モブサイコ長編(茂夫)
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三年生のクラスで女子のリコーダーが盗まれる事件があったらしい。
犯人は塩中学校の不良の番長鬼瓦。
事件は生徒会長と一年生の生徒会役員・影山律の二人が解決したという。
奇妙な話だ、と陽葵は思った。
茂夫から彼の弟の話はよく聞いている。
自分から目立つようなことをする性格ではないように思った。
となると、生徒会長が怪しい。
「神木さん、どうかした?」
ぼんやりと考え事をしていた陽葵に茂夫が声をかけてくる。
「う、うん。ちょっと考え事…」
「そっか。…何か悩んでいることがあったら話聞くよ。いつも神木さんに話を聞いてもらってばかりだから」
「ありがとう、影山くん。でも、大丈夫だから」
「そう?それならいいけど…」
「…ああ、そうだ。影山くんの弟さんって何組?」
「? 律のクラスなら…」
陽葵は放課後、律のクラスを訪れた。
クラスメイトに律のことを尋ねると、彼はもう下校したらしい。
「そう…。教えてくれてありがとう。それじゃ…」
クラスメイトにお礼を言って陽葵は教室を出た。
(話を聞こうと思ったけど、駄目だったな…)
下駄箱で靴に履き替え、陽葵は家路につく。
律には会えなかった。
でも。
ここで諦めたらいけない気がした。
(ちょっと、寄り道していこう)
陽葵はいつもと違うルートで家に帰ることにした。
そして人混みの中、暗い顔で俯いて歩いている学生を見つけた。どことなく茂夫に面影が似ている。
「もしかして、影山律くん?」
追いかけて後ろから話しかけると、彼は振り返った。
「そうですけど。あなたは?」
「影山茂夫くんの友人の神木陽葵です」
そう言うと律は驚いた顔をした。
「…そういえば、前に兄さんが『友達ができた』って言ってたな…。で、僕に何の用ですか?神木先輩」
「うん。ちょっと話したいことがあって…。歩きながら聞いてくれればいいから」
陽葵は律と並んで歩く。
少し歩いて人混みが落ち着いた頃、陽葵は話し始めた。
「リコーダー事件、解決したんだってね」
「………」
「私、おかしいと思ったんだ。律くんは目立つようなことしなそうだから」
「………」
「会長に何か言われてるの?」
「………」
律は陽葵に何も話さなかった。
無言で歩く律の手首を陽葵はガシッと掴んだ。
「!? 何を…」
吃驚して律が陽葵の方を見る。
「どんな律くんでも、律くんは律くんだよ。言いたかったことって、それだけ。またね」
陽葵は笑って律の手を離し、その場をあとにした。
「………何も、知らないくせに…!」
律はギリッと歯を食いしばった。
それから数日。体操服泥棒など、不良達は変態のレッテルを貼られ次々と粛正されていった。生徒会長と律の行動は行き過ぎていた。律は悪事に荷担するたびに罪悪感に苛まれ苦しんだ。
そして。律は超能力の力に目覚めた。エクボの協力もあり、律はメキメキと超能力の力を伸ばしていく。
この力があれば。
この特別な力さえあれば。
兄を超えられるかもしれない。
幼い時から兄さんは超能力が使えた。
弟の自分もいつか兄のように超能力が使えるようになるのだと思っていた。
でも、使えなかった。
劣等感。
律の心にいつも抱かれていた負の感情。
自分は兄に敵わない。
どんなに頑張っても届かない存在が兄だった。
膨らんだコンプレックス。
芽生えた超能力がそれを爆発させた。
律は徐々に性格が歪んでいった。
まるで別人のようになってしまった律の変化を茂夫は気付くことができなかった。
