人と怪物の辿る道
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裏屋島に突入した赤城と花楓は作戦を遂行する。
花楓が炎で屋島の街を焼き、狸の注意をそらしている間に赤城が幻の陣を敷く。
作戦は順調に進んでいた。
焼け落ちてゆく屋島の街を、赤城は高い屋根から見下ろす。
燃えてゆく街並みを眺めながら、ふと思いを巡らせていた。
ハンデなのか、ギフトなのか、子供の頃からずっと『こう』だった。
炎が使えないことに劣等感はなかった。馬鹿の相手をするほど暇じゃない。
でも、生きづらさは感じていた。
人の皮を被り社会に馴染んだふりをするのは、もううんざりだった。
野火丸にスカウトされて入った捜査特課で、赤城は花楓と組むことになった。
安直な人事だと思った。
集められた特化型の狐は炎がふたりで幻が3人。陽くんと炉薔薇くんは幼なじみで恋人同士らしく、梅太郎くんの力は単独捜査向き。そして花楓くんはどう見ても目付役が必要だった。仕事上のパートナー。それ以上仲良くする必要も仲違いする必要もない。
正反対の性格。
分かり合えることは未来永劫ないだろう。
頭ではそう思う。今でも。
ただ、すべての不浄を焼き尽くす炎に一目で心を奪われた。
美しい、そう思った。
ただ一つ、心にひっかかるのは結莉のこと。
結莉に出会って、結莉と過ごして、赤城の心は変わっていった。気が付けば人間の結莉のことを愛していた。一緒にいたい、そう願った。結莉と一緒なら、この世界も生きていける。彼女と一緒に生きたかった。
燃え上がる炎を見つめながら、赤城は心に蓋をしていく。
もう戻れない。
僕にはこの道しかないのだから。
僕にはもう炎しかない。
ふと気配を感じ、赤城は思考を止める。
「…ようやく出てきてくれましたか。お会いできて光栄です。太三郎狸どの。この炎を前にして僕の方にいらっしゃるとは、意外と芸術のわからない方なんですね」
太三郎狸へと視線を向けた赤城の瞳は何かに取り憑かれたような狂気に満ちていた。
「おぬし…炎に魅入られたな。哀れなものよ…。遊びに来るにしてはちょっぴりまなーが悪かったのう。おぬしらにはこの屋島と共に炎に沈んでもらう。孫が泣いてしまうのでな」
対峙する赤城と太三郎。
「…一応聞いておこう。おぬし…何が目的じゃ?嘘や誤解から始まった戦もある。話し合いで済むなら許してやろう。今のうちならば」
「大したことではありません。こちらの女王は四国狸・隠神への報復…もとい屋島の壊滅を望んでいますが、彼女に真偽を確かめるすべはない。この火事が新聞の一面やテレビの報道、Twitterのトレンドにでも上がれば腹は鎮まるでしょう。…とはいえ、手ぶらで帰るというのも…お土産が必要なんです。たとえばーあなたの命とか」
「なるほど。手加減無用じゃな」
瞬間。
赤城が抱えていたウエットティッシュ箱はいつの間にか太三郎狸の手中にある。
「うえっとてぃっしゅを箱ごと持ち歩くやつはなかなかおらぬぞ。これはおぬしにとってなんじゃろな~~」
ヒョヒョヒョと太三郎は愉快そうに笑う。
赤城はニタリと不気味な笑みを浮かべた。
「不用品です。だってもうここには汚いものなんてないんですから。音が聞こえる…脳内麻薬の分泌…細胞の活性化、命の脈動…!生の実感!!」
赤城は左腕のギブスを千切り、腕を治す。治した腕は鋭い爪をした狐の腕。耳も狐の獣耳に変化していた。
「炎の中でなら僕は、この忌まわしき病を捨て去れる!!石兵稲荷の陣、解!!」
