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夕暮れ時。夏羽は買い物帰り、河原沿いを歩いていた。
ふと聞こえてきた旋律。儚くも美しい声。
声に惹かれ、夏羽は河原へと下りていく。
そこには一人の少女がいた。長い黒髪をハーフアップにしている少女。髪留めのリボンが風にそよいでいた。夕陽で水面がキラキラ光る。美しい光景、美しい音に夏羽は見とれてしまった。
唄が終わる。
少女は緩やかに夏羽の方を振り返る。夏羽に気が付くと、慌てて走り去っていってしまった。
夏羽はトボトボと事務所までの道を歩いていた。
少女の姿と少女の美しい唄がずっと頭から離れなかった。
事務所に戻ってからも、ぼんやりとそのことを考えていた。
「夏羽!」
織に大きな声をかけられ、夏羽はハッとする。
「シキ、どうかした?」
「どうかした?じゃねーよ。何なんだよ、さっきから。ぼーっとして、気持ちわりーな!」
「シキってば、素直に心配だって言えばいいのに。ボクも心配してるんだよ。夏羽くん、帰ってきてからずっとぼんやりしているんだもん」
晶も心配そうに夏羽を見つめてくる。
「…綺麗な声と音だった」
「は?」
「あれはなんというのか、わからない」
「? うーん、夏羽くん疲れちゃったのかな。今日は早く寝た方がいいよ」
翌日
特に用はないが、夏羽はまた河原へ出かけた。彼女はいなかった。昨日は確か夕暮れだった。夕方ならもしかしたらいるのかもしれない。そう思って夏羽は出直すことにした。
今日の買い物当番の織から、当番を代わるとかってでて夏羽は夕方買い物に出かける。買い物帰り、河原に差し掛かるとまた美しい声が聞こえてきた。河原に下りると昨日の少女が唄っていた。昨日とは違う唄だった。なんというのだろう、光を感じるような、そんな唄。
彼女が唄い終えたところで、夏羽はパチパチと拍手した。
彼女は驚いて夏羽を振り返る。
「あっ!昨日の…!」
彼女は今度は夏羽に近づいてきた。
「拍手、ありがとう」
彼女は礼を言うと微笑んだ。
「今のは、なんていうの?とても綺麗な声と音だった」
「? あなた唄を知らないの?」
彼女は心底驚いた顔をする。
「唄?」
「そう、今の。唄っていうの。私唄うのが大好きだから」
「唄、もっと聴きたい」
「ええ!?恥ずかしいな。…じゃあ、もう一曲ね」
そして彼女は唄い始める。今度はしっとりとした音色だった。所々、力強く美しい唄だった。
唄い終えた彼女に夏羽はまた拍手を送る。
「ありがとう。私、早希っていうの。あなたは?」
「夏羽」
「夏羽くんっていうんだ。お家のお手伝い?偉いね!」
早希は夏羽がぶら下げた買い物袋を見てそう言った。
「当番だから。…えっと、早希さんはいつもここにいるの?」
「早希でいいよ。多分そんなに年齢変わらないと思うし。平日はいつも学校帰りにここで唄の練習をするの。土日は唄のレッスンがあるからここには来ないけどね。私、14歳なんだけど、夏羽くんは何歳なの?」
「13。俺も夏羽でいい」
「うーん、でも私呼び捨てってちょっと苦手だから夏羽くんって呼びたいな」
「わかった。早希の好きに呼んで良い」
「えへへ、ありがとう」
「…また、聴きにきて良い?」
「うん、勿論だよ。私の唄、気に入ってくれて嬉しいな」
それじゃあ、またとお互いに別れの挨拶をして帰路につく。
夏羽の足取りはとても軽かった。
「『唄』か」
思わず口元が綻んだ。
事務所に着く。
機嫌の良い夏羽の様子を見て、織と晶は怪訝な顔をしていた。
「夏羽の奴、なんか嬉しそうだな。何があったんだ?」
「ねぇーシキ、隠神さんに相談しようよ~」
織と晶は隠神に夏羽のことを相談する。隠神は夏羽の様子を見て、確かにねぇと呟いた。立ち上がり、夏羽を呼び止める。
「夏羽」
「隠神さん、どうかしましたか?」
「いや、その随分機嫌が良さそうだなと思って」
