人と怪物の辿る道
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「『ひとり一年ずつ俺らにくれる』って……どういうこと?言葉の意味おかしくねぇ?」
疑問をぶつける織に隠神は淡々と返す。
「いや、まさに言葉通り。それが多郎太の持つ『時渡し』の力なんだ」
「時渡しは俺が生来持つ神通力でな!言うなれば『ものの時を早送りする力』だ。しかしその一方で『俺の時は巻き戻る』。使えば使うほど…。若返るのとは違う。この力は俺の成長を消費するのだ。齢を超えた時を渡せば俺は命を落とすだろう。ゆえに大事にとっておいたのだ。しかるべき時、この力のすべてを我が娘…伊予姫に使うために。だが!隠神が屋島に戻ってくるなら補って余りあるというもの!案ずるな少年たち!狸は案外長生きだ!」
多郎太はワハハと笑ってバシバシと陽気に織の背中を叩いた。
「では早速始めよう!ここでは手狭だ。ついて来てくれ!」
多郎太に付き従い山中へと一行は赴く。
開けた場所に出ると多郎太はどっしりと胡座をかいて座り込んだ。多郎太の周りを福姫、ヨシヱ、満吉が取り囲む。
「伊予に使う前の試運転といったところだな。皆、頼んだぞ!」
「かしこまりました」
危ないので下がるように言われ、夏羽達は少し離れたところで様子を見守った。
「参ります」
ヨシヱの合図に合わせ、三人が多郎太に力を注ぎ込む。多郎太の姿が光に包まれたかと思うと、光は段々と小さくなり、コロンと瓢箪が地面に転がった。
「…これは…ひょうたん?」
「三人ががりで変化させたにしちゃあなんか…これが時渡し?」
「ではどうぞ」
ヨシヱがポンと瓢箪の蓋を外し夏羽達へとその口を向ける。
「修練場『時渡しの瓢箪』です。どうぞ中へ」
夏羽が瓢箪の口をのぞき込むと途端に身体が瓢箪へと吸い込まれてしまった。
ペッとはきだされた場所は空中だった。
眼下には大きな島が広がっている。
どんどんスピードを上げて落ちていく夏羽達。
「島?」
呑気に疑問を口にする夏羽。
「いや死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!糸!糸引っかけれるとこ捜せ!!あと掴まれ!早く!」
織は慌ててすぐに結莉を抱き寄せると糸がかけられそうなところを捜す。
夏羽も晶を抱えたまま器用に織の身体にしがみついた。
「あれだ!」
ひときわ高くそびえ立つ大木を見つけると、夢中で木に向かって糸を伸ばした。
織は結莉が傷つかないよう、くるりと向きを変え、しっかりと抱きかかえると、背中から大木へと勢いよく突っ込んだ。
「いでででででええ」
葉っぱがクッションとなり落下の勢いを受け止めてくれたものの、尖った枝葉が肌に刺さり痛い。
なんとか大木の幹にぶら下がることに成功した。
「織くんっ!!」
結莉は青ざめた顔で心配そうに織を見上げる。
「へーき。降りるから、まだ掴まってて」
気丈に笑ってみせると、糸をワイヤーのように使いゆっくりと織たちは地上に降り立った。
地上に着いてようやく織はほっと息をつく。
「空に穴が開いてる。あそこから落ちてきたのか…」
「殺す気かよ。先言っとけよな、マジで~~。結莉さん大丈夫か?どこも怪我してないよな?」
心配そうな眼差しを向ける織を結莉は潤んだ瞳で見つめた。
「…織くん、怪我してる。ごめんね、守ってくれたのよね」
今にも泣き出しそうな結莉に織は慌てた。
「こんな傷、かすり傷だって!だから気にしなくていーから!これくらいの傷どーってことないって!…ん?」
バササ…と一羽の鳥がこちらへと向かってくる。フワリと降り立つと鳥は隠神へと姿を変え、地面に着地した。
「よし、無事だな」
「狸、ズリィ~~」
「悪い悪い。俺も初めて入ったんだよ。しかしなるほど…修練場か」
