人と怪物の辿る道
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結莉がしばらく見守っていると崖から何かが落ちてくる。ああ、また夏羽くんの身体か…と思ったが、それにしてはやけに小さい。ボール状の何かは地面に打ちつけられ、跳ねて転がる。転がったそれは夏羽の頭だった。
「か、夏羽くん!?」
夏羽は気を失っており、白目をむいていた。身体が再生する様子はない。
「夏羽くん!夏羽くん!!夏羽くん!!!」
何度も呼びかけるが反応がない。
結莉は夏羽の頭を抱え、まだ崖を登っている織と晶に視線を向ける。二人が戻ってくる様子はまだなかった。
どうしよう。
どうしたらいいの?
夏羽に視線を戻すと、ふとあることに気が付いた。
夏羽がいつも大事そうに持っている石がない。
もしかして…。
そっと夏羽の頭を地面に置くと、結莉は周辺に石が落ちていないか探し始めた。
そこへ勢いよく織と晶が落下してくる。
「織くん!晶くん!大変なの!!夏羽くんが!!」
二人に駆け寄り、動かない夏羽の頭を指差す。
「えっ!!?」
とにかく夏羽の意識を取り戻そうと、織は思い切り夏羽の両頬を何度も平手打ちした。
すると力なく夏羽が目を開く。
「…?あれ…地上…?」
「どーいう状況だよ!何があったんだ!?」
「…わからない。うっかり石を落としてしまって…そうしたらなぜか体が再生しなくて。…あ、…遅い…、あと…眠い…」
「キャー!夏羽クン寝ちゃダメ!なんか死んじゃいそうなんだけどこれ~!!」
「やっぱり石がないからなのね。石…、石…、あった!」
結莉は転がっていた石を見つけて拾いあげると、夏羽のところへ持ってきた。
「確か咥えていたような…」
ガボッと夏羽の口にとにかく石を突っ込むと少しずつ夏羽の体は再生が始まったようだった。
「夏羽の再生能力って限界あったんだな…」
「そりゃそうだよ~。ボクもお水凍らせすぎるとへとへとになっちゃうもん」
「まあ…そうだよな…。こんなこと際限なくやられちゃたまんねーし」
チラと織は山積みになった夏羽の身体を見る。
「ひらめいたと思ったのに…」
力なく、残念そうに夏羽は呟いた。
「いや…でもさ、今のでひとつわかったぜ。怪物の結石は融合してパワーアップするって話だっただろ。で、夏羽には命結石の力が使えてるけど、どう強くなってんのかはイマイチわかってなかったじゃん。たぶんそれ再生力とか生命力だったんだ。石なしの炎の総量を1とすると今は6あるわけよ。だから石手放すとバテる。ちゃんと自覚して使いこなせばもっと色んなことできるかもしれないぜ。今みたいに『量』に使ってもいいし、『質』に使ってもいい。もっと強い腕生やすとかさ」
「なるほど…、やってみる…」
夏羽はプルプルと力を込めるが、すぐにクタリと力尽きてしまった。
「今日は無理っぽいな…」
「休憩にしようよ。ボクお腹すいちゃった」
「じゃあ…俺が食べるものをとってくる…。頭は動くから…」
「頭だけだとあぶないよ~。ボク持ってあげるから一緒に行こ!」
晶は心配して夏羽について山へと入っていった。
二人が進んでいった先を結莉は心配そうに見つめる。
「意識が戻ったし大丈夫だろ。そのうち身体も元に戻る。晶もついてるから、あんまり心配すんな」
「うん…」
織に大丈夫だと諭され、結莉はようやく心を落ち着けた。織は崖へと向き直る。
「…体力か。たぶん今のやり方じゃ使い過ぎなんだ、糸…」
そして自分の手のひらをジッと見つめた。すると何かに気づいたようで慌てて靴を脱ぐ。
「手!!手からじゃなくても…!」
織が足に意識を集中させると、足の裏からするすると糸が出てきた。そのまま糸を編み込んでスニーカー状の靴を形成する。
「わあ…すごい!」
感嘆の声をもらす結莉にニヤっと織は笑ってみせた。
「よし、行くぜ!」
崖に力強く足をかけるとトントンとバネのように跳躍していく。
「めっちゃ楽!くっついてすぐはがれる性質にすれば崖でも落ちないし両手も使える!で、応用!ソール部分に空気を入れて…風船みたいに膨らます!」
バムッと力強く踏み込むと、今までにない大きな跳躍をすることができた。
「あはっ、すげーっ!」
跳躍力に身を任せクルクルと回転する織。
「…っと、やべやべ。調子こいてたら落ちる」
手から糸を出し、崖の斜面に身体を寄せるともう一度足を使って跳躍する。織はどんどん崖を登っていき、遂に頂上へとたどり着くことができた。
「すごい!織くん!」
地上から見上げる結莉に向かって織は嬉しそうに思いきり手を振った。
「結莉さん、なんとかキノコがとれたよ~」
「あ、晶くん。夏羽くん。見て!」
帰ってきた晶達に織を指差す。
織は勢いよく斜面を滑り降りてくると、ピョンと跳躍して着地した。
「一番乗り~~」
