人と怪物の辿る道
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任務に失敗し降格になった赤城は、警視庁の宿舎を離れタワーマンションの自宅に帰ってきていた。
室内は必要最低限の物しか置いておらず、まるでモデルルームかのように美しい。一人で暮らすには十分すぎるくらい広い部屋だ。
赤城は自宅に帰宅してから、余計に結莉のことで頭がいっぱいになっていた。
あの優しい笑顔で自分の名を呼ぶ彼女がここにいてくれたら、そう願わずにいられなかった。
結莉との宿舎での生活が思い起こされる。
楽しかった。
愛しかった。
ずっと一緒にいたかった。
そんなことは叶わないことだとわかっていたのに。
赤城は部屋のソファーに腰掛け、目を閉じる。
「結莉さん…」
呟いた名前が空気に溶けるように虚しかった。
会いたい。
一緒にいたい。
そんな願いに赤城は蓋をして、目を開く。
赤城の目は怪しい輝きを帯び、その透視の眼差しは飯生のいる警視庁へと向けられていた。
しばらく透視した後、ふっと赤城は息を吐く。
これから僕がすることを彼女は許しはしないだろう。
それでも。
貴女にどれだけ嫌われようと、僕は必ず成し遂げる。
何故なら僕は貴女を、愛しているから。
赤城は携帯電話で花楓を自宅に呼び出し、彼が来るまでの間に作戦資料を用意する。
資料の作成を終えると、花楓を招き入れる準備を整えた。除菌対策は万全だ。
花楓を待つ間、ふと彼女の笑顔が過る。
もう彼女は僕に微笑んではくれないだろう。
心がチクリと痛んだ。
インターホンが鳴る。
「着いたよ。もう入れんのこれ?」
花楓の到着を確認し、赤城はセキュリティーロックを解除する。
「どうぞ」
赤城は花楓を自室の玄関に入れると、服を全部脱いで籠の中に入れ、隣のシャワー室で全身洗うように告げた。花楓は赤城の指示に素直に従い、身体を洗って着替えると上機嫌で居間へとやってくる。
「すげ~!超さっぱり!赤城さんちめっちゃいいね!フロ入る時来ていい?」
「人の自宅を銭湯代わりにしないでください。別に君をきれいにするために呼んだんじゃないんですよ」
キョトンと不思議そうにしている花楓を前に、赤城は椅子に腰掛ける。
「花楓くん。今から僕が話すこと…みんなに内緒にできますか?」
赤城は花楓に誰にも話さない約束をさせてから話し始める。
「ではまず…今、僕たちが置かれている状況を改めて説明します。君、忘れてそうなので。夏羽クンたちに負けて任務を失敗してしまった僕たちは…捜査特課を外され飯生さまからごほうびをもらえなくなってしまいました」
「その絵、赤城さんが描いたの?かわいーじゃん!」
タブレットのスライドイラストに興味を持った花楓を「集中して聞きなさい」と咎め、机に捜査特課補佐の腕章を叩きつける。
「今の立場は捜査特課補佐。こんな肩書きどうだっていいですが、舐められたまま終われない。君は違うんですか?」
「ちげーよ!俺は喰い損ねたことにムカついてんだもん」
「何にムカついているかはこの際どうでもよろしい。大事なのは、僕たちは目的が同じということです。夏羽クンたちには必ずお返しをするし飯生さまには報酬を払わせる。何が何でも」
「ふーん。よくわかんないけどさー、よーするに赤城さんの言うこと聞いてれば、両方喰えるってこと?」
「お利口さんじゃないですか。そのための作戦を君だけに話します。ここからが内緒の話です」
作戦を話し終えたあと、屋島へ発つ前に花楓が赤城に話しかける。
「赤城さんめっちゃやる気満々じゃん!そんなにAIの街がほしーの?」
「ああ、それですか。そんなものはどうだっていいんです。僕は報酬に結莉さんを飯生から解放させます」
「それだけ?」
「それだけです」
「ん~、それって赤城さん嬉しいの?結莉ちゃんと一緒に暮らせる街とかのほうが良くない?」
「よく考えて下さい。結石を奪い、夏羽クンたちを手にかけたら僕は結莉さんに嫌われます」
「え!?いいの!?だって赤城さん結莉ちゃんのこと好きじゃん!」
「良いんですよ。結莉さんが飯生の傀儡にされるよりよっぽどマシですから。覚悟はできています。いいですか花楓くん、行きますよ」