ある日。
律は不良達にからまれた。
襲いかかる不良達を超能力を使って返り討ちにしたところで、不思議な髪型の少年が律に声をかけた。
少年ー花沢は、「超能力が使えるからといって自分が特別だと思わない方がいいよ」、と律に忠告する。
攻撃を与えようと手をかざす律に花沢は瞬時に近づき、その手をとった。
そして花沢は自身の力を律に流す。
電気が走ったような感覚。律は立っているのがやっとだった。
そこへ偶然強風が吹き、花沢が髪に気を取られている隙に律は走って逃げた。
逃げた先の路地裏で、律は再び不良に囲まれた。
不良達は律を『白Tポイズン』と勘違いしていたが、律はそれを否定しなかった。
(影山くんの真似をしているのか?これは本人に確認した方が良さそうだな)
律を追いかけて様子を見ていた花沢は茂夫を探すことにした。
下校中、陽葵はハッとして空を見上げる。
茂夫と似ている力。
この力の正体はー。
(目覚めたんだ、彼も超能力に)
陽葵は力を感じる方へ向かって駆け出した。夢中で走っていると、どこかで見覚えのある少年と出会った。
「神木さん?」
「もしかして、花沢くん?」
「覚えていてくれたん「律くん!影山律くんって知らない!?茂夫くんの弟の!」
花沢の言葉を遮って陽葵は花沢に詰め寄った。
花沢は少し思案すると、陽葵に律がいる路地裏の場所を教えてくれた。
「兄弟喧嘩してるみたいだから、行かない方が良いと思うよ」
「兄弟、喧嘩…」
陽葵は少し考えて、歩きだした。
「やっぱり、行くんだね」
「うん。律くんも茂夫くんも放っておけない。それに、喧嘩は両成敗だよ」
「何それ?まぁ、神木さんらしいね」
花沢は笑って陽葵を送り出してくれた。
(タイミングの悪いところで入ったら悪いよね)
そう思った陽葵はひょこっと路地裏の様子を覗き込んだ。
覗き込んで陽葵は絶句した。
何…これ。
何これ。
何これ!!
路地裏では、筋肉隆々とした大人が茂夫をいたぶっていた。圧倒的な力。大人は超能力者だった。茂夫も超能力でバリアを張るが、大人の力はそれを上回っていた。バリアが破られ、茂夫は大人に何度も執拗に殴られていた。
「やめろよ!」
律が大人につかみかかる。
「あんたの目的は俺を連れて行くことなんだろ!?だったら早く俺を連れていけよ!!」
「その目が気にいらねぇ」
そう言って大人は律を殴りつけた。
律は殴られて吹き飛んだ。
吹き飛んだ律を大人はつかみ上げ暴力を振るった。
「…何してるのよ」
呟いて陽葵は路地裏に踏み込んだ。
「ああ??」
柄の悪い大人が陽葵を睨みつける。
陽葵は怯むことなく路地裏を進んでいく。
「何してるのよって言ってんのよ!」
「神木…先輩…、駄目だ、こっちに来ちゃ…」
朦朧とした状態で律は陽葵に警告する。
律の警告なんて関係ない。
陽葵は怒っていた。
許せなかった。
大切な友達を傷つけたこの男が憎い。
陽葵は男に近付いて、男の頬を思い切りひっぱたいた。
溢れる涙を懸命にこらえて男を睨みつける。
頬を叩かれた男は陽葵のことを睨みつけた。
「女、どうやら死にたいらしいな」
そう言って男は陽葵に手を上げた。
「っ、やめろよ!!!」
律が悲痛な叫びを上げる。
陽葵に男の拳が迫る。
寸前。
突如としてエネルギーが爆発した。膨大なエネルギーは茂夫のものだった。茂夫の瞳は赤く輝き、まるで別人のようだった。それは剥き出しになった茂夫の敵意だった。
茂夫は圧倒的な力で大人を痛めつけていく。
人に向けて超能力は使わない。
それが茂夫の信念だった。
だが、茂夫は守りたかった。
大好きな弟を。
大切な友達を。