「えっ…、え~~っ!?ウソ!!もしかして登っちゃったの!?どうやって!?」
「それ教えたら修行になんねーだろ。ま、ひらめきの勝利ってやつかな。オマエらも泥クセーことやってないでアタマ使えば?」
得意気な織の様子に結莉はにっこりと微笑んだ。
「おめでとう、織くん」
「へへ、ありがとな」
それから何日か過ぎたが、夏羽と晶は未だ崖登りの課題を達成できずにいた。
修行開始からちょうど1ヶ月目。
晶はうつろな目で蛇の丸焼きにかぶりつく。
織が残していた蛇と蛙の丸焼きも貰い、あっという間にたいらげてしまった。
「じゃあいってきま~す」
最初は嫌がっていた蛇や蛙も今では躊躇うことなくよく食べるようになった晶だが、覇気がなく、まるで人が変わったようだった。
「晶くん」
結莉は心配で晶の後を追いかけた。晶はなにやらブツブツと独り言を唱えており、結莉のことにも気づいていないようだった。
「…あ~~~も~~~、うるさいなあ~~!!そんなのわかってるけどやるんだよ~!!」
突然晶が怒鳴ったかと思うと、晶の周りの大気が急激に冷えていく。晶の身体は凍りつきながら様相を変えていった。
「ボクが…強くなんないとさあ~~!シキとか…すぐ死にに行っちゃうからさあ!結莉さんは優しすぎて危ういし!夏羽クンも…みんな…自分を犠牲にする人ばっかりだから、ボクが強くなって隣にいなくちゃダメなんだよ!!」
晶は冷気の力を利用し、大きく空を飛んだ。
「…ありゃ?できてる!えっ、すごーい。ボク今空飛んでる。前と違ってムキムキじゃないし…こんな力もあるんだ。わーい」
飛び続けた後、ふと眼下を見ると崖の頂上が見えた。
「…あれ?」
晶が地上に降り立つ頃、夏羽と織も異変に気づき駆けつけてきた。
「結莉さん。夏羽クン。シキ」
「おめでとう、晶くん」
「登れたのか!?やるじゃん!」
「うん、登ったっていうか降りたんだけど。見て見て、これすごくない?ヒーローみたーい」
晶は機嫌良く空を飛び回る。そんな晶の様子に織は慌てて声をかけた。
「おいバカ調子乗んな!!オマエそれそろそろ切れるぞ!」
晶の凍りついた肌に亀裂が入ったかと思うと突然失速し、バコシャ!と思いきり落下してしまった。
「言わんこっちゃねー。あれ見るの初めてだろ。パワーすげーけど切れんのも早いんだよな」
「うん、すごい。………」
夏羽は感嘆するとともに、どこか焦っているようだった。
駆け寄れば、晶の姿はすっかり元に戻っていたが、筋肉痛で身動きが取れずにいた。
「いたいよ~」と泣き喚く晶を小屋に運び込んで布団に寝かせると、織と夏羽は修行に戻っていった。結莉は晶に付き添い、傍らに座り込む。
「結莉さん」
「なぁに?晶くん」
「結莉さんは、いつも優しいよね。だからボク、心配なんだ。結莉さんは『いつも誰に対しても優しい』から。」
「………心配してくれてありがとう。」
「ボクが強くなって隣にいるからね」
「うん。晶くんがいてくれたら安心だわ」
「ホント!?えへへ…」
晶は嬉しそうに笑った。
夜。皆が眠ったあと、夏羽は起き出して外へと出て行った。
気づいた結莉は夏羽の後をそっと追いかける。
夏羽は川沿いに座り込み、自身の腕をもぎ取っては腕の再生を繰り返していた。
「またいつもの腕だ。なかなかうまくいかない…炎はたくさん出るのに。強い腕のイメージがあいまいなのかも。強い…強い人…。あ…あと女木島さん…押し合ったときびくともしなかった。あと…」
すると夏羽は勢いよく川の水で顔を洗い、水面を呆然と覗き込んだ。
「夏羽くん」
結莉が声をかけると、夏羽は勢いよく振り返った。その顔は恐怖に歪んでいた。
状況を飲み込めていない夏羽に近づくと、結莉はぎゅっと夏羽を抱きしめた。
「…大丈夫。なにか怖いこと、あった?」
「………」
何も言わない夏羽に結莉は優しく言葉を紡ぐ。
「…あのね、夏羽くんはもっと甘えていいのよ」
「…甘える?」
「そう。夏羽くんは両親と離れて、ひとりで一生懸命に生きてきたのよね。でも、今はひとりじゃないわ。皆がいる。もっと甘えたり、周りを頼ったりしていいのよ。貴方が全部をひとりで抱え込む必要なんてないの」
「…どうしたらいいのかわからない」
戸惑い、視線を彷徨わせる夏羽を結莉は優しく撫でた。
「夏羽くんが悩んでいること、相談してくれたら嬉しい」
「………」
「話したくないなら、無理に話さなくてもいいわ。…私じゃ足りないのはわかっているけれど、貴方のお母さんの代わりを担えたらって、そう思うの。楽しいことも苦しいことも何でもお話できて、何でも分かち合えたらって」
「………結莉さんは…、時々こうやってくれる。とてもあたたかくて、なんだか…心地いい」
「ありがとう。そう言ってもらえたなら、とっても嬉しい」
にっこりと微笑む結莉を夏羽はまっすぐに見据えると「あの…!」と声をかける。
