人と怪物の辿る道
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野火丸はツカツカと廊下を歩き、ある扉の前で立ち止まる。そしてコンコンと扉をノックした。
ガチャリと勢い良く扉が開く。
「おかえりなさ…、えっと…野火丸さん?」
「こんばんは。赤城刑事でなくてすみません」
ニコッと野火丸は結莉に微笑む。そして、彼女を押しのけるようにしてズカズカと部屋に踏み込んだ。
「おじゃましまーす」
「あ、はい。今、お茶を」
「結構です。ところで結莉さん、大事な話があるのですが。この話は誰にも言わないと約束してくれますか?」
「大事なお話…、わかりました。約束します。」
結莉の返答に野火丸は満面の笑みを浮かべる。
「わー、ありがとうございます!単刀直入に言いますね。陽刑事が死亡しました。おそらくですが」
「え?」
結莉は信じられない様子で、野火丸を見つめる。
「陽さんが、死…。う、嘘ですよね?」
「本当です。夏羽くんは強いですね~!そんなわけで、僕は貴女に忠告をしにきたんです」
陽の死を受け止められないでいる結莉に構わず、野火丸は話を続ける。
「このことを知れば、飯生さまはさぞお怒りになるでしょうね。そして…飯生さまは、そろそろ貴女を使うかもしれません。飯生さまには大人しく従った方が良いですよ。助かりたいのなら、ね。それと…、飯生さまに情を抱いてはいけません。あの女はどうしようもないクズなのですから」
にっこりと野火丸が微笑む。
「どうして、私にそんなことを」
「…僕は飯生さまが大嫌いなんです。あの女の思い通りにさせたくないんですよ」
野火丸はそう言い切ると微笑みながら、部屋を出て行った。
結莉はその場で固まってしまった。ぐるぐると野火丸の言葉が脳内を駆け巡る。
陽が死んだ。
結莉にとってショックな内容だった。陽は赤城を助けてくれた。きっと優しいヒトなのだと結莉は思っていた。
夏羽は強いと野火丸は言った。
つまり陽は夏羽に殺されたのだろう。優しい夏羽のことだ、おそらくそうしなければ自身が殺されていたに違いない。
そして、飯生…自分をここに連れてきたあの女性。あの時、自分は意思とは反対に身体が動き、飯生の車に乗り込んでしまった。おそらく人を操る力を持っている。飯生が自分を使う…つまり、自分が操られるということ。野火丸は助かりたいなら従うべき、と言った。抵抗しないほうが良いのだろう。
情を抱くなという言葉は結莉の心に突き刺さった。ここに連れてこられ、ここの人達と関わって、そんなに悪い人達ではないのかもしれないと最近思っていたからだ。飯生にも何か事情があるのかもしれないと。
どうして彼が自分に忠告をしてくれたのかはわからないが、彼が嘘をついているようには思えなかった。甘い考えなのかもしれないけれど。
操られる。
私が私ではなくなる。
飯生と夏羽達は対立している。おそらく飯生は夏羽達にとって不利になるように自分を使おうとしている。
「どうしたらいいの…?」
結莉は不安と恐怖を堪えるように首もとのネックレスを握った。
誰にも言わないと約束した。赤城に言うことはできない。精神世界で繋がっている織にも。
でも。
それでも、何かしなくては。
そうしなければ、飯生の望む通りになってしまう。
ほんのささいなことだっていい。
飯生の思い通りにさせてはいけない。
結莉は携帯電話を手に取った。
赤城に電話をかけると、ほどなくして彼が出た。
「結莉さん?どうかしましたか?」
いつも通りの落ち着いた彼の声にほっとする。
「赤城さん。私のお誕生日を祝ってくれたこと、覚えていますか?」
「勿論ですよ。急にどうしたんです?」
「ネックレス、とても嬉しかったです。私大事にします。ずっとずっと。『離れてもずっと』」