だから茂夫は力を使った。
男は茂夫の力の前に為すすべなく倒れ込んだ。
これで終わった。
ように見えた。
男は再び立ち上がり猛然と茂夫に襲いかかった。
茂夫は完全に不意をつかれた。
防御が間に合わないー。
「駄目ぇぇえぇえ!!!!」
陽葵が茂夫と男の間に割って入った。
白く強い光が陽葵の体を覆う。陽葵を覆う光に男の拳が触れた。
刹那。
男は強い力で弾き飛ばされ、吹き飛んだ。
茂夫は陽葵の肩に手を置くと、
「神木さんは下がって。これで終わらせる」
そう言って倒れ込む男に近づいていった。
男はよろよろと起き上がり、茂夫に突っ込んでいく。茂夫は男の攻撃をバリアで防いだ。茂夫が優勢のように見えた。しかしー。
男は怪しい香水瓶のようなものを取り出すと、茂夫に吹きかけた。茂夫は突然意識を失い倒れてしまう。
「影山くん!!」
陽葵の呼びかけに茂夫が答える様子はない。
「女…!さっきはよくもやってくれたな。てめぇを痛めつけてやるよ…!」
不気味に笑いながら男は陽葵に近付いてくる。陽葵は男を睨みつけた。
ーゆらり。
倒れていた茂夫がゆっくりと立ち上がる。
茂夫からは依然として強いエネルギーが発せられていた。
「ちっ!!」
男は素早く律をつかみ上げると、そのまま律を連れて逃げ去った。
「影山くん!大丈夫!?影山くん!!」
陽葵が駆け寄るが、茂夫は黙ったままその場に立ちすくんでいる。
よく見ると茂夫は気絶した状態で立っていた。
陽葵はそんな茂夫をぎゅっと抱きしめる。
「大丈夫だから。少し休んで…」
(もしも影山くんの力が暴走するようなら私が止める)
しかし、茂夫は暴走することなくそのまま力尽きるように陽葵に身体を預けた。
「影山くん!神木さん!無事…じゃないみたいだね」
そこへ花沢が駆けつけてきた。花沢の隣にはエクボもいる。どうやらエクボが花沢を連れてきたらしい。状況を察した花沢は気を失っている影山を肩に担ぐ。
「神木さん、とりあえず僕の家においでよ。影山くんは僕が運ぶから。ついてきて」
「うん…」
花沢はマンションで一人暮らしをしていた。
ベッドに運ばれた茂夫を陽葵は心配そうに見つめた。
「…何があったの?」
陽葵は花沢に自分が見たことをすべて話した。思い出して陽葵の目から涙が溢れる。大切な友達が傷つけられて、連れ去られた。耐えられなかった。我慢できず、陽葵は花沢の前で泣きじゃくった。花沢はそんな陽葵を励まそうと彼女の背に手を伸ばした。が、彼女の背に触れる前に「ううっ…」と茂夫の呻く声がして花沢は慌てて伸ばした手を引っ込めた。
「影山くん?影山くん!大丈夫?」
陽葵の呼びかけに茂夫はゆっくりと目を開く。
「神木…さん…?律…、律は…?」
陽葵は茂夫に問われて、首を横に振る。
「そうか…。律、探さなきゃ…」
ふらふらと起き上がり、律を探しに出て行こうとする茂夫を「待ちなよ」と花沢が止めた。
「花沢くん…?」
「そんな状態でどうするつもり?当てはあるの?」
「…当てなんてない。それでも探すんだ。律…。」
はあっと花沢は溜め息を吐いて茂夫に言う。
「何があったかは大体神木さんから聞いたよ。僕に思い当たることがある。おそらく弟さんが連れ去られたのは超能力者集団の『ツメ』だ。超能力者100人くらいを集めた集団組織で、僕も狙われたことがある。だから僕は家を離れて一人暮らししているんだ」
花沢の話を聞いている時、茂夫は彼の隣に浮遊しているエクボに気が付いた。
ガシッと茂夫はエクボを掴む。
「そういえばエクボ。何で律と一緒にいたんだ?お前がやったのか?」
「知らない知らない!!俺様がやったんじゃねーよ!」