「あ…えっと…その…」
もごもごと口ごもる夏羽の様子を結莉は優しく見守った。
「俺は『屍鬼』だから、だから…力を求めたらみんなを食べてしまうかもしれない。食べたくない…!」
「そう。それが怖かったのね…。大丈夫。夏羽くんは皆を食べたりしません」
にっこり微笑む結莉に「でも!」と夏羽が声を荒げる。
「今までに、誰かを食べたことがあるの?」
「それは…ないけど…、でも、鬼がつく怪物は人を食べるんだって聞いた」
「じゃあ、人を食べない鬼もいるかもしれないわ。夏羽くんのように」
夏羽の瞳がその言葉に揺らぐ。
「それは…そうかも…だけど…」
「可能性はゼロじゃないでしょう?ね?」
「……うん…」
「話してくれて、ありがとう。もしもまた怖くなったら、いつだって聞くわ。いつだって傍にいる。私だけじゃないわ、皆がいるのよ。だから大丈夫。…さあ、帰りましょう」
夏羽の手をひいて小屋へと戻ると、結莉は夏羽を寝かせ隣に自身も横になった。
「おやすみなさい、夏羽くん。また明日ね」
「おやすみ、結莉さん。…また明日」
夏羽は目を閉じると、安心したのかすぐに眠りについた。
翌朝。
「無事登頂!おめでとさん」
久しぶりに現れた隠神を、織はキッと睨みつける。
「ちょっと!隠神さん!!」
「なんだ?」
「なんで、結莉さんと俺らが一緒に寝泊まりしないといけないわけ!?おかしいって!!」
「なんだ不満か。織はてっきり喜んでいるかと思ったが」
「よ!!??」
隠神の発言に激しく動揺する織。
「まあ、大丈夫でしょ。皆、紳士だし。なあ、織?」
ニヤニヤしながら隠神がそう言うと織は顔を真っ赤にしながら「ぜってー顔面糸まみれにしてやる!」と吐き捨てた。
「それじゃあお手並み拝見といくか。俺の身体のどこでもいい。当ててみな」
隠神がそう告げると、晶と織が前へと進み出る。晶は立花権現の力を使い、隠神と激しく攻防する。その隙に身を隠した織は二人の様子を伺うと、何か思いついたように「晶!」と声をかけ晶の背中に飛び乗った。
「あれ?シキ、いつの間に」
「フルパワーで広範囲やれ!全ぷっぱ!!」
「えっ、いいの?」
ビュオッとひときわ大きく冷気を集中させると晶は思いきり集めた冷気を放った。
バキン!!と辺り一面が晶の力で凍りつく。離れて見守っていた結莉と夏羽の足まで凍りついてしまった。
姿を隠す隠神の本体を、織は瞬時に見つけ出すと素早く糸を放った。
「っしゃ!顔面!!」
隠神が姿を現すと顔面に当てたと思われた糸は隠神の手によって阻まれていた。
「あ!!」
「お見事。上等上等。合格だよ」
「隠神さん!!」
夏羽は必死の形相で隠神に駆け寄った。足が凍りついた結莉を抱きかかえて。
「まずいな。早く溶かさないと凍傷になる」
「うわっ!結莉さん!足凍ってんじゃん!!とにかく小屋に!!」
慌てて小屋へ結莉を運び込むと、急いで火をおこし足を温めた。少しずつ氷は溶けてゆくが、結莉は辛そうに顔をしかめていた。
「ごめんね。結莉さんまで巻き込んじゃうなんて思ってなかったから」
晶はポロポロと涙をこぼしていた。
「晶くんは悪くないのよ。凄いね、晶くんは。一瞬であれだけの広範囲を凍らせてしまうんだもの。織くんと協力して、隠神さんに一撃当てられたでしょう。二人とも凄かったわ」
結莉は辛そうにしながらも微笑んでみせた。
そんな結莉に晶はますます泣いてしまった。
心配そうにオロオロと歩き回る夏羽に隠神が声をかける。
「夏羽。お前はまだ崖だ」
「あっ、はい。すみません。失礼します」
夏羽はぺこりと頭を下げ、小屋から出て行った。
「隠神さん。そんな追い出すようなこと…」
「そうだよ。何その言い方~。夏羽クンがんばってるのに…」
「あいつなんかスランプっぽいんだよな。言わないから知らないけど」
隠神は三人を一瞥すると、おもむろに話し始めた。
「-夏羽が事務所に来たばっかりの時は、あいつ怖いものなんて何もないって顔してただろ。けどな、今はたくさんあるんだよ。何だと思う?」
「えっ?」
「………」
そして隠神はチラリと結莉を見た。
結莉は何も言わずジッと隠神を見つめる。隠神はふっと笑って顔を背けた。
「さて、結莉ちゃんはここでしばらく休んでもらって。お前らは次は応用編だ。それぞれの武器を実戦向きに強化する」
隠神達が出て行ったあと、結莉は炎を見つめながらひっそりと微笑んでいた。
「隠神さんたら…。織くん達もそろそろ気づくわよね。大丈夫、夏羽くん。皆いるのよ」
皆が眠りについた深い時間、突然夏羽が勢いよく起き上がった。ギュッと結石を力強く握りしめる。
「…怖い夢、見た?」
結莉も起き上がり、夏羽に問いかける。
「………」
夏羽は問いには答えず俯いていた。
結莉は夏羽の手をとって立ち上がる。