赤城は稲荷像を爆発させ、合流の合図を花楓に送る。
「赤城さん、どこー?」
「花楓くん!」
「あれ?今日元気いいね」
「おかげさまで」
赤城と花楓はお互いの拳を合わせると、双頭の巨大な狐に変化した。
「飯生妖子が女王なら…僕たちは神になる!!御首頂戴いたします!!」
咆哮する赤城達を前に、太三郎はサングラスを装着する。
「なんとご利益のなさそうな神じゃ。悪童め。ここはわしの庭ということ…忘れてくれるなよ!」
太三郎は巨大な波を作り出し、赤城達を囲むと、サーフボードで波に乗った。
「へいへい、こっちじゃ!今宵の瀬戸内海は気性が荒いぞ!!」
一方、駕篭の中の結莉達は…。
「いや~すみません。僕の長すぎる脚がこんなところで仇になるとは。隠神さま~、ちょっとかわいいサイズになっていただけませんか?抱っこしてあげますから。ほら、結莉さんもギュウギュウで苦しそうですよ」
「お前がいつものサイズになればいいだろ!」
「いや隠神が縮むべきだ!」
「お静かに!落ちても助けませんよ!」
問答しているとヨシヱに叱責され、覚悟を決めた隠神は小さな狸の姿に変化した。
「わあ、隠神さんとっても可愛い!」
狸姿の隠神をひょいと結莉は抱え上げた。ふわふわの毛並みに顔が綻ぶ。結莉に抱っこされた隠神はまんざらでもない表情を浮かべた。
「屋島まであと…30分くらいですかね」
瓢箪姿の多郎太を抱えながら、もう片方の手で野火丸はスマホを弄る。
「30分か…、そういえば野火丸。お前、以前屋島にはどうやって入ったんだ?」
「え?どうって、普通に入りましたよ。入るためのお作法がありましたよね。かわいくお願いしたらタバコ屋のおばあさまが教えてくれましたけど。でも…花楓と赤城は違うでしょうね。赤城は幻使いですから仕掛けを見破り強引に入るはずです」
「赤城さん?赤城さんがいるんですか!?その、屋島というところに!」
赤城の名に結莉は思わずズイっと野火丸に顔を寄せる。
「はいはい、そうですよ~。今から説明します。これから向かう屋島は表と裏の二重構造。裏側の屋島にあなたたちは棲んでいる」
「…そうだ。屋島には人間の棲む層と狸の棲む層がある。狸たちは作法を守って入った者には歓迎を。外法で侵入して来た者を警戒する。そしてそれらは太三郎狸の耳に入る。『裏屋島』を作っているのはじいさんだからな。起こったことはすべて把握できるし、モノの出し入れもできる。言わば箱庭だ。仮に襲撃があったとしたら、まず狸たちを『表』へ避難させるだろう。じいさんがいる限り屋島の狸が死ぬことはない。ただ…」
言葉を濁す隠神を野火丸が促すと、代わりに多郎太が答えた。
「父上自身が外に出ると裏屋島はなくなってしまうのだ!」
多郎太に続けて隠神も言葉を続ける。
「おそらく…じいさんは裏屋島に賊と自分だけを残し、ひとりで戦うことを選ぶだろう」
「襲撃…、賊…、それってもしかして…赤城さんが屋島を、隠神さん達の里を襲撃しているんですか…?」
おそるおそる尋ねる結莉に、一呼吸間を置いてから隠神は「…そうだ」と肯定する。
「そんな…、赤城さん…、どうして…?」
「動機はおそらく成果の横取りでしょう。でも理性的な赤城刑事がすることとしてはどうも腑に落ちません。…心当たりは?」
野火丸に尋ねられ、結莉は首を振る。
「…わかりません。赤城さんは優しいヒトです。そしてとても賢いヒト。だから、きっと理由があると思うんです。襲撃するには何か大きな理由が…。それが何かはわかりませんけど…。」