隠神が辺りを見渡すと木には美味しそうな果実が実っており、飲み水となりそうな美しい川が流れていた。
「ふぅん。結構いいじゃないか」
「そうだろう!!」
天から得意そうな多郎太の声が聞こえてくる。
「ここってあのおっちゃんの腹ん中なのかな…」
「さて。もう察しはついてると思うが、お前らには、ここで一年修業してもらう。さっきも言ったがここでの時間は多郎太にもらったものだ。一年経って外に出てもせいぜい数時間ほどしか時は進んでいないだろう。ちなみに俺と結莉ちゃんの時は多郎太の消費時間には含まれない。修業の必要がないからな。まあ、俺たちは干渉者ってとこだ。じゃ、そういうことでまずは…そうだな。お前らいっぺん全員でかかってこい。何が足らないか確認したいからな。俺の身体のどこでもいい。一回でも攻撃してみろ。当てるだけでいいぞ」
「……」
「当てるだけって…そんだけ?」
「あの…俺手加減できないかもしれないです」
「そうだよ。ただでさえ腕折れてんじゃん」
「まあ問題ないだろ。できないだろうし…」
隠神の態度に織は夏羽に耳打ちする。
「ちょっとナメられすぎじゃねぇ?もっと難しい課題出させたいんだけど」
「でも…一緒に戦ったけど隠神さんはすごく強かった。シキは見てないから…」
「は?俺だって隠神さんの前で本気見せたことないし」
「晶は?」
「そいつ今ガス欠中」
意を決して夏羽と織は隠神に向き直り構える。
「目つきはいいな。よし来い」
夏羽は全速力で隠神に接近し拳を繰り出すが、あっけなくかわされてしまった。
「うーん。やっぱりちょっと遅いな。お前は基本やりたいことバレバレだから、バレても強い武器があるといいな」
「は…はい!」
織は蜘蛛の能力で姿をくらませると、こっそりと空中から接近し、ネット状に広げた蜘蛛の巣を隠神に向けて放った。
が、隠神の拳を顔面にくらい、そのまま地面へと倒れ込む。
「姿消してるだけで気配が消せてない。あとちょっと近づきすぎだぞ。お前は一撃も食らわないのが理想的だ」
織は鼻から血が流れており、恥ずかしさと悔しさからすぐに立ち上がると、また隠神へと向かっていった。夏羽もどうにか隠神に当てることができないかと再度挑戦する。
幾度となく挑んでは返り討ちに合う二人の様子を見て、結莉は心配で駆け寄りたい気持ちを必死に抑えていた。
(皆と一緒に行動するって決めたのだから、私も慣れなくては。皆が傷を負うことだってある。それをいちいち心配して、皆の足枷になってはいけないもの…!)
「だいたいわかった。やっぱりまずは基礎からだなあ。よしOKだ。こうしよう」
隠神は辺りをウロウロすると、手を地面につける。もこっと地面が盛り上がったかと思うと、たちまち巨大な崖が形成された。
「『変化の崖』だ。一時間以内に登り切らないと頂上に到達できないようになってる。まずは三人共通でこれ」
「……?」
「えっ?それってつまり…どういうこと?」
「まあやってみりゃわかるさ。晶が起きたら説明しといてやれ。あと、結莉ちゃんは皆と居てやって。きっと必要になるから。じゃあ、登れたらまた来るから。がんばれよ」
ポンと隠神は鳥に変化するとスイーと飛んでいってしまった。
「あっ!…行ってしまった」
「崖登りって……マジ?…ま、いいか。要するにさ。これクリアできたら隠神さんに一発入れられるようになるってことだ。よーし、やる気出てきた。顔面糸まみれにしてやる!オマエもなんか考えとけ。結莉さんは晶とそこで見てて!」
「は、はい!」
結莉の返事を確認すると織は勢いよく崖に挑んでいった。
夏羽も晶に上着をかけてやってから、崖登りに挑んでいく。
ポツンと取り残された結莉は思考を巡らせた。
おそらくこの課題は普通に挑んでもできない。でも、私が助言するのは違う。彼ら自身で気が付かないといけない。私ができるのは『見守る』こと。
