モブサイコ長編(茂夫)
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梅雨。
陽葵は梅雨が大嫌いだった。
梅雨といえば夕立。夕立といえばー。
「今日も雨ですね」
「雨だなー」
「お客さん来ませんね」
「そうだなー。とはいえ、営業時間ギリギリに駆け込んでくることもある。気を抜くなよ、モブ!陽葵!」
「わかりました」
「…はい」
茂夫は最近口数の少ない陽葵のことが気になっていた。師匠も気にしているらしく、この前なんて茂夫に「お前たち喧嘩でもしてんのか?」とこっそり聞いてくるくらいだった。自分は陽葵の気に障るようなことを何かしてしまったのだろうか。考えても全く検討がつかなかった。
ゴロゴロゴロゴロ…
「あー、遠くで雷が鳴ってきたな。こりゃどしゃ降りになるかもなー」
雷の音が鳴り始めてから、陽葵の顔が真っ青になる。
「神木さん、どうしたの?どこか具合が悪いの?」
心配になった茂夫が声をかけるが陽葵はか細い声で「………大丈夫」とだけ答えた。
「ははーん、さては陽葵。お前雷が怖いんだろ」
霊幻は意地悪そうに笑って陽葵に言う。
「……………こ、怖いです」
図星をつかれた陽葵は素直にそう答えた。
「なんだよ。ノリが悪いなあ。…って、え?怖いの?マジで?」
ぶはっ!と霊幻は吹き出した。
「マジで!?お前、雷が怖いとか…!中学生にもなって…、子どもかよ!」
ゲラゲラと笑う霊幻を茂夫は冷めた目で見つめた。
「師匠。それ以上神木さんのこと笑ったら、僕怒りますよ。いいじゃないですか、誰だって苦手なものくらいあります」
茂夫は霊幻に対して本気で怒っていた。
茂夫の様子を見て、霊幻はぴたりと笑うのをやめる。それから咳払いをして陽葵に向き直った。
「すまん。モブの言うとおりだ。誰にだって苦手なものはある。笑ってすまなかったな。…陽葵。お前、もう帰っていいぞ。雷が強くなる前に帰れ。どうせ今日はもう客なんてこねーよ」
しかし、陽葵は青ざめたまま動かなかった。
「おい、どうした陽葵?帰らないのか?無理しなくていいんだぞ。………もしかして、お前雷が怖くて帰れないのか?」
霊幻の言うとおりだった。
「いや、だってお前、まだ遠くで鳴ってる程度だぞ?これくらいで怖がってどーすんだよ」
しかし、陽葵は動かない。動くことができなかった。
はぁーと霊幻は大きく溜め息を吐いた。
「おい、モブ!陽葵と一緒に帰ってやれ。どうせお前この後用事とかないんだろ?」
「はい、わかりました。神木さん、一緒に帰ろう」
陽葵は青ざめた顔で立ち尽くしていた。遠くでゴロゴロと雷の音が鳴るたびに、びくりと肩を跳ねさせていた。
(本気で怖いんだ)
意外だった。
陽葵はいつも堂々としていた。不良の前でも幽霊の前でも。臆することなく向かっていく勇敢で優しく頼りになる友達。そんな陽葵が初めて見せた弱々しい姿だった。
「行こう」
動かない陽葵の手を茂夫は握って、引っ張った。
「!?」
泣きそうな顔をしながらも陽葵は茂夫に手を引かれて歩き出した。
「気ぃつけて帰れよー」
ヒラヒラと師匠が手を振って見送ってくれた。
傘を差して歩く。
茂夫の後を陽葵がトボトボとついてきた。
(いつもと逆だなあ…)
茂夫はそんなことを考えていた。陽葵はいつも自分の手を引いてくれた。そんな陽葵の手がとてもあたたかかったことを茂夫は覚えている。
(今度は僕が神木さんを支えるんだ)
ゴロゴロゴロ…!!