「そうですか。…結莉さん、赤城刑事を止められますか?」
「…そのために私を…?」
「はい。彼を止められるとすれば貴女しかいない。どうかご助力を。…もしも貴女が赤城刑事を止められなければ、力づくで止めさせて頂きます。彼の命を奪うことになっても」
「っ!駄目です!!赤城さんを殺さないで!!」
「僕もなるべく手を汚したくないですからね~。それではお願いしますね、結莉さん。期待していますよ」
協力を仰ぐようで脅しに近い野火丸の態度に、結莉は彼を睨みつける。
「赤城さんは絶対に殺させません。必ず私が止めます」
(………できることなら、結莉ちゃんの希望に添えたいけどねぇ…。どうしたものかな…)
隠神が思案する中、「待て待て!」と多郎太が大きな声をあげる。
「何を言っておるのだ!賊を許してはならぬ!里の危機なのだぞ!」
「多郎太。賊のうちの一人は結莉ちゃんにとって大切なヒトなんだよ。そう言ってやるな」
「しかし!!」
「わたくしも多郎太さまと同じ想いです!賊に情けは無用かと!」
「ヨシヱまで…」
はぁっと隠神が溜め息を吐く。
「…構いません。赤城さんがしていることは、許されないこと。でも私だけは…私だけは、何があっても赤城さんの味方でありたいんです。多郎太さん、ヨシヱさん、ごめんなさい。私を憎んで頂いても構いません…」
結莉はそう言って外の景色へと視線をはずす。彼方の彼を探すように。
多郎太とヨシヱは不満そうな顔をしつつも言葉を呑み込んだようだった。
重苦しい沈黙が続いた後、駕籠は屋島寺上空へと差し掛かった。
「まもなく屋島寺前でございます!お降りの際、足元にお気をつけくださいませ~~!」
隠神は結莉の腕からヒョイと飛び降り、「結莉ちゃんは後からおいで」と声をかけ、人の姿に戻ると駕籠の外へ飛び出していった。
野火丸は抱えていた多郎太の瓢箪を駕籠の外へと向ける。
「やめろやめろ!俺は車酔いをしやすい性質なのだ!」
「じゃあこれを機に克服しましょうか~」
野火丸は嫌がる多郎太を逆さまにすると、激しく振った。すると瓢箪から夏羽達四人が吐き出され、地上へと落下していく。
野火丸、結莉、満吉、ヨシヱが地上に着地すると、巨大な狸姿だった満吉はヒュルルルと小さくなり、すっかりやせ細ってしまった。倒れ込む満吉に慌ててヨシヱが駆け寄る。
福姫も、多郎太の青ざめた様子に駆け寄り、「まあ~!お顔が真っ青ですわ~!一体どうなさったの?」と声をかけた。ハアハアと辛そうに呼吸している多郎太に代わって、野火丸は「逆さにして激しく振った方がいるみたいですよ。ひどいことしますよね~」と飄々と述べた。
結莉は夏羽と話している少女の後ろ姿を見ると「っ、紺ちゃん!!」と名前を呼んで駆け寄った。
名前を呼ばれ振り返った紺もまた「結莉!!」と彼女の名を呼び嬉しそうに駆け寄った。
結莉は紺の顔を見るや、心配そうに彼女の顔をじっと見つめる。
「紺ちゃん、怪我をしているの?顔に血が…!」
「大丈夫だ。なんともない。ぜんぜん痛くないぞ!そんなことより久しぶりだな、結莉。元気にしていたか?」
紺は元気そうに笑い、結莉との再会をとても喜んだ。
「そう、痛くないなら良かった…。私は元気よ。久しぶりに紺ちゃんと会えて嬉しいわ。」
そして結莉と紺はお互い顔を合わせて微笑んだ。
一方、野火丸は不思議そうにジロジロと見つめてくる夏羽と向き合う。
「なにか?」
「いえ…、知り合いに似ているなと思って…」
「おまえ野火丸だろう。野火丸のにおいがする」