私は知らない。
彼らの能力のことはよくわからないし、怪物同士の戦いもしっかり見たことがない。
『見て、理解して、考えて、自分にできることをする』。
『屍鬼』、『蜘蛛』、『雪男子』。
まずは、彼らのことをもっと知らなくては。
しばらくして、夏羽と織が同時に崖から落ちてくる。ドシャア!という大きな音とともに二人は思い切り地面に打ちつけられた。
「だ、大丈夫!?」
声をかけると二人から大丈夫だと返答が返ってきたため、結莉はホッと胸をなで下ろした。
「っつーか、なんで落ちてんだよ!!夏羽もってことは仕様か!?」
「わからない。目の前の崖が突然消えて…。…あっ、もしかして…『一時間』?」
「あ!!そっか!『一時間以内に登り切らないと』ってヤツ!俺らが時間内に登りきれなかったからリセットされたんだ…。うわ~~マジかよ~。…でもなるほどな。なんとなくわかったぜ。どれだけ高いかわからない崖。登るのに必要なのは…まず体力と、終わりの見えないものに挑み続ける精神力。それに…何より工夫が必要だ。」
「あっ『基礎』」
「そういうことじゃねーかな。はあ~~…、俺おんなじことずっとやんのキライなんだよなー。まあスクワット1000回とかよりマシだけど……」
織がふと見ると、夏羽はまた崖をよじ登っていくところだった。
「ってコラ!!アタマ使えっての!聞いてた!?俺が糸使ってダメなんだぞ」
「でも他に手もないし…。やっているうちに何か思いつくかも」
「ま、いいか。俺が口出すのもちがう気がするし…。飲み水どっかにねーかな」
織は崖から背を向けると、飲み水を探しに歩き始める。どこか恥ずかしそうに結莉から視線を外して歩き去っていった。
そんなに時間はかからずに織は戻ってきたが、やはり故意に結莉から視線を逸らしている。
「織くん」
「えっ、な、なに?」
呼び止めると動揺した様子を見せる織。結莉は織の手を両の手でとって微笑んだ。
「大丈夫。織くんなら、できます」
そう言ってから、ジッと織を見つめる。
「…失敗したこと、気にしてるんでしょう?かっこ悪いとか思ってる?」
「えっ!?」
図星をつかれて慌てる織に、結莉はクスッと笑った。
「頑張っている織くんは格好良いですよ、とっても」
その言葉を聞いて頬を染める織の背を押し、崖登りへと促す。
「頑張って、織くん。ちゃんと見ているから」
微笑む結莉の目を今度はまっすぐに見つめて、織は「おう!」と力強く答えた。
ズデデ!
ドシャ!
ドシャア!
4回目の挑戦もあっけなく失敗に終わる。
「も…ダメ…、今日はもう…無理…」
ゼェゼェと息を切らす織。
「俺はもうちょっとできる」
まだ余力のある夏羽はまた立ち上がろうとするが、織に止められた。
「おなかすいた…」
そこへ、とぼけたような小さな呟きが響く。
「あれ?ここどこ…?おうどん屋さんは…?」
パチリと晶が目を覚ます。途端に筋肉痛に襲われたのか「痛いよ~」と泣きわめいた。
「ちょーどいいや。初日だし、夜になる前に拠点と食い物探そうぜ。水探してたら井戸と小屋は見つけたんだよ」
織の案内で、見つけたという小屋へと向かうと、古めかしい家屋が建っており、中は電気の通っていない様子だった。
「あっ。台所だ。食べ物がありそう」
夏羽が台所の扉を開くと、積み上げられたうどん粉の袋や火おこし用の薪、醤油にボウルなどうどんを作る道具や材料が一式揃っていた。
結莉に作り方を教わって、三人はうどん作りに取りかかった。
手打ちうどんが完成し、うどんをすする。まずまずの出来だったが、なんだか味気ないような気がした。
「結莉さんは?食べねーの?」
「私は大丈夫。皆と消費時間が違うから、お腹が減らないのよ」
「そっか。俺らが一年経っても結莉さんは数時間しか経たないんだもんな。でも、腹減ったらいつでも言えよ?」