このままでは茂夫に消される…!とエクボは必死で否定した。
「俺様じゃないって証拠に教えてやるよ。律は覚醒ラボって施設に出入りしてるみたいだったぜ。そこが怪しいんじゃねーか?行くなら案内するぜ」
「なるほど。そこから情報が漏れたのか。今は少しでも手がかりがほしい。行ってみよう」
エクボに案内され、覚醒ラボに入ると何者かに襲われたらしく荒らされた形跡があった。ラボの従業員と思われる人が数人倒れている。
奥の部屋で倒れている派手な服装の男性をエクボは指差す。
「こいつがこの施設の偉い奴だ」
「よし。この人に話を聞いてみよう。とりあえず目を覚まさせないとな…」
花沢はキョロキョロと辺りを見回し、バケツに水を汲んで男性の顔にかけた。
水の冷たさで意識が戻ったのか、男性はハッと目を開ける。
「あんた、『ツメ』に情報を売っただろ?」
「『ツメ』…?し、知らない!!それより子ども達…!子ども達は…!!」
男性は本当に『ツメ』という組織を知らないようだった。子ども達のことを本気で心配する様子から悪い人ではなさそうだ。
男性はラボに突然やってきた男に超能力の力を持った生徒達が連れていかれてしまったと涙ながらに茂夫達に訴えた。
「ところで、君たちは一体…?」
不思議そうにこちらを見てくる男性に、花沢は力を使って茂夫を宙に浮かせてみせた。
「花沢くん、何してるの?」
「いやぁ、自己紹介」
一方。
律とラボの子ども達は車で山奥に連れていかれていた。
車から降ろされ、山道を歩かされる。
律を襲った男性が「おら!とっとと歩け!!」と後ろから子ども達に怒鳴りつけた。
「おい。必要以上に怖がらせるんじゃない。使えなくなる」
眼鏡をかけた細身の男性が男を注意すると、男は舌打ちして黙った。
歩いていくと開けた場所に怪しい建物がそびえ建っていた。
律はその建物を見上げ、ごくりと唾を呑み込んだ。
犯人は塩中学校の不良の番長鬼瓦。
事件は生徒会長と一年生の生徒会役員・影山律の二人が解決したという。
奇妙な話だ、と陽葵は思った。
茂夫から彼の弟の話はよく聞いている。
自分から目立つようなことをする性格ではないように思った。
となると、生徒会長が怪しい。
「神木さん、どうかした?」
ぼんやりと考え事をしていた陽葵に茂夫が声をかけてくる。
「う、うん。ちょっと考え事…」
「そっか。…何か悩んでいることがあったら話聞くよ。いつも神木さんに話を聞いてもらってばかりだから」
「ありがとう、影山くん。でも、大丈夫だから」
「そう?それならいいけど…」
「…ああ、そうだ。影山くんの弟さんって何組?」
「? 律のクラスなら…」
陽葵は放課後、律のクラスを訪れた。
クラスメイトに律のことを尋ねると、彼はもう下校したらしい。
「そう…。教えてくれてありがとう。それじゃ…」
クラスメイトにお礼を言って陽葵は教室を出た。
(話を聞こうと思ったけど、駄目だったな…)
下駄箱で靴に履き替え、陽葵は家路につく。
律には会えなかった。
でも。
ここで諦めたらいけない気がした。
(ちょっと、寄り道していこう)
陽葵はいつもと違うルートで家に帰ることにした。
そして人混みの中、暗い顔で俯いて歩いている学生を見つけた。どことなく茂夫に面影が似ている。
「もしかして、影山律くん?」
追いかけて後ろから話しかけると、彼は振り返った。
「そうですけど。あなたは?」
「影山茂夫くんの友人の神木陽葵です」
そう言うと律は驚いた顔をした。
「…そういえば、前に兄さんが『友達ができた』って言ってたな…。で、僕に何の用ですか?神木先輩」
