人と怪物の辿る道
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「晶くんが、出て行った…!?」
隠神探偵事務所に結莉の悲痛な声が響く。
「気にしなくていいと言ったのですが」
夏羽の話を聞くと、どうやら晶は度重なる失敗を気に病んで出て行ってしまったらしい。
「ほっといていーよ。どうせすぐ音をあげて戻ってくるって」
冷たい織の対応に結莉はムッとして、織の頬をブニッ!とつまむ。
「いてっ!」
「織くん、の、ばか」
怒ったようで泣きそうな、そんな表情をして結莉は「晶を探しに行く」と言い、事務所から出て行ってしまった。
「ふ、ふん。なんだってんだよ…!」
織はヒリヒリと痛む頬をさすりながら、精一杯強がる。内心は結莉を怒らせてしまったことがショックでならなかった。出て行った彼女が心配で追いかけたい気持ちを抑え、何事もないように振る舞う織だった。
「晶くん、どこにいるんだろう…?」
闇雲に探したところで見つからないだろう。
(晶くんといえば、SNSよね…)
検索するとすぐに晶のSNSは見つかった。
更新されている画像の、晶のバックには多くの人が行き交っている。
(晶くんが行きそうな人混みの多い場所…といえば…、原宿?)
とにかく行ってみようと結莉は原宿へと向かった。
晶のSNS投稿を遡り、彼が過去に訪れていたお店を手当たり次第あたった。
SNSに投稿された晶の写真を見せ、この人が来ていないかと聞いて回ったのだ。
聞き込みを続けると、クレープ屋さんで晶が来たという情報を得ることができた。怖そうな男の人と一緒にクレープを買いにきたらしい。彼等が歩いていったという方向へとりあえず向かってみる。
あれから晶のSNSを何度かチェックしているが更新されていない。
(もしかして、誘拐!?大変、急いで晶くんを見つけないと!)
何か手がかりはないかと携帯をいじってみるとSNSのトレンドに『#氷の城』があがっていた。
「氷の、城。氷…、そういえば晶くんは…」
確か雪男子なのだと言っていたはず。
タグをつけて投稿している人たちの情報をもとに氷の城が現れたという場所へと向かう。
すると、森の中に巨大な和風の氷城がそびえ立っていた。テレビ記者や見物客が集まっていて容易には近づけそうにない。
意を決して群衆をかき分けようと一歩進み出た。
「結莉ちゃん!?」
呼ばれた声に振り返ると隠神が息を切らしながら駆け寄ってきた。隠神の後ろには織と夏羽もいる。
「隠神さん!織くんと、夏羽くんも…。じゃあやっぱり晶くんはあの中なのね?」
「おそらく…。まさか、結莉ちゃんがいるとは思わなかった。晶のことは何とかするから、結莉ちゃんは家に帰りなさい」
隠神の提案を結莉は首を振って否定する。
「晶くん、誘拐されてしまったかもしれないの!怖そうな男の人と一緒にいたってお店の人から聞いたわ」
「…織」
自分の言うことは聞きそうにない、そう判断した隠神は織に彼女を諭すよう目配せする。
「結莉さん、俺が悪かった。そのうち帰ってくるなんて言って、晶のこと放っておいて悪かった。晶のことは俺たちが何とかする。だから…」
織が言葉を紡ぎかけた時、わあっと群衆から歓声があがる。
見ればフードを被った青年が城から出てきたところだった。青年はとても冷たい目を人々に向けていた。
そして、撮影しようとカメラを向ける人達に向かって手を伸ばす。その手に冷気が収束していくことが見て取れた。
隠神は瞬時に手を銃に変化させ、青年の伸ばした手を打ち抜いた。
銃声に人々は、我先にと一目散に逃げていく。
ドン!と隠神は容赦なく結莉を突き飛ばした。
「きゃっ!!」
結莉は勢いよく草木の茂みに突っ込んでしまう。
「結莉さん!ちょっ、隠神さん!」
織が隠神に抗議しようとしたが、隠神は「今のうちに逃げろ!」と茂みに倒れ込んだ結莉を一瞥して声を荒げた。
青年は手を凍らせることで隠神の銃弾を防いでおり、夏羽達を冷たい目で睨みつけた。
睨み付ける青年の胸には奇妙な石が埋め込まれている。
「零結石…!」
怪物の力が込められた石のことを結石といい、零結石は死をもたらす石だと隠神は説明する。
「お前は…雪男子だな。零結石を管理できるのは低温に耐性のある雪の里の者だけだ。そしてそれを持ち出すことは禁忌とされていたはず。雪の里で一体何があったんだ?」