紺の指摘に野火丸は「えっ!野火丸をご存じなんですか!?」とすっとぼけた。
「奇遇だな~。僕、兄の野火太郎といいます。隠神さまとはお友達で~、屋島の危機と聞いて馳せ参じたんです。ねっ、隠神さま~」
野火丸の嘘を、夏羽と紺は疑うことなく素直に信じてしまった。織は、野火太郎と野火丸は姿は違えど同一人物であると気づいており怪訝そうに隠神を見る。
「まあ…一応味方だ。利害は一致してる」
「ホントに~?」
隠神はさて、と気を取りなおして福姫に声をかける。
「お福さん『あれ』は?」
「お望み通りバッチリでしてよ!ね!夏羽ちゃん」
「あっ、は…はい!」
「織ちゃんと晶ちゃんもついでに仕上げておきました!どこへ出しても恥ずかしくない大和男子になりましてよ!返事!」
「ハイ師匠!」
「うっす」
福姫の前にビシッと姿勢を正す夏羽達の様子に野火丸は「ずいぶん厳しい指導だったんですね~」と呟いた。
そんな彼らの様子を少し離れたところで心配そうに見つめる少年がいた。
「全吉」
とヨシヱが少年に声をかける。
「母さん」
「携帯くらい確認しなさい。伊予姫さまは今どちらに?」
「一度裏の…宝船の間に避難していただいて、そのあと表へ部屋ごと移しました」
「そうですか。では、ご存じないのね」
「…はい」
「気に病むことはありません。できうる限り最善の判断です。混乱の中、皆を先導しよく支えました。この場は母に任せなさい」
「えっ?」
「全吉ちゃ~ん」
タタタと福姫が全吉に駆け寄る。
「もう大丈夫よ~、わたくしたちと行きましょう」
「えっ、行くとは…」
「父上に…なんと命令されたか知らないが……、今は皆がついている。それに…案ずるな。伊予は俺の娘だ!」
多郎太の言葉に全吉は元気を取り戻し、「はい!」と力強く自身の胸を叩いた。
「ありがとう全吉。みんなのことよろしく」
「お世話になります、です」
「お礼を言いたいのは俺のほう。まあ、お姫さまの扱いなら任せてよ」
「軽口やめなさい」
ヨシヱが全吉の軽口をたしなめる。
「すみません。それでは皆さま、母さん…後はよろしくお願いします!」
福姫とともに全吉はその場をあとにした。
ヨシヱは目を閉じ、一呼吸おいてから目を開く。
「さあ!余力のある方は手伝ってくださいな!これより隠神さま方を裏屋島へお送りします!」
周りの者に声をかけ、ヨシヱは隠神達を送る準備を整え始めた。
「織くん」
ヨシヱ達が準備している間に結莉は織に話しかける。織は結莉に呼ばれ、振り返ると気まずそうに目を逸らした。
「福姫さんから事情は聞いている?」
「…ああ」
「………赤城さんのこと、許せない?」
「………」
結莉の問いに沈黙する織。
「織くんは優しいから。きっと悩んでいるんだろうなって。…織くんが赤城さんのこと、許せなくても構わないから。私は赤城さんのこと、止めたい。説得して止める為に裏屋島へ行きます。悩んでくれてありがとう、織くん」
「……ごめん」
絞り出した織の言葉に結莉は少しだけ悲しそうに微笑んだ。
「皆さま!お待たせいたしました!さあ、どうぞご搭乗くださいまし」
ヨシヱがガラガラと運んできたのは巨大なトランポリンだった。タヌキの顔と尻尾がついている可愛いデザインだ。
「ご搭乗って……これ!?」
「カワイイけどすごいやな予感する」
「中はどうなっているかわかりません。上空からがもっとも安全かと」
「じょ…上空って…」
「つべこべ言わない。乗った乗った!」
ヨシヱは全員をトランポリンに乗せると「裏屋島行き超特急!発射~~~!!」と威勢の良いかけ声をあげる。するとトランポリンはたちまち膨らみ始め、はるか上空へと一同は飛び上がった。