「うん。ちょっと話したいことがあって…。歩きながら聞いてくれればいいから」
陽葵は律と並んで歩く。
少し歩いて人混みが落ち着いた頃、陽葵は話し始めた。
「リコーダー事件、解決したんだってね」
「………」
「私、おかしいと思ったんだ。律くんは目立つようなことしなそうだから」
「………」
「会長に何か言われてるの?」
「………」
律は陽葵に何も話さなかった。
無言で歩く律の手首を陽葵はガシッと掴んだ。
「!? 何を…」
吃驚して律が陽葵の方を見る。
「どんな律くんでも、律くんは律くんだよ。言いたかったことって、それだけ。またね」
陽葵は笑って律の手を離し、その場をあとにした。
「………何も、知らないくせに…!」
律はギリッと歯を食いしばった。
それから数日。体操服泥棒など、不良達は変態のレッテルを貼られ次々と粛正されていった。生徒会長と律の行動は行き過ぎていた。律は悪事に荷担するたびに罪悪感に苛まれ苦しんだ。
そして。律は超能力の力に目覚めた。エクボの協力もあり、律はメキメキと超能力の力を伸ばしていく。
この力があれば。
この特別な力さえあれば。
兄を超えられるかもしれない。
幼い時から兄さんは超能力が使えた。
弟の自分もいつか兄のように超能力が使えるようになるのだと思っていた。
でも、使えなかった。
劣等感。
律の心にいつも抱かれていた負の感情。
自分は兄に敵わない。
どんなに頑張っても届かない存在が兄だった。
膨らんだコンプレックス。
芽生えた超能力がそれを爆発させた。
律は徐々に性格が歪んでいった。
まるで別人のようになってしまった律の変化を茂夫は気付くことができなかった。
ある日。
律は不良達にからまれた。
襲いかかる不良達を超能力を使って返り討ちにしたところで、不思議な髪型の少年が律に声をかけた。
少年ー花沢は、「超能力が使えるからといって自分が特別だと思わない方がいいよ」、と律に忠告する。
攻撃を与えようと手をかざす律に花沢は瞬時に近づき、その手をとった。
そして花沢は自身の力を律に流す。
電気が走ったような感覚。律は立っているのがやっとだった。
そこへ偶然強風が吹き、花沢が髪に気を取られている隙に律は走って逃げた。
逃げた先の路地裏で、律は再び不良に囲まれた。
不良達は律を『白Tポイズン』と勘違いしていたが、律はそれを否定しなかった。
(影山くんの真似をしているのか?これは本人に確認した方が良さそうだな)
律を追いかけて様子を見ていた花沢は茂夫を探すことにした。
下校中、陽葵はハッとして空を見上げる。
茂夫と似ている力。
この力の正体はー。
(目覚めたんだ、彼も超能力に)
陽葵は力を感じる方へ向かって駆け出した。夢中で走っていると、どこかで見覚えのある少年と出会った。
「神木さん?」
「もしかして、花沢くん?」
「覚えていてくれたん「律くん!影山律くんって知らない!?茂夫くんの弟の!」
花沢の言葉を遮って陽葵は花沢に詰め寄った。
花沢は少し思案すると、陽葵に律がいる路地裏の場所を教えてくれた。
「兄弟喧嘩してるみたいだから、行かない方が良いと思うよ」
「兄弟、喧嘩…」
陽葵は少し考えて、歩きだした。
「やっぱり、行くんだね」
「うん。律くんも茂夫くんも放っておけない。それに、喧嘩は両成敗だよ」
「何それ?まぁ、神木さんらしいね」
花沢は笑って陽葵を送り出してくれた。
(タイミングの悪いところで入ったら悪いよね)
そう思った陽葵はひょこっと路地裏の様子を覗き込んだ。
覗き込んで陽葵は絶句した。
何…これ。
何これ。
何これ!!