「うん。ありがとう」
腹ごしらえを終え食器を片付けてから居間に戻る。居間の押し入れを開けてみると敷き布団一式が収納されていた。
「おっ、布団あんじゃん」
皆で布団を一列に並べて敷く。
結莉は食事同様、眠くなかったのだが皆が寝ている間、結莉だけ起きているのは申し訳ないとのことで、横になるだけで良いから一緒に寝てほしいということになった。
「ねーねー、どこで寝る?ボク、結莉さんの隣が良い~!!」
はしゃぐ晶に夏羽が淡々と呟く。
「でも晶は寝相が悪いから。結莉さんは織の隣が良いと思う」
「は!?」
顔を真っ赤にする織。晶は「え~」と不満そうだ。
「っていうかちょっと待て!結莉さん女の人だぞ!俺らと一緒って…、もっと離れて寝た方がいいんじゃねーの!?」
「「え?何で??」」
キョトンと不思議そうにする夏羽と晶に、織は諦めた様子でため息を吐いた。
「っつーか、結莉さんは?ほら、俺らと一緒に寝るとかやっぱ困るだろ?」
「え?どうして?」
キョトンと結莉も不思議そうに織を見つめる。
「いや…そーゆーとこも好きだけどさ…。もういい、何でもない」
はあーと織は大きくため息を吐いた。
結局左から晶、夏羽、結莉、織の順で並んで寝ることとなった。
全員が布団に入ってすぐに、織が喚きだす。
「いや、近い近い近い近い!」
「もー、織ってばうるさい!」
ぷぅと頬を膨らませて怒る晶。
「いやいやいやいや、気になるって!ちょっと結莉さん、もっと夏羽の方に寄って。そうそうそれくらい」
ぴったりと夏羽とくっつくくらいの距離まで結莉は移動する。
「夏羽くん、大丈夫?狭いでしょう?」
「大丈夫。問題ない」
ようやく目を瞑って四人は眠った。
織と結莉は時間軸が異なるからか精神世界が繋がることはなかった。
翌日。崖登りについて晶に説明し、一同は再び挑む。挑んでは失敗し、時間だけが過ぎていった。
食事に関しては、うどんだけでは味気ない…と、日によって魚をとったり、林檎をとったり、うさぎを仕留めたりもした。
衣服の洗濯に関しては、織は初めずいぶん嫌がった(結莉の前でパンツ姿になりたくない)が、それも諦めがついたようだった。
島での生活も大分慣れてきたある日。
「もうやだ。絶対ムリ」
と晶が泣き出した。
「うるせーな…士気下がるからやめろや…」
「だって~、ヘンだよ~!シキが糸使ってムリなのにボクや夏羽クンにできるわけないじゃん。絶対なんかおかしいって~~!」
「それは確かに。でも隠神さんは俺たちにできないことはやらせないと思う。がんばろう」
「夏羽くんの言うとおりよ、必ずできるわ。だから諦めないで」
「そうかなあ~~」
夏羽と結莉に励まされ晶はようやく泣き止んだ。
「オマエはアレ使えばもうちょっといけるだろ。雪男子の…」
「あ~~アレ?アレね~…正直あれどーやったのか覚えてないんだよね…シキ知らない?」
「知るか!!ねー頭ひねって絞り出せや!」
「あ…頭ないことないもん!」
言い合う晶と織だったが、「頭」と夏羽が突然呟いたのでそちらへと視線を向ける。
夏羽は自分の頭を掴むと思い切り力を込めて首から切り離した。
サーッと結莉が青ざめる。
「か、夏羽くん!く、首!」
夏羽は切り離した頭を思い切り天へと投げた。
「やっぱり。頭だけのほうが…普通に登るより速い!」
夏羽の身体や手足はすぐに再生され、力強く崖にしがみついた。
「ひらめいた。ふたりともありがとう」
そして夏羽はまた頭を切り離し天へと投げる。切り離された胴体だけが落下し、ボーンと地面に打ちつけられた。
「し、織くんっ!どうしよう、夏羽くんのあ、頭!頭が!身体が!!」
ぐるぐると目を回して慌てふためく結莉に織は声をかける。
「結莉さん、見るの初めてだもんな。夏羽の身体は再生するんだ。まー、深く考えない方がいいぜ」