「答える必要はない。だが、お前が隠神なら礼を言わねばならない。弟が世話になった」
「弟…?雪男子ってまさか、あんたが晶の兄貴かよ!?」
『晶』という言葉に反応した青年は冷気を強くまとう。辺りが急に吹雪始め、グッと気温が低くなった。
結莉は茂みに身を潜めたまま、様子を伺っていた。
「お前たちは晶の何だ?」
「仲間です。俺たちのせいで晶が出ていってしまったので戻ってきてもらおうと思って来ました。その城に晶はいますか?」
夏羽の問いには答えず、青年は手をかざし急速に冷気をこめ夏羽達に向けて放った。
次の瞬間。
夏羽達三人は氷づけにされてしまっていた。
「っ……!!!!」
結莉は両手で口を塞ぎ、必死に声を抑えた。
氷づけにされてしまった彼らを、青年は城の中へと運んでいった。結莉には気づいていない様子だった。青年の姿が見えなくなってから、結莉は口を塞いでいた手をおろす。涙が溢れて止まらない。どうしたらいいのかわからない。
私しかいないのよ、動けるのは私だけ。
何の力もない人間の私に何ができるの…?
結莉は必死に思考する。
考えている間に、青年が城から出てきた。青年はそのまま街の方角へ向かっていく。
城に潜入するなら今しかない。けれど、青年は扉に鍵をかけていった。
途方にくれていると、背の高い女性と、女性に付き従う少年が城へと近づいていくのが見えた。少年は女性と別れ、どこかへ行ってしまった。女性の方もいつの間にか姿をくらましている。
そうこうしているうちに青年が戻ってきた。城の中に入っていったと思うと、今度は晶も連れて出て行った。
結莉は晶と青年にバレないよう慎重に後をつけていく。
少し歩いたところで青年が足をとめる。瞬時に氷の檻を作り出し、晶はその檻の中に閉じこめられてしまっていた。
もしかしてバレてしまったのかしら、そう思った矢先
「うわ、最悪。晶くんを狙ってたのに。人質作戦失敗です」
声のする方を見上げると先ほど女性と一緒にいた少年が木の上にいた。少年は、青年の攻撃をかわすと、木から降り、尻尾が炎の狐へと姿を変化させた。青年と少年が攻防戦を繰り広げる。炎と氷のぶつかり合いで霧が発生し、視界が奪われた。
「兄さーーん」
晶の声がする。結莉は勢い良く晶の声がする方向へと走った。今しかない。
「結兄さーん!野火丸くーん!誰かー!」
晶はありがたいことに助けを求めて名前を呼び続けていた。おかげで晶のいる方角がわかった。氷の檻が結莉の視界に入る。
「晶くんっ!!」
「結莉さんっ!?どうして、ここに!?」
突如現れた結莉に晶は目を丸くしている。
結莉は氷の檻を壊そうと手で思い切り叩くが、びくともしなかった。
「駄目!びくともしないわ!」
辺りの霧はどんどん濃くなっていく。
開ける方法は、
晶くんが出られる方法は、
「そうだわ!晶くん、霧よ!!霧を凍らせることってできる?」
「えっ!?ちょっと、やってみる!」
晶が霧へ向けて冷気を放つと、氷の粒へと凍らせることができた。
「!! ってことは…、結莉さん、ちょっと遠くの方まで離れてて!!」
晶は霧の濃い天へと手をかざし、冷気をこめていく。檻の上には巨大な氷の塊が形成された。その氷塊を一気に檻へと下降させ、けたたましい音とともに檻を破壊した。
「結莉さん、無事?」
「ええ、大丈夫」
「助けに来てくれて、ありがとう。さっ、急いで兄さん達を止めなくちゃ」
晶は結莉の手を引いて駆け出した。
「兄さん!!」
炎を纏う人影が晶の兄である青年に迫っていた。晶は結莉の手を離し、兄の前に飛び出してその身を庇う。
人影はすんでのところで崩れ落ちた。
その人の目は、夏羽の目をしていた。丸焼けになった頭部は、野火丸という狐の少年の手におさまる。
「これで一安心ですね。僕たちの勝ちです」
野火丸は青年のエネルギー切れと指摘し、放っておけば朽ちて死ぬのだと告げた。自分のために力を使って勝手に死ぬのだから本望なのではないか、と野火丸は言葉を続けた。彼の言葉を遮るように燃えた頭部が言葉を発する。
「だめだ…死んでは…、零結石の話をまだ聞いていないし、晶の『光』は…俺たちではなかったから…お兄さんだけだ。死んではいけない」
兄の胸に埋め込まれた零結石を晶は掴んだ。