「あっ、待ってよ赤城さん!」
そうして赤城と花楓は屋島へと発った。
夏羽達の特訓を見守る隠神の元に客がやってくる。
「こんばんは~、おうどんまだやってますか?」
トントンと扉がノックされ、慌ててヨシヱと福姫が出迎えた。
「お客様!!」
「わ~い!いらっしゃいませぇ~」
「あーよかった。お腹ぺこぺこだったもので」
「お着物お預かりいたします」
「じゃあきつねうどんください。おあげダブルで」
隠神は客を見て「狐小僧じゃないか」と声をかける。
「あー!ちょっと。気付かないでくださいよ。せっかくいつもと違う格好で来たんですから」
体格が大きく、スラッとした高身長になった野火丸はわざとらしく話を続ける。
「夏羽くんいないんですね。よかったー。彼の前ではまだかわいい僕でいたかったので」
「どうした。でかい独り言でも言いに来たのか?」
「つまんないなあ…全部お見通しなんだから」
福姫が出来上がったきつねうどんを野火丸の元へと運んでくる。野火丸はパキと口で割り箸を割りながら淡々と言葉を続けた。
「飯生さまの命令で屋島を襲撃することになりました」
その言葉に皆の視線が集まる。
「何…?」
「なんだと!!?」
瓢箪に変化していた多郎太も驚きのあまり思わず姿を現してしまった。
「おや、どうも。はじめまして」
野火丸はきつねうどんをすすりながら話を続ける。
「担当捜査官は新しく捜査特課に入った雌の狐です。飯生さまをそのまま少女にしたような…まあろくでもない二人組なんですが」
「……それを教えてくれるためだけに来たのか?」
「いいえー。僕も任務のお手伝いです。新人にはやや荷が重いので心配だなあ~って」
野火丸はそこで言葉を区切ると、うどんを食べていた手を止め、まっすぐに隠神を見る。
「それと、任務の阻止です。決行は明日の正午。ご協力…お願いできませんか?」
「この坊やはどちら様なのでしょう!?お客様とて言っていい冗談と悪い冗談がございます!屋島を襲撃するだなんて!わたくしがお母さまならお尻を叩いているところですよ!」
野火丸に食ってかかるヨシヱを「落ち着け」と隠神が宥める。
「僕は東京から来た狐です。知り合いのよしみでご忠告に参りました」
ゾババーッとうどんをすする野火丸に素直に隠神が疑問を口にする。
「よくわからんな。石を持っているのは夏羽だし…、今や屋島は狸が暮らしているだけの何もない地だ。何のために…」
「だからですよ。飯生さまは千葉の工場を落とし損ねたことがよほど悔しかったようです。僕の用意した悪党ではなかなかご満足いただけず…腹を満たし、次は心を満たしたいのです。隠神さまで」
「俺だと…?」
「卑劣な…。それでなぜ屋島なのだ。隠神が目当てならば正面から挑めばよかろう!」
「そりゃそのほうが苦しんでる顔を長く楽しめるじゃないですか」
「ぬう…隠神!こやつ曲者ではないのか!?」
「しかしながらおうどんの食べっぷりはとってもよろしいですわ…。うどん占いによるとおあげを最後に食べる方は恋に慎重で好きな人を試しがちなんですのよ~」
どよめく多郎太達を制し、「いいから続きを」と隠神は促す。
「だから僕は反対なんです。こんな襲撃、狸の怒りを買うだけでなんの徳もないですからね。しかし立場上従わないわけにもいかない。なので両方やろうと思いまして」
「幻か」
「その通り。飯生さまはわけあって東京から動きません。要は『壊滅しているように見えればいい』んです。しかしながら僕ひとりで屋島一帯を幻で覆うことは不可能ですから…狸の皆さんの力をお借りしたいのです」
「なるほどな…」
「幻とはいえ…人間の皆さんには迷惑をかけてしまいますね」
「本当に壊れてなくても外からそう見えるなら…一時的に住処を奪うことになりますわ」
「だが、ほっといてもこいつの部下は明日屋島に現れる」
「皆で懲らしめてやればよいのではないか?」
「そのときは僕もお相手します。できればまだ死にたくなかったですけど…」
ホロリとわざとらしく涙を流し、ハンカチで目を押さえる野火丸に多郎太がジト目を向ける。
「姑息なやつめ…。はなからうんと言わせる気でここに来たな。隠神の知り合いなだけあるぞ!」