花楓が炎で屋島の街を焼き、狸の注意をそらしている間に赤城が幻の陣を敷く。
作戦は順調に進んでいた。
焼け落ちてゆく屋島の街を、赤城は高い屋根から見下ろす。
燃えてゆく街並みを眺めながら、ふと思いを巡らせていた。
ハンデなのか、ギフトなのか、子供の頃からずっと『こう』だった。
炎が使えないことに劣等感はなかった。馬鹿の相手をするほど暇じゃない。
でも、生きづらさは感じていた。
人の皮を被り社会に馴染んだふりをするのは、もううんざりだった。
野火丸にスカウトされて入った捜査特課で、赤城は花楓と組むことになった。
安直な人事だと思った。
集められた特化型の狐は炎がふたりで幻が3人。陽くんと炉薔薇くんは幼なじみで恋人同士らしく、梅太郎くんの力は単独捜査向き。そして花楓くんはどう見ても目付役が必要だった。仕事上のパートナー。それ以上仲良くする必要も仲違いする必要もない。
正反対の性格。
分かり合えることは未来永劫ないだろう。
頭ではそう思う。今でも。
ただ、すべての不浄を焼き尽くす炎に一目で心を奪われた。
美しい、そう思った。
ただ一つ、心にひっかかるのは結莉のこと。
結莉に出会って、結莉と過ごして、赤城の心は変わっていった。気が付けば人間の結莉のことを愛していた。一緒にいたい、そう願った。結莉と一緒なら、この世界も生きていける。彼女と一緒に生きたかった。
燃え上がる炎を見つめながら、赤城は心に蓋をしていく。
もう戻れない。
僕にはこの道しかないのだから。
僕にはもう炎しかない。
ふと気配を感じ、赤城は思考を止める。
「…ようやく出てきてくれましたか。お会いできて光栄です。太三郎狸どの。この炎を前にして僕の方にいらっしゃるとは、意外と芸術のわからない方なんですね」
太三郎狸へと視線を向けた赤城の瞳は何かに取り憑かれたような狂気に満ちていた。
「おぬし…炎に魅入られたな。哀れなものよ…。遊びに来るにしてはちょっぴりまなーが悪かったのう。おぬしらにはこの屋島と共に炎に沈んでもらう。孫が泣いてしまうのでな」
対峙する赤城と太三郎。
「…一応聞いておこう。おぬし…何が目的じゃ?嘘や誤解から始まった戦もある。話し合いで済むなら許してやろう。今のうちならば」
「大したことではありません。こちらの女王は四国狸・隠神への報復…もとい屋島の壊滅を望んでいますが、彼女に真偽を確かめるすべはない。この火事が新聞の一面やテレビの報道、Twitterのトレンドにでも上がれば腹は鎮まるでしょう。…とはいえ、手ぶらで帰るというのも…お土産が必要なんです。たとえばーあなたの命とか」
「なるほど。手加減無用じゃな」
瞬間。
赤城が抱えていたウエットティッシュ箱はいつの間にか太三郎狸の手中にある。
「うえっとてぃっしゅを箱ごと持ち歩くやつはなかなかおらぬぞ。これはおぬしにとってなんじゃろな~~」
ヒョヒョヒョと太三郎は愉快そうに笑う。
赤城はニタリと不気味な笑みを浮かべた。
「不用品です。だってもうここには汚いものなんてないんですから。音が聞こえる…脳内麻薬の分泌…細胞の活性化、命の脈動…!生の実感!!」
赤城は左腕のギブスを千切り、腕を治す。治した腕は鋭い爪をした狐の腕。耳も狐の獣耳に変化していた。
「炎の中でなら僕は、この忌まわしき病を捨て去れる!!石兵稲荷の陣、解!!」
赤城は稲荷像を爆発させ、合流の合図を花楓に送る。
「赤城さん、どこー?」
