モブサイコ長編(茂夫)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
茂夫はゆっくりと目を開けた。
「影山くん!良かった、気が付いたみたいだね」
「神木さん。うっ…!」
頭痛によろめく茂夫の肩を陽葵は支えた。
「大丈夫?まだ痛むの?」
「…平気だよ」
「やられた時のことは覚えていないのかい?」
「うん。よく覚えてない…」
花沢に答えながら茂夫は思い出す。
倒れている律を見つけて、それからどうしたんだっけ…?頭の中が真っ白になって…、神木さんがいて、確か神木さんが僕を…。その部分だけ思い出して茂夫の顔が真っ赤になった。
「兄さん!大丈夫かな…、頭を強く打ったのかも…、もしかしたら後遺症とか…」
心配そうに茂夫に近づく律に気づき、茂夫は「律!」と声をかけた。
名前を呼ばれ、びくりと律の肩が跳ねる。兄に言ったこと、兄にしたこと、思い返して律は動けなくなってしまった。そんな律を茂夫が抱きしめた。
「良かった…!律…!」
「兄さん…」
「律も無事に見つかったことだし、帰ろう」
「そう行きたいところだけど、この部屋何か仕掛けがあるみたいで超能力が一切使えないんだ。ほら、この通り。いつもだったらこんな壁すぐぶち破れるのに。君もやってみなよ」
「…ほんとだ。超能力が使えない。でも、大丈夫だよ!なんてったって律が一緒にいるんだから!」
「弟さんに何か特別な力でもあるのかい?」
「律はすごく頭がいいんだ!超能力なんか使えなくったって工夫して何でも解決しちゃうんだよ!僕はそんな律に憧れて、すごく尊敬しているんだ!」
兄の言葉が律の心を満たしていく。
「ずるいよ…、兄さん。僕に謝らせてもくれないなんて。そんなの…僕だって…!」
律は涙を流して兄を見つめた。
「ふふっ、素敵な兄弟だね」
陽葵はポケットからハンカチを出して、律の涙を拭ってやった。
「わっ…!神木先輩!?」
「ほら。動かないの」
「こ、子ども扱いしないでください!涙くらい自分で拭きます!」
「はいはい」
律は口では抗議するものの、陽葵が涙を拭うのを止めなかった。
「………やっぱり、兄さんが羨ましいや」
「?」
「何でもない。それより、僕の意見を話していいかな?」
律は気を取り直して、ここから脱出するための考えを述べた。敵は必ずもう一度ここへやってくる。そのために今は力を温存し、超能力が使えるようになった瞬間に勝負をかける。律の意見に全員賛同したところで、誰かが部屋にやってきた。
「さっそく来た…!」
「って、…あれ?師匠…!」
「霊幻さん!」
「師匠!?あれが!?影山くんの!?」
部屋に入ってきたのは茂夫の師匠、霊幻新隆だった。明るい髪色のスーツをきたサラリーマン。後ろにはアジトの構成員達を何十人も引き連れていた。
「モブ!陽葵!お前ら何やってんだ?あ、弟も一緒じゃねーか。ったく、連絡も入れずに…。ほら、帰るぞ!」
「助けてください!僕たちここに監禁されているんです!」
花沢が霊幻に助けを求めると、霊幻は構成員達を振り返った。
「はあ!?お前ら、本当なのか?ってか、それ犯罪だから!!早く解放してやれよ!」
「はい、ボス!!」