夏羽は縋るように結莉の手を握り返した。
一緒に小屋の外へ出るとポツリと夏羽が呟いた。
「……あんまり一緒にいない方がいい」
「どうして?」
「……いつ、食べてしまうかわからない。俺は、鬼だから。」
結莉は握っていた手を放すと、両手で夏羽の頬に触れる。そのままコツンと額を当てると、そっと目を閉じて微笑んだ。
「夏羽くんは誰も食べないわ。私は夏羽くんと一緒にいたい」
夏羽は戸惑いながら結莉に抱きついた。結莉は震える夏羽を優しく抱きしめ返した。
翌朝。夏羽は織と晶に「一緒にいない方がいい」と話し、「寝起きも食事も別にする」と告げて二人を避けるように駆けていった。
「晶。今、身体動くか?」
「え?う~ん、そこそこ…。昨日ゲンゲンやったばっかりだし…」
「じゃ、今日休め。明日空けとけよ」
「えっ?………!うん!わかった!」
織と晶は夏羽の悩みに気づいたようだった。結莉はそんな織達の様子に笑みをこぼしてしまう。
「結莉さん、なに笑ってんの?」
「え?な、なんでもないわ!」
「ふ~ん。結莉さん、わかってるんだろ?夏羽のこと」
「さあ?…友達って良いわねって思っただけよ」
にっこり笑う結莉の顔を、織はじーっと見つめる。
「ま、いーけどさ」
「………私じゃ足りないの。夏羽くんのこと、お願いね?」
結莉は一転して、真剣な眼差しでそう告げると夏羽の後を追って走っていった。
その日、夏羽は小屋から離れた木に寄りかかるようにして眠った。
隣には結莉がいる。
「結莉さんは風邪をひくから小屋に戻った方がいい」
「だめ!夏羽くんと一緒にいるの!」
泣きそうな顔で訴える結莉に、夏羽は「わかった」と頷いた。
夏羽は結莉の肩にもたれるようにして眠った。
あたたかくて心地よかった。
結莉の傍はいつもあたたかくて心地良い。それが何故なのかは、まだ夏羽にはわからなかった。
翌日、夏羽は崖に向き直る。結莉は離れたところで夏羽の様子を見守った。
「よし、今日こそ…」
織や晶のことが思い浮かび少し寂しい気持ちになるが、気を取り直して崖によじ登る。岩肌のヌルリとした感触に手を離すと、ねっとりと糸がはりついた。
「えっ、これは…」
驚く夏羽の眼前に尖った氷柱が勢いよく突き刺さる。氷柱が飛んできた方向に目を向けると、晶と織が佇んでいた。
「よう。勝負しようぜ」
「えっ?えっ…待っ」
戸惑う夏羽に目潰しの糸が浴びせられる。
「今度は当てちゃうよ。ちゃんと避けてよね~~」
晶はいくつもの氷柱を作り出すと夏羽に向けて放った。
「ま、まって、待って。で…できない。…攻撃したくない」
夏羽は目潰しの糸をはがし晶に訴える。
「はあ?『当てられねー』の間違いだろ!オメーのひねりのないパンチなんか…目ェつぶってても避けられるっつーの!」
上空から鋭い棘の靴で突き刺そうとする織を間一髪で夏羽はかわす。
「ごめんね、夏羽クン。思いっきりいくよ!」
夏羽の背後に晶は迫り、大きな氷柱の塊となった右手で思いきり夏羽を殴りつけた。夏羽は勢いよく吹き飛び木々に打ちつけられる。何本もの木が衝撃で折れ、折れた木々とともに夏羽は地面に倒れ込んだ。
「夏羽くんっ!!」
結莉が叫んで駆け寄ろうとすると、織が制止した。
「……強い……。強い。」
夏羽は立ち上がると地を蹴って、晶へとパンチを繰り出す。晶は氷の盾を作り、容易く夏羽の攻撃を受け止めた。驚く夏羽にニッと晶は笑んでみせる。夏羽の足首を今度は織の糸がかき切った。夏羽達三人は互角に戦い合うと、疲れきって地面に寝転んだ。
結莉は寝転ぶ夏羽の隣に寄り添う。
夏羽はスッキリとした顔をしていて、結莉はそれを見て微笑んだ。
「…以前、ミハイさんに教えてもらった。『怪物の力を使え』と…。でもあれじゃあたぶん…足りないからもっと奥に行こうとイメージして…そうしたら鬼の俺がいて…このまま力を求めたらみんなを食べてしまうんじゃないかと思って…先へ進めなかった」
「んなことでウダウダしてたのかよ。ナメられたもんだな」
夏羽の呟きを織は一蹴する。
「うん…誤解していた。シキも晶も…俺が思っているよりずっと、簡単には食べさせてくれないと思う」
「俺らだけじゃねえよ」
「うん」
「あ、でも結莉さんは…」
「何度も言ってるわ。夏羽くんは私を食べたりしない。それに…、もしも夏羽くんに食べられそうになっても、織くんや晶くんが絶対に止めてくれるわ」
「うん!」
夏羽は力強く拳を握った。その目にもう迷いはなかった。
「か、夏羽くん!?」
夏羽は気を失っており、白目をむいていた。身体が再生する様子はない。
「夏羽くん!夏羽くん!!夏羽くん!!!」
何度も呼びかけるが反応がない。
結莉は夏羽の頭を抱え、まだ崖を登っている織と晶に視線を向ける。二人が戻ってくる様子はまだなかった。
どうしよう。
どうしたらいいの?