「ひっ!?」
少しずつ雷の音が大きくなってきた。雷が鳴るたびに、歩みを止めてしまう陽葵に「大丈夫だよ」と声をかけて再び歩かせる。すると、いつも陽葵と別れる道に出た。
(いつもだったらここで別れるけど、神木さんを一人にできないよ)
「神木さん、今日は家まで送るよ。だから家の方向がどっちか教えて?」
茂夫の言葉を聞いた陽葵は、茂夫の手をぎゅうと強く握った。
「…ありがとう。真っ直ぐ進んで、あの信号を右に…」
「わかった」
茂夫も繋いでいる手を強く握った。
(大丈夫だよ。僕が隣にいるから)
口に出すのは恥ずかしくて言えなかったけど、そう想いを込めた。
それから陽葵の指示の通りに進んでいくと程なくして陽葵の家にたどり着いた。
「じゃあ、僕はこれで」
そう言って帰ろうとした茂夫を陽葵は「待って」と呼び止めた。
「家にあがっていって」
陽葵は泣きそうだった。彼女を泣かせたくなかったし、特に急ぐ用事もなかった為、茂夫は陽葵の家にお邪魔することにした。
「ただいま」
「お邪魔します」
陽葵が玄関のドアを開けて中に入ると、陽葵の母親が吃驚した様子で出迎えた。
「陽葵!よく一人で帰ってこられたじゃない!お母さん、今から迎えにいこうかと…って、………彼氏?」
陽葵の母は茂夫を見るなりそう言った。
「ち、違います。僕は神木さんの友人で、雷が苦手なようだったので家まで送っただけです」
「あら、そうなの。ありがとう、えーと、あなたお名前は?」
「あっ、名乗るのが遅れてすみません。僕は影山茂夫といいます。よろしくお願いします」
「茂夫くん、ね。娘を送ってくれてありがとう。さ、あがってちょうだい。飲み物はココアでいいかしら?今タオル持ってくるわね」
陽葵の母は茂夫を居間に通すと、あたたかいココアと濡れた体を拭くタオルを持ってきてくれた。
優しくて良いお母さんだなぁと茂夫は思った。
タオルで体を拭いて、頂いたココアに口をつけて待っていると陽葵が着替えて居間に降りてきた。茂夫は初めて陽葵の私服姿を見た。制服姿とまた雰囲気が違って可愛かった。
「お母さん、影山くんを家まで車で送っていってくれるよね?」
「ええ、勿論よ」
「えっ!いいです、そんな…。僕、歩いて帰ります」
遠慮する茂夫に陽葵の母は「いいから、いいから。もう外は暗くなってきたし、雨も酷くなってきたわ。遠慮しないでいいからね。そうだ、お家の人に連絡はしたの?」
「あ、まだです…」
「心配してるんじゃない?電話しておいた方がいいわよ」
「…そうですね。じゃあ、お言葉に甘えて…」
茂夫は神木家の電話から自宅に電話をかける。
「もしもし、母さん?茂夫だけど。うん、今友達の家にいるんだ。友達のお母さんが家まで送ってくれることになったから。心配しないで。それじゃ」
そう言って電話を切った。
「家に連絡しました。電話、ありがとうございました」
「いえいえ。少し休んだら送っていくわね」
「はい、ありがとうございます。」
そこで茂夫は陽葵に目を向けた。さっきから全然喋らない陽葵が心配だったのだ。
「とおくのくわばら…とおくのくわばら…」
陽葵はブツブツ呪文を唱えながら節分用の豆をかじっていた。
吃驚する茂夫に陽葵の母が説明する。
「ああ、ごめんね。吃驚したでしょう?昔から陽葵って雷が苦手なの。だから雷が遠くにいくようにってこのおまじないを教えてあげたんだけど。それから雷が鳴るといつもこうなのよねぇ」
「は…はあ…」
と。
ゴロゴロ…ビシャーン!!
どこかに雷が落ちた音がして、部屋の照明が真っ暗になる。
「停電ですね」
「停電ねぇ」
淡々とした茂夫・陽葵の母と対照的に、陽葵は停電に慌てふためいていた。
「て、停電…!?ど、どうしよう、どうしよう」
右往左往して落ち着かない様子の陽葵に、茂夫は思わず彼女の手をとった。
「神木さん。大丈夫だよ。近くにいるから。電気もすぐ元に戻るよ」
「うん…」
停電は長くはなく、パッと再び照明が点く。
「あらあら、お母さんお邪魔虫だったかしら」
「えっ!?」
茂夫が陽葵の手を握っているところを彼女の母親にバッチリ見られていた。
「ち、違うんです!これは、神木さんが怖がっていたから安心させようと思って…!」
「あら、そうなの。でも、随分仲良しなのにどうしてお互い苗字で呼び合っているの?名前で呼べばいいのに」
「そ、それは…」
ー恥ずかしい。
名前で呼ぶ勇気が茂夫にはなかった。
「………茂夫くん。って、呼んで良いの?」
陽葵が突然自分の名前を呼んだため、茂夫は吃驚して顔を赤くした。
「って、娘が言っているけれど…どうなの茂夫くん?」
「う。べ、別に構わないですよ。神木さんの好きに呼んだら良いと思う。僕は名前で呼ばれても嫌じゃないから」
「ですって。良かったわね、陽葵」
「うん」
それから陽葵は少し考えて口を開いた。
「茂夫くんは…、私の名前、呼んでくれないの…?」
「えっ!?」
陽葵は懇願するように上目遣いで茂夫を見上げてきた。
駄目だ…!