霊幻はなぜか構成員達にボスと呼ばれていた。どうやら上手く勘違いさせたらしい。霊幻の登場に張りつめていた緊張がようやくとけた。部屋から出て、出口に向かおうとしたところで、『ツメ』の幹部達がやってくる。
「おや、見ない顔だね?」
「何だ、お前ら?」
構成員達はそこでようやく霊幻がボスではないということに気が付いた。
ガスマスクをつけた性別不明の背の低い人がここの支部長らしい。支部長はボスを勘違いした構成員達を切り捨てた。切り捨てられ、打ちひしがれる構成員達に霊幻は声をかける。
「お前たち!ブラック組織から足を洗う良い機会じゃねーか!ここは俺の弟子に任せて逃げろ!」
霊幻の言葉に構成員達は一目散に逃げていった。
「ってか、俺も行くけどな」
走り始めた霊幻の行く先の天井が崩れ落ちる。
「うわっ!?と!」
「逃がさないよ」
支部長と幹部の男達は明らかに殺意をこちらに向けていた。
支部長が手をかざし攻撃してくる。
花沢がバリアを張ってその攻撃をしのいだ。
目の前で繰り広げられる超常現象に霊幻は息を呑む。
「霊専門の師匠は下がっていてください。神木さんも、師匠と一緒に下がってて」
茂夫は一人で支部長に向かっていく。支部長は重力を操る超能力で茂夫の動きを封じた。
「おい、モブ。何やってるんだよ」
両手を床につき、身動きのできない茂夫に霊幻は声をかける。
茂夫にかかる重力がだんだんと増していく。
「おい、モブ!」
その時。
霊幻は誰も予想のできなかった行動に出た。
「ほぁたああああ!!!」
霊幻は支部長を跳び蹴りしたのである。
支部長はその場にパタリと倒れて動かなくなった。
「え…跳び蹴り…?」
「犯罪者集団が…!お前ら、子どもに寄ってたかって何やってんだ。そんなことして恥ずかしくないのか?」
霊幻は幹部達に向かって説教を始めた。
そして糸で吊った5円玉を取り出すと幹部達に近づきながら催眠術をかけ始める。ゆらゆらと揺れる5円玉に皆が注目した時、霊幻は幹部を殴りつけた。
「殴っ…た…」
花沢は目が点になる。
茂夫の師匠ー霊幻に特殊能力はなかった。
「もう…怒ったよ…」
倒れていた支部長がよろよろと立ち上がると霊幻に向かって力を放った。
強力なブラックホールがうまれ、霊幻はブラックホールに飲み込まれそうになる。
「師匠!」
茂夫は吸い込まれていく師匠を超能力で停止させる。
「霊幻さん!!」
陽葵が駆け出して霊幻の腕を掴んだ。陽葵が霊幻の腕を掴んだ瞬間、霊幻は引力から解放される。
「おわああああっ!?」
べしゃっ!
霊幻は地面に落下して尻餅をついた。
「ちょっと、やりすぎちゃったかな」
霊幻を飲み込むことに失敗した支部長はブラックホールを消した。
霊幻の策は失敗した。
殴られて相手が吃驚したところに対話を持ちかけようとしていた。
霊幻は言葉で言い負かされたことがなかった。
しかし、ここにいる大人は大人であって大人でない。
世界征服を本気で信じている大人になりきれなかった子どもだ。
そんな相手に霊幻の言葉は通用しなかった。
ただ、相手を怒らせただけである。
「お前ら!逃げるぞ!!」
逃げようとする霊幻達に幹部達は容赦なく襲いかかってくる。花沢も律も相手の攻撃を受け止めるので精一杯だった。
「力を使うんだ、影山くん!あの時の力を見せてくれ!」
「兄さん!もう兄さんしかいないんだ!」
(ああ、律。怪我をしてる。そうだよね。僕がやらなきゃ…!)