しばらくして結莉の気持ちが落ち着いたことを確認してから織も夏羽に負けてられないと崖に向かっていった。
疑問をぶつける織に隠神は淡々と返す。
「いや、まさに言葉通り。それが多郎太の持つ『時渡し』の力なんだ」
「時渡しは俺が生来持つ神通力でな!言うなれば『ものの時を早送りする力』だ。しかしその一方で『俺の時は巻き戻る』。使えば使うほど…。若返るのとは違う。この力は俺の成長を消費するのだ。齢を超えた時を渡せば俺は命を落とすだろう。ゆえに大事にとっておいたのだ。しかるべき時、この力のすべてを我が娘…伊予姫に使うために。だが!隠神が屋島に戻ってくるなら補って余りあるというもの!案ずるな少年たち!狸は案外長生きだ!」
多郎太はワハハと笑ってバシバシと陽気に織の背中を叩いた。
「では早速始めよう!ここでは手狭だ。ついて来てくれ!」
多郎太に付き従い山中へと一行は赴く。
開けた場所に出ると多郎太はどっしりと胡座をかいて座り込んだ。多郎太の周りを福姫、ヨシヱ、満吉が取り囲む。
「伊予に使う前の試運転といったところだな。皆、頼んだぞ!」
「かしこまりました」
危ないので下がるように言われ、夏羽達は少し離れたところで様子を見守った。
「参ります」
ヨシヱの合図に合わせ、三人が多郎太に力を注ぎ込む。多郎太の姿が光に包まれたかと思うと、光は段々と小さくなり、コロンと瓢箪が地面に転がった。
「…これは…ひょうたん?」
「三人ががりで変化させたにしちゃあなんか…これが時渡し?」
「ではどうぞ」
ヨシヱがポンと瓢箪の蓋を外し夏羽達へとその口を向ける。
「修練場『時渡しの瓢箪』です。どうぞ中へ」
夏羽が瓢箪の口をのぞき込むと途端に身体が瓢箪へと吸い込まれてしまった。
ペッとはきだされた場所は空中だった。
眼下には大きな島が広がっている。
どんどんスピードを上げて落ちていく夏羽達。
「島?」
呑気に疑問を口にする夏羽。
「いや死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!糸!糸引っかけれるとこ捜せ!!あと掴まれ!早く!」
織は慌ててすぐに結莉を抱き寄せると糸がかけられそうなところを捜す。
夏羽も晶を抱えたまま器用に織の身体にしがみついた。
「あれだ!」
ひときわ高くそびえ立つ大木を見つけると、夢中で木に向かって糸を伸ばした。
織は結莉が傷つかないよう、くるりと向きを変え、しっかりと抱きかかえると、背中から大木へと勢いよく突っ込んだ。
「いでででででええ」
葉っぱがクッションとなり落下の勢いを受け止めてくれたものの、尖った枝葉が肌に刺さり痛い。
なんとか大木の幹にぶら下がることに成功した。
「織くんっ!!」
結莉は青ざめた顔で心配そうに織を見上げる。
「へーき。降りるから、まだ掴まってて」
気丈に笑ってみせると、糸をワイヤーのように使いゆっくりと織たちは地上に降り立った。
地上に着いてようやく織はほっと息をつく。
「空に穴が開いてる。あそこから落ちてきたのか…」
「殺す気かよ。先言っとけよな、マジで~~。結莉さん大丈夫か?どこも怪我してないよな?」
心配そうな眼差しを向ける織を結莉は潤んだ瞳で見つめた。
「…織くん、怪我してる。ごめんね、守ってくれたのよね」
今にも泣き出しそうな結莉に織は慌てた。
「こんな傷、かすり傷だって!だから気にしなくていーから!これくらいの傷どーってことないって!…ん?」
バササ…と一羽の鳥がこちらへと向かってくる。フワリと降り立つと鳥は隠神へと姿を変え、地面に着地した。
「よし、無事だな」
「狸、ズリィ~~」
「悪い悪い。俺も初めて入ったんだよ。しかしなるほど…修練場か」
隠神が辺りを見渡すと木には美味しそうな果実が実っており、飲み水となりそうな美しい川が流れていた。