「どういう意味だよ」
「教えてあげるんだからそれくらいいいじゃないですか」
「まあよかろう。我が友に売られた喧嘩は俺に売られた喧嘩も同じ!その話のった!」
「ありがとうございます」
「そうと決まれば隠神さま。全吉に連絡してやってくださいな。あの子やる気を出しますわ」
「え?あ…ああ、そう?」
「では、僕は僕で動きますので失礼しますね。おうどんごちそうさまでした」
にっこりと笑って野火丸は立ち上がると会計をすませる。上着を羽織り、出て行こうとする野火丸を隠神が呼び止めた。
「野火丸。お前なんで飯生の元にいるんだ?お前には助言ばかりしてもらってるな。目的次第じゃ何かしてやれんこともないんだが…」
そんな隠神にフッと野火丸は笑う。
「…僕がいい人に見えますか?僕が飯生さまに従っているのは極めて個人的な理由です。誰のためでもない…自分だけのため。誰かに協力してもらえるような理由ではないですよ。お気持ちだけいただきます」
「…そうか。野暮言って悪かったな」
「出ないな…」
「おかしいですね。あの子が隠神さまからの連絡に出ないなんて」
出て行った野火丸がガラッと扉を開け、もう一度うどん屋に足を踏み入れた。
「失礼。ちょっとよろしいですか」
野火丸は自身の携帯で梅太郎に連絡をとる。
「梅太郎刑事。今どうしてますか?」
「え?ど、どうって…言われた通り新入りと大阪のホテルにいるっすけど…痛ってえ!!!す…すんません。今、新幹線の座席どこ座るかで大ゲンカしてんすよ。俺じゃあとても止めらんなくてですね…ぐおっ!うぉい!いい加減にしろオメーら!今、野火丸さんが」
プツと野火丸は通話を切った。
「まだ屋島と連絡つきませんか?」
「ああ…。………おい、どうした?」
「…ひとつ懸念が。花楓と赤城は島根で夏羽くんと織くんを襲った狐です。動機はおそらく成果の横取り。飯生さまは『誰がやったか』なんてどうでもいい方ですからね。今回の襲撃を嗅ぎつけて先手を打とうとしてもおかしくありません。漏れたとしたら…あの時か。飯生さまの執心から屋島にたどり着いたのか?赤城刑事はもう少し理性的だと思ってましたが…。僕は今から屋島に向かおうと思います。ちょっと嫌な予感するんで」
「待て。俺も行く」
「何を言う!皆で行くぞ!」
「いいんですか?懸念でしかないですよ」
「懸念で結構!何もなければみなさんでおうどんを食べて帰ればよろしいのです!」
「移動ならぼくに任せてください。今、体重95キロなんで…60キロ使えば40分ほどで屋島に着きます。飛行機より速いですよ」
「40分………。多郎太、瓢箪の方はどうなる?」
「うーむ。そうだな。半年ほど経過すると思うが」
「半年か…。お福さん」
「な~に?」
「すまないんだが………瓢箪に入って結莉ちゃんを連れてきてくれ。それから、夏羽に『あれ』を教えてやってくれないか。頼む。おそらくそれで夏羽が仕上がる」
「結莉さんにご助力を?それは良いですね。赤城刑事には効果てきめんですから。ちなみに、『あれ』ってなんですか?興味あるなあ」
「それはいい!俺も久しぶりに見たいぞ!」
「で…でも…でも……『あれ』はわたくし…お嫁に行くときに封印しましたのよ~~……!!」
「まあまあ…移動しながら考えましょう。ヨシヱさん手伝ってもらえますか?」
「もちろんですわ!」
福姫はブツブツ言いながら瓢箪の中に入っていった。それを確認してから隠神は野火丸に瓢箪を託す。
「野火丸。瓢箪を頼む。左腕が使えないんでな」
「…いいんですか?僕にこんな大事なもの預けて」
「なんだよ。手伝ってくれるんじゃないのか?」
一同がうどん屋の外に出たところで、ポンと勢いよく結莉が瓢箪から飛び出してきた。
「こんばんは、結莉さん」
にっこりと野火丸が結莉に笑いかける。
「えっ…と…、もしかして、野火丸くん?」
「はい。この姿でお会いするのは初めてですね。結莉さんに手伝って頂きたいことがあるのですが。詳しくは移動しながら話しましょう」
「皆さん、それでは参ります」
ヨシヱの合図で満吉が変化する。満吉は巨大な狸へと瞬時に変化を遂げ、その背中の駕篭にヨシヱが一同を詰め込んだ。