「反撃するな!モブ!約束しただろ!人に向けて超能力は使わないって!約束、破るのか!?」
「こんな猛攻をかいくぐって逃げるなんて無理だ!影山くん、君が何とかするしかない!!」
「駄目だ!使うな!モブ!逃げりゃいい話だ!!」
茂夫の心は揺れていた。
力を使うか、使わないか。
茂夫は判断がつかなかった。
助けを求めるように茂夫は陽葵を見た。
陽葵は力を「使え」とも「使うな」とも言わなかった。
「影山くんが辛くない選択をしたら良い。私は、影山くんがどちらを選んでも味方だよ」
そう言って陽葵は茂夫と霊幻の前に立った。
「陽葵!?馬鹿、お前、危ないから下がれ!!」
心配する霊幻に陽葵は振り返って笑った。
「今、影山くんを助けられるのは霊幻師匠だけです。…お願いしますね」
陽葵は大きく両手を広げた。陽葵の全身が白く光り輝く。幹部達は陽葵に容赦なく襲いかかった。
「陽葵!!」
陽葵は襲いかかる幹部達の猛攻をすべて弾き返した。何度も。何度も。何度も。
陽葵は顔色一つ変えずにすべての攻撃を弾き返していく。
「すごい…!」
花沢と律は陽葵の力に目を奪われた。
「神木さん…。駄目だ…。あんなに攻撃されて…。僕がやらなきゃ…。僕が倒さなくちゃ…」
茂夫の心が振り切れる。
心の中を満たしていく『殺意』。
その殺意に呑まれそうになった時、霊幻が茂夫の両頬を叩いた。
「やめろ、モブ!お前が辛くなるだけだ!お前がやらなくたっていい!大人の俺に任せて逃げたっていいんだ!モブ!!」
「師匠…!」
茂夫の瞳に輝きが戻る。
霊幻はそれから陽葵の方へ向き直った。
「陽葵!!お前も何やってんだ!!お前が全部を受け止める必要なんてない!苦しくなったら俺を頼れ!!っつーか、さっきから俺の助手を寄ってたかっていじめてんじゃねーよ!!!!」
霊幻は陽葵に向かって飛び出した。
幹部の男が刀で陽葵に襲いかかる。陽葵はそれを弾き返そうとした。
「!?」
霊幻は飛び出して陽葵を庇った。男の刀が霊幻の背中を切り裂く。霊幻はそのまま地面に倒れ込んだ。
「そ…んな…!霊幻さん…!霊幻さんっ!!」
「師匠!!!!」
霊幻は倒れて動かない。
その場にいた全員が息を呑んだ。
「いててて。なんだぁ?今の」
むくり。
刀で切られたはずの霊幻が起き上がった。
「!?」
霊幻は茂夫の両頬を叩き、『逃げても良い』と茂夫に言った。その言葉に茂夫の心は解放され、『逃げる』=『師匠に任せる』という判断を下したのだ。爆発した茂夫の全エネルギーはあの時師匠へと注がれていたのである。
「今の、プラスチックの感触だったな。なんだお前、良い年してちゃんばらごっこか?おりゃあっ!!」
バキッ!!!
霊幻は男の刀を真っ二つに折った。
「くっ!行きなさい!私の可愛い悪霊ちゃん!!」
悪霊使いの使役する巨大な悪霊が霊幻に迫り殴りかかる。
「?全然痛くねーぞ。ふざけてんじゃねーよ!!!」
霊幻は悪霊に渾身の一撃を決め、悪霊は霧散してしまった。
「そんな…私の悪霊ちゃんが…」
「なんだこれ?なんか体がやけに軽いな。さっきのお前!もう一回やってみろよ?どーせあれも何かの手品だろ?」
「くっ!」
支部長は重力玉を多数作り出し、霊幻に向かって放った。
霊幻は重力玉を手ですべて弾き消す。
「何…だと?」
「なんだこれ?シャボン玉か?」
「こうなったら…!」
支部長は重力をのせて霊幻をタックルする。霊幻は吹き飛んだ。空中で身動きのできない霊幻に何度も何度もタックルをぶつけ、地面に彼を叩きつけた。霊幻に馬乗りになり、『勝った』と得意気に話す支部長に「どけよ」と霊幻が一言はなつ。
霊幻はまったくダメージを負っていなかった。
「人の上に乗って喋るな。そもそも、人と話す時はマスクを外しなさい!!!」
