人と怪物の辿る道
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
晶は旅に出るという結を心配し、結について何処かへと旅立っていった。
隠神と夏羽は、結石に心当たりのある四国へと赴くことになり、その間、探偵事務所は休業することとなった。
やりたいことがあるから、と留守番することを選んだ織。
織は晶の一件のあと、勿論結莉とは仲直りしている。結莉には、集中してやりたいことがあるから、しばらく事務所には来ないでほしいと告げた。
結莉が悲しそうだったので、心が折れかけたが織はそれでも強くなることを望んだ。そのために頼ったのは、ミハイだった。
織がミハイクエストという修行を行っている間、ミハイはその傍らであるものを作成していた。
「ふむ、こんなものだろう。さて…」
事務所が休業し、織と連絡の取れない日が続いていた結莉は退屈そうに自室で過ごしていた。そこへ携帯が受信音を告げる。携帯を開くとメールが一件。ミハイからのメールだった。
(連絡先…、交換してないけど)
ミハイのことだ、結莉の連絡先の情報を得ることなど容易いのだろう。そう判断してメールを開く。
『至急、隠神探偵事務所へ』
簡潔なメール文であったが、もしかしたら何か問題が起こったのかもしれないと結莉は慌てて家を飛び出した。事務所の扉は施錠されておらず、そのままミハイの部屋へと足を進める。すると、部屋の扉が開き、珍しくミハイが部屋から出てきた。
「ミハイさん」
「待ちくたびれたぞ、結莉」
すると、ミハイは目にも留まらぬ速さで結莉の耳に何かを取り付けた。
「えっ!?な、何ですか?」
動揺する結莉に、「なんてことはない。ただのピアスだ。肌身離さず、そのピアスを身につけておくことだ」とミハイは言う。
「ピアスは校則で禁止されていますが」
「色は透明にしておいた。パッと見では、つけているかどうかなどわかるまい」
無理やり結莉を納得させると、ミハイは自分の部屋に招き入れる。
「織くん?」部屋の中では織が眠っていた。VRゴーグルをつけて眠る織を見て、結莉ははあっと溜め息をついた。
「織くん、集中してやりたいことってゲームだったの…?」
「まぁまぁ結莉、奴をせめるでない。奴は今私の作ったゲーム、ミハイクエストに挑戦している。なかなかいい修行であるぞ」
ゲームで修行と言われても…と冷たい視線を送る結莉に、ミハイはニヤリと笑う。
「先ほどのピアスを通じて、結莉の脳波を解読した。あとは…」
ミハイはまたも目にも留まらぬ速さで、今度は織に同じ透明なピアスを取り付ける。
「これでよし、と」
「…何をする気ですか?」
嫌な予感に結莉は顔をしかめてミハイを見つめる。
ミハイはこの上なく面白そうに、笑みを浮かべていた。
「用は済んだ。ではな。」
そう言ってミハイはモニターに向き直り、結莉には目もくれない。
教えてくれる気のないミハイに結莉はまたも溜め息を吐き、家へと帰った。怪しいピアスを外そうかとも思ったが、ミハイに逆らうのは得策ではない。そう思って、ピアスを付けたまま眠りについた。
暗闇に結莉はいた。
「ここは…どこ?」
辺りを見渡すが何も見えない。不安になり、結莉は叫ぶ。
「ねぇ!誰かいないの!?」
「落ち着け」
「きゃあっ!?」
ヌッと背後に現れたのはミハイだった。
「ミハイさん!?私、家で眠っていたはずじゃ…」
「そのようだな」
「はい?」
「私はいま結莉の精神世界にアクセスしているのだ。」
とんでもないことを言うなこのヒトは…と結莉が考えていると、ミハイがニヤリと笑った。
「忘れていないか?ピアスを付けたのは結莉だけではない」
「…織くん?織くんももしかしてここにいるの!?」
「成功していれば会えるだろう。お互いの脳波を解読し、それぞれの精神世界を融合させてみたのだ」
「それって大丈夫なのですか…?」
「………。おそらく、これが切り札となろう。あとはお前たち次第だ。私はもう帰る。他人の精神世界など関わりたくないのでな」
そう言ってミハイの姿は見えなくなった。
沈黙が怖かったが、ミハイなりに何か考えがあるのかもしれない。そう信じたい。
精神世界…か。
織くんに会えるのだろうか。
会いたい。
そう願った瞬間、目の前に織が現れる。
「っ!? 織くん!?」
「えっ!?結莉さん!?っつーか、ここどこ?なんか真っ暗だし」
織も突然のことに驚いているようだった。そして彼は結莉から視線を外すと結莉の胸をジッと見つめた。
「なっ!?ななな、どこを見ているんですかあなたはっ!」
顔を真っ赤にして結莉が怒ると織も顔を真っ赤にして、否定するようにブンブンと首を振った。
「いやっ、これはっ、ツナマヨのせいで、なんつーか勝手に目が!」
結莉は両手で自身の胸を覆い、織の視線から隠す。
すると、徐々に結莉の服が透け始めていった。
「~っ!?」
結莉はその場にしゃがみこみ、足を抱え込んで必死に自分の体を隠そうとする。
織はトマトのように顔を赤くしながらも、自分の服を脱いで、結莉の身体が隠れるようにかけてやった。
「なっ、何なんだよ、これはっ!!」
訳が分からない状況に戸惑う二人。必死に結莉は身に起きていることについて考えた。
ミハイは結莉と織の精神世界を融合させたと言った。ということは、もしかして。
結莉は目を閉じ、自分が服を着ている姿を想像する。すると、透けていた服は元通りになった。
「やっぱり!ミハイさんが言ってたの。私と織くんの精神世界を融合したって。だからここでは、私達の想いがきっとそのまま反映され…、反映され、て…?」
結莉は織を睨みつける。
「! そうか、俺たちの意志が反映されちまうってことで、だからさっきのは俺が…その…」
「織くんの、えっち!!」
結莉は思い切り織の頬をひっぱたいた。
目覚めると、そこは自分の部屋だった。
どうやら現実世界に帰ってきたらしい。
結莉は家を飛び出して、隠神探偵事務所へ突撃した。しかし、扉は昨日と違い施錠されてしまっていた。
「何てことしてくれたんですか、あのヒトはっ!」
ミハイのニヤリとした笑顔が憎い。ミハイにはしばらく差し入れなど持って行くまい、そう心に誓う結莉だった。
一方。
目が覚めた織は、VR世界にいた。
ミハイクエストはまだ続行中のままだ。
(くっそ~!何考えてんだよ、ミハイさんは!)