「こんなののせいで…兄さんが…!死ぬなんて…許さないんだから…!兄さんのバカ!!なんで兄さんだけがこんなことになってるんだよ!ボクたちは双子なんだ!!痛いのも、怖いのも、つらいのも、苦しいのも、半分こしてよ!!!」
瞬間、頭に流れるのは青年の、晶の兄の記憶。雪の里で長になった兄・結は里の女たちとの間に子を成すのが使命だった。里から晶を逃がす結。一年後、女たちに騙されたことに気づく結。そして、絶望した彼は零結石の力を使い、里を滅ぼした。あまりにも悲しく、あまりにも辛い記憶。
晶の目から涙が溢れ出る。結莉も同じだった。結莉は晶の腰に手を回し、晶とともに精一杯、零結石を抜こうと引っ張った。
燃えた頭部は野火丸の手を離れ、転がり、晶の隣へやってくる。頭部はやがて夏羽の姿となった。晶の手に夏羽は自分の手を重ねる。
「手伝う」
そう言って夏羽は口から自身の結石を吐き出した。結石同士がぶつかると一瞬まばゆいほどの光を放つ。
晶の兄が息を吹き返す。
転がり落ちた結石は一つに融合し、違う形へと変化していた。
「命結石と零結石がくっついた…?」
そこへ野火丸とともにいた女性が現れ、石を拾い上げると、じろじろと眺めはじめた。
「触れると危険なのでは?」
「おっとー、そうだったー。命結石が零結石の力を弱めちゃったのかなー?」
「! なるほど。凍らされた時、俺だけ先に氷が溶けて妙だと思っていた。命結石の力だったのか」
「石同士が融合すること…ご存知だったんですか?」野火丸の問いに女性は「なんのこと~?」とシラをきった。
「夏羽!」
そこへ隠神を肩に担いだ織が合流する。
「皆!無事だったの!?」
驚く結莉に織と隠神が説明する。変化の力で織を守った隠神、そして『こいつ』のおかげで助かったと取り出したのは晶が大事にしているぬいぐるみの『にいさん』だった。
「ワタシの4%は機械でデキテイルので…オービーヒートサセ…燃焼…氷ヲ…オ役ニタテマシタ…力…」ぬいぐるみはそう言葉を発して、それきり動かなくなってしまった。
悲しむ晶に「ミハイの機嫌がよければ直してくれるだろ、多分」と隠神は声をかけ、女性に向き直る。
「飯生!それは夏羽のものだ。返せ」
飯生と呼ばれた女性は不適に笑う。
「それはどうかな?だってこれは命結石?零結石?」
「零結石は雪の里のものだろう」
「里は滅んだんでしょー?」
「生き残りを目の前にして、滅んだってのは無礼じゃないか?」
引き下がらない隠神に、飯生は結石を諦め、ポイと投げ捨てた。
「零結石が手に入らないなら長居は無用だねー。帰るよ、野火丸」
「はい、飯生さま」
帰り際、飯生はチラリと結莉に目を向ける。目が合った。ゾクリと背筋が凍るような感覚に襲われる結莉。飯生は目をそらすと、野火丸とともに去っていった。
病院に運ばれた青年・結はやがて目を覚ます。目覚の報を受け、彼の病室へと皆が集まった。隠神に結莉もその場にいることを許された。
雪の里での出来事について話し終えた結に、零結石について知っていることを教えてほしいと夏羽が懇願する。
「俺は両親を探していて…くっついてしまったけど、これの片方は俺の両親が残したものなんだ。手がかりが欲しい」
手がかりになるかどうかはわからないが、と前置きして結は話す。
「『怪物事変』は知っているか?」
その言葉に隠神の目が真剣な眼差しへと変わった。そして怪物事変について隠神は語り始める。
「怪物と人間との戦争だよ。だいたい千年前だから雪の里ができる少し前か。認知されていたんだ…昔は。怪物と人間は互いのことを認め合ってた。…故に戦争が起こったんだが。悲しい経験から怪物たちはすべてをなかったことにした。荒れた村も削れた大地も汚れた水も病を運ぶ風も人々の記憶も、怪物の総力をあげ創り変えた。人間との付き合い方を改めるために。怪物が人にまぎれて生きるようになったきっかけ、怪物しか知らない日本の歴史。それが怪物事変だ」
「このような争いを二度と起こしてはならない。そして作られたのが、零結石を含む怪物の結石なのだ。石に力を込めたのは、その時代に最も勢力のあった怪物たちだ。子孫や土着の者に受け継がせてゆくことで、怪物同士を牽制しあい力の均衡を保つねらいがあった。ともかく、怪物の結石はそれほどまでに重要かつ貴重なものなのだ。夏羽どのの父君、母君は高名な怪物一族の長ではないか?むろん推測に過ぎないが」