「ふぅん。結構いいじゃないか」
「そうだろう!!」
天から得意そうな多郎太の声が聞こえてくる。
「ここってあのおっちゃんの腹ん中なのかな…」
「さて。もう察しはついてると思うが、お前らには、ここで一年修業してもらう。さっきも言ったがここでの時間は多郎太にもらったものだ。一年経って外に出てもせいぜい数時間ほどしか時は進んでいないだろう。ちなみに俺と結莉ちゃんの時は多郎太の消費時間には含まれない。修業の必要がないからな。まあ、俺たちは干渉者ってとこだ。じゃ、そういうことでまずは…そうだな。お前らいっぺん全員でかかってこい。何が足らないか確認したいからな。俺の身体のどこでもいい。一回でも攻撃してみろ。当てるだけでいいぞ」
「……」
「当てるだけって…そんだけ?」
「あの…俺手加減できないかもしれないです」
「そうだよ。ただでさえ腕折れてんじゃん」
「まあ問題ないだろ。できないだろうし…」
隠神の態度に織は夏羽に耳打ちする。
「ちょっとナメられすぎじゃねぇ?もっと難しい課題出させたいんだけど」
「でも…一緒に戦ったけど隠神さんはすごく強かった。シキは見てないから…」
「は?俺だって隠神さんの前で本気見せたことないし」
「晶は?」
「そいつ今ガス欠中」
意を決して夏羽と織は隠神に向き直り構える。
「目つきはいいな。よし来い」
夏羽は全速力で隠神に接近し拳を繰り出すが、あっけなくかわされてしまった。
「うーん。やっぱりちょっと遅いな。お前は基本やりたいことバレバレだから、バレても強い武器があるといいな」
「は…はい!」
織は蜘蛛の能力で姿をくらませると、こっそりと空中から接近し、ネット状に広げた蜘蛛の巣を隠神に向けて放った。
が、隠神の拳を顔面にくらい、そのまま地面へと倒れ込む。
「姿消してるだけで気配が消せてない。あとちょっと近づきすぎだぞ。お前は一撃も食らわないのが理想的だ」
織は鼻から血が流れており、恥ずかしさと悔しさからすぐに立ち上がると、また隠神へと向かっていった。夏羽もどうにか隠神に当てることができないかと再度挑戦する。
幾度となく挑んでは返り討ちに合う二人の様子を見て、結莉は心配で駆け寄りたい気持ちを必死に抑えていた。
(皆と一緒に行動するって決めたのだから、私も慣れなくては。皆が傷を負うことだってある。それをいちいち心配して、皆の足枷になってはいけないもの…!)
「だいたいわかった。やっぱりまずは基礎からだなあ。よしOKだ。こうしよう」
隠神は辺りをウロウロすると、手を地面につける。もこっと地面が盛り上がったかと思うと、たちまち巨大な崖が形成された。
「『変化の崖』だ。一時間以内に登り切らないと頂上に到達できないようになってる。まずは三人共通でこれ」
「……?」
「えっ?それってつまり…どういうこと?」
「まあやってみりゃわかるさ。晶が起きたら説明しといてやれ。あと、結莉ちゃんは皆と居てやって。きっと必要になるから。じゃあ、登れたらまた来るから。がんばれよ」
ポンと隠神は鳥に変化するとスイーと飛んでいってしまった。
「あっ!…行ってしまった」
「崖登りって……マジ?…ま、いいか。要するにさ。これクリアできたら隠神さんに一発入れられるようになるってことだ。よーし、やる気出てきた。顔面糸まみれにしてやる!オマエもなんか考えとけ。結莉さんは晶とそこで見てて!」
「は、はい!」
結莉の返事を確認すると織は勢いよく崖に挑んでいった。
夏羽も晶に上着をかけてやってから、崖登りに挑んでいく。
ポツンと取り残された結莉は思考を巡らせた。
おそらくこの課題は普通に挑んでもできない。でも、私が助言するのは違う。彼ら自身で気が付かないといけない。私ができるのは『見守る』こと。
私は知らない。
彼らの能力のことはよくわからないし、怪物同士の戦いもしっかり見たことがない。