思い出して、顔が熱くなる。
隣のベッドでは織の気も知らず、ツナマヨがすやすやと眠っていた。
イライラして、織はツナマヨを叩き起こす。
「起きろ!行くぞ!」
「え~?もう出発?」
ぶーぶー文句を言うツナマヨを連れて、織はクエストに立ち向かう。
(とっととミハイクエスト攻略して、すぐに元に戻してもらわないと…!)
今日も眠りにつくと、そこは真っ暗な世界だった。
「意志が反映されるってことは、ここも多分…」
結莉は目を閉じる。隠神探偵事務所の部屋を想像すると、とたんに真っ暗な空間は想像した空間となる。
「うん、この方が落ち着くわ」
すると、その空間に突然織が現れた。
「結莉さん!ってことは、また精神世界ってやつか…!」
はあ~っと溜め息を吐き、頭を抱える織。
「今回は事務所の中みたいだけど」
「さっき、変えられないか試してみたのよ。真っ暗な空間より、この方が落ち着くわ」
「そんなことして大丈夫なのかよ!」
「…そうね、わからないわ。織くんの言うとおり、あまりいじらない方が良いかもしれない。ここは私だけでなく、織くんの世界でもあるのだから」
「ああ…、何が起こるかわからないからな。気をつけておいた方が良いと思う。ところで、結莉さん。その、この前のアレ…、ごめん!悪かった!すみませんでした!」
必死に謝る織。
「私も思い切り叩いたりしてごめんなさい…。で、でも、今度またああいうことをしたら怒りますからね!」
結莉も謝罪をして、前回の事件のことは丸く収まった。
「ミハイさんは何がしたいんだろうな」
「…切り札になる、と言っていたわ。私と織くんが精神世界で繋がることで何かメリットがあるのかしら?」
「まさか、面白がってるだけなんじゃ…」
「それも否定できないわね…」
はあーと二人とも溜め息をつく。もう何度溜め息を吐いたことだろう。
「でも、繋がっている間はこうして会えてお話できるのよね。それは、とても嬉しいことだわ」
「えっ!?う、嬉しいって…」
「だって織くん、現実ではずっと事務所にこもりきりなんだもの。その…、集中してやりたいことってミハイクエストっていうゲームなの?」
「な、なんでそれを!?」
訝しげな目で見つめてくる結莉に観念したのか、織はミハイクエストについて結莉に語り始めた。ゲームの中で死んでしまうと現実でも死んでしまうという滅茶苦茶なゲームで、強くなるためにミハイを頼って始めたのだという。何度もクエストに挑むもののまったく攻略できないまま時間だけが過ぎていってしまう状態なのだという。
「大変なことになっていたのね…。わかってあげられなくて、ごめんなさい」
「いや!結莉さんは悪くないから!それにしても、なんかねーのかな、攻略法…」
「うーん…、ゲームだから必ずクリアできるようにはなっているはずよ。力になれるかわからないけれど、今の状況を詳しく教えてもらってもいいかしら?」
「別にいいけど…」
織の説明を聞き終えた結莉は、考え込む。
「今、一緒に挑んでくれる仲間がいるのなら、その人とよく相談した方が良いと思うわ。…あとは、やっぱりミハイさんが作ったゲームということが大事なんだと思う。織くんが強くなるために始めたゲームなら、織くんにしか攻略できない何かがあるはずよ」
「なるほどな。俺にしかできない攻略、か。よしっ、戻ったら考えてみる!…ところで、これってどうやったら戻るんだ?」
「現実で目が覚めれば、自然と戻りそうだけど…」
「あー、確かに。じゃあ、それまで…」
織は結莉の手を引くと、事務所のソファーに並んで腰掛ける。
「二人だけで過ごすのって、なかなかないからな」
そして他愛のない話を二人は交わした。
話しているうちに段々と眠くなった結莉は織の肩に寄りかかる。織も次第に眠くなり、結莉の肩に寄りかかった。
目が覚める。ミハイクエストの宿屋に織はいた。外に出て、結莉のアドバイスをもとに考え込んでいると、そこへ陽気にツナマヨが駆け寄ってきた。推しがどうこう言うツナマヨを適当にあしらう。
「どうしても気になるんだよな…、ミハイさんがゲームのシナリオ変えた理由」
「開発中だったからじゃないの?ミハイ気まぐれそうだし」
「いや、それ10日前だって言ってたろ?その頃、俺もうミハクエ始めてるんだよな。だから、急遽変えてるんだよ」
「じゃー、シキくんのためじゃん、それ」
「そうか…!俺のためってのはありえないけど、ミハイさんにとって俺は育成ゲームのキャラクターで、そのためにミハクエを俺専用に仕様変更したってんなら、めっちゃありえる!あとは、俺にしかできない攻略か…」
ニヤッと織は微笑んで、チリスライムを手当たり次第倒していく。そしてチリスライムから体液をコップに搾り取り、舐めた。
「やっぱりな。こいつの体液、トウガラシのジュースだ。…別に俺ひとりでクリアしてもいいんだけど、仲間だからな。特別にお裾分けしてやるよ」
そして擬態糸の力を使い、織とツナマヨはドラゴンの前を無事に通過し、最初の街にたどり着いた。
ツナマヨはミハクエが織専用とわかったので、続けるメリットがないからやめると言い、街の入口で別れることになった。
「まっ、コツは掴んだしマヨいなくてもいけるだろ。なんだよ、おもしれーじゃんミハイクエスト!次は新技とかあみ出せるやつがいいなー!」