夏羽は隠神をまっすぐ見つめると話し始めた。
「…俺は、『唄』を知りました。なんというか、とても良いものでした」
「唄?」
「はい」
「なんだ、CDショップでも通ってんのか?」
織の言葉に夏羽は首を捻る。
「CDショップ?」
「音楽のCD売ってる店!試聴とかできんだろ」
「店じゃない」
「あ、わかった。動画でしょ!」
晶の言葉にふるふると夏羽は首を振る。
「違う」
一同は顔を見合わせた。
「ま、まあ、機嫌が良いのは良いことだからな。ははっ!」
隠神はポンポンと夏羽の肩を叩いていく。
夏羽はそれから、夕方になると河原へと通いつめた。唄を聞いて、彼女と話す。とても心地よく楽しい時間だった。彼女のいない土日は物足りなかった。
雨が降った日、彼女はいないかと思った。それでも彼女は傘を差して唄っていた。
「あ、夏羽くん!雨だから今日は来ないかと思ったよ」
「俺も。雨だから早希はいないかと思った」
早希はたくさんの唄を唄った。明るい唄が多いが、儚く切ない唄もあった。そのどれもが夏羽の心をふるわせた。
彼女は将来歌手になりたいのだと言った。
「歌手?」
「うん。歌を唄うプロの人だよ。ほんの一握りの人しかなれないの。でも、私絶対プロの歌手になりたい」
「凄い!応援する」
「ありがとう!」
夏羽と早希はあっという間に仲良くなった。任務で夏羽が河原に来られない時もあった。そんな時、早希はとても寂しかった。
ある日から、夏羽は来なくなってしまった。
もう私の唄に飽きてしまったのかもしれない。
早希は河原にしゃがみ込んで泣いた。
それでも早希は立ち上がり、唄った。
夏羽に届くように。
「お別れ、言えなかった。どうしよう」
夏羽は困っていた。突然、怪物の結石を集める旅に出ることになってしまったからだ。
東京にはしばらく帰れない。
連絡先も聞いていないからメールもできない。
だけどきっと彼女は唄っている。
きっと今日も唄っている。
夏羽の心には彼女の唄がある。
忘れずに覚えている。
あの旋律とあの声を。
夏羽にとっての光の唄を。
ふと聞こえてきた旋律。儚くも美しい声。
声に惹かれ、夏羽は河原へと下りていく。
そこには一人の少女がいた。長い黒髪をハーフアップにしている少女。髪留めのリボンが風にそよいでいた。夕陽で水面がキラキラ光る。美しい光景、美しい音に夏羽は見とれてしまった。
唄が終わる。
少女は緩やかに夏羽の方を振り返る。夏羽に気が付くと、慌てて走り去っていってしまった。
夏羽はトボトボと事務所までの道を歩いていた。
少女の姿と少女の美しい唄がずっと頭から離れなかった。
事務所に戻ってからも、ぼんやりとそのことを考えていた。
「夏羽!」
織に大きな声をかけられ、夏羽はハッとする。
「シキ、どうかした?」
「どうかした?じゃねーよ。何なんだよ、さっきから。ぼーっとして、気持ちわりーな!」
「シキってば、素直に心配だって言えばいいのに。ボクも心配してるんだよ。夏羽くん、帰ってきてからずっとぼんやりしているんだもん」
晶も心配そうに夏羽を見つめてくる。
「…綺麗な声と音だった」
「は?」
「あれはなんというのか、わからない」
「? うーん、夏羽くん疲れちゃったのかな。今日は早く寝た方がいいよ」
翌日
特に用はないが、夏羽はまた河原へ出かけた。彼女はいなかった。昨日は確か夕暮れだった。夕方ならもしかしたらいるのかもしれない。そう思って夏羽は出直すことにした。
今日の買い物当番の織から、当番を代わるとかってでて夏羽は夕方買い物に出かける。買い物帰り、河原に差し掛かるとまた美しい声が聞こえてきた。河原に下りると昨日の少女が唄っていた。昨日とは違う唄だった。なんというのだろう、光を感じるような、そんな唄。
彼女が唄い終えたところで、夏羽はパチパチと拍手した。
彼女は驚いて夏羽を振り返る。
「あっ!昨日の…!」
彼女は今度は夏羽に近づいてきた。
「拍手、ありがとう」