可愛すぎる…!!
本当はずっと陽葵のことを名前で呼びたかった。
パクパクと口を開き、ようやく茂夫は言葉を発する。
「……陽葵……ちゃん」
「うん」
陽葵が嬉しそうに笑った。久しぶりに見た彼女の笑顔が茂夫の心を満たしていく。
「さて、それじゃあそろそろ茂夫くんを送っていくわね。陽葵も一緒に来る?」
「うん。私も茂夫くんを送るよ」
茂夫と陽葵は車の後部座席に乗り込む。
「!?」
陽葵は車に乗っている間、ずっと茂夫の腕を掴んでいた。雷はまだ鳴り続けている。
茂夫は思っていたことを口にした。
「陽葵ちゃん、最近元気がなかったけど…それってもしかして雷のせい?」
「………梅雨は、嫌い」
「…そっか」
自分が何か気に障ることをしてしまったからではないとわかり、茂夫はホッとした。
「でも、今は…少しだけ平気。隣に茂夫くんがいるから」
陽葵の言葉に茂夫の顔が真っ赤になる。
「う…うん」
そう返すだけで精一杯だった。
(陽葵ちゃんが怖いときは僕が隣にいるよ)
本当はそう言いたかった。
僕は、陽葵ちゃんのことを守りたい。
陽葵ちゃんのことを支えたい。
あ。
そうか。
僕は、陽葵ちゃんのことが好きなんだ。
茂夫はこの時、ようやく自分の気持ちに気が付いた。
陽葵は梅雨が大嫌いだった。
梅雨といえば夕立。夕立といえばー。
「今日も雨ですね」
「雨だなー」
「お客さん来ませんね」
「そうだなー。とはいえ、営業時間ギリギリに駆け込んでくることもある。気を抜くなよ、モブ!陽葵!」
「わかりました」
「…はい」
茂夫は最近口数の少ない陽葵のことが気になっていた。師匠も気にしているらしく、この前なんて茂夫に「お前たち喧嘩でもしてんのか?」とこっそり聞いてくるくらいだった。自分は陽葵の気に障るようなことを何かしてしまったのだろうか。考えても全く検討がつかなかった。
ゴロゴロゴロゴロ…
「あー、遠くで雷が鳴ってきたな。こりゃどしゃ降りになるかもなー」
雷の音が鳴り始めてから、陽葵の顔が真っ青になる。
「神木さん、どうしたの?どこか具合が悪いの?」
心配になった茂夫が声をかけるが陽葵はか細い声で「………大丈夫」とだけ答えた。
「ははーん、さては陽葵。お前雷が怖いんだろ」
霊幻は意地悪そうに笑って陽葵に言う。
「……………こ、怖いです」
図星をつかれた陽葵は素直にそう答えた。
「なんだよ。ノリが悪いなあ。…って、え?怖いの?マジで?」
ぶはっ!と霊幻は吹き出した。
「マジで!?お前、雷が怖いとか…!中学生にもなって…、子どもかよ!」
ゲラゲラと笑う霊幻を茂夫は冷めた目で見つめた。
「師匠。それ以上神木さんのこと笑ったら、僕怒りますよ。いいじゃないですか、誰だって苦手なものくらいあります」
茂夫は霊幻に対して本気で怒っていた。
茂夫の様子を見て、霊幻はぴたりと笑うのをやめる。それから咳払いをして陽葵に向き直った。
「すまん。モブの言うとおりだ。誰にだって苦手なものはある。笑ってすまなかったな。…陽葵。お前、もう帰っていいぞ。雷が強くなる前に帰れ。どうせ今日はもう客なんてこねーよ」
しかし、陽葵は青ざめたまま動かなかった。
「おい、どうした陽葵?帰らないのか?無理しなくていいんだぞ。………もしかして、お前雷が怖くて帰れないのか?」
霊幻の言うとおりだった。
「いや、だってお前、まだ遠くで鳴ってる程度だぞ?これくらいで怖がってどーすんだよ」
しかし、陽葵は動かない。動くことができなかった。
はぁーと霊幻は大きく溜め息を吐いた。
「おい、モブ!陽葵と一緒に帰ってやれ。どうせお前この後用事とかないんだろ?」
「はい、わかりました。神木さん、一緒に帰ろう」
陽葵は青ざめた顔で立ち尽くしていた。遠くでゴロゴロと雷の音が鳴るたびに、びくりと肩を跳ねさせていた。
(本気で怖いんだ)
意外だった。
陽葵はいつも堂々としていた。不良の前でも幽霊の前でも。臆することなく向かっていく勇敢で優しく頼りになる友達。そんな陽葵が初めて見せた弱々しい姿だった。
「行こう」