織がミハイクエストを続行していると、突然画面が暗くなった。
「ん?あれ?」
VRゴーグルがミハイの手によって外される。どうやら現実世界に帰ってきたらしい。
「なんだよ、いいところだったのに」
「調子にのりおって…、そんなことより緊急事態だ。隠神から、至急、綾と組を連れて四国に来いとのことだ」
「えっ!?夏羽に何かあったのか!?」
「詳しいことは知らん。自分で言って確かめるがいい」
織は慌ててミハイの部屋から出て行った。と思ったら帰ってきて、ひょいと扉から顔を覗かせる。
「ミハイさん、ありがとな」
ミハイに礼を言うと、扉を閉めて一目散に駆け出していった。
「ふん」
ミハイはカチカチとキーボードを叩き、メッセージを送信する。
『何があっても、ピアスを外すな』
織と結莉の携帯に送信されたメッセージだった。
学校でミハイのメッセージに目を通す結莉。嫌な予感を感じながら、下校する。
ミハイはとても賢い。
故に何かを予測している。
だからこそ、その何かの対抗策として結莉と織の精神世界を繋げたに違いない。
俯きながら歩いていると、一台の高級車が隣につく。
「やっほー。久しぶりね、お嬢さん」
車の窓を開け陽気に話しかけてきたのは、先日、結の件で会った飯生という女性だった。
あの時の悪寒が蘇る。
飯生はまっすぐ結莉の目を捉えていた。目を離すことができない。ふわりと良い香りが漂った。体が勝手に動き、高級車の扉に手をかけ、車に乗り込む結莉。
「ふふっ、いい子ねー!」
満足そうに飯生が微笑む。結莉は青ざめた顔で飯生を見つめた。車は結莉を乗せたままどこかへ向かって走ってゆく。
どれくらい走っただろうか。どこかへたどり着いたところで飯生が車から降りる。結莉も車から降り、飯生のあとをついて進んでゆく。自分の身体なのに言うことをきかない。逃げ出すことなど、できなかった。
建物に入る。その建物の中の一室に飯生が入ってゆく。中では、数人が集まっていた。
「紹介するわ~。っと、名前はなんだったかしら~?」
「…結莉です」
「そうそう、結莉ちゃんねー。皆よろしくねー。丁重に扱って頂戴ね~、この子、大事な『人質』なんだから~」
そう話す飯生はとても機嫌が良い。
結莉が視線をあげると知らない人達の中に野火丸の姿があった。
「夏羽くんの知り合いの…。なるほど、そういうことですか」
野火丸は一人合点して、結莉を見て微笑む。
「なーんだ、可愛い子じゃん!へぇー、俺やっちゃおうかなー!」
筋肉隆々の男性が舌なめずりをして結莉を見つめてくる。
「…花楓くん、話を聞いていましたか?大事な人質だから丁重に扱えと言われたのですよ。駄目に決まっているでしょう」
無表情な眼差しで何故かウエットティッシュを携えた男性が花楓を咎める。
綺麗な顔の男性と鋭い眼差しの女性は興味なさそうに結莉を見つめていた。
天然パーマの人の良さそうな男性は哀れむように結莉を見ていた。
「しばらく、ここで過ごしてもらうことになったから~。んー、新しくお部屋を用意するのも面倒だし、監視も兼ねて誰かのお部屋に入れてもらおうかしらね」
「はい!はーい!俺の部屋がいいでーす!」立候補したのは花楓だ。
「うーん、大事な人質に手を出しそうだからパスかなー。骨とか折られちゃうと迷惑なのよねー、この子人間だしー。そうね、野火丸はどう?」
「お断りします。夏羽くんのお知り合いですし、情がわくと困りますから」
「調子良いこと言って、同居生活したくねーだけだろ。俺たちもパスだからな」
「ひぃちゃん以外の人と一緒に暮らすなんて考えられないよ…」
野火丸に続き、女性と男性も断った。
「あー、俺は別に…「わかりました」
天然パーマの男性が引き受けようとしたところで、ウエットティッシュの男性が声をあげる。
「僕が引き受けましょう。このメンバーの中でまともに同居・監視が出来そうなのは僕くらいですから」
「そうー?じゃ、頼んだわよー?赤城ー」
飯生も機嫌よく赤城という男性に結莉を引き渡した。
「ふふっ、カフェでお茶でもしてこよっかなー。あとはよろしくねー」
そう言って飯生はルンルンと出ていってしまった。
集まっていた人達もバラバラと部屋から出て行く。
赤城は「ついてきなさい」と結莉に言い、歩き始めた。飯生が離れたからか、結莉の身体は自分の思い通りに動くようになっていた。素直に男性の後についてゆく結莉。
「待てよ!赤城さん、ずるいじゃん!その子、俺の部屋がいい!っていうか赤城さん潔癖症なのに他人と一緒に生活なんかできんの?」
花楓が赤城に抗議するが、赤城は見向きもせずスタスタと歩いていく。
赤城、結莉、花楓の順に並んで通路を歩いてゆく。扉の前で赤城は止まり、花楓の方に向き直った。
「さっきも言ったでしょう。他の方よりはマシです。ただ、それだけです。では」
赤城は扉を開けて部屋の中に入り、結莉が中に入ったことを確認すると、扉を勢い良く閉め、鍵をかけた。
ドンドン、ガチャガチャと扉の向こうで花楓が喚いているが赤城は気にしない様子だった。
「さて、ここは僕の部屋です。が、今日から貴女の部屋でもあります。好きに使って下さい」
部屋はとても綺麗に整頓されていた。結莉が落ち着きなくキョロキョロと部屋を見回していると、赤城は部屋の間取りを説明し始めた。トイレ、シャワールーム、キッチンも完備されており、暮らすのに困ることはなさそうだった。