「花楓くん!」
「あれ?今日元気いいね」
「おかげさまで」
赤城と花楓はお互いの拳を合わせると、双頭の巨大な狐に変化した。
「飯生妖子が女王なら…僕たちは神になる!!御首頂戴いたします!!」
咆哮する赤城達を前に、太三郎はサングラスを装着する。
「なんとご利益のなさそうな神じゃ。悪童め。ここはわしの庭ということ…忘れてくれるなよ!」
太三郎は巨大な波を作り出し、赤城達を囲むと、サーフボードで波に乗った。
「へいへい、こっちじゃ!今宵の瀬戸内海は気性が荒いぞ!!」
一方、駕篭の中の結莉達は…。
「いや~すみません。僕の長すぎる脚がこんなところで仇になるとは。隠神さま~、ちょっとかわいいサイズになっていただけませんか?抱っこしてあげますから。ほら、結莉さんもギュウギュウで苦しそうですよ」
「お前がいつものサイズになればいいだろ!」
「いや隠神が縮むべきだ!」
「お静かに!落ちても助けませんよ!」
問答しているとヨシヱに叱責され、覚悟を決めた隠神は小さな狸の姿に変化した。
「わあ、隠神さんとっても可愛い!」
狸姿の隠神をひょいと結莉は抱え上げた。ふわふわの毛並みに顔が綻ぶ。結莉に抱っこされた隠神はまんざらでもない表情を浮かべた。
「屋島まであと…30分くらいですかね」
瓢箪姿の多郎太を抱えながら、もう片方の手で野火丸はスマホを弄る。
「30分か…、そういえば野火丸。お前、以前屋島にはどうやって入ったんだ?」
「え?どうって、普通に入りましたよ。入るためのお作法がありましたよね。かわいくお願いしたらタバコ屋のおばあさまが教えてくれましたけど。でも…花楓と赤城は違うでしょうね。赤城は幻使いですから仕掛けを見破り強引に入るはずです」
「赤城さん?赤城さんがいるんですか!?その、屋島というところに!」
赤城の名に結莉は思わずズイっと野火丸に顔を寄せる。
「はいはい、そうですよ~。今から説明します。これから向かう屋島は表と裏の二重構造。裏側の屋島にあなたたちは棲んでいる」
「…そうだ。屋島には人間の棲む層と狸の棲む層がある。狸たちは作法を守って入った者には歓迎を。外法で侵入して来た者を警戒する。そしてそれらは太三郎狸の耳に入る。『裏屋島』を作っているのはじいさんだからな。起こったことはすべて把握できるし、モノの出し入れもできる。言わば箱庭だ。仮に襲撃があったとしたら、まず狸たちを『表』へ避難させるだろう。じいさんがいる限り屋島の狸が死ぬことはない。ただ…」
言葉を濁す隠神を野火丸が促すと、代わりに多郎太が答えた。
「父上自身が外に出ると裏屋島はなくなってしまうのだ!」
多郎太に続けて隠神も言葉を続ける。
「おそらく…じいさんは裏屋島に賊と自分だけを残し、ひとりで戦うことを選ぶだろう」
「襲撃…、賊…、それってもしかして…赤城さんが屋島を、隠神さん達の里を襲撃しているんですか…?」
おそるおそる尋ねる結莉に、一呼吸間を置いてから隠神は「…そうだ」と肯定する。
「そんな…、赤城さん…、どうして…?」
「動機はおそらく成果の横取りでしょう。でも理性的な赤城刑事がすることとしてはどうも腑に落ちません。…心当たりは?」
野火丸に尋ねられ、結莉は首を振る。
「…わかりません。赤城さんは優しいヒトです。そしてとても賢いヒト。だから、きっと理由があると思うんです。襲撃するには何か大きな理由が…。それが何かはわかりませんけど…。」
「そうですか。…結莉さん、赤城刑事を止められますか?」
「…そのために私を…?」