路地裏では、筋肉隆々とした大人が茂夫をいたぶっていた。圧倒的な力。大人は超能力者だった。茂夫も超能力でバリアを張るが、大人の力はそれを上回っていた。バリアが破られ、茂夫は大人に何度も執拗に殴られていた。
「やめろよ!」
律が大人につかみかかる。
「あんたの目的は俺を連れて行くことなんだろ!?だったら早く俺を連れていけよ!!」
「その目が気にいらねぇ」
そう言って大人は律を殴りつけた。
律は殴られて吹き飛んだ。
吹き飛んだ律を大人はつかみ上げ暴力を振るった。
「…何してるのよ」
呟いて陽葵は路地裏に踏み込んだ。
「ああ??」
柄の悪い大人が陽葵を睨みつける。
陽葵は怯むことなく路地裏を進んでいく。
「何してるのよって言ってんのよ!」
「神木…先輩…、駄目だ、こっちに来ちゃ…」
朦朧とした状態で律は陽葵に警告する。
律の警告なんて関係ない。
陽葵は怒っていた。
許せなかった。
大切な友達を傷つけたこの男が憎い。
陽葵は男に近付いて、男の頬を思い切りひっぱたいた。
溢れる涙を懸命にこらえて男を睨みつける。
頬を叩かれた男は陽葵のことを睨みつけた。
「女、どうやら死にたいらしいな」
そう言って男は陽葵に手を上げた。
「っ、やめろよ!!!」
律が悲痛な叫びを上げる。
陽葵に男の拳が迫る。
寸前。
突如としてエネルギーが爆発した。膨大なエネルギーは茂夫のものだった。茂夫の瞳は赤く輝き、まるで別人のようだった。それは剥き出しになった茂夫の敵意だった。
茂夫は圧倒的な力で大人を痛めつけていく。
人に向けて超能力は使わない。
それが茂夫の信念だった。
だが、茂夫は守りたかった。
大好きな弟を。
大切な友達を。
だから茂夫は力を使った。
男は茂夫の力の前に為すすべなく倒れ込んだ。
これで終わった。
ように見えた。
男は再び立ち上がり猛然と茂夫に襲いかかった。
茂夫は完全に不意をつかれた。
防御が間に合わないー。
「駄目ぇぇえぇえ!!!!」
陽葵が茂夫と男の間に割って入った。
白く強い光が陽葵の体を覆う。陽葵を覆う光に男の拳が触れた。
刹那。
男は強い力で弾き飛ばされ、吹き飛んだ。
茂夫は陽葵の肩に手を置くと、
「神木さんは下がって。これで終わらせる」
そう言って倒れ込む男に近づいていった。
男はよろよろと起き上がり、茂夫に突っ込んでいく。茂夫は男の攻撃をバリアで防いだ。茂夫が優勢のように見えた。しかしー。
男は怪しい香水瓶のようなものを取り出すと、茂夫に吹きかけた。茂夫は突然意識を失い倒れてしまう。
「影山くん!!」
陽葵の呼びかけに茂夫が答える様子はない。
「女…!さっきはよくもやってくれたな。てめぇを痛めつけてやるよ…!」
不気味に笑いながら男は陽葵に近付いてくる。陽葵は男を睨みつけた。
ーゆらり。
倒れていた茂夫がゆっくりと立ち上がる。
茂夫からは依然として強いエネルギーが発せられていた。
「ちっ!!」
男は素早く律をつかみ上げると、そのまま律を連れて逃げ去った。
「影山くん!大丈夫!?影山くん!!」
陽葵が駆け寄るが、茂夫は黙ったままその場に立ちすくんでいる。
よく見ると茂夫は気絶した状態で立っていた。
陽葵はそんな茂夫をぎゅっと抱きしめる。
「大丈夫だから。少し休んで…」
(もしも影山くんの力が暴走するようなら私が止める)
しかし、茂夫は暴走することなくそのまま力尽きるように陽葵に身体を預けた。
「影山くん!神木さん!無事…じゃないみたいだね」
そこへ花沢が駆けつけてきた。花沢の隣にはエクボもいる。どうやらエクボが花沢を連れてきたらしい。状況を察した花沢は気を失っている影山を肩に担ぐ。