彼女は礼を言うと微笑んだ。
「今のは、なんていうの?とても綺麗な声と音だった」
「? あなた唄を知らないの?」
彼女は心底驚いた顔をする。
「唄?」
「そう、今の。唄っていうの。私唄うのが大好きだから」
「唄、もっと聴きたい」
「ええ!?恥ずかしいな。…じゃあ、もう一曲ね」
そして彼女は唄い始める。今度はしっとりとした音色だった。所々、力強く美しい唄だった。
唄い終えた彼女に夏羽はまた拍手を送る。
「ありがとう。私、早希っていうの。あなたは?」
「夏羽」
「夏羽くんっていうんだ。お家のお手伝い?偉いね!」
早希は夏羽がぶら下げた買い物袋を見てそう言った。
「当番だから。…えっと、早希さんはいつもここにいるの?」
「早希でいいよ。多分そんなに年齢変わらないと思うし。平日はいつも学校帰りにここで唄の練習をするの。土日は唄のレッスンがあるからここには来ないけどね。私、14歳なんだけど、夏羽くんは何歳なの?」
「13。俺も夏羽でいい」
「うーん、でも私呼び捨てってちょっと苦手だから夏羽くんって呼びたいな」
「わかった。早希の好きに呼んで良い」
「えへへ、ありがとう」
「…また、聴きにきて良い?」
「うん、勿論だよ。私の唄、気に入ってくれて嬉しいな」
それじゃあ、またとお互いに別れの挨拶をして帰路につく。
夏羽の足取りはとても軽かった。
「『唄』か」
思わず口元が綻んだ。
事務所に着く。
機嫌の良い夏羽の様子を見て、織と晶は怪訝な顔をしていた。
「夏羽の奴、なんか嬉しそうだな。何があったんだ?」
「ねぇーシキ、隠神さんに相談しようよ~」
織と晶は隠神に夏羽のことを相談する。隠神は夏羽の様子を見て、確かにねぇと呟いた。立ち上がり、夏羽を呼び止める。
「夏羽」
「隠神さん、どうかしましたか?」
「いや、その随分機嫌が良さそうだなと思って」
夏羽は隠神をまっすぐ見つめると話し始めた。
「…俺は、『唄』を知りました。なんというか、とても良いものでした」
「唄?」
「はい」
「なんだ、CDショップでも通ってんのか?」
織の言葉に夏羽は首を捻る。
「CDショップ?」
「音楽のCD売ってる店!試聴とかできんだろ」
「店じゃない」
「あ、わかった。動画でしょ!」
晶の言葉にふるふると夏羽は首を振る。
「違う」
一同は顔を見合わせた。
「ま、まあ、機嫌が良いのは良いことだからな。ははっ!」
隠神はポンポンと夏羽の肩を叩いていく。
夏羽はそれから、夕方になると河原へと通いつめた。唄を聞いて、彼女と話す。とても心地よく楽しい時間だった。彼女のいない土日は物足りなかった。
雨が降った日、彼女はいないかと思った。それでも彼女は傘を差して唄っていた。
「あ、夏羽くん!雨だから今日は来ないかと思ったよ」
「俺も。雨だから早希はいないかと思った」
早希はたくさんの唄を唄った。明るい唄が多いが、儚く切ない唄もあった。そのどれもが夏羽の心をふるわせた。
彼女は将来歌手になりたいのだと言った。
「歌手?」
「うん。歌を唄うプロの人だよ。ほんの一握りの人しかなれないの。でも、私絶対プロの歌手になりたい」
「凄い!応援する」
「ありがとう!」
夏羽と早希はあっという間に仲良くなった。任務で夏羽が河原に来られない時もあった。そんな時、早希はとても寂しかった。
ある日から、夏羽は来なくなってしまった。
もう私の唄に飽きてしまったのかもしれない。
早希は河原にしゃがみ込んで泣いた。
それでも早希は立ち上がり、唄った。
夏羽に届くように。
「お別れ、言えなかった。どうしよう」
夏羽は困っていた。突然、怪物の結石を集める旅に出ることになってしまったからだ。
東京にはしばらく帰れない。
連絡先も聞いていないからメールもできない。
だけどきっと彼女は唄っている。
きっと今日も唄っている。
夏羽の心には彼女の唄がある。
忘れずに覚えている。
あの旋律とあの声を。
夏羽にとっての光の唄を。