「なにを…」
「赤城さんに会えて良かった。私は織くんのことが大好きだけれど、それとは別に…別な想いで、赤城さんのことが大好きです。『私が私でなくなって』も、『私は私』です。どうか覚えていて下さい」
「結莉さん!?」
結莉の様子にただならない雰囲気を感じ取ったのか赤城は動揺した声で名前を呼んだ。
「赤城さん、『何があっても優しい貴方でいてくれますか?』」
「さっきから、何を言っているんです!これでは、まるで貴女が遠くに行ってしまうような…。何があったんですか!」
「…『どうか優しい貴方で。私はいつでも想っていますから』」
「っ結莉さ…」
赤城の声を聴かずに結莉は通話を切った。いつの間にか目から涙がこぼれていた。そして結莉は携帯電話を初期化する。飯生は警察。初期化したところでデータを復元するのは容易いかもしれない。それでも、ほんの少しでも。初期化を終えると、結莉は携帯電話の電源を落とした。
しばらくして。
突然、荒々しく部屋の扉が開かれた。
扉の方を結莉が見ると、歪んだ顔の飯生がそこにいた。
飯生は、ツカツカと結莉に歩み寄ると、顔面を思い切り鷲掴みする。
「っ!?」
あまりの力に激痛が走る。指の隙間から飯生と目が合う。ニヤリと飯生が笑みを浮かべた。
意識がだんだんと遠くなっていく。
飯生が手を離したとき、結莉は結莉ではなくなっていた。虚ろな目で佇む結莉に嬉しそうに飯生が声をかける。
「ふふっ、いい子ね~。そろそろ、役にたってもらうわよ~。私のとっておきなんだから~」
「…はい、飯生さま」
「ねぇ、あなたの携帯電話、出してくれる?」
結莉は飯生に言われたとおり自身の携帯電話を差し出す。
「ありがと~」
ルンルンと上機嫌に携帯を受け取るが、電源の切れた状態にチッと舌打ちする。
飯生が電源を入れると表示されたのは初期画面だった。飯生の顔がますます歪む。怒りのあまり、結莉の携帯電話を床に投げつけた。飯生の力で携帯電話は粉々に砕け散る。
「弱みの一つや二つ、握っておこうかと思ったのに、やってくれるじゃないの…!」
飯生は結莉の腕を乱暴に掴むと、引きずるようにして部屋から連れて行った。
赤城が慌てて部屋にたどり着いた時、もう結莉はそこにはいなかった。
床に砕け散った彼女の携帯電話の欠片を一つ拾い上げる。結莉が最後に話した言葉を思い返していた。
「…優しくなんていられませんよ。」
ギリッと拳を強く握りしめ、赤城は険しい顔をする。
「飯生…!」
自分は…夏羽を倒す。石を手に入れる。そして必ず結莉を取り戻す。赤城は決意を新たにして部屋から立ち去った。
飯生は結莉をパトカーに乗せる。
「じゃ、あとはお願いね~!『帰ってくるの』楽しみにしてるからね」
「はい、飯生さま」
パトカーは結莉を乗せて走り出す。しばらく走行し、東京都から千葉県に入った時、結莉の意識が覚醒する。
「う…ん、ここは…?」
ぼんやりとした頭で必死に状況を把握しようと思考する。自分がパトカーに乗せられていること。そして車窓から見える看板から察するに走行しているのは千葉県。
どうしてこのような状況に至ったのか思い出そうとするとズキリと酷く頭が痛んだ。
思い出せるのは飯生のゾッとするような笑顔。
しばらくして結莉はパトカーから降ろされた。パトカーは彼女を降ろすとその場を走り去っていった。
降ろされた場所は大きな工場のようだった。
建物名が門に書かれている。
「桜牙ハム工場…?」
仕方なく結莉は門の横にあるインターホンを押す。
深夜だが夜警の人が出てくれたようだ。用件を聞かれ、結莉は戸惑う。飯生が自分を使うのは夏羽にとって不利になる状況を作りたいからだろう。
ということは、おそらくここに夏羽がいる。
「あの、私、結莉と言います。夜分遅くに申し訳ありません。夏羽という名前の方がこちらに来ていないでしょうか?お友達なんです。大事な用件がありまして」