「神木さん、とりあえず僕の家においでよ。影山くんは僕が運ぶから。ついてきて」
「うん…」
花沢はマンションで一人暮らしをしていた。
ベッドに運ばれた茂夫を陽葵は心配そうに見つめた。
「…何があったの?」
陽葵は花沢に自分が見たことをすべて話した。思い出して陽葵の目から涙が溢れる。大切な友達が傷つけられて、連れ去られた。耐えられなかった。我慢できず、陽葵は花沢の前で泣きじゃくった。花沢はそんな陽葵を励まそうと彼女の背に手を伸ばした。が、彼女の背に触れる前に「ううっ…」と茂夫の呻く声がして花沢は慌てて伸ばした手を引っ込めた。
「影山くん?影山くん!大丈夫?」
陽葵の呼びかけに茂夫はゆっくりと目を開く。
「神木…さん…?律…、律は…?」
陽葵は茂夫に問われて、首を横に振る。
「そうか…。律、探さなきゃ…」
ふらふらと起き上がり、律を探しに出て行こうとする茂夫を「待ちなよ」と花沢が止めた。
「花沢くん…?」
「そんな状態でどうするつもり?当てはあるの?」
「…当てなんてない。それでも探すんだ。律…。」
はあっと花沢は溜め息を吐いて茂夫に言う。
「何があったかは大体神木さんから聞いたよ。僕に思い当たることがある。おそらく弟さんが連れ去られたのは超能力者集団の『ツメ』だ。超能力者100人くらいを集めた集団組織で、僕も狙われたことがある。だから僕は家を離れて一人暮らししているんだ」
花沢の話を聞いている時、茂夫は彼の隣に浮遊しているエクボに気が付いた。
ガシッと茂夫はエクボを掴む。
「そういえばエクボ。何で律と一緒にいたんだ?お前がやったのか?」
「知らない知らない!!俺様がやったんじゃねーよ!」
このままでは茂夫に消される…!とエクボは必死で否定した。
「俺様じゃないって証拠に教えてやるよ。律は覚醒ラボって施設に出入りしてるみたいだったぜ。そこが怪しいんじゃねーか?行くなら案内するぜ」
「なるほど。そこから情報が漏れたのか。今は少しでも手がかりがほしい。行ってみよう」
エクボに案内され、覚醒ラボに入ると何者かに襲われたらしく荒らされた形跡があった。ラボの従業員と思われる人が数人倒れている。
奥の部屋で倒れている派手な服装の男性をエクボは指差す。
「こいつがこの施設の偉い奴だ」
「よし。この人に話を聞いてみよう。とりあえず目を覚まさせないとな…」
花沢はキョロキョロと辺りを見回し、バケツに水を汲んで男性の顔にかけた。
水の冷たさで意識が戻ったのか、男性はハッと目を開ける。
「あんた、『ツメ』に情報を売っただろ?」
「『ツメ』…?し、知らない!!それより子ども達…!子ども達は…!!」
男性は本当に『ツメ』という組織を知らないようだった。子ども達のことを本気で心配する様子から悪い人ではなさそうだ。
男性はラボに突然やってきた男に超能力の力を持った生徒達が連れていかれてしまったと涙ながらに茂夫達に訴えた。
「ところで、君たちは一体…?」
不思議そうにこちらを見てくる男性に、花沢は力を使って茂夫を宙に浮かせてみせた。
「花沢くん、何してるの?」
「いやぁ、自己紹介」
一方。
律とラボの子ども達は車で山奥に連れていかれていた。
車から降ろされ、山道を歩かされる。
律を襲った男性が「おら!とっとと歩け!!」と後ろから子ども達に怒鳴りつけた。
「おい。必要以上に怖がらせるんじゃない。使えなくなる」
眼鏡をかけた細身の男性が男を注意すると、男は舌打ちして黙った。
歩いていくと開けた場所に怪しい建物がそびえ建っていた。
律はその建物を見上げ、ごくりと唾を呑み込んだ。