「右よし!左よし!全速前進!!」
満吉の変化狸は勢いよくうどん屋を飛び出し、大空を駆けていった。
室内は必要最低限の物しか置いておらず、まるでモデルルームかのように美しい。一人で暮らすには十分すぎるくらい広い部屋だ。
赤城は自宅に帰宅してから、余計に結莉のことで頭がいっぱいになっていた。
あの優しい笑顔で自分の名を呼ぶ彼女がここにいてくれたら、そう願わずにいられなかった。
結莉との宿舎での生活が思い起こされる。
楽しかった。
愛しかった。
ずっと一緒にいたかった。
そんなことは叶わないことだとわかっていたのに。
赤城は部屋のソファーに腰掛け、目を閉じる。
「結莉さん…」
呟いた名前が空気に溶けるように虚しかった。
会いたい。
一緒にいたい。
そんな願いに赤城は蓋をして、目を開く。
赤城の目は怪しい輝きを帯び、その透視の眼差しは飯生のいる警視庁へと向けられていた。
しばらく透視した後、ふっと赤城は息を吐く。
これから僕がすることを彼女は許しはしないだろう。
それでも。
貴女にどれだけ嫌われようと、僕は必ず成し遂げる。
何故なら僕は貴女を、愛しているから。
赤城は携帯電話で花楓を自宅に呼び出し、彼が来るまでの間に作戦資料を用意する。
資料の作成を終えると、花楓を招き入れる準備を整えた。除菌対策は万全だ。
花楓を待つ間、ふと彼女の笑顔が過る。
もう彼女は僕に微笑んではくれないだろう。
心がチクリと痛んだ。
インターホンが鳴る。
「着いたよ。もう入れんのこれ?」
花楓の到着を確認し、赤城はセキュリティーロックを解除する。
「どうぞ」
赤城は花楓を自室の玄関に入れると、服を全部脱いで籠の中に入れ、隣のシャワー室で全身洗うように告げた。花楓は赤城の指示に素直に従い、身体を洗って着替えると上機嫌で居間へとやってくる。
「すげ~!超さっぱり!赤城さんちめっちゃいいね!フロ入る時来ていい?」
「人の自宅を銭湯代わりにしないでください。別に君をきれいにするために呼んだんじゃないんですよ」
キョトンと不思議そうにしている花楓を前に、赤城は椅子に腰掛ける。
「花楓くん。今から僕が話すこと…みんなに内緒にできますか?」
赤城は花楓に誰にも話さない約束をさせてから話し始める。
「ではまず…今、僕たちが置かれている状況を改めて説明します。君、忘れてそうなので。夏羽クンたちに負けて任務を失敗してしまった僕たちは…捜査特課を外され飯生さまからごほうびをもらえなくなってしまいました」
「その絵、赤城さんが描いたの?かわいーじゃん!」
タブレットのスライドイラストに興味を持った花楓を「集中して聞きなさい」と咎め、机に捜査特課補佐の腕章を叩きつける。
「今の立場は捜査特課補佐。こんな肩書きどうだっていいですが、舐められたまま終われない。君は違うんですか?」
「ちげーよ!俺は喰い損ねたことにムカついてんだもん」
「何にムカついているかはこの際どうでもよろしい。大事なのは、僕たちは目的が同じということです。夏羽クンたちには必ずお返しをするし飯生さまには報酬を払わせる。何が何でも」
「ふーん。よくわかんないけどさー、よーするに赤城さんの言うこと聞いてれば、両方喰えるってこと?」
「お利口さんじゃないですか。そのための作戦を君だけに話します。ここからが内緒の話です」
作戦を話し終えたあと、屋島へ発つ前に花楓が赤城に話しかける。
「赤城さんめっちゃやる気満々じゃん!そんなにAIの街がほしーの?」
「ああ、それですか。そんなものはどうだっていいんです。僕は報酬に結莉さんを飯生から解放させます」
「それだけ?」
「それだけです」
「ん~、それって赤城さん嬉しいの?結莉ちゃんと一緒に暮らせる街とかのほうが良くない?」
「よく考えて下さい。結石を奪い、夏羽クンたちを手にかけたら僕は結莉さんに嫌われます」
「え!?いいの!?だって赤城さん結莉ちゃんのこと好きじゃん!」
「良いんですよ。結莉さんが飯生の傀儡にされるよりよっぽどマシですから。覚悟はできています。いいですか花楓くん、行きますよ」
「あっ、待ってよ赤城さん!」
そうして赤城と花楓は屋島へと発った。