少し待つと「どうぞお入り下さい」と返答があり、ガチャンと門のセキュリティーが解除された。門を開き、中に入る。すると隠神と夏羽、そして知らない背の高い男性の三人が結莉を迎えた。
「っ隠神さん!!夏羽くん!!」
思わず結莉は駆け出して二人に抱きついた。目から涙が溢れて止まらなかった。
「結莉ちゃん!本当に結莉ちゃんなのか?どうしてここに?」
隠神は驚きと嬉しさと不信…そんな複雑な表情をしていた。
「飯生という女性の人に連れて行かれたの。気づいたらパトカーの中で。この工場の前で降ろされて。もしかしたら夏羽くんがここにいるのかと思って訪ねたの。…あっ!隠神さん、腕!」
隠神の怪我に結莉はようやく気づき、慌てて身を離した。
「大丈夫。大した怪我じゃないよ。とにかく結莉ちゃんが無事で良かった。詳しく話を聞いてもいいかい?」
「はい」
「どうやら知り合いのようだな。積もる話もあるだろう。では、俺は失礼する」
背の高い男性(女木島)は結莉が不振人物ではないことを確認すると立ち去っていった。
隠神、夏羽、結莉の三人は休憩室へと向かった。向かうまでの間、夏羽は結莉の隣をぴったりついて歩いていた。夏羽は結莉が戻ってきた嬉しさに顔を綻ばせていたが、隠神はまだ警戒していた。
「織くんと晶くんは、一緒ではないのですか?」
「二人なら医務室で寝てる。ああ、心配いらないよ。気を失っているだけだから。織は少し脱水症状があるようだが」
「そう…ですか」
結莉は悲しそうに目を伏せた。
亡くなった陽のことを思い出していたが、何も聞くことはできなかった。
三人がテーブルを囲み、椅子に腰掛けると結莉が話し始めた。
「私は学校帰りに飯生という女性に連れて行かれました。勝手に体が動いて…車に乗ってしまって。どこかへ連れて行かれました。そこでは飯生という女性の部下と思われる方々がいました。私はその中の…赤城さんに面倒を見て頂いていたんです。」
「島根の狐!!」
赤城という名前に夏羽は反応し、険しい表情になる。
そんな夏羽の様子を見て結莉は必死に訴えた。
「悪いヒトじゃないんです!赤城さんはとても優しい方で、とても良くして頂きました。他の方も、赤城さんとは違うけれど悪い方ではないように思いました。」
「結莉ちゃん、それは」
隠神が咎めるように口を挟むが、それでも結莉は悪いヒト達ではないと言った。
「私、知ってます。隠神さん達と飯生さん達が対立してるって。命がけの戦いをしていることも。飯生さんがどんなヒトなのかはわからないけれど、赤城さん達は悪いヒトではないから。できることなら争ってほしくないんです」
「その赤城さん達が『殺すヒト』でも、結莉さんは悪いヒトじゃないって言うの?」
話を聞いていた夏羽も結莉のことを咎めた。結莉は顔を覆って泣き始めてしまった。
「夏羽、よしなさい。結莉ちゃんはそういう子だ。そういう優しい子だから希望が持てる。話を聞いて安心したよ。幻なんかじゃない。本当の結莉ちゃんだ。…おかえり。ほら、もう泣かないで」
隠神は優しい眼差しと声色で結莉を慰めた。
泣きながら結莉は話を続けた。
「私、きっと飯生さんに使われてしまう。隠神さんや夏羽くんが不利になるような何かに。連れて行かれたあの時みたいに、操られてしまう。そんなの嫌!大好きな皆に何をするかわからない。私、どうしたらいいのかわからない」
隠神は立ち上がり、結莉の側に行くと優しく頭を撫でた。
「大丈夫。結莉ちゃんは守るし、操らせたりしない。」
隠神の優しい言葉に結莉は堰を切ったように泣き始めた。
夏羽も慌てて立ち上がり、結莉の頭を優しく撫でた。
「その、さっきは結莉さんを責めたりしてごめんなさい。泣かないで。俺も結莉さんを守る。」