「くれぐれも綺麗に使って下さいね。あと、部屋の鍵は必ず開けないように。花楓くんがいますから。どうなっても良いなら止めはしませんが」
「約束は、守ります」
結莉は震える声で赤城に約束する。
「…名前は何でしたか?」
「結莉です…」
「僕は赤城です。…早く慣れた方が良いですよ。しばらくの間、帰すつもりはなさそうですから」
赤城の言葉に、帰れないという実感が湧き結莉の目から涙がこぼれ出す。赤城は部屋のティッシュとゴミ箱を結莉の前に置いて部屋から出て行ってしまった。
結莉はしばらく泣いていた。赤城が置いていったティッシュで涙を拭い、鼻をかむ。
「いつまでも、泣いていられないわ…」
結莉は部屋を見て回った。綺麗に整頓されているし、不自由はなさそうだが、冷蔵庫を開けると中身はほぼ空っぽだった。飲み物が入っているくらいで、食材らしきものはない。
ガチャリと音がして、振り返れば赤城が帰ってきたところだった。手には大きなコンビニ袋。お弁当やカップ麺などを買ってきたようだった。
「どれでも好きなものを取って食べて下さい」
「…ありがとう、ございます」
赤城と結莉は向かい合って食事をする。
「あの…、お料理はされないんですか?」
勇気を持って結莉が赤城に質問する。
「しません。手が汚れますので」
質問に即答する赤城。
「あの…、ごめんなさい。潔癖症なのに、私のこと引き受けて下さって…、本当にごめんなさい」
「貴女が謝る必要はありません。連れてきたのは飯生様です。引き受けたのは僕です。何を謝ることが?」
そして赤城は食事を終えるとシャワールームに入っていった。
その間、結莉は考えを巡らせる。
今の私にできることは何だろうか、と。
シャワーを浴びながら赤城はぼんやりと考え事をしていた。
(何をやっているのでしょうね、僕は…)
潔癖症の赤城にとって、他人との同居生活なんて苦痛でしかない。
自分が引き受けなければ、梅太郎が彼女を引き受けていただろう。
任せてしまえば良かった。
それなのに、何故か引き受けてしまった。
(これから、どうしたものやら)
自分が引き受けたこととはいえ、荷が重い。
シャワーを終え、着替えて戻る。
「おかえりなさい」
「!?」
戻ってきた赤城に向けて結莉が微笑んでくる。彼女は、きちんと食べ終えたゴミは捨て、テーブルをピカピカに拭き上げていた。
「あの、もしできれば…今度、食材を買ってきて頂けませんか?何でも構いません。買ってきて頂いたものでお料理します。お世話になるのだもの、家事はしっかりやります。お掃除も洗濯もきちんとやるわ」
「…まぁ、いいでしょう」
何故か断ることができなかった。嬉しそうに彼女は微笑んでいる。
赤城は収納ケースからタオルを何枚か取り出して結莉に渡した。
「これは、貴女のものです。貴女が使ったタオルを、洗って僕が使うなんて考えられませんから」
「ありがとうございます、赤城さん」
ニコニコと微笑む結莉に調子が狂う。
「タオル持って、とっととシャワー浴びてきて下さい」
「はい」
そして彼女はシャワールームへと歩いていった。
(もう立ち直るとは、驚いた。それに…、掃除、洗濯はやらせるとして、どうして手料理なんか承諾したのでしょう…。)
疲れているのかもしれない。とにかく寝よう、そう思ってピタリと赤城の動きが止まった。ベッドは一つしかない。赤城の顔が引きつる。
「床…ですか」
これでもかというくらい床を掃除機でかけ、雑巾で綺麗に磨き上げる。ひきつりながら床に横になる赤城。こんな状態で眠れる訳がない。
結莉がシャワーから上がり、部屋に戻ってくる。床に寝転がる赤城を不思議そうに見つめる結莉。赤城は身を起こし、ベッドを指差して彼女に言う。
「貴女はベッドで寝てください。風邪をひかれると迷惑ですから」
「でも、そうすると赤城さんが…。私が床で寝ます!居候ですもの」
「風邪をひかれると迷惑だと言ったでしょう」
「…わかりました。では、交代制にしましょう」
素直に言うことを聞いたと思えばとんでもないことを言う。
「はい?話を聞いていましたか、僕は貴女にベッドで寝ろと…」
「だから交代制にしましょう。私だけがベッドで寝るなんてできません。お互い1日交代で、それなら平等ですもの」
「はぁ…わかりました。」
こうして赤城と結莉の同居生活は始まった。
隠神と夏羽は、結石に心当たりのある四国へと赴くことになり、その間、探偵事務所は休業することとなった。
やりたいことがあるから、と留守番することを選んだ織。
織は晶の一件のあと、勿論結莉とは仲直りしている。結莉には、集中してやりたいことがあるから、しばらく事務所には来ないでほしいと告げた。
結莉が悲しそうだったので、心が折れかけたが織はそれでも強くなることを望んだ。そのために頼ったのは、ミハイだった。
織がミハイクエストという修行を行っている間、ミハイはその傍らであるものを作成していた。
「ふむ、こんなものだろう。さて…」
事務所が休業し、織と連絡の取れない日が続いていた結莉は退屈そうに自室で過ごしていた。そこへ携帯が受信音を告げる。携帯を開くとメールが一件。ミハイからのメールだった。
