壹
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咲桜は床から起き上がると、白い衣をまとったまま屋敷を出て、朝靄を静かに抜けた。
その先には草木が生い茂り、誰も立ち入らない、許されたものしか踏み入れない聖域があり、小さな泉が顔を出した。
小鳥のさえずりさえも聞こえない静寂の中、咲桜はゆっくりと脚から入水した。
泉の水は青々と美しいが、針に刺されたような冷たさが身体中をかける。
頭の先から、つま先まで泉の水にかかりそして上がった。
屋敷へ戻ると、座敷には、女中であるカヤが正座をし、上半身を屈体した状態で待っていた。
彼女の頭の先には三方があり、そこには和紙がひかれ、その上に手拭と着替えの巫女装束が置かれている。
「おはようございます咲桜様。お早いお戻りで…」
「おはようカヤ」
「新しいお召し物と手拭をご用意致しました。お使いください」
「ありがとう…」
咲桜は用意された手拭を手に取り、髪や身体の水分を取った。
ずぶ濡れの衣を脱ぐと身体が一気に軽くなった。
正座していたカヤが手際よく古い衣を片付け、新しい巫女装束を咲桜の腕にとおし着付けていく。
「今日は泉の水がとても冷たかったわ」
「えぇ…今朝は、寒うございましたから」
「カヤ。貴女は早起きなのね」
「咲桜様には及びません」
「…カヤ」
「はい。いかがされましたか?」
「私と二人きりのときくらい、堅苦しくしないでよ…だって私達年が違わないでしょ?」
着付けが終わり、カヤは咲桜の漆黒の瞳を見て「精進いたします」と薄く笑った。
それを聞いた咲桜は頬を少し膨らます。
「いつもそればかりじゃない?…ほんとに精進するつもりあるの?」
「ふふふ。えぇ…さぁ咲桜様鏡台の前へ。御髪…いえ…髪を梳かしますよ」
堅苦しい言葉を言い直したカヤに咲桜はくすくす笑ってから、言われたとおり鏡面の前に正座をした。
カヤは、鏡台のそばに置いてある漆喰箱から櫛を取り、まだ濡れている咲桜の艷やかな髪に櫛を入れる。
静寂に包まれた座敷に、ただ髪を梳かす音だけが響く。
咲桜は、梳かし終わるのを待つ身。
何も楽しくない、今日は天気もいいし、どうせならこのまま庭に出て、鞠蹴りでもしたいと思うが、そうはいかない。
咲桜にはこの後は決められたやるべきことがある。
鏡越しにカヤの様子を見た。
そこには優しい眼差しで丁寧に髪を梳かす##NAME9##が映る。
「ねぇ…カヤ」
「はい」
時折櫛の動きに合わせて頭が小さく前後する中、カヤに声をかけると、鏡越しに目があった。
「明日も泉に行って穢れを払わなきゃだめ?」
「ええ…おつとめが滞ります」
「占やめるのは?」
「難しいですね。それが咲桜様のおつとめですから」
「あ。じゃぁ霊符つくるのやめよ!」
「皆が困りますよ」
「いーよ。皆んなが困ったって。宿儺って者に怯える皆んなの為に。って言うけど、会ったこともないし」
咲桜の一言に、カヤの髪を梳かしたいた手が一瞬止まった。
今日の咲桜はいつもと様子が違う。
どうされたのかと聞き、鏡越しに咲桜の目を見ようとしたが、不貞腐れて鏡を見ていない。
そんな咲桜にカヤは優しく話しかけた。
「…カヤは咲桜様が、羨ましゅうごさいます」
「なぜ?」
眉を潜め、小首をかしげる咲桜とまた鏡越しに目が合い、カヤは再び髪を梳かし始めた。
「皆に頼られて…」
「それは私に不思議な力があるからよ」
「だとしても必要とされてるじゃありませんか」
「呪術師の人からは煙たがられてる」
「あの方々は稀有な血を引く、若く美しい咲桜様が羨ましいのでございます」
「それは…そうかもしれない」
頬を染める咲桜をみて井川はニッコリとほほえみ、「はい。出来ましたよ」と鏡越しに咲桜をみてから片付けを始めた。
その姿を咲桜は見ながら
「私は、カヤや町の人が羨ましい」
「それはまた御冗談を」
「ほんとよ?!…だってカヤは好きな所に行けるでしょ。町にだって降りていける…でも、私はここから出れない。町へ降りれば穢れるからって…行っていいのは穢を祓う泉だけ。町なんて行ったことないし、私を必要としてる町の人はどんな人なのかも知らない。でもカヤは知ってるじゃない。町の人なんてもっと好き勝手にできるんだろうし」
だから羨ましいのと、座敷から見える中庭をみて言う咲桜の横顔には憂いが籠もっていた。
「自由がないの…私には」
咲桜の言う通り、彼女は、泉に行く以外、この屋敷から出ることを禁じられている。
会える人も屋敷の中でも限られ、数名の女中と、それから御三家の呪術師のみである。
極限の閉鎖的な生活に息が詰まるのも無理もないとカヤは思った。
しかし下っ端の雇われの女中の身であるカヤにはどうする事もできない。
年も近い咲桜と町へお出かけができれば、楽しいだろうが…
「自由がないかもしれませんが、不自由もないではございませんか」
「どういうこと?」
「咲桜様の言うように、カヤや町の人は自由です。どこへでも行けるのですから…けれど町の人達は不自由な生活を強いられております。今日も食べるものがなくひもじい思いをしてる町の人が沢山います」
「…」
「咲桜様は血筋によって自由はないかもしれませんが、食べるものがなく困ったり、寝るところがなかったりはないではございませんか。それは不自由がないということです」
「……そうね…」
「ええ…けれど、もし許されるのであれば、カヤは咲桜様と一緒に町へお出かけをしとう思います」
カヤの言葉に咲桜は、目をパチクリさせた後今日一番の笑顔を見せた。
「私もよ。カヤ…」
二人で微笑み合っていると、縁側から他の女中に声をかけられた。
「失礼いたします。咲桜様…そろそろおつとめのお時間でございます。早急にお部屋へ……皆が咲桜様の霊符を待ち望んでおりますゆえ…」
「わかったわ。直ぐに……じゃぁ私は今日のおつとめをしてきます」
「はい。よいおつとめを…」
咲桜はすっと立ち上がり、占や御札に祝詞を捧げるための部屋へむかった。
続
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