しばらくして泣き止んだ結莉を二人は仮眠室に案内した。
結莉は布団に入ると、泣き疲れたこともあり、すぐに眠ってしまった。
ガチャリと勢い良く扉が開く。
「おかえりなさ…、えっと…野火丸さん?」
「こんばんは。赤城刑事でなくてすみません」
ニコッと野火丸は結莉に微笑む。そして、彼女を押しのけるようにしてズカズカと部屋に踏み込んだ。
「おじゃましまーす」
「あ、はい。今、お茶を」
「結構です。ところで結莉さん、大事な話があるのですが。この話は誰にも言わないと約束してくれますか?」
「大事なお話…、わかりました。約束します。」
結莉の返答に野火丸は満面の笑みを浮かべる。
「わー、ありがとうございます!単刀直入に言いますね。陽刑事が死亡しました。おそらくですが」
「え?」
結莉は信じられない様子で、野火丸を見つめる。
「陽さんが、死…。う、嘘ですよね?」
「本当です。夏羽くんは強いですね~!そんなわけで、僕は貴女に忠告をしにきたんです」
陽の死を受け止められないでいる結莉に構わず、野火丸は話を続ける。
「このことを知れば、飯生さまはさぞお怒りになるでしょうね。そして…飯生さまは、そろそろ貴女を使うかもしれません。飯生さまには大人しく従った方が良いですよ。助かりたいのなら、ね。それと…、飯生さまに情を抱いてはいけません。あの女はどうしようもないクズなのですから」
にっこりと野火丸が微笑む。
「どうして、私にそんなことを」
「…僕は飯生さまが大嫌いなんです。あの女の思い通りにさせたくないんですよ」
野火丸はそう言い切ると微笑みながら、部屋を出て行った。
結莉はその場で固まってしまった。ぐるぐると野火丸の言葉が脳内を駆け巡る。
陽が死んだ。
結莉にとってショックな内容だった。陽は赤城を助けてくれた。きっと優しいヒトなのだと結莉は思っていた。
夏羽は強いと野火丸は言った。
つまり陽は夏羽に殺されたのだろう。優しい夏羽のことだ、おそらくそうしなければ自身が殺されていたに違いない。
そして、飯生…自分をここに連れてきたあの女性。あの時、自分は意思とは反対に身体が動き、飯生の車に乗り込んでしまった。おそらく人を操る力を持っている。飯生が自分を使う…つまり、自分が操られるということ。野火丸は助かりたいなら従うべき、と言った。抵抗しないほうが良いのだろう。
情を抱くなという言葉は結莉の心に突き刺さった。ここに連れてこられ、ここの人達と関わって、そんなに悪い人達ではないのかもしれないと最近思っていたからだ。飯生にも何か事情があるのかもしれないと。
どうして彼が自分に忠告をしてくれたのかはわからないが、彼が嘘をついているようには思えなかった。甘い考えなのかもしれないけれど。
操られる。
私が私ではなくなる。
飯生と夏羽達は対立している。おそらく飯生は夏羽達にとって不利になるように自分を使おうとしている。
「どうしたらいいの…?」
結莉は不安と恐怖を堪えるように首もとのネックレスを握った。
誰にも言わないと約束した。赤城に言うことはできない。精神世界で繋がっている織にも。
でも。
それでも、何かしなくては。
そうしなければ、飯生の望む通りになってしまう。
ほんのささいなことだっていい。
飯生の思い通りにさせてはいけない。
結莉は携帯電話を手に取った。
赤城に電話をかけると、ほどなくして彼が出た。
「結莉さん?どうかしましたか?」
いつも通りの落ち着いた彼の声にほっとする。
「赤城さん。私のお誕生日を祝ってくれたこと、覚えていますか?」
「勿論ですよ。急にどうしたんです?」
「ネックレス、とても嬉しかったです。私大事にします。ずっとずっと。『離れてもずっと』」
「なにを…」
「赤城さんに会えて良かった。私は織くんのことが大好きだけれど、それとは別に…別な想いで、赤城さんのことが大好きです。『私が私でなくなって』も、『私は私』です。どうか覚えていて下さい」