(連絡先…、交換してないけど)
ミハイのことだ、結莉の連絡先の情報を得ることなど容易いのだろう。そう判断してメールを開く。
『至急、隠神探偵事務所へ』
簡潔なメール文であったが、もしかしたら何か問題が起こったのかもしれないと結莉は慌てて家を飛び出した。事務所の扉は施錠されておらず、そのままミハイの部屋へと足を進める。すると、部屋の扉が開き、珍しくミハイが部屋から出てきた。
「ミハイさん」
「待ちくたびれたぞ、結莉」
すると、ミハイは目にも留まらぬ速さで結莉の耳に何かを取り付けた。
「えっ!?な、何ですか?」
動揺する結莉に、「なんてことはない。ただのピアスだ。肌身離さず、そのピアスを身につけておくことだ」とミハイは言う。
「ピアスは校則で禁止されていますが」
「色は透明にしておいた。パッと見では、つけているかどうかなどわかるまい」
無理やり結莉を納得させると、ミハイは自分の部屋に招き入れる。
「織くん?」部屋の中では織が眠っていた。VRゴーグルをつけて眠る織を見て、結莉ははあっと溜め息をついた。
「織くん、集中してやりたいことってゲームだったの…?」
「まぁまぁ結莉、奴をせめるでない。奴は今私の作ったゲーム、ミハイクエストに挑戦している。なかなかいい修行であるぞ」
ゲームで修行と言われても…と冷たい視線を送る結莉に、ミハイはニヤリと笑う。
「先ほどのピアスを通じて、結莉の脳波を解読した。あとは…」
ミハイはまたも目にも留まらぬ速さで、今度は織に同じ透明なピアスを取り付ける。
「これでよし、と」
「…何をする気ですか?」
嫌な予感に結莉は顔をしかめてミハイを見つめる。
ミハイはこの上なく面白そうに、笑みを浮かべていた。
「用は済んだ。ではな。」
そう言ってミハイはモニターに向き直り、結莉には目もくれない。
教えてくれる気のないミハイに結莉はまたも溜め息を吐き、家へと帰った。怪しいピアスを外そうかとも思ったが、ミハイに逆らうのは得策ではない。そう思って、ピアスを付けたまま眠りについた。
暗闇に結莉はいた。
「ここは…どこ?」
辺りを見渡すが何も見えない。不安になり、結莉は叫ぶ。
「ねぇ!誰かいないの!?」
「落ち着け」
「きゃあっ!?」
ヌッと背後に現れたのはミハイだった。
「ミハイさん!?私、家で眠っていたはずじゃ…」
「そのようだな」
「はい?」
「私はいま結莉の精神世界にアクセスしているのだ。」
とんでもないことを言うなこのヒトは…と結莉が考えていると、ミハイがニヤリと笑った。
「忘れていないか?ピアスを付けたのは結莉だけではない」
「…織くん?織くんももしかしてここにいるの!?」
「成功していれば会えるだろう。お互いの脳波を解読し、それぞれの精神世界を融合させてみたのだ」
「それって大丈夫なのですか…?」
「………。おそらく、これが切り札となろう。あとはお前たち次第だ。私はもう帰る。他人の精神世界など関わりたくないのでな」
そう言ってミハイの姿は見えなくなった。
沈黙が怖かったが、ミハイなりに何か考えがあるのかもしれない。そう信じたい。
精神世界…か。
織くんに会えるのだろうか。
会いたい。
そう願った瞬間、目の前に織が現れる。
「っ!? 織くん!?」
「えっ!?結莉さん!?っつーか、ここどこ?なんか真っ暗だし」
織も突然のことに驚いているようだった。そして彼は結莉から視線を外すと結莉の胸をジッと見つめた。
「なっ!?ななな、どこを見ているんですかあなたはっ!」
顔を真っ赤にして結莉が怒ると織も顔を真っ赤にして、否定するようにブンブンと首を振った。
「いやっ、これはっ、ツナマヨのせいで、なんつーか勝手に目が!」
結莉は両手で自身の胸を覆い、織の視線から隠す。
すると、徐々に結莉の服が透け始めていった。
「~っ!?」
結莉はその場にしゃがみこみ、足を抱え込んで必死に自分の体を隠そうとする。
織はトマトのように顔を赤くしながらも、自分の服を脱いで、結莉の身体が隠れるようにかけてやった。
「なっ、何なんだよ、これはっ!!」
訳が分からない状況に戸惑う二人。必死に結莉は身に起きていることについて考えた。
ミハイは結莉と織の精神世界を融合させたと言った。ということは、もしかして。
結莉は目を閉じ、自分が服を着ている姿を想像する。すると、透けていた服は元通りになった。
「やっぱり!ミハイさんが言ってたの。私と織くんの精神世界を融合したって。だからここでは、私達の想いがきっとそのまま反映され…、反映され、て…?」
結莉は織を睨みつける。
「! そうか、俺たちの意志が反映されちまうってことで、だからさっきのは俺が…その…」
「織くんの、えっち!!」
結莉は思い切り織の頬をひっぱたいた。
目覚めると、そこは自分の部屋だった。
どうやら現実世界に帰ってきたらしい。
結莉は家を飛び出して、隠神探偵事務所へ突撃した。しかし、扉は昨日と違い施錠されてしまっていた。
「何てことしてくれたんですか、あのヒトはっ!」
ミハイのニヤリとした笑顔が憎い。ミハイにはしばらく差し入れなど持って行くまい、そう心に誓う結莉だった。
一方。
目が覚めた織は、VR世界にいた。
ミハイクエストはまだ続行中のままだ。
(くっそ~!何考えてんだよ、ミハイさんは!)