夏羽達の特訓を見守る隠神の元に客がやってくる。
「こんばんは~、おうどんまだやってますか?」
トントンと扉がノックされ、慌ててヨシヱと福姫が出迎えた。
「お客様!!」
「わ~い!いらっしゃいませぇ~」
「あーよかった。お腹ぺこぺこだったもので」
「お着物お預かりいたします」
「じゃあきつねうどんください。おあげダブルで」
隠神は客を見て「狐小僧じゃないか」と声をかける。
「あー!ちょっと。気付かないでくださいよ。せっかくいつもと違う格好で来たんですから」
体格が大きく、スラッとした高身長になった野火丸はわざとらしく話を続ける。
「夏羽くんいないんですね。よかったー。彼の前ではまだかわいい僕でいたかったので」
「どうした。でかい独り言でも言いに来たのか?」
「つまんないなあ…全部お見通しなんだから」
福姫が出来上がったきつねうどんを野火丸の元へと運んでくる。野火丸はパキと口で割り箸を割りながら淡々と言葉を続けた。
「飯生さまの命令で屋島を襲撃することになりました」
その言葉に皆の視線が集まる。
「何…?」
「なんだと!!?」
瓢箪に変化していた多郎太も驚きのあまり思わず姿を現してしまった。
「おや、どうも。はじめまして」
野火丸はきつねうどんをすすりながら話を続ける。
「担当捜査官は新しく捜査特課に入った雌の狐です。飯生さまをそのまま少女にしたような…まあろくでもない二人組なんですが」
「……それを教えてくれるためだけに来たのか?」
「いいえー。僕も任務のお手伝いです。新人にはやや荷が重いので心配だなあ~って」
野火丸はそこで言葉を区切ると、うどんを食べていた手を止め、まっすぐに隠神を見る。
「それと、任務の阻止です。決行は明日の正午。ご協力…お願いできませんか?」
「この坊やはどちら様なのでしょう!?お客様とて言っていい冗談と悪い冗談がございます!屋島を襲撃するだなんて!わたくしがお母さまならお尻を叩いているところですよ!」
野火丸に食ってかかるヨシヱを「落ち着け」と隠神が宥める。
「僕は東京から来た狐です。知り合いのよしみでご忠告に参りました」
ゾババーッとうどんをすする野火丸に素直に隠神が疑問を口にする。
「よくわからんな。石を持っているのは夏羽だし…、今や屋島は狸が暮らしているだけの何もない地だ。何のために…」
「だからですよ。飯生さまは千葉の工場を落とし損ねたことがよほど悔しかったようです。僕の用意した悪党ではなかなかご満足いただけず…腹を満たし、次は心を満たしたいのです。隠神さまで」
「俺だと…?」
「卑劣な…。それでなぜ屋島なのだ。隠神が目当てならば正面から挑めばよかろう!」
「そりゃそのほうが苦しんでる顔を長く楽しめるじゃないですか」
「ぬう…隠神!こやつ曲者ではないのか!?」
「しかしながらおうどんの食べっぷりはとってもよろしいですわ…。うどん占いによるとおあげを最後に食べる方は恋に慎重で好きな人を試しがちなんですのよ~」
どよめく多郎太達を制し、「いいから続きを」と隠神は促す。
「だから僕は反対なんです。こんな襲撃、狸の怒りを買うだけでなんの徳もないですからね。しかし立場上従わないわけにもいかない。なので両方やろうと思いまして」
「幻か」
「その通り。飯生さまはわけあって東京から動きません。要は『壊滅しているように見えればいい』んです。しかしながら僕ひとりで屋島一帯を幻で覆うことは不可能ですから…狸の皆さんの力をお借りしたいのです」
「なるほどな…」
「幻とはいえ…人間の皆さんには迷惑をかけてしまいますね」
「本当に壊れてなくても外からそう見えるなら…一時的に住処を奪うことになりますわ」
「だが、ほっといてもこいつの部下は明日屋島に現れる」
「皆で懲らしめてやればよいのではないか?」
「そのときは僕もお相手します。できればまだ死にたくなかったですけど…」
ホロリとわざとらしく涙を流し、ハンカチで目を押さえる野火丸に多郎太がジト目を向ける。
「姑息なやつめ…。はなからうんと言わせる気でここに来たな。隠神の知り合いなだけあるぞ!」
「どういう意味だよ」
「教えてあげるんだからそれくらいいいじゃないですか」