「結莉さん!?」
結莉の様子にただならない雰囲気を感じ取ったのか赤城は動揺した声で名前を呼んだ。
「赤城さん、『何があっても優しい貴方でいてくれますか?』」
「さっきから、何を言っているんです!これでは、まるで貴女が遠くに行ってしまうような…。何があったんですか!」
「…『どうか優しい貴方で。私はいつでも想っていますから』」
「っ結莉さ…」
赤城の声を聴かずに結莉は通話を切った。いつの間にか目から涙がこぼれていた。そして結莉は携帯電話を初期化する。飯生は警察。初期化したところでデータを復元するのは容易いかもしれない。それでも、ほんの少しでも。初期化を終えると、結莉は携帯電話の電源を落とした。
しばらくして。
突然、荒々しく部屋の扉が開かれた。
扉の方を結莉が見ると、歪んだ顔の飯生がそこにいた。
飯生は、ツカツカと結莉に歩み寄ると、顔面を思い切り鷲掴みする。
「っ!?」
あまりの力に激痛が走る。指の隙間から飯生と目が合う。ニヤリと飯生が笑みを浮かべた。
意識がだんだんと遠くなっていく。
飯生が手を離したとき、結莉は結莉ではなくなっていた。虚ろな目で佇む結莉に嬉しそうに飯生が声をかける。
「ふふっ、いい子ね~。そろそろ、役にたってもらうわよ~。私のとっておきなんだから~」
「…はい、飯生さま」
「ねぇ、あなたの携帯電話、出してくれる?」
結莉は飯生に言われたとおり自身の携帯電話を差し出す。
「ありがと~」
ルンルンと上機嫌に携帯を受け取るが、電源の切れた状態にチッと舌打ちする。
飯生が電源を入れると表示されたのは初期画面だった。飯生の顔がますます歪む。怒りのあまり、結莉の携帯電話を床に投げつけた。飯生の力で携帯電話は粉々に砕け散る。
「弱みの一つや二つ、握っておこうかと思ったのに、やってくれるじゃないの…!」
飯生は結莉の腕を乱暴に掴むと、引きずるようにして部屋から連れて行った。
赤城が慌てて部屋にたどり着いた時、もう結莉はそこにはいなかった。
床に砕け散った彼女の携帯電話の欠片を一つ拾い上げる。結莉が最後に話した言葉を思い返していた。
「…優しくなんていられませんよ。」
ギリッと拳を強く握りしめ、赤城は険しい顔をする。
「飯生…!」
自分は…夏羽を倒す。石を手に入れる。そして必ず結莉を取り戻す。赤城は決意を新たにして部屋から立ち去った。
飯生は結莉をパトカーに乗せる。
「じゃ、あとはお願いね~!『帰ってくるの』楽しみにしてるからね」
「はい、飯生さま」
パトカーは結莉を乗せて走り出す。しばらく走行し、東京都から千葉県に入った時、結莉の意識が覚醒する。
「う…ん、ここは…?」
ぼんやりとした頭で必死に状況を把握しようと思考する。自分がパトカーに乗せられていること。そして車窓から見える看板から察するに走行しているのは千葉県。
どうしてこのような状況に至ったのか思い出そうとするとズキリと酷く頭が痛んだ。
思い出せるのは飯生のゾッとするような笑顔。
しばらくして結莉はパトカーから降ろされた。パトカーは彼女を降ろすとその場を走り去っていった。
降ろされた場所は大きな工場のようだった。
建物名が門に書かれている。
「桜牙ハム工場…?」
仕方なく結莉は門の横にあるインターホンを押す。
深夜だが夜警の人が出てくれたようだ。用件を聞かれ、結莉は戸惑う。飯生が自分を使うのは夏羽にとって不利になる状況を作りたいからだろう。
ということは、おそらくここに夏羽がいる。
「あの、私、結莉と言います。夜分遅くに申し訳ありません。夏羽という名前の方がこちらに来ていないでしょうか?お友達なんです。大事な用件がありまして」