夏羽に視線を戻すと、ふとあることに気が付いた。
夏羽がいつも大事そうに持っている石がない。
もしかして…。
そっと夏羽の頭を地面に置くと、結莉は周辺に石が落ちていないか探し始めた。
そこへ勢いよく織と晶が落下してくる。
「織くん!晶くん!大変なの!!夏羽くんが!!」
二人に駆け寄り、動かない夏羽の頭を指差す。
「えっ!!?」
とにかく夏羽の意識を取り戻そうと、織は思い切り夏羽の両頬を何度も平手打ちした。
すると力なく夏羽が目を開く。
「…?あれ…地上…?」
「どーいう状況だよ!何があったんだ!?」
「…わからない。うっかり石を落としてしまって…そうしたらなぜか体が再生しなくて。…あ、…遅い…、あと…眠い…」
「キャー!夏羽クン寝ちゃダメ!なんか死んじゃいそうなんだけどこれ~!!」
「やっぱり石がないからなのね。石…、石…、あった!」
結莉は転がっていた石を見つけて拾いあげると、夏羽のところへ持ってきた。
「確か咥えていたような…」
ガボッと夏羽の口にとにかく石を突っ込むと少しずつ夏羽の体は再生が始まったようだった。
「夏羽の再生能力って限界あったんだな…」
「そりゃそうだよ~。ボクもお水凍らせすぎるとへとへとになっちゃうもん」
「まあ…そうだよな…。こんなこと際限なくやられちゃたまんねーし」
チラと織は山積みになった夏羽の身体を見る。
「ひらめいたと思ったのに…」
力なく、残念そうに夏羽は呟いた。
「いや…でもさ、今のでひとつわかったぜ。怪物の結石は融合してパワーアップするって話だっただろ。で、夏羽には命結石の力が使えてるけど、どう強くなってんのかはイマイチわかってなかったじゃん。たぶんそれ再生力とか生命力だったんだ。石なしの炎の総量を1とすると今は6あるわけよ。だから石手放すとバテる。ちゃんと自覚して使いこなせばもっと色んなことできるかもしれないぜ。今みたいに『量』に使ってもいいし、『質』に使ってもいい。もっと強い腕生やすとかさ」
「なるほど…、やってみる…」
夏羽はプルプルと力を込めるが、すぐにクタリと力尽きてしまった。
「今日は無理っぽいな…」
「休憩にしようよ。ボクお腹すいちゃった」
「じゃあ…俺が食べるものをとってくる…。頭は動くから…」
「頭だけだとあぶないよ~。ボク持ってあげるから一緒に行こ!」
晶は心配して夏羽について山へと入っていった。
二人が進んでいった先を結莉は心配そうに見つめる。
「意識が戻ったし大丈夫だろ。そのうち身体も元に戻る。晶もついてるから、あんまり心配すんな」
「うん…」
織に大丈夫だと諭され、結莉はようやく心を落ち着けた。織は崖へと向き直る。
「…体力か。たぶん今のやり方じゃ使い過ぎなんだ、糸…」
そして自分の手のひらをジッと見つめた。すると何かに気づいたようで慌てて靴を脱ぐ。
「手!!手からじゃなくても…!」
織が足に意識を集中させると、足の裏からするすると糸が出てきた。そのまま糸を編み込んでスニーカー状の靴を形成する。
「わあ…すごい!」
感嘆の声をもらす結莉にニヤっと織は笑ってみせた。
「よし、行くぜ!」
崖に力強く足をかけるとトントンとバネのように跳躍していく。
「めっちゃ楽!くっついてすぐはがれる性質にすれば崖でも落ちないし両手も使える!で、応用!ソール部分に空気を入れて…風船みたいに膨らます!」
バムッと力強く踏み込むと、今までにない大きな跳躍をすることができた。
「あはっ、すげーっ!」
跳躍力に身を任せクルクルと回転する織。
「…っと、やべやべ。調子こいてたら落ちる」
手から糸を出し、崖の斜面に身体を寄せるともう一度足を使って跳躍する。織はどんどん崖を登っていき、遂に頂上へとたどり着くことができた。
「すごい!織くん!」
地上から見上げる結莉に向かって織は嬉しそうに思いきり手を振った。
「結莉さん、なんとかキノコがとれたよ~」
「あ、晶くん。夏羽くん。見て!」
帰ってきた晶達に織を指差す。
織は勢いよく斜面を滑り降りてくると、ピョンと跳躍して着地した。
「一番乗り~~」
「えっ…、え~~っ!?ウソ!!もしかして登っちゃったの!?どうやって!?」
「それ教えたら修行になんねーだろ。ま、ひらめきの勝利ってやつかな。オマエらも泥クセーことやってないでアタマ使えば?」
得意気な織の様子に結莉はにっこりと微笑んだ。
「おめでとう、織くん」
「へへ、ありがとな」
それから何日か過ぎたが、夏羽と晶は未だ崖登りの課題を達成できずにいた。
修行開始からちょうど1ヶ月目。