「まあよかろう。我が友に売られた喧嘩は俺に売られた喧嘩も同じ!その話のった!」
「ありがとうございます」
「そうと決まれば隠神さま。全吉に連絡してやってくださいな。あの子やる気を出しますわ」
「え?あ…ああ、そう?」
「では、僕は僕で動きますので失礼しますね。おうどんごちそうさまでした」
にっこりと笑って野火丸は立ち上がると会計をすませる。上着を羽織り、出て行こうとする野火丸を隠神が呼び止めた。
「野火丸。お前なんで飯生の元にいるんだ?お前には助言ばかりしてもらってるな。目的次第じゃ何かしてやれんこともないんだが…」
そんな隠神にフッと野火丸は笑う。
「…僕がいい人に見えますか?僕が飯生さまに従っているのは極めて個人的な理由です。誰のためでもない…自分だけのため。誰かに協力してもらえるような理由ではないですよ。お気持ちだけいただきます」
「…そうか。野暮言って悪かったな」
「出ないな…」
「おかしいですね。あの子が隠神さまからの連絡に出ないなんて」
出て行った野火丸がガラッと扉を開け、もう一度うどん屋に足を踏み入れた。
「失礼。ちょっとよろしいですか」
野火丸は自身の携帯で梅太郎に連絡をとる。
「梅太郎刑事。今どうしてますか?」
「え?ど、どうって…言われた通り新入りと大阪のホテルにいるっすけど…痛ってえ!!!す…すんません。今、新幹線の座席どこ座るかで大ゲンカしてんすよ。俺じゃあとても止めらんなくてですね…ぐおっ!うぉい!いい加減にしろオメーら!今、野火丸さんが」
プツと野火丸は通話を切った。
「まだ屋島と連絡つきませんか?」
「ああ…。………おい、どうした?」
「…ひとつ懸念が。花楓と赤城は島根で夏羽くんと織くんを襲った狐です。動機はおそらく成果の横取り。飯生さまは『誰がやったか』なんてどうでもいい方ですからね。今回の襲撃を嗅ぎつけて先手を打とうとしてもおかしくありません。漏れたとしたら…あの時か。飯生さまの執心から屋島にたどり着いたのか?赤城刑事はもう少し理性的だと思ってましたが…。僕は今から屋島に向かおうと思います。ちょっと嫌な予感するんで」
「待て。俺も行く」
「何を言う!皆で行くぞ!」
「いいんですか?懸念でしかないですよ」
「懸念で結構!何もなければみなさんでおうどんを食べて帰ればよろしいのです!」
「移動ならぼくに任せてください。今、体重95キロなんで…60キロ使えば40分ほどで屋島に着きます。飛行機より速いですよ」
「40分………。多郎太、瓢箪の方はどうなる?」
「うーむ。そうだな。半年ほど経過すると思うが」
「半年か…。お福さん」
「な~に?」
「すまないんだが………瓢箪に入って結莉ちゃんを連れてきてくれ。それから、夏羽に『あれ』を教えてやってくれないか。頼む。おそらくそれで夏羽が仕上がる」
「結莉さんにご助力を?それは良いですね。赤城刑事には効果てきめんですから。ちなみに、『あれ』ってなんですか?興味あるなあ」
「それはいい!俺も久しぶりに見たいぞ!」
「で…でも…でも……『あれ』はわたくし…お嫁に行くときに封印しましたのよ~~……!!」
「まあまあ…移動しながら考えましょう。ヨシヱさん手伝ってもらえますか?」
「もちろんですわ!」
福姫はブツブツ言いながら瓢箪の中に入っていった。それを確認してから隠神は野火丸に瓢箪を託す。
「野火丸。瓢箪を頼む。左腕が使えないんでな」
「…いいんですか?僕にこんな大事なもの預けて」
「なんだよ。手伝ってくれるんじゃないのか?」
一同がうどん屋の外に出たところで、ポンと勢いよく結莉が瓢箪から飛び出してきた。
「こんばんは、結莉さん」
にっこりと野火丸が結莉に笑いかける。
「えっ…と…、もしかして、野火丸くん?」
「はい。この姿でお会いするのは初めてですね。結莉さんに手伝って頂きたいことがあるのですが。詳しくは移動しながら話しましょう」
「皆さん、それでは参ります」
ヨシヱの合図で満吉が変化する。満吉は巨大な狸へと瞬時に変化を遂げ、その背中の駕篭にヨシヱが一同を詰め込んだ。
「右よし!左よし!全速前進!!」
満吉の変化狸は勢いよくうどん屋を飛び出し、大空を駆けていった。