少し待つと「どうぞお入り下さい」と返答があり、ガチャンと門のセキュリティーが解除された。門を開き、中に入る。すると隠神と夏羽、そして知らない背の高い男性の三人が結莉を迎えた。
「っ隠神さん!!夏羽くん!!」
思わず結莉は駆け出して二人に抱きついた。目から涙が溢れて止まらなかった。
「結莉ちゃん!本当に結莉ちゃんなのか?どうしてここに?」
隠神は驚きと嬉しさと不信…そんな複雑な表情をしていた。
「飯生という女性の人に連れて行かれたの。気づいたらパトカーの中で。この工場の前で降ろされて。もしかしたら夏羽くんがここにいるのかと思って訪ねたの。…あっ!隠神さん、腕!」
隠神の怪我に結莉はようやく気づき、慌てて身を離した。
「大丈夫。大した怪我じゃないよ。とにかく結莉ちゃんが無事で良かった。詳しく話を聞いてもいいかい?」
「はい」
「どうやら知り合いのようだな。積もる話もあるだろう。では、俺は失礼する」
背の高い男性(女木島)は結莉が不振人物ではないことを確認すると立ち去っていった。
隠神、夏羽、結莉の三人は休憩室へと向かった。向かうまでの間、夏羽は結莉の隣をぴったりついて歩いていた。夏羽は結莉が戻ってきた嬉しさに顔を綻ばせていたが、隠神はまだ警戒していた。
「織くんと晶くんは、一緒ではないのですか?」
「二人なら医務室で寝てる。ああ、心配いらないよ。気を失っているだけだから。織は少し脱水症状があるようだが」
「そう…ですか」
結莉は悲しそうに目を伏せた。
亡くなった陽のことを思い出していたが、何も聞くことはできなかった。
三人がテーブルを囲み、椅子に腰掛けると結莉が話し始めた。
「私は学校帰りに飯生という女性に連れて行かれました。勝手に体が動いて…車に乗ってしまって。どこかへ連れて行かれました。そこでは飯生という女性の部下と思われる方々がいました。私はその中の…赤城さんに面倒を見て頂いていたんです。」
「島根の狐!!」
赤城という名前に夏羽は反応し、険しい表情になる。
そんな夏羽の様子を見て結莉は必死に訴えた。
「悪いヒトじゃないんです!赤城さんはとても優しい方で、とても良くして頂きました。他の方も、赤城さんとは違うけれど悪い方ではないように思いました。」
「結莉ちゃん、それは」
隠神が咎めるように口を挟むが、それでも結莉は悪いヒト達ではないと言った。
「私、知ってます。隠神さん達と飯生さん達が対立してるって。命がけの戦いをしていることも。飯生さんがどんなヒトなのかはわからないけれど、赤城さん達は悪いヒトではないから。できることなら争ってほしくないんです」
「その赤城さん達が『殺すヒト』でも、結莉さんは悪いヒトじゃないって言うの?」
話を聞いていた夏羽も結莉のことを咎めた。結莉は顔を覆って泣き始めてしまった。
「夏羽、よしなさい。結莉ちゃんはそういう子だ。そういう優しい子だから希望が持てる。話を聞いて安心したよ。幻なんかじゃない。本当の結莉ちゃんだ。…おかえり。ほら、もう泣かないで」
隠神は優しい眼差しと声色で結莉を慰めた。
泣きながら結莉は話を続けた。
「私、きっと飯生さんに使われてしまう。隠神さんや夏羽くんが不利になるような何かに。連れて行かれたあの時みたいに、操られてしまう。そんなの嫌!大好きな皆に何をするかわからない。私、どうしたらいいのかわからない」
隠神は立ち上がり、結莉の側に行くと優しく頭を撫でた。
「大丈夫。結莉ちゃんは守るし、操らせたりしない。」
隠神の優しい言葉に結莉は堰を切ったように泣き始めた。
夏羽も慌てて立ち上がり、結莉の頭を優しく撫でた。
「その、さっきは結莉さんを責めたりしてごめんなさい。泣かないで。俺も結莉さんを守る。」
しばらくして泣き止んだ結莉を二人は仮眠室に案内した。
結莉は布団に入ると、泣き疲れたこともあり、すぐに眠ってしまった。