『見て、理解して、考えて、自分にできることをする』。
『屍鬼』、『蜘蛛』、『雪男子』。
まずは、彼らのことをもっと知らなくては。
しばらくして、夏羽と織が同時に崖から落ちてくる。ドシャア!という大きな音とともに二人は思い切り地面に打ちつけられた。
「だ、大丈夫!?」
声をかけると二人から大丈夫だと返答が返ってきたため、結莉はホッと胸をなで下ろした。
「っつーか、なんで落ちてんだよ!!夏羽もってことは仕様か!?」
「わからない。目の前の崖が突然消えて…。…あっ、もしかして…『一時間』?」
「あ!!そっか!『一時間以内に登り切らないと』ってヤツ!俺らが時間内に登りきれなかったからリセットされたんだ…。うわ~~マジかよ~。…でもなるほどな。なんとなくわかったぜ。どれだけ高いかわからない崖。登るのに必要なのは…まず体力と、終わりの見えないものに挑み続ける精神力。それに…何より工夫が必要だ。」
「あっ『基礎』」
「そういうことじゃねーかな。はあ~~…、俺おんなじことずっとやんのキライなんだよなー。まあスクワット1000回とかよりマシだけど……」
織がふと見ると、夏羽はまた崖をよじ登っていくところだった。
「ってコラ!!アタマ使えっての!聞いてた!?俺が糸使ってダメなんだぞ」
「でも他に手もないし…。やっているうちに何か思いつくかも」
「ま、いいか。俺が口出すのもちがう気がするし…。飲み水どっかにねーかな」
織は崖から背を向けると、飲み水を探しに歩き始める。どこか恥ずかしそうに結莉から視線を外して歩き去っていった。
そんなに時間はかからずに織は戻ってきたが、やはり故意に結莉から視線を逸らしている。
「織くん」
「えっ、な、なに?」
呼び止めると動揺した様子を見せる織。結莉は織の手を両の手でとって微笑んだ。
「大丈夫。織くんなら、できます」
そう言ってから、ジッと織を見つめる。
「…失敗したこと、気にしてるんでしょう?かっこ悪いとか思ってる?」
「えっ!?」
図星をつかれて慌てる織に、結莉はクスッと笑った。
「頑張っている織くんは格好良いですよ、とっても」
その言葉を聞いて頬を染める織の背を押し、崖登りへと促す。
「頑張って、織くん。ちゃんと見ているから」
微笑む結莉の目を今度はまっすぐに見つめて、織は「おう!」と力強く答えた。
ズデデ!
ドシャ!
ドシャア!
4回目の挑戦もあっけなく失敗に終わる。
「も…ダメ…、今日はもう…無理…」
ゼェゼェと息を切らす織。
「俺はもうちょっとできる」
まだ余力のある夏羽はまた立ち上がろうとするが、織に止められた。
「おなかすいた…」
そこへ、とぼけたような小さな呟きが響く。
「あれ?ここどこ…?おうどん屋さんは…?」
パチリと晶が目を覚ます。途端に筋肉痛に襲われたのか「痛いよ~」と泣きわめいた。
「ちょーどいいや。初日だし、夜になる前に拠点と食い物探そうぜ。水探してたら井戸と小屋は見つけたんだよ」
織の案内で、見つけたという小屋へと向かうと、古めかしい家屋が建っており、中は電気の通っていない様子だった。
「あっ。台所だ。食べ物がありそう」
夏羽が台所の扉を開くと、積み上げられたうどん粉の袋や火おこし用の薪、醤油にボウルなどうどんを作る道具や材料が一式揃っていた。
結莉に作り方を教わって、三人はうどん作りに取りかかった。
手打ちうどんが完成し、うどんをすする。まずまずの出来だったが、なんだか味気ないような気がした。
「結莉さんは?食べねーの?」
「私は大丈夫。皆と消費時間が違うから、お腹が減らないのよ」
「そっか。俺らが一年経っても結莉さんは数時間しか経たないんだもんな。でも、腹減ったらいつでも言えよ?」
「うん。ありがとう」
腹ごしらえを終え食器を片付けてから居間に戻る。居間の押し入れを開けてみると敷き布団一式が収納されていた。