「怪物の結石は日本各地にある。夏羽の石がそのうちの一つであることは間違いない。そして結石を受け継ぐ怪物はその土地土地で強い力を持つ種族だ。お前の親がどんな方法で石を手に入れたのか、記録が残っているはずなんだ」確かめよう、と隠神は提案する。
「情報を開示させるにはエサが必要なんだ。その石は交渉材料になりうる。石同士が融合するという事実、この情報は売れる!」
自信満々に隠神が言う。
「えっ!じゃあ夏羽クンのパパとママのことわかるかもしれないんだ!」
「そうだな」
「やったあ!!」
そして夏羽、織、晶の三人はハイタッチを交わした。
話を聞いた結は、零結石を夏羽に差し上げると言い、「役立ててくれ…せめてもの報いだ」と呟き悲しい瞳で俯いた。
そんな兄を励ます晶を、結は咎める。
「俺のしたことはあまりにも重い。私怨にかられ、我を失い、石を外へ持ち出し、争いの火種を蒔きかけた。結石は平和のための石なのに、だ。滅ぼした里の女たちの中には身重の女もいた。俺は我が子を皆殺しにしたのだ。女どもに対して後悔はないが、子を犠牲にしたことは許されざる罪だ」
すべてをひとりで抱えようとする結に、晶が自分も背負いたいと訴える。しかし、結は晶の訴えを否定する。頑なに業を背負うのは自分だけでよい、と。そんな結の頬を晶は思い切りひっぱたいた。
「もう、なんべん言ったらわかるんだよ!兄さんはボクに笑ってろって言うくせに、ボクにとって嬉しいことが何なのか、悲しいことが何なのか全っっ然わかってない!!」
晶の感情に呼応するように周囲の空気が凍りつき始める。
「ボクは兄さんと一緒が嬉しいの!ボクだけ何にもさせてもらえないのが悲しいの!わかった!?」
そんな晶に呆然とする結。その瞳はもう冷たい目をしていなかった。
「善悪のことはよくわからないけど、俺は結のこといいと思う」
「許すというのか、俺を…」
「まあ、あんなことは日常茶飯事だからなあ」
「晶のドジのほうがよっぽど迷惑かけてるぜ」
沈黙を保っていた結莉も口を開く。
「あなたは、とても辛い想いを…。ひとりで抱え込むには重すぎる罪を、あなたはたったひとりで背負おうと…。大切な弟を…晶くんを、頼っても良いのではないのですか?」
「それ…は…」
結莉の言葉に動揺する結。
そんな結に晶が言葉を繋ぐ。
「一人では耐えられないことも二人なら耐えられるって、兄さんが言ってたんだよ。ボクたち、今日から二人だよね?」
「晶…、お前さえ笑っていればいいと思っていた…。俺は…間違っていたのだな…。」
一呼吸おいて結は晶に向けて話し出す。
「…なんと言ったかあれは…、原宿の、くれーぷとかいう…次は半分こしよう。今まですまなかったな」
結の言葉に晶は満面の笑みを浮かべ、兄に抱きついた。
「…人間である私が、聞いて良いことだったのでしょうか?」
そっと結莉は隠神に尋ねる。
「…結莉ちゃんだから、聞いてほしかったのかもな。人と怪物の共存を、俺は諦めていない」
そう話す隠神は強い眼差しをしていて。
それ以上何も聞くことはできなかった。
隠神探偵事務所に結莉の悲痛な声が響く。
「気にしなくていいと言ったのですが」
夏羽の話を聞くと、どうやら晶は度重なる失敗を気に病んで出て行ってしまったらしい。
「ほっといていーよ。どうせすぐ音をあげて戻ってくるって」
冷たい織の対応に結莉はムッとして、織の頬をブニッ!とつまむ。
「いてっ!」
「織くん、の、ばか」
怒ったようで泣きそうな、そんな表情をして結莉は「晶を探しに行く」と言い、事務所から出て行ってしまった。
「ふ、ふん。なんだってんだよ…!」
織はヒリヒリと痛む頬をさすりながら、精一杯強がる。内心は結莉を怒らせてしまったことがショックでならなかった。出て行った彼女が心配で追いかけたい気持ちを抑え、何事もないように振る舞う織だった。
「晶くん、どこにいるんだろう…?」
闇雲に探したところで見つからないだろう。
(晶くんといえば、SNSよね…)
検索するとすぐに晶のSNSは見つかった。
更新されている画像の、晶のバックには多くの人が行き交っている。
(晶くんが行きそうな人混みの多い場所…といえば…、原宿?)