霊幻は支部長の顔面を片手で掴み投げ飛ばす。投げ飛ばされた支部長は頭から天井にめり込んで動かなくなった。
「あ、なんかマスクすっぽ抜けた」
今度は分身の術を使う男が霊幻の前に立ちはだかり、分身して霊幻を囲む。
「囲まれてる!!危ない!!」
花沢が叫ぶ。
しかし霊幻は手刀で分身を消し去った。
「なんだこれ?立体映像か?っつーかお前の額の丸いやつなんだよ?あとこの肩についてるやつは?」
「こ…これは、…肩を、守るために…」
しどろもどろに答える男を霊幻は鼻で笑う。
「つまり飾りってことだろ?馬鹿馬鹿しい。そんな幼稚なお前らが世界征服?夢見てんなよ。っつーかな、超能力が使えるからって特別でも何でもないからな。お前たちは庶民だ!お前たちより強い俺が庶民なんだ!だったらお前たちは何なんだよ!?ああ?」
「うるさい!お前に何がわかる?社会に受け入れられ、のうのうと生きてきたお前が!俺は幼いとき両親に捨てられた!児童養護施設では壮絶ないじめにあった!その時俺は力に目覚めたんだ!力を使って何が悪い!俺の生き方を否定するな!!」
刀男は懐からエアガンを出し、霊幻を撃つ。
しかし霊幻は発射された弾丸を手で払いのけた。
「くっ!こうなったら、呪いのスプレー!」
シュッと香水のようなものを霊幻に吹きかける。しかし、霊幻にはまったく効いていない。
「何がしたいんだ?それより、人に向けて使うんじゃねーよ!危なくてしょうがないだろ。お前たちは刃物を持った子どもかよ。これ、没収!社会に受け入れられない?当然だ。社会はお前らなんか見てもいねーよ。社会を見てないあんた達が世界征服?笑わせんな」
霊幻の言葉に幹部達の心が揺れる。
「影山くんの師匠ってすごい人なんだね…!」
「うん!!」
花沢の言葉に茂夫は力強く頷く。
「違う!!!!」
立ち上がった支部長が、霊幻を否定する。
マスクのとれた支部長は女の子ではなく老人だった。
「違う!違う!違う!私達は特別なんだ!!世界に認められた存在なんだ!」
「いーや違う。庶民だね。いや、平民以下」
支部長は自分たちは特別な存在だ、と駄々をこねる子どものようにまくしたて超能力でブラックホールを作り出した。
「やべ、ガス欠か。モブ!またお前の力を貸してくれ!」
「すみません、師匠。僕ももう力がなくて…!」
「何ぃいいいい!?やべぇ!吸い込まれる!!」
徐々に茂夫達の体はブラックホールへと引き寄せられていく。
「駄目だよ」
その時、陽葵が霊幻達の前に飛び出した。
陽葵が盾になることによって、霊幻達は引力から解放される。
「陽葵!!」
陽葵には引力も重力もあらゆる攻撃が通用しない。しかし、陽葵は攻撃手段を持たない。
「駄目だ!このままじゃ陽葵の力が尽きる!!」
「大丈夫だよ、霊幻さん。私の力が尽きるか、相手の力が尽きるか…どちらが先に尽きるか勝負だよ。絶対に負けないから!」
「陽葵…!」
勝負は長期戦になるかと思われた。
ーしかし。
支部長は何者かによって頬を殴られ吹き飛んだ。
「往生際が悪いぜ」
見上げた先に立っていたのは赤い髪の少年だった。
少年はブラックホールを破壊し、支部長を倒すと茂夫を睨みつけた。
「そこのお前、ガッカリだぜ。腑抜けかよ」
「え…」
「今日をもって第七支部は解体する。優秀な奴は本部に引き抜くって話だったが、該当者は一人もいなかった。内部には、な」
少年は律と陽葵に目を向けたあと「それじゃ、またなー」と言って姿を消してしまった。
エクボも悪霊使いの壺から出てきて、茂夫達の元に帰ってきた。
「ようやく力を取り戻したぜ!大丈夫か、お前ら?悪い奴はどこだ?」
「もう全部終わったよ」
「うわっ、なんだこいつ!悪霊か?」