晶はうつろな目で蛇の丸焼きにかぶりつく。
織が残していた蛇と蛙の丸焼きも貰い、あっという間にたいらげてしまった。
「じゃあいってきま~す」
最初は嫌がっていた蛇や蛙も今では躊躇うことなくよく食べるようになった晶だが、覇気がなく、まるで人が変わったようだった。
「晶くん」
結莉は心配で晶の後を追いかけた。晶はなにやらブツブツと独り言を唱えており、結莉のことにも気づいていないようだった。
「…あ~~~も~~~、うるさいなあ~~!!そんなのわかってるけどやるんだよ~!!」
突然晶が怒鳴ったかと思うと、晶の周りの大気が急激に冷えていく。晶の身体は凍りつきながら様相を変えていった。
「ボクが…強くなんないとさあ~~!シキとか…すぐ死にに行っちゃうからさあ!結莉さんは優しすぎて危ういし!夏羽クンも…みんな…自分を犠牲にする人ばっかりだから、ボクが強くなって隣にいなくちゃダメなんだよ!!」
晶は冷気の力を利用し、大きく空を飛んだ。
「…ありゃ?できてる!えっ、すごーい。ボク今空飛んでる。前と違ってムキムキじゃないし…こんな力もあるんだ。わーい」
飛び続けた後、ふと眼下を見ると崖の頂上が見えた。
「…あれ?」
晶が地上に降り立つ頃、夏羽と織も異変に気づき駆けつけてきた。
「結莉さん。夏羽クン。シキ」
「おめでとう、晶くん」
「登れたのか!?やるじゃん!」
「うん、登ったっていうか降りたんだけど。見て見て、これすごくない?ヒーローみたーい」
晶は機嫌良く空を飛び回る。そんな晶の様子に織は慌てて声をかけた。
「おいバカ調子乗んな!!オマエそれそろそろ切れるぞ!」
晶の凍りついた肌に亀裂が入ったかと思うと突然失速し、バコシャ!と思いきり落下してしまった。
「言わんこっちゃねー。あれ見るの初めてだろ。パワーすげーけど切れんのも早いんだよな」
「うん、すごい。………」
夏羽は感嘆するとともに、どこか焦っているようだった。
駆け寄れば、晶の姿はすっかり元に戻っていたが、筋肉痛で身動きが取れずにいた。
「いたいよ~」と泣き喚く晶を小屋に運び込んで布団に寝かせると、織と夏羽は修行に戻っていった。結莉は晶に付き添い、傍らに座り込む。
「結莉さん」
「なぁに?晶くん」
「結莉さんは、いつも優しいよね。だからボク、心配なんだ。結莉さんは『いつも誰に対しても優しい』から。」
「………心配してくれてありがとう。」
「ボクが強くなって隣にいるからね」
「うん。晶くんがいてくれたら安心だわ」
「ホント!?えへへ…」
晶は嬉しそうに笑った。
夜。皆が眠ったあと、夏羽は起き出して外へと出て行った。
気づいた結莉は夏羽の後をそっと追いかける。
夏羽は川沿いに座り込み、自身の腕をもぎ取っては腕の再生を繰り返していた。
「またいつもの腕だ。なかなかうまくいかない…炎はたくさん出るのに。強い腕のイメージがあいまいなのかも。強い…強い人…。あ…あと女木島さん…押し合ったときびくともしなかった。あと…」
すると夏羽は勢いよく川の水で顔を洗い、水面を呆然と覗き込んだ。
「夏羽くん」
結莉が声をかけると、夏羽は勢いよく振り返った。その顔は恐怖に歪んでいた。
状況を飲み込めていない夏羽に近づくと、結莉はぎゅっと夏羽を抱きしめた。
「…大丈夫。なにか怖いこと、あった?」
「………」
何も言わない夏羽に結莉は優しく言葉を紡ぐ。
「…あのね、夏羽くんはもっと甘えていいのよ」
「…甘える?」
「そう。夏羽くんは両親と離れて、ひとりで一生懸命に生きてきたのよね。でも、今はひとりじゃないわ。皆がいる。もっと甘えたり、周りを頼ったりしていいのよ。貴方が全部をひとりで抱え込む必要なんてないの」
「…どうしたらいいのかわからない」
戸惑い、視線を彷徨わせる夏羽を結莉は優しく撫でた。
「夏羽くんが悩んでいること、相談してくれたら嬉しい」
「………」
「話したくないなら、無理に話さなくてもいいわ。…私じゃ足りないのはわかっているけれど、貴方のお母さんの代わりを担えたらって、そう思うの。楽しいことも苦しいことも何でもお話できて、何でも分かち合えたらって」
「………結莉さんは…、時々こうやってくれる。とてもあたたかくて、なんだか…心地いい」
「ありがとう。そう言ってもらえたなら、とっても嬉しい」
にっこりと微笑む結莉を夏羽はまっすぐに見据えると「あの…!」と声をかける。
「あ…えっと…その…」
もごもごと口ごもる夏羽の様子を結莉は優しく見守った。