とにかく行ってみようと結莉は原宿へと向かった。
晶のSNS投稿を遡り、彼が過去に訪れていたお店を手当たり次第あたった。
SNSに投稿された晶の写真を見せ、この人が来ていないかと聞いて回ったのだ。
聞き込みを続けると、クレープ屋さんで晶が来たという情報を得ることができた。怖そうな男の人と一緒にクレープを買いにきたらしい。彼等が歩いていったという方向へとりあえず向かってみる。
あれから晶のSNSを何度かチェックしているが更新されていない。
(もしかして、誘拐!?大変、急いで晶くんを見つけないと!)
何か手がかりはないかと携帯をいじってみるとSNSのトレンドに『#氷の城』があがっていた。
「氷の、城。氷…、そういえば晶くんは…」
確か雪男子なのだと言っていたはず。
タグをつけて投稿している人たちの情報をもとに氷の城が現れたという場所へと向かう。
すると、森の中に巨大な和風の氷城がそびえ立っていた。テレビ記者や見物客が集まっていて容易には近づけそうにない。
意を決して群衆をかき分けようと一歩進み出た。
「結莉ちゃん!?」
呼ばれた声に振り返ると隠神が息を切らしながら駆け寄ってきた。隠神の後ろには織と夏羽もいる。
「隠神さん!織くんと、夏羽くんも…。じゃあやっぱり晶くんはあの中なのね?」
「おそらく…。まさか、結莉ちゃんがいるとは思わなかった。晶のことは何とかするから、結莉ちゃんは家に帰りなさい」
隠神の提案を結莉は首を振って否定する。
「晶くん、誘拐されてしまったかもしれないの!怖そうな男の人と一緒にいたってお店の人から聞いたわ」
「…織」
自分の言うことは聞きそうにない、そう判断した隠神は織に彼女を諭すよう目配せする。
「結莉さん、俺が悪かった。そのうち帰ってくるなんて言って、晶のこと放っておいて悪かった。晶のことは俺たちが何とかする。だから…」
織が言葉を紡ぎかけた時、わあっと群衆から歓声があがる。
見ればフードを被った青年が城から出てきたところだった。青年はとても冷たい目を人々に向けていた。
そして、撮影しようとカメラを向ける人達に向かって手を伸ばす。その手に冷気が収束していくことが見て取れた。
隠神は瞬時に手を銃に変化させ、青年の伸ばした手を打ち抜いた。
銃声に人々は、我先にと一目散に逃げていく。
ドン!と隠神は容赦なく結莉を突き飛ばした。
「きゃっ!!」
結莉は勢いよく草木の茂みに突っ込んでしまう。
「結莉さん!ちょっ、隠神さん!」
織が隠神に抗議しようとしたが、隠神は「今のうちに逃げろ!」と茂みに倒れ込んだ結莉を一瞥して声を荒げた。
青年は手を凍らせることで隠神の銃弾を防いでおり、夏羽達を冷たい目で睨みつけた。
睨み付ける青年の胸には奇妙な石が埋め込まれている。
「零結石…!」
怪物の力が込められた石のことを結石といい、零結石は死をもたらす石だと隠神は説明する。
「お前は…雪男子だな。零結石を管理できるのは低温に耐性のある雪の里の者だけだ。そしてそれを持ち出すことは禁忌とされていたはず。雪の里で一体何があったんだ?」
「答える必要はない。だが、お前が隠神なら礼を言わねばならない。弟が世話になった」
「弟…?雪男子ってまさか、あんたが晶の兄貴かよ!?」
『晶』という言葉に反応した青年は冷気を強くまとう。辺りが急に吹雪始め、グッと気温が低くなった。
結莉は茂みに身を潜めたまま、様子を伺っていた。
「お前たちは晶の何だ?」
「仲間です。俺たちのせいで晶が出ていってしまったので戻ってきてもらおうと思って来ました。その城に晶はいますか?」
夏羽の問いには答えず、青年は手をかざし急速に冷気をこめ夏羽達に向けて放った。
次の瞬間。