茂夫の力を借りた霊幻はどういうわけかエクボのことを視認できるようになっていた。
茂夫達はアジトを出て、それぞれの家へと戻った。
翌朝。
何事もなかったかのように日常が始まる。
一つ変わったのは律が超能力を使えるようになったということ。
兄弟仲は元通り、いや、前以上に深まった気がする。
律と一緒におしゃべりしながら登校した。
学校では、憧れのツボミちゃんを見かけた。でも、ツボミちゃんを見ても今までのようにドキドキしなかった。
学級には陽葵がいて、いつものように笑いかけてくれた。陽葵の笑顔を見て何故かドキドキした。
放課後は肉体改造部の部活に励み、ランニングで汗を流す。やっぱり途中で貧血を起こして倒れてしまった。
夜、家に帰って家族とご飯を食べる。
何てことはないいつもの日常。
それが幸せだった。
一つだけ。
茂夫の心に引っかかるのはあの少年の言葉だった。
(僕はかっこ悪いことをしたんだろうか)
考えても答えは出ない。
(…まぁ、いいや。)
茂夫は思考をやめる。
日常が戻ってきた。
それだけで十分だった。
「影山くん!良かった、気が付いたみたいだね」
「神木さん。うっ…!」
頭痛によろめく茂夫の肩を陽葵は支えた。
「大丈夫?まだ痛むの?」
「…平気だよ」
「やられた時のことは覚えていないのかい?」
「うん。よく覚えてない…」
花沢に答えながら茂夫は思い出す。
倒れている律を見つけて、それからどうしたんだっけ…?頭の中が真っ白になって…、神木さんがいて、確か神木さんが僕を…。その部分だけ思い出して茂夫の顔が真っ赤になった。
「兄さん!大丈夫かな…、頭を強く打ったのかも…、もしかしたら後遺症とか…」
心配そうに茂夫に近づく律に気づき、茂夫は「律!」と声をかけた。
名前を呼ばれ、びくりと律の肩が跳ねる。兄に言ったこと、兄にしたこと、思い返して律は動けなくなってしまった。そんな律を茂夫が抱きしめた。
「良かった…!律…!」
「兄さん…」
「律も無事に見つかったことだし、帰ろう」
「そう行きたいところだけど、この部屋何か仕掛けがあるみたいで超能力が一切使えないんだ。ほら、この通り。いつもだったらこんな壁すぐぶち破れるのに。君もやってみなよ」
「…ほんとだ。超能力が使えない。でも、大丈夫だよ!なんてったって律が一緒にいるんだから!」
「弟さんに何か特別な力でもあるのかい?」
「律はすごく頭がいいんだ!超能力なんか使えなくったって工夫して何でも解決しちゃうんだよ!僕はそんな律に憧れて、すごく尊敬しているんだ!」
兄の言葉が律の心を満たしていく。
「ずるいよ…、兄さん。僕に謝らせてもくれないなんて。そんなの…僕だって…!」
律は涙を流して兄を見つめた。
「ふふっ、素敵な兄弟だね」
陽葵はポケットからハンカチを出して、律の涙を拭ってやった。
「わっ…!神木先輩!?」
「ほら。動かないの」
「こ、子ども扱いしないでください!涙くらい自分で拭きます!」
「はいはい」
律は口では抗議するものの、陽葵が涙を拭うのを止めなかった。
「………やっぱり、兄さんが羨ましいや」
「?」
「何でもない。それより、僕の意見を話していいかな?」
律は気を取り直して、ここから脱出するための考えを述べた。敵は必ずもう一度ここへやってくる。そのために今は力を温存し、超能力が使えるようになった瞬間に勝負をかける。律の意見に全員賛同したところで、誰かが部屋にやってきた。
「さっそく来た…!」
「って、…あれ?師匠…!」
「霊幻さん!」
「師匠!?あれが!?影山くんの!?」
部屋に入ってきたのは茂夫の師匠、霊幻新隆だった。明るい髪色のスーツをきたサラリーマン。後ろにはアジトの構成員達を何十人も引き連れていた。
「モブ!陽葵!お前ら何やってんだ?あ、弟も一緒じゃねーか。ったく、連絡も入れずに…。ほら、帰るぞ!」