動かない陽葵の手を茂夫は握って、引っ張った。
「!?」
泣きそうな顔をしながらも陽葵は茂夫に手を引かれて歩き出した。
「気ぃつけて帰れよー」
ヒラヒラと師匠が手を振って見送ってくれた。
傘を差して歩く。
茂夫の後を陽葵がトボトボとついてきた。
(いつもと逆だなあ…)
茂夫はそんなことを考えていた。陽葵はいつも自分の手を引いてくれた。そんな陽葵の手がとてもあたたかかったことを茂夫は覚えている。
(今度は僕が神木さんを支えるんだ)
ゴロゴロゴロ…!!
「ひっ!?」
少しずつ雷の音が大きくなってきた。雷が鳴るたびに、歩みを止めてしまう陽葵に「大丈夫だよ」と声をかけて再び歩かせる。すると、いつも陽葵と別れる道に出た。
(いつもだったらここで別れるけど、神木さんを一人にできないよ)
「神木さん、今日は家まで送るよ。だから家の方向がどっちか教えて?」
茂夫の言葉を聞いた陽葵は、茂夫の手をぎゅうと強く握った。
「…ありがとう。真っ直ぐ進んで、あの信号を右に…」
「わかった」
茂夫も繋いでいる手を強く握った。
(大丈夫だよ。僕が隣にいるから)
口に出すのは恥ずかしくて言えなかったけど、そう想いを込めた。
それから陽葵の指示の通りに進んでいくと程なくして陽葵の家にたどり着いた。
「じゃあ、僕はこれで」
そう言って帰ろうとした茂夫を陽葵は「待って」と呼び止めた。
「家にあがっていって」
陽葵は泣きそうだった。彼女を泣かせたくなかったし、特に急ぐ用事もなかった為、茂夫は陽葵の家にお邪魔することにした。
「ただいま」
「お邪魔します」
陽葵が玄関のドアを開けて中に入ると、陽葵の母親が吃驚した様子で出迎えた。
「陽葵!よく一人で帰ってこられたじゃない!お母さん、今から迎えにいこうかと…って、………彼氏?」
陽葵の母は茂夫を見るなりそう言った。
「ち、違います。僕は神木さんの友人で、雷が苦手なようだったので家まで送っただけです」
「あら、そうなの。ありがとう、えーと、あなたお名前は?」
「あっ、名乗るのが遅れてすみません。僕は影山茂夫といいます。よろしくお願いします」
「茂夫くん、ね。娘を送ってくれてありがとう。さ、あがってちょうだい。飲み物はココアでいいかしら?今タオル持ってくるわね」
陽葵の母は茂夫を居間に通すと、あたたかいココアと濡れた体を拭くタオルを持ってきてくれた。
優しくて良いお母さんだなぁと茂夫は思った。
タオルで体を拭いて、頂いたココアに口をつけて待っていると陽葵が着替えて居間に降りてきた。茂夫は初めて陽葵の私服姿を見た。制服姿とまた雰囲気が違って可愛かった。
「お母さん、影山くんを家まで車で送っていってくれるよね?」
「ええ、勿論よ」
「えっ!いいです、そんな…。僕、歩いて帰ります」
遠慮する茂夫に陽葵の母は「いいから、いいから。もう外は暗くなってきたし、雨も酷くなってきたわ。遠慮しないでいいからね。そうだ、お家の人に連絡はしたの?」
「あ、まだです…」
「心配してるんじゃない?電話しておいた方がいいわよ」
「…そうですね。じゃあ、お言葉に甘えて…」
茂夫は神木家の電話から自宅に電話をかける。
「もしもし、母さん?茂夫だけど。うん、今友達の家にいるんだ。友達のお母さんが家まで送ってくれることになったから。心配しないで。それじゃ」
そう言って電話を切った。
「家に連絡しました。電話、ありがとうございました」
「いえいえ。少し休んだら送っていくわね」
「はい、ありがとうございます。」
そこで茂夫は陽葵に目を向けた。さっきから全然喋らない陽葵が心配だったのだ。
「とおくのくわばら…とおくのくわばら…」
陽葵はブツブツ呪文を唱えながら節分用の豆をかじっていた。
吃驚する茂夫に陽葵の母が説明する。
「ああ、ごめんね。吃驚したでしょう?昔から陽葵って雷が苦手なの。だから雷が遠くにいくようにってこのおまじないを教えてあげたんだけど。それから雷が鳴るといつもこうなのよねぇ」
「は…はあ…」
と。
ゴロゴロ…ビシャーン!!