夏羽達三人は氷づけにされてしまっていた。
「っ……!!!!」
結莉は両手で口を塞ぎ、必死に声を抑えた。
氷づけにされてしまった彼らを、青年は城の中へと運んでいった。結莉には気づいていない様子だった。青年の姿が見えなくなってから、結莉は口を塞いでいた手をおろす。涙が溢れて止まらない。どうしたらいいのかわからない。
私しかいないのよ、動けるのは私だけ。
何の力もない人間の私に何ができるの…?
結莉は必死に思考する。
考えている間に、青年が城から出てきた。青年はそのまま街の方角へ向かっていく。
城に潜入するなら今しかない。けれど、青年は扉に鍵をかけていった。
途方にくれていると、背の高い女性と、女性に付き従う少年が城へと近づいていくのが見えた。少年は女性と別れ、どこかへ行ってしまった。女性の方もいつの間にか姿をくらましている。
そうこうしているうちに青年が戻ってきた。城の中に入っていったと思うと、今度は晶も連れて出て行った。
結莉は晶と青年にバレないよう慎重に後をつけていく。
少し歩いたところで青年が足をとめる。瞬時に氷の檻を作り出し、晶はその檻の中に閉じこめられてしまっていた。
もしかしてバレてしまったのかしら、そう思った矢先
「うわ、最悪。晶くんを狙ってたのに。人質作戦失敗です」
声のする方を見上げると先ほど女性と一緒にいた少年が木の上にいた。少年は、青年の攻撃をかわすと、木から降り、尻尾が炎の狐へと姿を変化させた。青年と少年が攻防戦を繰り広げる。炎と氷のぶつかり合いで霧が発生し、視界が奪われた。
「兄さーーん」
晶の声がする。結莉は勢い良く晶の声がする方向へと走った。今しかない。
「結兄さーん!野火丸くーん!誰かー!」
晶はありがたいことに助けを求めて名前を呼び続けていた。おかげで晶のいる方角がわかった。氷の檻が結莉の視界に入る。
「晶くんっ!!」
「結莉さんっ!?どうして、ここに!?」
突如現れた結莉に晶は目を丸くしている。
結莉は氷の檻を壊そうと手で思い切り叩くが、びくともしなかった。
「駄目!びくともしないわ!」
辺りの霧はどんどん濃くなっていく。
開ける方法は、
晶くんが出られる方法は、
「そうだわ!晶くん、霧よ!!霧を凍らせることってできる?」
「えっ!?ちょっと、やってみる!」
晶が霧へ向けて冷気を放つと、氷の粒へと凍らせることができた。
「!! ってことは…、結莉さん、ちょっと遠くの方まで離れてて!!」
晶は霧の濃い天へと手をかざし、冷気をこめていく。檻の上には巨大な氷の塊が形成された。その氷塊を一気に檻へと下降させ、けたたましい音とともに檻を破壊した。
「結莉さん、無事?」
「ええ、大丈夫」
「助けに来てくれて、ありがとう。さっ、急いで兄さん達を止めなくちゃ」
晶は結莉の手を引いて駆け出した。
「兄さん!!」
炎を纏う人影が晶の兄である青年に迫っていた。晶は結莉の手を離し、兄の前に飛び出してその身を庇う。
人影はすんでのところで崩れ落ちた。
その人の目は、夏羽の目をしていた。丸焼けになった頭部は、野火丸という狐の少年の手におさまる。
「これで一安心ですね。僕たちの勝ちです」
野火丸は青年のエネルギー切れと指摘し、放っておけば朽ちて死ぬのだと告げた。自分のために力を使って勝手に死ぬのだから本望なのではないか、と野火丸は言葉を続けた。彼の言葉を遮るように燃えた頭部が言葉を発する。
「だめだ…死んでは…、零結石の話をまだ聞いていないし、晶の『光』は…俺たちではなかったから…お兄さんだけだ。死んではいけない」
兄の胸に埋め込まれた零結石を晶は掴んだ。