「助けてください!僕たちここに監禁されているんです!」
花沢が霊幻に助けを求めると、霊幻は構成員達を振り返った。
「はあ!?お前ら、本当なのか?ってか、それ犯罪だから!!早く解放してやれよ!」
「はい、ボス!!」
霊幻はなぜか構成員達にボスと呼ばれていた。どうやら上手く勘違いさせたらしい。霊幻の登場に張りつめていた緊張がようやくとけた。部屋から出て、出口に向かおうとしたところで、『ツメ』の幹部達がやってくる。
「おや、見ない顔だね?」
「何だ、お前ら?」
構成員達はそこでようやく霊幻がボスではないということに気が付いた。
ガスマスクをつけた性別不明の背の低い人がここの支部長らしい。支部長はボスを勘違いした構成員達を切り捨てた。切り捨てられ、打ちひしがれる構成員達に霊幻は声をかける。
「お前たち!ブラック組織から足を洗う良い機会じゃねーか!ここは俺の弟子に任せて逃げろ!」
霊幻の言葉に構成員達は一目散に逃げていった。
「ってか、俺も行くけどな」
走り始めた霊幻の行く先の天井が崩れ落ちる。
「うわっ!?と!」
「逃がさないよ」
支部長と幹部の男達は明らかに殺意をこちらに向けていた。
支部長が手をかざし攻撃してくる。
花沢がバリアを張ってその攻撃をしのいだ。
目の前で繰り広げられる超常現象に霊幻は息を呑む。
「霊専門の師匠は下がっていてください。神木さんも、師匠と一緒に下がってて」
茂夫は一人で支部長に向かっていく。支部長は重力を操る超能力で茂夫の動きを封じた。
「おい、モブ。何やってるんだよ」
両手を床につき、身動きのできない茂夫に霊幻は声をかける。
茂夫にかかる重力がだんだんと増していく。
「おい、モブ!」
その時。
霊幻は誰も予想のできなかった行動に出た。
「ほぁたああああ!!!」
霊幻は支部長を跳び蹴りしたのである。
支部長はその場にパタリと倒れて動かなくなった。
「え…跳び蹴り…?」
「犯罪者集団が…!お前ら、子どもに寄ってたかって何やってんだ。そんなことして恥ずかしくないのか?」
霊幻は幹部達に向かって説教を始めた。
そして糸で吊った5円玉を取り出すと幹部達に近づきながら催眠術をかけ始める。ゆらゆらと揺れる5円玉に皆が注目した時、霊幻は幹部を殴りつけた。
「殴っ…た…」
花沢は目が点になる。
茂夫の師匠ー霊幻に特殊能力はなかった。
「もう…怒ったよ…」
倒れていた支部長がよろよろと立ち上がると霊幻に向かって力を放った。
強力なブラックホールがうまれ、霊幻はブラックホールに飲み込まれそうになる。
「師匠!」
茂夫は吸い込まれていく師匠を超能力で停止させる。
「霊幻さん!!」
陽葵が駆け出して霊幻の腕を掴んだ。陽葵が霊幻の腕を掴んだ瞬間、霊幻は引力から解放される。
「おわああああっ!?」
べしゃっ!
霊幻は地面に落下して尻餅をついた。
「ちょっと、やりすぎちゃったかな」
霊幻を飲み込むことに失敗した支部長はブラックホールを消した。
霊幻の策は失敗した。
殴られて相手が吃驚したところに対話を持ちかけようとしていた。
霊幻は言葉で言い負かされたことがなかった。
しかし、ここにいる大人は大人であって大人でない。
世界征服を本気で信じている大人になりきれなかった子どもだ。
そんな相手に霊幻の言葉は通用しなかった。
ただ、相手を怒らせただけである。
「お前ら!逃げるぞ!!」
逃げようとする霊幻達に幹部達は容赦なく襲いかかってくる。花沢も律も相手の攻撃を受け止めるので精一杯だった。
「力を使うんだ、影山くん!あの時の力を見せてくれ!」
「兄さん!もう兄さんしかいないんだ!」
(ああ、律。怪我をしてる。そうだよね。僕がやらなきゃ…!)