思い出して、顔が熱くなる。
隣のベッドでは織の気も知らず、ツナマヨがすやすやと眠っていた。
イライラして、織はツナマヨを叩き起こす。
「起きろ!行くぞ!」
「え~?もう出発?」
ぶーぶー文句を言うツナマヨを連れて、織はクエストに立ち向かう。
(とっととミハイクエスト攻略して、すぐに元に戻してもらわないと…!)
今日も眠りにつくと、そこは真っ暗な世界だった。
「意志が反映されるってことは、ここも多分…」
結莉は目を閉じる。隠神探偵事務所の部屋を想像すると、とたんに真っ暗な空間は想像した空間となる。
「うん、この方が落ち着くわ」
すると、その空間に突然織が現れた。
「結莉さん!ってことは、また精神世界ってやつか…!」
はあ~っと溜め息を吐き、頭を抱える織。
「今回は事務所の中みたいだけど」
「さっき、変えられないか試してみたのよ。真っ暗な空間より、この方が落ち着くわ」
「そんなことして大丈夫なのかよ!」
「…そうね、わからないわ。織くんの言うとおり、あまりいじらない方が良いかもしれない。ここは私だけでなく、織くんの世界でもあるのだから」
「ああ…、何が起こるかわからないからな。気をつけておいた方が良いと思う。ところで、結莉さん。その、この前のアレ…、ごめん!悪かった!すみませんでした!」
必死に謝る織。
「私も思い切り叩いたりしてごめんなさい…。で、でも、今度またああいうことをしたら怒りますからね!」
結莉も謝罪をして、前回の事件のことは丸く収まった。
「ミハイさんは何がしたいんだろうな」
「…切り札になる、と言っていたわ。私と織くんが精神世界で繋がることで何かメリットがあるのかしら?」
「まさか、面白がってるだけなんじゃ…」
「それも否定できないわね…」
はあーと二人とも溜め息をつく。もう何度溜め息を吐いたことだろう。
「でも、繋がっている間はこうして会えてお話できるのよね。それは、とても嬉しいことだわ」
「えっ!?う、嬉しいって…」
「だって織くん、現実ではずっと事務所にこもりきりなんだもの。その…、集中してやりたいことってミハイクエストっていうゲームなの?」
「な、なんでそれを!?」
訝しげな目で見つめてくる結莉に観念したのか、織はミハイクエストについて結莉に語り始めた。ゲームの中で死んでしまうと現実でも死んでしまうという滅茶苦茶なゲームで、強くなるためにミハイを頼って始めたのだという。何度もクエストに挑むもののまったく攻略できないまま時間だけが過ぎていってしまう状態なのだという。
「大変なことになっていたのね…。わかってあげられなくて、ごめんなさい」
「いや!結莉さんは悪くないから!それにしても、なんかねーのかな、攻略法…」
「うーん…、ゲームだから必ずクリアできるようにはなっているはずよ。力になれるかわからないけれど、今の状況を詳しく教えてもらってもいいかしら?」
「別にいいけど…」
織の説明を聞き終えた結莉は、考え込む。
「今、一緒に挑んでくれる仲間がいるのなら、その人とよく相談した方が良いと思うわ。…あとは、やっぱりミハイさんが作ったゲームということが大事なんだと思う。織くんが強くなるために始めたゲームなら、織くんにしか攻略できない何かがあるはずよ」
「なるほどな。俺にしかできない攻略、か。よしっ、戻ったら考えてみる!…ところで、これってどうやったら戻るんだ?」
「現実で目が覚めれば、自然と戻りそうだけど…」
「あー、確かに。じゃあ、それまで…」
織は結莉の手を引くと、事務所のソファーに並んで腰掛ける。
「二人だけで過ごすのって、なかなかないからな」
そして他愛のない話を二人は交わした。
話しているうちに段々と眠くなった結莉は織の肩に寄りかかる。織も次第に眠くなり、結莉の肩に寄りかかった。
目が覚める。ミハイクエストの宿屋に織はいた。外に出て、結莉のアドバイスをもとに考え込んでいると、そこへ陽気にツナマヨが駆け寄ってきた。推しがどうこう言うツナマヨを適当にあしらう。
「どうしても気になるんだよな…、ミハイさんがゲームのシナリオ変えた理由」
「開発中だったからじゃないの?ミハイ気まぐれそうだし」
「いや、それ10日前だって言ってたろ?その頃、俺もうミハクエ始めてるんだよな。だから、急遽変えてるんだよ」
「じゃー、シキくんのためじゃん、それ」
「そうか…!俺のためってのはありえないけど、ミハイさんにとって俺は育成ゲームのキャラクターで、そのためにミハクエを俺専用に仕様変更したってんなら、めっちゃありえる!あとは、俺にしかできない攻略か…」
ニヤッと織は微笑んで、チリスライムを手当たり次第倒していく。そしてチリスライムから体液をコップに搾り取り、舐めた。
「やっぱりな。こいつの体液、トウガラシのジュースだ。…別に俺ひとりでクリアしてもいいんだけど、仲間だからな。特別にお裾分けしてやるよ」
そして擬態糸の力を使い、織とツナマヨはドラゴンの前を無事に通過し、最初の街にたどり着いた。