「はい。彼を止められるとすれば貴女しかいない。どうかご助力を。…もしも貴女が赤城刑事を止められなければ、力づくで止めさせて頂きます。彼の命を奪うことになっても」
「っ!駄目です!!赤城さんを殺さないで!!」
「僕もなるべく手を汚したくないですからね~。それではお願いしますね、結莉さん。期待していますよ」
協力を仰ぐようで脅しに近い野火丸の態度に、結莉は彼を睨みつける。
「赤城さんは絶対に殺させません。必ず私が止めます」
(………できることなら、結莉ちゃんの希望に添えたいけどねぇ…。どうしたものかな…)
隠神が思案する中、「待て待て!」と多郎太が大きな声をあげる。
「何を言っておるのだ!賊を許してはならぬ!里の危機なのだぞ!」
「多郎太。賊のうちの一人は結莉ちゃんにとって大切なヒトなんだよ。そう言ってやるな」
「しかし!!」
「わたくしも多郎太さまと同じ想いです!賊に情けは無用かと!」
「ヨシヱまで…」
はぁっと隠神が溜め息を吐く。
「…構いません。赤城さんがしていることは、許されないこと。でも私だけは…私だけは、何があっても赤城さんの味方でありたいんです。多郎太さん、ヨシヱさん、ごめんなさい。私を憎んで頂いても構いません…」
結莉はそう言って外の景色へと視線をはずす。彼方の彼を探すように。
多郎太とヨシヱは不満そうな顔をしつつも言葉を呑み込んだようだった。
重苦しい沈黙が続いた後、駕籠は屋島寺上空へと差し掛かった。
「まもなく屋島寺前でございます!お降りの際、足元にお気をつけくださいませ~~!」
隠神は結莉の腕からヒョイと飛び降り、「結莉ちゃんは後からおいで」と声をかけ、人の姿に戻ると駕籠の外へ飛び出していった。
野火丸は抱えていた多郎太の瓢箪を駕籠の外へと向ける。
「やめろやめろ!俺は車酔いをしやすい性質なのだ!」
「じゃあこれを機に克服しましょうか~」
野火丸は嫌がる多郎太を逆さまにすると、激しく振った。すると瓢箪から夏羽達四人が吐き出され、地上へと落下していく。
野火丸、結莉、満吉、ヨシヱが地上に着地すると、巨大な狸姿だった満吉はヒュルルルと小さくなり、すっかりやせ細ってしまった。倒れ込む満吉に慌ててヨシヱが駆け寄る。
福姫も、多郎太の青ざめた様子に駆け寄り、「まあ~!お顔が真っ青ですわ~!一体どうなさったの?」と声をかけた。ハアハアと辛そうに呼吸している多郎太に代わって、野火丸は「逆さにして激しく振った方がいるみたいですよ。ひどいことしますよね~」と飄々と述べた。
結莉は夏羽と話している少女の後ろ姿を見ると「っ、紺ちゃん!!」と名前を呼んで駆け寄った。
名前を呼ばれ振り返った紺もまた「結莉!!」と彼女の名を呼び嬉しそうに駆け寄った。
結莉は紺の顔を見るや、心配そうに彼女の顔をじっと見つめる。
「紺ちゃん、怪我をしているの?顔に血が…!」
「大丈夫だ。なんともない。ぜんぜん痛くないぞ!そんなことより久しぶりだな、結莉。元気にしていたか?」
紺は元気そうに笑い、結莉との再会をとても喜んだ。
「そう、痛くないなら良かった…。私は元気よ。久しぶりに紺ちゃんと会えて嬉しいわ。」
そして結莉と紺はお互い顔を合わせて微笑んだ。
一方、野火丸は不思議そうにジロジロと見つめてくる夏羽と向き合う。
「なにか?」
「いえ…、知り合いに似ているなと思って…」
「おまえ野火丸だろう。野火丸のにおいがする」
紺の指摘に野火丸は「えっ!野火丸をご存じなんですか!?」とすっとぼけた。