「反撃するな!モブ!約束しただろ!人に向けて超能力は使わないって!約束、破るのか!?」
「こんな猛攻をかいくぐって逃げるなんて無理だ!影山くん、君が何とかするしかない!!」
「駄目だ!使うな!モブ!逃げりゃいい話だ!!」
茂夫の心は揺れていた。
力を使うか、使わないか。
茂夫は判断がつかなかった。
助けを求めるように茂夫は陽葵を見た。
陽葵は力を「使え」とも「使うな」とも言わなかった。
「影山くんが辛くない選択をしたら良い。私は、影山くんがどちらを選んでも味方だよ」
そう言って陽葵は茂夫と霊幻の前に立った。
「陽葵!?馬鹿、お前、危ないから下がれ!!」
心配する霊幻に陽葵は振り返って笑った。
「今、影山くんを助けられるのは霊幻師匠だけです。…お願いしますね」
陽葵は大きく両手を広げた。陽葵の全身が白く光り輝く。幹部達は陽葵に容赦なく襲いかかった。
「陽葵!!」
陽葵は襲いかかる幹部達の猛攻をすべて弾き返した。何度も。何度も。何度も。
陽葵は顔色一つ変えずにすべての攻撃を弾き返していく。
「すごい…!」
花沢と律は陽葵の力に目を奪われた。
「神木さん…。駄目だ…。あんなに攻撃されて…。僕がやらなきゃ…。僕が倒さなくちゃ…」
茂夫の心が振り切れる。
心の中を満たしていく『殺意』。
その殺意に呑まれそうになった時、霊幻が茂夫の両頬を叩いた。
「やめろ、モブ!お前が辛くなるだけだ!お前がやらなくたっていい!大人の俺に任せて逃げたっていいんだ!モブ!!」
「師匠…!」
茂夫の瞳に輝きが戻る。
霊幻はそれから陽葵の方へ向き直った。
「陽葵!!お前も何やってんだ!!お前が全部を受け止める必要なんてない!苦しくなったら俺を頼れ!!っつーか、さっきから俺の助手を寄ってたかっていじめてんじゃねーよ!!!!」
霊幻は陽葵に向かって飛び出した。
幹部の男が刀で陽葵に襲いかかる。陽葵はそれを弾き返そうとした。
「!?」
霊幻は飛び出して陽葵を庇った。男の刀が霊幻の背中を切り裂く。霊幻はそのまま地面に倒れ込んだ。
「そ…んな…!霊幻さん…!霊幻さんっ!!」
「師匠!!!!」
霊幻は倒れて動かない。
その場にいた全員が息を呑んだ。
「いててて。なんだぁ?今の」
むくり。
刀で切られたはずの霊幻が起き上がった。
「!?」
霊幻は茂夫の両頬を叩き、『逃げても良い』と茂夫に言った。その言葉に茂夫の心は解放され、『逃げる』=『師匠に任せる』という判断を下したのだ。爆発した茂夫の全エネルギーはあの時師匠へと注がれていたのである。
「今の、プラスチックの感触だったな。なんだお前、良い年してちゃんばらごっこか?おりゃあっ!!」
バキッ!!!
霊幻は男の刀を真っ二つに折った。
「くっ!行きなさい!私の可愛い悪霊ちゃん!!」
悪霊使いの使役する巨大な悪霊が霊幻に迫り殴りかかる。
「?全然痛くねーぞ。ふざけてんじゃねーよ!!!」
霊幻は悪霊に渾身の一撃を決め、悪霊は霧散してしまった。
「そんな…私の悪霊ちゃんが…」
「なんだこれ?なんか体がやけに軽いな。さっきのお前!もう一回やってみろよ?どーせあれも何かの手品だろ?」
「くっ!」
支部長は重力玉を多数作り出し、霊幻に向かって放った。
霊幻は重力玉を手ですべて弾き消す。
「何…だと?」
「なんだこれ?シャボン玉か?」
「こうなったら…!」
支部長は重力をのせて霊幻をタックルする。霊幻は吹き飛んだ。空中で身動きのできない霊幻に何度も何度もタックルをぶつけ、地面に彼を叩きつけた。霊幻に馬乗りになり、『勝った』と得意気に話す支部長に「どけよ」と霊幻が一言はなつ。
霊幻はまったくダメージを負っていなかった。
「人の上に乗って喋るな。そもそも、人と話す時はマスクを外しなさい!!!」
霊幻は支部長の顔面を片手で掴み投げ飛ばす。投げ飛ばされた支部長は頭から天井にめり込んで動かなくなった。
「あ、なんかマスクすっぽ抜けた」
今度は分身の術を使う男が霊幻の前に立ちはだかり、分身して霊幻を囲む。
「囲まれてる!!危ない!!」
花沢が叫ぶ。
しかし霊幻は手刀で分身を消し去った。
「なんだこれ?立体映像か?っつーかお前の額の丸いやつなんだよ?あとこの肩についてるやつは?」
「こ…これは、…肩を、守るために…」