「こんなののせいで…兄さんが…!死ぬなんて…許さないんだから…!兄さんのバカ!!なんで兄さんだけがこんなことになってるんだよ!ボクたちは双子なんだ!!痛いのも、怖いのも、つらいのも、苦しいのも、半分こしてよ!!!」
瞬間、頭に流れるのは青年の、晶の兄の記憶。雪の里で長になった兄・結は里の女たちとの間に子を成すのが使命だった。里から晶を逃がす結。一年後、女たちに騙されたことに気づく結。そして、絶望した彼は零結石の力を使い、里を滅ぼした。あまりにも悲しく、あまりにも辛い記憶。
晶の目から涙が溢れ出る。結莉も同じだった。結莉は晶の腰に手を回し、晶とともに精一杯、零結石を抜こうと引っ張った。
燃えた頭部は野火丸の手を離れ、転がり、晶の隣へやってくる。頭部はやがて夏羽の姿となった。晶の手に夏羽は自分の手を重ねる。
「手伝う」
そう言って夏羽は口から自身の結石を吐き出した。結石同士がぶつかると一瞬まばゆいほどの光を放つ。
晶の兄が息を吹き返す。
転がり落ちた結石は一つに融合し、違う形へと変化していた。
「命結石と零結石がくっついた…?」
そこへ野火丸とともにいた女性が現れ、石を拾い上げると、じろじろと眺めはじめた。
「触れると危険なのでは?」
「おっとー、そうだったー。命結石が零結石の力を弱めちゃったのかなー?」
「! なるほど。凍らされた時、俺だけ先に氷が溶けて妙だと思っていた。命結石の力だったのか」
「石同士が融合すること…ご存知だったんですか?」野火丸の問いに女性は「なんのこと~?」とシラをきった。
「夏羽!」
そこへ隠神を肩に担いだ織が合流する。
「皆!無事だったの!?」
驚く結莉に織と隠神が説明する。変化の力で織を守った隠神、そして『こいつ』のおかげで助かったと取り出したのは晶が大事にしているぬいぐるみの『にいさん』だった。
「ワタシの4%は機械でデキテイルので…オービーヒートサセ…燃焼…氷ヲ…オ役ニタテマシタ…力…」ぬいぐるみはそう言葉を発して、それきり動かなくなってしまった。
悲しむ晶に「ミハイの機嫌がよければ直してくれるだろ、多分」と隠神は声をかけ、女性に向き直る。
「飯生!それは夏羽のものだ。返せ」
飯生と呼ばれた女性は不適に笑う。
「それはどうかな?だってこれは命結石?零結石?」
「零結石は雪の里のものだろう」
「里は滅んだんでしょー?」
「生き残りを目の前にして、滅んだってのは無礼じゃないか?」
引き下がらない隠神に、飯生は結石を諦め、ポイと投げ捨てた。
「零結石が手に入らないなら長居は無用だねー。帰るよ、野火丸」
「はい、飯生さま」
帰り際、飯生はチラリと結莉に目を向ける。目が合った。ゾクリと背筋が凍るような感覚に襲われる結莉。飯生は目をそらすと、野火丸とともに去っていった。
病院に運ばれた青年・結はやがて目を覚ます。目覚の報を受け、彼の病室へと皆が集まった。隠神に結莉もその場にいることを許された。
雪の里での出来事について話し終えた結に、零結石について知っていることを教えてほしいと夏羽が懇願する。
「俺は両親を探していて…くっついてしまったけど、これの片方は俺の両親が残したものなんだ。手がかりが欲しい」
手がかりになるかどうかはわからないが、と前置きして結は話す。
「『怪物事変』は知っているか?」
その言葉に隠神の目が真剣な眼差しへと変わった。そして怪物事変について隠神は語り始める。
「怪物と人間との戦争だよ。だいたい千年前だから雪の里ができる少し前か。認知されていたんだ…昔は。怪物と人間は互いのことを認め合ってた。…故に戦争が起こったんだが。悲しい経験から怪物たちはすべてをなかったことにした。荒れた村も削れた大地も汚れた水も病を運ぶ風も人々の記憶も、怪物の総力をあげ創り変えた。人間との付き合い方を改めるために。怪物が人にまぎれて生きるようになったきっかけ、怪物しか知らない日本の歴史。それが怪物事変だ」