「おっ、布団あんじゃん」
皆で布団を一列に並べて敷く。
結莉は食事同様、眠くなかったのだが皆が寝ている間、結莉だけ起きているのは申し訳ないとのことで、横になるだけで良いから一緒に寝てほしいということになった。
「ねーねー、どこで寝る?ボク、結莉さんの隣が良い~!!」
はしゃぐ晶に夏羽が淡々と呟く。
「でも晶は寝相が悪いから。結莉さんは織の隣が良いと思う」
「は!?」
顔を真っ赤にする織。晶は「え~」と不満そうだ。
「っていうかちょっと待て!結莉さん女の人だぞ!俺らと一緒って…、もっと離れて寝た方がいいんじゃねーの!?」
「「え?何で??」」
キョトンと不思議そうにする夏羽と晶に、織は諦めた様子でため息を吐いた。
「っつーか、結莉さんは?ほら、俺らと一緒に寝るとかやっぱ困るだろ?」
「え?どうして?」
キョトンと結莉も不思議そうに織を見つめる。
「いや…そーゆーとこも好きだけどさ…。もういい、何でもない」
はあーと織は大きくため息を吐いた。
結局左から晶、夏羽、結莉、織の順で並んで寝ることとなった。
全員が布団に入ってすぐに、織が喚きだす。
「いや、近い近い近い近い!」
「もー、織ってばうるさい!」
ぷぅと頬を膨らませて怒る晶。
「いやいやいやいや、気になるって!ちょっと結莉さん、もっと夏羽の方に寄って。そうそうそれくらい」
ぴったりと夏羽とくっつくくらいの距離まで結莉は移動する。
「夏羽くん、大丈夫?狭いでしょう?」
「大丈夫。問題ない」
ようやく目を瞑って四人は眠った。
織と結莉は時間軸が異なるからか精神世界が繋がることはなかった。
翌日。崖登りについて晶に説明し、一同は再び挑む。挑んでは失敗し、時間だけが過ぎていった。
食事に関しては、うどんだけでは味気ない…と、日によって魚をとったり、林檎をとったり、うさぎを仕留めたりもした。
衣服の洗濯に関しては、織は初めずいぶん嫌がった(結莉の前でパンツ姿になりたくない)が、それも諦めがついたようだった。
島での生活も大分慣れてきたある日。
「もうやだ。絶対ムリ」
と晶が泣き出した。
「うるせーな…士気下がるからやめろや…」
「だって~、ヘンだよ~!シキが糸使ってムリなのにボクや夏羽クンにできるわけないじゃん。絶対なんかおかしいって~~!」
「それは確かに。でも隠神さんは俺たちにできないことはやらせないと思う。がんばろう」
「夏羽くんの言うとおりよ、必ずできるわ。だから諦めないで」
「そうかなあ~~」
夏羽と結莉に励まされ晶はようやく泣き止んだ。
「オマエはアレ使えばもうちょっといけるだろ。雪男子の…」
「あ~~アレ?アレね~…正直あれどーやったのか覚えてないんだよね…シキ知らない?」
「知るか!!ねー頭ひねって絞り出せや!」
「あ…頭ないことないもん!」
言い合う晶と織だったが、「頭」と夏羽が突然呟いたのでそちらへと視線を向ける。
夏羽は自分の頭を掴むと思い切り力を込めて首から切り離した。
サーッと結莉が青ざめる。
「か、夏羽くん!く、首!」
夏羽は切り離した頭を思い切り天へと投げた。
「やっぱり。頭だけのほうが…普通に登るより速い!」
夏羽の身体や手足はすぐに再生され、力強く崖にしがみついた。
「ひらめいた。ふたりともありがとう」
そして夏羽はまた頭を切り離し天へと投げる。切り離された胴体だけが落下し、ボーンと地面に打ちつけられた。
「し、織くんっ!どうしよう、夏羽くんのあ、頭!頭が!身体が!!」
ぐるぐると目を回して慌てふためく結莉に織は声をかける。
「結莉さん、見るの初めてだもんな。夏羽の身体は再生するんだ。まー、深く考えない方がいいぜ」
しばらくして結莉の気持ちが落ち着いたことを確認してから織も夏羽に負けてられないと崖に向かっていった。