしまえ。むしろ壊してやりたい。壊してやる。壊れろ。全てが憎い。全部、何もかも憎い。何より自分が1番憎い。力もお金も何もかもが無いそんな自分が憎い。
あぁ……せめて力があれば……全てを壊せる力があれば良かったのに……そうすれば憎いもの全部壊せるのに……
その瞬間、私のなかて何かがカチリとはまった。まるでパズルのピースや歯車と歯車が上手くはまったように、私の中の湧き出た思いと私に付こうとしていた何かが重なり合い、綺麗に溶け合って一つになっていくような感覚が来た。
気づいたら私は彼の背から飛び降り、アイアン・ハート、壊す力を頂戴と無意識に叫んだ。
いや正確には無意識ではない。その時私はハッキリとこの言葉が頭に思い浮かんでいた。そしてこの言葉を言うことでどうなるのかも分かっていた。恐らく私はもう二度と普通には一生、どう足掻いても戻れないだろう。だが良いのだ。私を愛して育ててくれた両親はもう居ない。居るのは血を流し、闇に命を喰らい尽くされた憐れな死体。だったら私は、私達家族をこんなにも悲しい運命にした奴ら全員に復讐をしてやる。そいつらの大切なものを全て壊して、後悔させてやる。例え私が行き着く先が奴らと同じ冥府でも、底まで追い詰めてやると決意した。
すると私の周りに銃が現れた始めた。少しずつだが形を作り出していた。それらはふよふよと浮いており、様々な疑問が浮かんだ。だが、正直そんな事の正解はどうでも良い。これで奴らを全員殺せる。
だがその事で喜びに溢れていた私は後から近寄る気配に気づけなかった。そして気づいた時には強い衝撃を食らい、意識を失っていた。
*********************
とある男の独白
俺はある日パッショーネというギャング組織の入団テストを受けた。そのテスト内容はライターの火を消さず、再点火もしないで1日過ごし持ってくるというものだった。
簡単だと思っていたが俺は失敗してしまった。ギャングとは無縁そうな一家を巻き込んでしまい、俺とその一家は謎の黒いイキモノに刺された。だが俺のその家族の一人娘の子だけは何故か刺されたのに生きていた。そしてそれを報告する為にテストを課してきたポルポという男の元に彼女を連れて行った。そこで彼女の事をポルポがボスと相談している間に事は起きた。
彼女に、パッショーネとはあのギャング組織かと質問され素直に答えた。すると暫く彼女が黙り込んだかと思ったら突然飛び降りてしまった。
あぁ、やっぱりご両親の死んだ原因の男とは居られないよなと思った次の瞬間、彼女の背後に奇妙な影が見え隠れするようになった。
それはだんだんとヒトの形をとり、じわじわと色を持ち存在感を放ちだしていた。
気づいた時には影は、シスターが着用するような服とベールを被り、目元は劇で役者が付けていそうな仮面を付け、蜘蛛の様に沢山の腕が背中から出ているそんな姿の”モノ”に変化していた。そして何も無い空間に指をかざした。すると彼女と”ソレ”を囲うように少しずつ銃の様なものが形を持ち出していた。
恐らくこれは彼女の憎悪なのだろう。両親を殺され、裏社会へと知らないうちにレールの引かれた彼女の憎しみ。ならばこれは俺が受け止めるべきなのだろう。優しい一家を滅茶苦茶にし、輝かしい未来も踏み潰した俺の罪だ。
そう思い、全て受け止める為に1歩進んだ瞬間、彼女は倒れ込んだ。恐らく、いつの間にか彼女の後ろに立っている男が気を失わせて受け止めたのだ。その男は自分の腕の中で気を失っている彼女を一瞥してから、ポルポの方を見た。
「ボスからの命令でこの子供を迎えに来ました。後の報告はよろしくお願いします。」
そう言って男は一礼をして、小麦粉の大袋を抱える様に彼女を肩に担いで出ていった。
「ふゥむ……彼も中々にせっかちだねェ。」
そう言って男が去っていった廊下を少し眺めたが、すぐに手元のパソコンに目線を移し恐らくボスへの報告書を打ち込んでいた。カタカタとキーボードを打ち込む音だけが響いた。少し居心地が悪い雰囲気だったので早々に退散する為に、自分の所属先や彼女の連れてかれた先など疑問に思ったことを聞いてみた。
「あァ〜、あの子供はボス直属のチームに連れてかれたよ。あそこならもし上手く働かなくても始末がしやすいからねェ。」
まるでなんて事ない日常会話をするように何とも言えない残酷な事を言われ、気が遠くなるような感覚に襲われた。
ギャングの世界に入る事で自分が死ぬ事は覚悟はしていた。しかし自分の失態のせいで誰かが死の淵に立たされるという事は正直、余りにも現実味がなく、考えれていなかった。
だが今の状況は、自分のせいで普通の一家が巻き込まれ、生き残った少女をまた命の危機にさらしている。
男の心には後悔と懺悔の気持ちでいっぱいになった。そして誰にも言わない、少女が悪に手を染める前に救い出しもう一度普通の生活をおくれるようにしようという決意を秘めた。
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