「このような争いを二度と起こしてはならない。そして作られたのが、零結石を含む怪物の結石なのだ。石に力を込めたのは、その時代に最も勢力のあった怪物たちだ。子孫や土着の者に受け継がせてゆくことで、怪物同士を牽制しあい力の均衡を保つねらいがあった。ともかく、怪物の結石はそれほどまでに重要かつ貴重なものなのだ。夏羽どのの父君、母君は高名な怪物一族の長ではないか?むろん推測に過ぎないが」
「怪物の結石は日本各地にある。夏羽の石がそのうちの一つであることは間違いない。そして結石を受け継ぐ怪物はその土地土地で強い力を持つ種族だ。お前の親がどんな方法で石を手に入れたのか、記録が残っているはずなんだ」確かめよう、と隠神は提案する。
「情報を開示させるにはエサが必要なんだ。その石は交渉材料になりうる。石同士が融合するという事実、この情報は売れる!」
自信満々に隠神が言う。
「えっ!じゃあ夏羽クンのパパとママのことわかるかもしれないんだ!」
「そうだな」
「やったあ!!」
そして夏羽、織、晶の三人はハイタッチを交わした。
話を聞いた結は、零結石を夏羽に差し上げると言い、「役立ててくれ…せめてもの報いだ」と呟き悲しい瞳で俯いた。
そんな兄を励ます晶を、結は咎める。
「俺のしたことはあまりにも重い。私怨にかられ、我を失い、石を外へ持ち出し、争いの火種を蒔きかけた。結石は平和のための石なのに、だ。滅ぼした里の女たちの中には身重の女もいた。俺は我が子を皆殺しにしたのだ。女どもに対して後悔はないが、子を犠牲にしたことは許されざる罪だ」
すべてをひとりで抱えようとする結に、晶が自分も背負いたいと訴える。しかし、結は晶の訴えを否定する。頑なに業を背負うのは自分だけでよい、と。そんな結の頬を晶は思い切りひっぱたいた。
「もう、なんべん言ったらわかるんだよ!兄さんはボクに笑ってろって言うくせに、ボクにとって嬉しいことが何なのか、悲しいことが何なのか全っっ然わかってない!!」
晶の感情に呼応するように周囲の空気が凍りつき始める。
「ボクは兄さんと一緒が嬉しいの!ボクだけ何にもさせてもらえないのが悲しいの!わかった!?」
そんな晶に呆然とする結。その瞳はもう冷たい目をしていなかった。
「善悪のことはよくわからないけど、俺は結のこといいと思う」
「許すというのか、俺を…」
「まあ、あんなことは日常茶飯事だからなあ」
「晶のドジのほうがよっぽど迷惑かけてるぜ」
沈黙を保っていた結莉も口を開く。
「あなたは、とても辛い想いを…。ひとりで抱え込むには重すぎる罪を、あなたはたったひとりで背負おうと…。大切な弟を…晶くんを、頼っても良いのではないのですか?」
「それ…は…」
結莉の言葉に動揺する結。
そんな結に晶が言葉を繋ぐ。
「一人では耐えられないことも二人なら耐えられるって、兄さんが言ってたんだよ。ボクたち、今日から二人だよね?」
「晶…、お前さえ笑っていればいいと思っていた…。俺は…間違っていたのだな…。」
一呼吸おいて結は晶に向けて話し出す。
「…なんと言ったかあれは…、原宿の、くれーぷとかいう…次は半分こしよう。今まですまなかったな」
結の言葉に晶は満面の笑みを浮かべ、兄に抱きついた。
「…人間である私が、聞いて良いことだったのでしょうか?」
そっと結莉は隠神に尋ねる。
「…結莉ちゃんだから、聞いてほしかったのかもな。人と怪物の共存を、俺は諦めていない」
そう話す隠神は強い眼差しをしていて。
それ以上何も聞くことはできなかった。