「奇遇だな~。僕、兄の野火太郎といいます。隠神さまとはお友達で~、屋島の危機と聞いて馳せ参じたんです。ねっ、隠神さま~」
野火丸の嘘を、夏羽と紺は疑うことなく素直に信じてしまった。織は、野火太郎と野火丸は姿は違えど同一人物であると気づいており怪訝そうに隠神を見る。
「まあ…一応味方だ。利害は一致してる」
「ホントに~?」
隠神はさて、と気を取りなおして福姫に声をかける。
「お福さん『あれ』は?」
「お望み通りバッチリでしてよ!ね!夏羽ちゃん」
「あっ、は…はい!」
「織ちゃんと晶ちゃんもついでに仕上げておきました!どこへ出しても恥ずかしくない大和男子になりましてよ!返事!」
「ハイ師匠!」
「うっす」
福姫の前にビシッと姿勢を正す夏羽達の様子に野火丸は「ずいぶん厳しい指導だったんですね~」と呟いた。
そんな彼らの様子を少し離れたところで心配そうに見つめる少年がいた。
「全吉」
とヨシヱが少年に声をかける。
「母さん」
「携帯くらい確認しなさい。伊予姫さまは今どちらに?」
「一度裏の…宝船の間に避難していただいて、そのあと表へ部屋ごと移しました」
「そうですか。では、ご存じないのね」
「…はい」
「気に病むことはありません。できうる限り最善の判断です。混乱の中、皆を先導しよく支えました。この場は母に任せなさい」
「えっ?」
「全吉ちゃ~ん」
タタタと福姫が全吉に駆け寄る。
「もう大丈夫よ~、わたくしたちと行きましょう」
「えっ、行くとは…」
「父上に…なんと命令されたか知らないが……、今は皆がついている。それに…案ずるな。伊予は俺の娘だ!」
多郎太の言葉に全吉は元気を取り戻し、「はい!」と力強く自身の胸を叩いた。
「ありがとう全吉。みんなのことよろしく」
「お世話になります、です」
「お礼を言いたいのは俺のほう。まあ、お姫さまの扱いなら任せてよ」
「軽口やめなさい」
ヨシヱが全吉の軽口をたしなめる。
「すみません。それでは皆さま、母さん…後はよろしくお願いします!」
福姫とともに全吉はその場をあとにした。
ヨシヱは目を閉じ、一呼吸おいてから目を開く。
「さあ!余力のある方は手伝ってくださいな!これより隠神さま方を裏屋島へお送りします!」
周りの者に声をかけ、ヨシヱは隠神達を送る準備を整え始めた。
「織くん」
ヨシヱ達が準備している間に結莉は織に話しかける。織は結莉に呼ばれ、振り返ると気まずそうに目を逸らした。
「福姫さんから事情は聞いている?」
「…ああ」
「………赤城さんのこと、許せない?」
「………」
結莉の問いに沈黙する織。
「織くんは優しいから。きっと悩んでいるんだろうなって。…織くんが赤城さんのこと、許せなくても構わないから。私は赤城さんのこと、止めたい。説得して止める為に裏屋島へ行きます。悩んでくれてありがとう、織くん」
「……ごめん」
絞り出した織の言葉に結莉は少しだけ悲しそうに微笑んだ。
「皆さま!お待たせいたしました!さあ、どうぞご搭乗くださいまし」
ヨシヱがガラガラと運んできたのは巨大なトランポリンだった。タヌキの顔と尻尾がついている可愛いデザインだ。
「ご搭乗って……これ!?」
「カワイイけどすごいやな予感する」
「中はどうなっているかわかりません。上空からがもっとも安全かと」
「じょ…上空って…」
「つべこべ言わない。乗った乗った!」
ヨシヱは全員をトランポリンに乗せると「裏屋島行き超特急!発射~~~!!」と威勢の良いかけ声をあげる。するとトランポリンはたちまち膨らみ始め、はるか上空へと一同は飛び上がった。