どこかに雷が落ちた音がして、部屋の照明が真っ暗になる。
「停電ですね」
「停電ねぇ」
淡々とした茂夫・陽葵の母と対照的に、陽葵は停電に慌てふためいていた。
「て、停電…!?ど、どうしよう、どうしよう」
右往左往して落ち着かない様子の陽葵に、茂夫は思わず彼女の手をとった。
「神木さん。大丈夫だよ。近くにいるから。電気もすぐ元に戻るよ」
「うん…」
停電は長くはなく、パッと再び照明が点く。
「あらあら、お母さんお邪魔虫だったかしら」
「えっ!?」
茂夫が陽葵の手を握っているところを彼女の母親にバッチリ見られていた。
「ち、違うんです!これは、神木さんが怖がっていたから安心させようと思って…!」
「あら、そうなの。でも、随分仲良しなのにどうしてお互い苗字で呼び合っているの?名前で呼べばいいのに」
「そ、それは…」
ー恥ずかしい。
名前で呼ぶ勇気が茂夫にはなかった。
「………茂夫くん。って、呼んで良いの?」
陽葵が突然自分の名前を呼んだため、茂夫は吃驚して顔を赤くした。
「って、娘が言っているけれど…どうなの茂夫くん?」
「う。べ、別に構わないですよ。神木さんの好きに呼んだら良いと思う。僕は名前で呼ばれても嫌じゃないから」
「ですって。良かったわね、陽葵」
「うん」
それから陽葵は少し考えて口を開いた。
「茂夫くんは…、私の名前、呼んでくれないの…?」
「えっ!?」
陽葵は懇願するように上目遣いで茂夫を見上げてきた。
駄目だ…!
可愛すぎる…!!
本当はずっと陽葵のことを名前で呼びたかった。
パクパクと口を開き、ようやく茂夫は言葉を発する。
「……陽葵……ちゃん」
「うん」
陽葵が嬉しそうに笑った。久しぶりに見た彼女の笑顔が茂夫の心を満たしていく。
「さて、それじゃあそろそろ茂夫くんを送っていくわね。陽葵も一緒に来る?」
「うん。私も茂夫くんを送るよ」
茂夫と陽葵は車の後部座席に乗り込む。
「!?」
陽葵は車に乗っている間、ずっと茂夫の腕を掴んでいた。雷はまだ鳴り続けている。
茂夫は思っていたことを口にした。
「陽葵ちゃん、最近元気がなかったけど…それってもしかして雷のせい?」
「………梅雨は、嫌い」
「…そっか」
自分が何か気に障ることをしてしまったからではないとわかり、茂夫はホッとした。
「でも、今は…少しだけ平気。隣に茂夫くんがいるから」
陽葵の言葉に茂夫の顔が真っ赤になる。
「う…うん」
そう返すだけで精一杯だった。
(陽葵ちゃんが怖いときは僕が隣にいるよ)
本当はそう言いたかった。
僕は、陽葵ちゃんのことを守りたい。
陽葵ちゃんのことを支えたい。
あ。
そうか。
僕は、陽葵ちゃんのことが好きなんだ。
茂夫はこの時、ようやく自分の気持ちに気が付いた。