しどろもどろに答える男を霊幻は鼻で笑う。
「つまり飾りってことだろ?馬鹿馬鹿しい。そんな幼稚なお前らが世界征服?夢見てんなよ。っつーかな、超能力が使えるからって特別でも何でもないからな。お前たちは庶民だ!お前たちより強い俺が庶民なんだ!だったらお前たちは何なんだよ!?ああ?」
「うるさい!お前に何がわかる?社会に受け入れられ、のうのうと生きてきたお前が!俺は幼いとき両親に捨てられた!児童養護施設では壮絶ないじめにあった!その時俺は力に目覚めたんだ!力を使って何が悪い!俺の生き方を否定するな!!」
刀男は懐からエアガンを出し、霊幻を撃つ。
しかし霊幻は発射された弾丸を手で払いのけた。
「くっ!こうなったら、呪いのスプレー!」
シュッと香水のようなものを霊幻に吹きかける。しかし、霊幻にはまったく効いていない。
「何がしたいんだ?それより、人に向けて使うんじゃねーよ!危なくてしょうがないだろ。お前たちは刃物を持った子どもかよ。これ、没収!社会に受け入れられない?当然だ。社会はお前らなんか見てもいねーよ。社会を見てないあんた達が世界征服?笑わせんな」
霊幻の言葉に幹部達の心が揺れる。
「影山くんの師匠ってすごい人なんだね…!」
「うん!!」
花沢の言葉に茂夫は力強く頷く。
「違う!!!!」
立ち上がった支部長が、霊幻を否定する。
マスクのとれた支部長は女の子ではなく老人だった。
「違う!違う!違う!私達は特別なんだ!!世界に認められた存在なんだ!」
「いーや違う。庶民だね。いや、平民以下」
支部長は自分たちは特別な存在だ、と駄々をこねる子どものようにまくしたて超能力でブラックホールを作り出した。
「やべ、ガス欠か。モブ!またお前の力を貸してくれ!」
「すみません、師匠。僕ももう力がなくて…!」
「何ぃいいいい!?やべぇ!吸い込まれる!!」
徐々に茂夫達の体はブラックホールへと引き寄せられていく。
「駄目だよ」
その時、陽葵が霊幻達の前に飛び出した。
陽葵が盾になることによって、霊幻達は引力から解放される。
「陽葵!!」
陽葵には引力も重力もあらゆる攻撃が通用しない。しかし、陽葵は攻撃手段を持たない。
「駄目だ!このままじゃ陽葵の力が尽きる!!」
「大丈夫だよ、霊幻さん。私の力が尽きるか、相手の力が尽きるか…どちらが先に尽きるか勝負だよ。絶対に負けないから!」
「陽葵…!」
勝負は長期戦になるかと思われた。
ーしかし。
支部長は何者かによって頬を殴られ吹き飛んだ。
「往生際が悪いぜ」
見上げた先に立っていたのは赤い髪の少年だった。
少年はブラックホールを破壊し、支部長を倒すと茂夫を睨みつけた。
「そこのお前、ガッカリだぜ。腑抜けかよ」
「え…」
「今日をもって第七支部は解体する。優秀な奴は本部に引き抜くって話だったが、該当者は一人もいなかった。内部には、な」
少年は律と陽葵に目を向けたあと「それじゃ、またなー」と言って姿を消してしまった。
エクボも悪霊使いの壺から出てきて、茂夫達の元に帰ってきた。
「ようやく力を取り戻したぜ!大丈夫か、お前ら?悪い奴はどこだ?」
「もう全部終わったよ」
「うわっ、なんだこいつ!悪霊か?」
茂夫の力を借りた霊幻はどういうわけかエクボのことを視認できるようになっていた。
茂夫達はアジトを出て、それぞれの家へと戻った。
翌朝。
何事もなかったかのように日常が始まる。
一つ変わったのは律が超能力を使えるようになったということ。
兄弟仲は元通り、いや、前以上に深まった気がする。
律と一緒におしゃべりしながら登校した。
学校では、憧れのツボミちゃんを見かけた。でも、ツボミちゃんを見ても今までのようにドキドキしなかった。
学級には陽葵がいて、いつものように笑いかけてくれた。陽葵の笑顔を見て何故かドキドキした。
放課後は肉体改造部の部活に励み、ランニングで汗を流す。やっぱり途中で貧血を起こして倒れてしまった。
夜、家に帰って家族とご飯を食べる。
何てことはないいつもの日常。
それが幸せだった。
一つだけ。
茂夫の心に引っかかるのはあの少年の言葉だった。
(僕はかっこ悪いことをしたんだろうか)
考えても答えは出ない。
(…まぁ、いいや。)
茂夫は思考をやめる。
日常が戻ってきた。
それだけで十分だった。