ツナマヨはミハクエが織専用とわかったので、続けるメリットがないからやめると言い、街の入口で別れることになった。
「まっ、コツは掴んだしマヨいなくてもいけるだろ。なんだよ、おもしれーじゃんミハイクエスト!次は新技とかあみ出せるやつがいいなー!」
織がミハイクエストを続行していると、突然画面が暗くなった。
「ん?あれ?」
VRゴーグルがミハイの手によって外される。どうやら現実世界に帰ってきたらしい。
「なんだよ、いいところだったのに」
「調子にのりおって…、そんなことより緊急事態だ。隠神から、至急、綾と組を連れて四国に来いとのことだ」
「えっ!?夏羽に何かあったのか!?」
「詳しいことは知らん。自分で言って確かめるがいい」
織は慌ててミハイの部屋から出て行った。と思ったら帰ってきて、ひょいと扉から顔を覗かせる。
「ミハイさん、ありがとな」
ミハイに礼を言うと、扉を閉めて一目散に駆け出していった。
「ふん」
ミハイはカチカチとキーボードを叩き、メッセージを送信する。
『何があっても、ピアスを外すな』
織と結莉の携帯に送信されたメッセージだった。
学校でミハイのメッセージに目を通す結莉。嫌な予感を感じながら、下校する。
ミハイはとても賢い。
故に何かを予測している。
だからこそ、その何かの対抗策として結莉と織の精神世界を繋げたに違いない。
俯きながら歩いていると、一台の高級車が隣につく。
「やっほー。久しぶりね、お嬢さん」
車の窓を開け陽気に話しかけてきたのは、先日、結の件で会った飯生という女性だった。
あの時の悪寒が蘇る。
飯生はまっすぐ結莉の目を捉えていた。目を離すことができない。ふわりと良い香りが漂った。体が勝手に動き、高級車の扉に手をかけ、車に乗り込む結莉。
「ふふっ、いい子ねー!」
満足そうに飯生が微笑む。結莉は青ざめた顔で飯生を見つめた。車は結莉を乗せたままどこかへ向かって走ってゆく。
どれくらい走っただろうか。どこかへたどり着いたところで飯生が車から降りる。結莉も車から降り、飯生のあとをついて進んでゆく。自分の身体なのに言うことをきかない。逃げ出すことなど、できなかった。
建物に入る。その建物の中の一室に飯生が入ってゆく。中では、数人が集まっていた。
「紹介するわ~。っと、名前はなんだったかしら~?」
「…結莉です」
「そうそう、結莉ちゃんねー。皆よろしくねー。丁重に扱って頂戴ね~、この子、大事な『人質』なんだから~」
そう話す飯生はとても機嫌が良い。
結莉が視線をあげると知らない人達の中に野火丸の姿があった。
「夏羽くんの知り合いの…。なるほど、そういうことですか」
野火丸は一人合点して、結莉を見て微笑む。
「なーんだ、可愛い子じゃん!へぇー、俺やっちゃおうかなー!」
筋肉隆々の男性が舌なめずりをして結莉を見つめてくる。
「…花楓くん、話を聞いていましたか?大事な人質だから丁重に扱えと言われたのですよ。駄目に決まっているでしょう」
無表情な眼差しで何故かウエットティッシュを携えた男性が花楓を咎める。
綺麗な顔の男性と鋭い眼差しの女性は興味なさそうに結莉を見つめていた。
天然パーマの人の良さそうな男性は哀れむように結莉を見ていた。
「しばらく、ここで過ごしてもらうことになったから~。んー、新しくお部屋を用意するのも面倒だし、監視も兼ねて誰かのお部屋に入れてもらおうかしらね」
「はい!はーい!俺の部屋がいいでーす!」立候補したのは花楓だ。
「うーん、大事な人質に手を出しそうだからパスかなー。骨とか折られちゃうと迷惑なのよねー、この子人間だしー。そうね、野火丸はどう?」
「お断りします。夏羽くんのお知り合いですし、情がわくと困りますから」
「調子良いこと言って、同居生活したくねーだけだろ。俺たちもパスだからな」
「ひぃちゃん以外の人と一緒に暮らすなんて考えられないよ…」
野火丸に続き、女性と男性も断った。
「あー、俺は別に…「わかりました」
天然パーマの男性が引き受けようとしたところで、ウエットティッシュの男性が声をあげる。
「僕が引き受けましょう。このメンバーの中でまともに同居・監視が出来そうなのは僕くらいですから」
「そうー?じゃ、頼んだわよー?赤城ー」
飯生も機嫌よく赤城という男性に結莉を引き渡した。
「ふふっ、カフェでお茶でもしてこよっかなー。あとはよろしくねー」
そう言って飯生はルンルンと出ていってしまった。
集まっていた人達もバラバラと部屋から出て行く。
赤城は「ついてきなさい」と結莉に言い、歩き始めた。飯生が離れたからか、結莉の身体は自分の思い通りに動くようになっていた。素直に男性の後についてゆく結莉。
「待てよ!赤城さん、ずるいじゃん!その子、俺の部屋がいい!っていうか赤城さん潔癖症なのに他人と一緒に生活なんかできんの?」
花楓が赤城に抗議するが、赤城は見向きもせずスタスタと歩いていく。
赤城、結莉、花楓の順に並んで通路を歩いてゆく。扉の前で赤城は止まり、花楓の方に向き直った。
