貳
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ここは、屋敷の中で一番陽の光が入らない部屋。
咲桜は一日の殆どの時間をここで過ごし、占や祓、霊符を作る。
これは町いる人々の為にしなければならないおつとめである。
特に今求められているのは沢山の霊符である。
蝋燭の炎が咲桜の頬や和紙を濡らした。
丁寧に摩った墨に、筆をつけ「祓い給え清め給え」と祝詞を捧げながら霊符を作っていく。
昨今、宿儺という者が女子供を襲い、喰らっている事で、町の人々は恐れをなしている。
宿儺に襲われないようにする為には、咲桜の霊符が有効であるとされ、町の人々はそれを求め連日やってくるのである。
何時間もかけ今日の分の霊符を作り上げ、机においてある鈴をチリンと鳴らした。
少しすると、襖が開き、カヤではない歳のいった女中が正座をし頭を垂れていた。
「お呼びでしょうか咲桜様」
「霊符が出来ました。皆にお配りなさい」
三方に出来上がった霊符を入れ、女中に差し出すと、女中は深々と頭を下げ、三方を目の高さまで持ち上げ、部屋を後にした。
次に咲桜が行うのは占だ。
蝋燭の炎に水に濡らした和紙をあぶる。
焦げた和紙の形で吉凶を見るのだが、ここ最近これと言って変化はない。
咲桜は燃え残った和紙を机に置き、大きくため息をついてゴロンと大の字になった。
女中が今の姿を目撃すると騒ぎ出すが、この部屋には咲桜が鈴を鳴らして呼ぶか、急用がない限り誰も襖を開けない。
何か変化がほしいのに、毎日同じことの繰り返しで、何も面白くない。
何か起こらないかしら…
目を瞑る。
ゴロゴロしていると、襖の向こうから女中のが咲桜を呼び、慌てて起き上がり、乱れた身なりを整えた。
「……お入りなさい」
「失礼いたします」
襖が開くと、霊符を取りに来た時と同じように頭を垂れた女中がいた。
「何かありましたか?」
「はい。御三家の皆様がお目見えでございます」
御三家といえば呪術師であるが、今日は会合もないはず、あればカヤが事前に知らせてくれる。
「なぜ?」
「はい…なんでも、咲桜様に所用があると申しておりました…いかがされますか…」
追い返しますか?
と咲桜の目を見ていう女中に首を振った。
「いえ。広間にお通しして」
「承知致しました。カヤを呼んでお召し替えなさいますか?」
「いいえ。あまり待たせると、また皮肉をいわれかねないから…しかし少し身なりは整えます」
女中はカヤに座敷へ行くようにと伝え、御三家を広間に通しに行った。
咲桜が座敷に顔を出すと、カヤがすでにいた。
「咲桜様…お待ちしておりました。さあ、身なりを整えましょう」
───
──
─
広間には御三家の呪術師3人が、胡座をかいて座り、その左右に数人の女中が正座をしている。
咲桜は呪術師たちから少し離れたところで、特別な畳縁が施された畳に正座をし、彼らと対面している。
咲桜は呪術師達に頭を垂れた。
「ようこそ。わが屋敷へ」
呪術師達との他人行儀な挨拶を終えて咲桜は「して、ご用件は…」と聞くと、呪術師達はお互いに顔を見合わせ、一人が話しだした。
「咲桜殿の霊符、民からは大変好評の用で…」
「そのようですね…霊符の多さに、宿儺の力に皆恐れ戦いているのが、手にとるようにわかります」
「…咲桜殿は昨今の宿儺について何処まで?…」
「と申されますと?」
「宿儺の愚行についてでございます」
咲桜は屋敷の外で起こっている事は、呪術師達の会合か屋敷の女中、特にカヤから耳にすることばかりである。
「皆に…特に女子供へ蛮行狼藉を働いていると聞いております」
「仰るとおりでございます。既に女子供は半数以上が食われております…」
「我々呪術師も、総力をあげ討伐に力を注いでおりますが…」
苦渋の表情を浮かべる呪術師達を見れば、もとより霊符の量を見れば上手く行っていないことくらい咲桜でもわかる。
「わたくしにもっと霊符を作れと伝える為だけに、本日はお見えになられたのですか?」
「いえ。我々が本日、煩忙を極めた咲桜殿を訪ねたのは……」
呪術師達が顔を見合わせ、ヒソヒソと耳打ちをしたかと思えば、服を正し頭を垂れた。
「咲桜殿に宿儺邸へ脚をお運び頂きたく、お頼み申しに参りました次第でございます」
女中達がざわめきだしたので、咲桜はそれを鎮め、呪術師達に理由を尋ねた。
「先程も申した通り、宿儺討伐は全呪術師が総力をあげて挑んでおります。しかしながらこれと言って進展がないどころか犠牲者が増えるばかりでございます」
「そこで、高い治癒能力に長けた咲桜殿に宿儺邸に赴いていただき──」
「わたくしに、生贄になれと言うことですね」
淡々と『生贄』という言葉を発した咲桜と同時に女中達が動揺し、騒ぎ始めた。
「なんと惨いことを!!」
「咲桜様を誰と心得る!」
「卑弥呼の血を引く崇高な御方ですぞ!」
「その様な御方に、よくもまあ!」
「そなた等御三家とはかけ離れた存在!」
「無礼にも程があります!」
「即刻立ち去りなさい!」
普段は物腰が柔らかい女中達に責め立てられる呪術師達を、静かに眺める咲桜。
女中達はこんなにも必死に、自分に脈々と流れる血を護ろうとしているのかと関心する一方で宿儺の生贄になれば、この血のおかげで強いられている退屈な毎日から、逃れられるのかもしれないと考えた。
「いいでしょう。快く引き受けましょう」
───
──
─
御三家の呪術師が帰ってから屋敷は大荒れだ。
「咲桜様、お考え直しくだされ」
「これは野蛮な呪術師達の罠でございます」
「あ奴らは、咲桜様の力が疎ましいのでございます!」
食事を取る咲桜に何人もの女中が説得する。
しかし咲桜の耳には一切入らない。
パクパクと食事を口に運ぶ。
その間も女中達に説得されるが、それらを淡々と否定していく。
食事を取り終わり、寝支度をしていると襖の向こうからカヤに声をかけられた。
座敷に招き入れると、ずっと頭を下げたまま正座している。
「カヤ。どうしたの?」
「…」
「…カヤ?」
咲桜がカヤに手を伸ばそうとした時、カヤは勢いよく顔をあげた。
「どうしても…行かれるのですか?」
咲桜を見つめるカヤの瞳は卯の様に赤く染まり、今にも溢れそうな涙が、そこに溜まっている。
「えぇ…もう決めたの」
カヤをまっすぐと見つめる咲桜の瞳は座敷に灯された蝋燭でキラキラと輝いていた。
カヤの瞳から1つ、また1つと大粒の雨が降り注いだ。
「咲桜様がいなくなってしまったら…誰が、町の為に祈りを…捧げるのですか?」
「…」
「…町の人々は、誰を崇拝すればよろしいのですか?」
「…」
「カヤはっ…これから誰のお御髪を梳かせばいいのでしょうか…」
涙するカヤに咲桜は薄く微笑み、彼女の頬を流れる真珠の様な涙を指で拾った。
「皆の為に宿儺邸にいくのよ。わかって頂戴カヤ」
カヤはただ静かに涙を流す事しかできなかった。
続