「俺は『屍鬼』だから、だから…力を求めたらみんなを食べてしまうかもしれない。食べたくない…!」
「そう。それが怖かったのね…。大丈夫。夏羽くんは皆を食べたりしません」
にっこり微笑む結莉に「でも!」と夏羽が声を荒げる。
「今までに、誰かを食べたことがあるの?」
「それは…ないけど…、でも、鬼がつく怪物は人を食べるんだって聞いた」
「じゃあ、人を食べない鬼もいるかもしれないわ。夏羽くんのように」
夏羽の瞳がその言葉に揺らぐ。
「それは…そうかも…だけど…」
「可能性はゼロじゃないでしょう?ね?」
「……うん…」
「話してくれて、ありがとう。もしもまた怖くなったら、いつだって聞くわ。いつだって傍にいる。私だけじゃないわ、皆がいるのよ。だから大丈夫。…さあ、帰りましょう」
夏羽の手をひいて小屋へと戻ると、結莉は夏羽を寝かせ隣に自身も横になった。
「おやすみなさい、夏羽くん。また明日ね」
「おやすみ、結莉さん。…また明日」
夏羽は目を閉じると、安心したのかすぐに眠りについた。
翌朝。
「無事登頂!おめでとさん」
久しぶりに現れた隠神を、織はキッと睨みつける。
「ちょっと!隠神さん!!」
「なんだ?」
「なんで、結莉さんと俺らが一緒に寝泊まりしないといけないわけ!?おかしいって!!」
「なんだ不満か。織はてっきり喜んでいるかと思ったが」
「よ!!??」
隠神の発言に激しく動揺する織。
「まあ、大丈夫でしょ。皆、紳士だし。なあ、織?」
ニヤニヤしながら隠神がそう言うと織は顔を真っ赤にしながら「ぜってー顔面糸まみれにしてやる!」と吐き捨てた。
「それじゃあお手並み拝見といくか。俺の身体のどこでもいい。当ててみな」
隠神がそう告げると、晶と織が前へと進み出る。晶は立花権現の力を使い、隠神と激しく攻防する。その隙に身を隠した織は二人の様子を伺うと、何か思いついたように「晶!」と声をかけ晶の背中に飛び乗った。
「あれ?シキ、いつの間に」
「フルパワーで広範囲やれ!全ぷっぱ!!」
「えっ、いいの?」
ビュオッとひときわ大きく冷気を集中させると晶は思いきり集めた冷気を放った。
バキン!!と辺り一面が晶の力で凍りつく。離れて見守っていた結莉と夏羽の足まで凍りついてしまった。
姿を隠す隠神の本体を、織は瞬時に見つけ出すと素早く糸を放った。
「っしゃ!顔面!!」
隠神が姿を現すと顔面に当てたと思われた糸は隠神の手によって阻まれていた。
「あ!!」
「お見事。上等上等。合格だよ」
「隠神さん!!」
夏羽は必死の形相で隠神に駆け寄った。足が凍りついた結莉を抱きかかえて。
「まずいな。早く溶かさないと凍傷になる」
「うわっ!結莉さん!足凍ってんじゃん!!とにかく小屋に!!」
慌てて小屋へ結莉を運び込むと、急いで火をおこし足を温めた。少しずつ氷は溶けてゆくが、結莉は辛そうに顔をしかめていた。
「ごめんね。結莉さんまで巻き込んじゃうなんて思ってなかったから」
晶はポロポロと涙をこぼしていた。
「晶くんは悪くないのよ。凄いね、晶くんは。一瞬であれだけの広範囲を凍らせてしまうんだもの。織くんと協力して、隠神さんに一撃当てられたでしょう。二人とも凄かったわ」
結莉は辛そうにしながらも微笑んでみせた。
そんな結莉に晶はますます泣いてしまった。
心配そうにオロオロと歩き回る夏羽に隠神が声をかける。
「夏羽。お前はまだ崖だ」
「あっ、はい。すみません。失礼します」
夏羽はぺこりと頭を下げ、小屋から出て行った。
「隠神さん。そんな追い出すようなこと…」
「そうだよ。何その言い方~。夏羽クンがんばってるのに…」
「あいつなんかスランプっぽいんだよな。言わないから知らないけど」
隠神は三人を一瞥すると、おもむろに話し始めた。
「-夏羽が事務所に来たばっかりの時は、あいつ怖いものなんて何もないって顔してただろ。けどな、今はたくさんあるんだよ。何だと思う?」
「えっ?」
「………」
そして隠神はチラリと結莉を見た。
結莉は何も言わずジッと隠神を見つめる。隠神はふっと笑って顔を背けた。
「さて、結莉ちゃんはここでしばらく休んでもらって。お前らは次は応用編だ。それぞれの武器を実戦向きに強化する」
隠神達が出て行ったあと、結莉は炎を見つめながらひっそりと微笑んでいた。
「隠神さんたら…。織くん達もそろそろ気づくわよね。大丈夫、夏羽くん。皆いるのよ」
皆が眠りについた深い時間、突然夏羽が勢いよく起き上がった。ギュッと結石を力強く握りしめる。
「…怖い夢、見た?」
結莉も起き上がり、夏羽に問いかける。
「………」