「さっきも言ったでしょう。他の方よりはマシです。ただ、それだけです。では」
赤城は扉を開けて部屋の中に入り、結莉が中に入ったことを確認すると、扉を勢い良く閉め、鍵をかけた。
ドンドン、ガチャガチャと扉の向こうで花楓が喚いているが赤城は気にしない様子だった。
「さて、ここは僕の部屋です。が、今日から貴女の部屋でもあります。好きに使って下さい」
部屋はとても綺麗に整頓されていた。結莉が落ち着きなくキョロキョロと部屋を見回していると、赤城は部屋の間取りを説明し始めた。トイレ、シャワールーム、キッチンも完備されており、暮らすのに困ることはなさそうだった。
「くれぐれも綺麗に使って下さいね。あと、部屋の鍵は必ず開けないように。花楓くんがいますから。どうなっても良いなら止めはしませんが」
「約束は、守ります」
結莉は震える声で赤城に約束する。
「…名前は何でしたか?」
「結莉です…」
「僕は赤城です。…早く慣れた方が良いですよ。しばらくの間、帰すつもりはなさそうですから」
赤城の言葉に、帰れないという実感が湧き結莉の目から涙がこぼれ出す。赤城は部屋のティッシュとゴミ箱を結莉の前に置いて部屋から出て行ってしまった。
結莉はしばらく泣いていた。赤城が置いていったティッシュで涙を拭い、鼻をかむ。
「いつまでも、泣いていられないわ…」
結莉は部屋を見て回った。綺麗に整頓されているし、不自由はなさそうだが、冷蔵庫を開けると中身はほぼ空っぽだった。飲み物が入っているくらいで、食材らしきものはない。
ガチャリと音がして、振り返れば赤城が帰ってきたところだった。手には大きなコンビニ袋。お弁当やカップ麺などを買ってきたようだった。
「どれでも好きなものを取って食べて下さい」
「…ありがとう、ございます」
赤城と結莉は向かい合って食事をする。
「あの…、お料理はされないんですか?」
勇気を持って結莉が赤城に質問する。
「しません。手が汚れますので」
質問に即答する赤城。
「あの…、ごめんなさい。潔癖症なのに、私のこと引き受けて下さって…、本当にごめんなさい」
「貴女が謝る必要はありません。連れてきたのは飯生様です。引き受けたのは僕です。何を謝ることが?」
そして赤城は食事を終えるとシャワールームに入っていった。
その間、結莉は考えを巡らせる。
今の私にできることは何だろうか、と。
シャワーを浴びながら赤城はぼんやりと考え事をしていた。
(何をやっているのでしょうね、僕は…)
潔癖症の赤城にとって、他人との同居生活なんて苦痛でしかない。
自分が引き受けなければ、梅太郎が彼女を引き受けていただろう。
任せてしまえば良かった。
それなのに、何故か引き受けてしまった。
(これから、どうしたものやら)
自分が引き受けたこととはいえ、荷が重い。
シャワーを終え、着替えて戻る。
「おかえりなさい」
「!?」
戻ってきた赤城に向けて結莉が微笑んでくる。彼女は、きちんと食べ終えたゴミは捨て、テーブルをピカピカに拭き上げていた。
「あの、もしできれば…今度、食材を買ってきて頂けませんか?何でも構いません。買ってきて頂いたものでお料理します。お世話になるのだもの、家事はしっかりやります。お掃除も洗濯もきちんとやるわ」
「…まぁ、いいでしょう」
何故か断ることができなかった。嬉しそうに彼女は微笑んでいる。
赤城は収納ケースからタオルを何枚か取り出して結莉に渡した。
「これは、貴女のものです。貴女が使ったタオルを、洗って僕が使うなんて考えられませんから」
「ありがとうございます、赤城さん」
ニコニコと微笑む結莉に調子が狂う。
「タオル持って、とっととシャワー浴びてきて下さい」
「はい」
そして彼女はシャワールームへと歩いていった。
(もう立ち直るとは、驚いた。それに…、掃除、洗濯はやらせるとして、どうして手料理なんか承諾したのでしょう…。)
疲れているのかもしれない。とにかく寝よう、そう思ってピタリと赤城の動きが止まった。ベッドは一つしかない。赤城の顔が引きつる。
「床…ですか」
これでもかというくらい床を掃除機でかけ、雑巾で綺麗に磨き上げる。ひきつりながら床に横になる赤城。こんな状態で眠れる訳がない。
結莉がシャワーから上がり、部屋に戻ってくる。床に寝転がる赤城を不思議そうに見つめる結莉。赤城は身を起こし、ベッドを指差して彼女に言う。
「貴女はベッドで寝てください。風邪をひかれると迷惑ですから」
「でも、そうすると赤城さんが…。私が床で寝ます!居候ですもの」
「風邪をひかれると迷惑だと言ったでしょう」
「…わかりました。では、交代制にしましょう」
素直に言うことを聞いたと思えばとんでもないことを言う。
「はい?話を聞いていましたか、僕は貴女にベッドで寝ろと…」
「だから交代制にしましょう。私だけがベッドで寝るなんてできません。お互い1日交代で、それなら平等ですもの」
「はぁ…わかりました。」
こうして赤城と結莉の同居生活は始まった。