夏羽は問いには答えず俯いていた。
結莉は夏羽の手をとって立ち上がる。
夏羽は縋るように結莉の手を握り返した。
一緒に小屋の外へ出るとポツリと夏羽が呟いた。
「……あんまり一緒にいない方がいい」
「どうして?」
「……いつ、食べてしまうかわからない。俺は、鬼だから。」
結莉は握っていた手を放すと、両手で夏羽の頬に触れる。そのままコツンと額を当てると、そっと目を閉じて微笑んだ。
「夏羽くんは誰も食べないわ。私は夏羽くんと一緒にいたい」
夏羽は戸惑いながら結莉に抱きついた。結莉は震える夏羽を優しく抱きしめ返した。
翌朝。夏羽は織と晶に「一緒にいない方がいい」と話し、「寝起きも食事も別にする」と告げて二人を避けるように駆けていった。
「晶。今、身体動くか?」
「え?う~ん、そこそこ…。昨日ゲンゲンやったばっかりだし…」
「じゃ、今日休め。明日空けとけよ」
「えっ?………!うん!わかった!」
織と晶は夏羽の悩みに気づいたようだった。結莉はそんな織達の様子に笑みをこぼしてしまう。
「結莉さん、なに笑ってんの?」
「え?な、なんでもないわ!」
「ふ~ん。結莉さん、わかってるんだろ?夏羽のこと」
「さあ?…友達って良いわねって思っただけよ」
にっこり笑う結莉の顔を、織はじーっと見つめる。
「ま、いーけどさ」
「………私じゃ足りないの。夏羽くんのこと、お願いね?」
結莉は一転して、真剣な眼差しでそう告げると夏羽の後を追って走っていった。
その日、夏羽は小屋から離れた木に寄りかかるようにして眠った。
隣には結莉がいる。
「結莉さんは風邪をひくから小屋に戻った方がいい」
「だめ!夏羽くんと一緒にいるの!」
泣きそうな顔で訴える結莉に、夏羽は「わかった」と頷いた。
夏羽は結莉の肩にもたれるようにして眠った。
あたたかくて心地よかった。
結莉の傍はいつもあたたかくて心地良い。それが何故なのかは、まだ夏羽にはわからなかった。
翌日、夏羽は崖に向き直る。結莉は離れたところで夏羽の様子を見守った。
「よし、今日こそ…」
織や晶のことが思い浮かび少し寂しい気持ちになるが、気を取り直して崖によじ登る。岩肌のヌルリとした感触に手を離すと、ねっとりと糸がはりついた。
「えっ、これは…」
驚く夏羽の眼前に尖った氷柱が勢いよく突き刺さる。氷柱が飛んできた方向に目を向けると、晶と織が佇んでいた。
「よう。勝負しようぜ」
「えっ?えっ…待っ」
戸惑う夏羽に目潰しの糸が浴びせられる。
「今度は当てちゃうよ。ちゃんと避けてよね~~」
晶はいくつもの氷柱を作り出すと夏羽に向けて放った。
「ま、まって、待って。で…できない。…攻撃したくない」
夏羽は目潰しの糸をはがし晶に訴える。
「はあ?『当てられねー』の間違いだろ!オメーのひねりのないパンチなんか…目ェつぶってても避けられるっつーの!」
上空から鋭い棘の靴で突き刺そうとする織を間一髪で夏羽はかわす。
「ごめんね、夏羽クン。思いっきりいくよ!」
夏羽の背後に晶は迫り、大きな氷柱の塊となった右手で思いきり夏羽を殴りつけた。夏羽は勢いよく吹き飛び木々に打ちつけられる。何本もの木が衝撃で折れ、折れた木々とともに夏羽は地面に倒れ込んだ。
「夏羽くんっ!!」
結莉が叫んで駆け寄ろうとすると、織が制止した。
「……強い……。強い。」
夏羽は立ち上がると地を蹴って、晶へとパンチを繰り出す。晶は氷の盾を作り、容易く夏羽の攻撃を受け止めた。驚く夏羽にニッと晶は笑んでみせる。夏羽の足首を今度は織の糸がかき切った。夏羽達三人は互角に戦い合うと、疲れきって地面に寝転んだ。
結莉は寝転ぶ夏羽の隣に寄り添う。
夏羽はスッキリとした顔をしていて、結莉はそれを見て微笑んだ。
「…以前、ミハイさんに教えてもらった。『怪物の力を使え』と…。でもあれじゃあたぶん…足りないからもっと奥に行こうとイメージして…そうしたら鬼の俺がいて…このまま力を求めたらみんなを食べてしまうんじゃないかと思って…先へ進めなかった」
「んなことでウダウダしてたのかよ。ナメられたもんだな」
夏羽の呟きを織は一蹴する。
「うん…誤解していた。シキも晶も…俺が思っているよりずっと、簡単には食べさせてくれないと思う」
「俺らだけじゃねえよ」
「うん」
「あ、でも結莉さんは…」
「何度も言ってるわ。夏羽くんは私を食べたりしない。それに…、もしも夏羽くんに食べられそうになっても、織くんや晶くんが絶対に止めてくれるわ」
「うん!」
夏羽は力強く拳を握った。その目にもう迷いはなかった。