人と怪物の辿る道
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
夏羽達は天ヶ淵を目指して走った。
途中、女性が足を止める。
「疲れた?」
「いや…ううん、違うの。おかしい。あたし…この村で18年生きてきたのよ。絶対迷うわけないのに…どうして天ヶ淵に着かないの…!?」
赤城は稲荷像を順調に配置していた。
(八ッ首村は周辺の森ごとほぼ囲んだ…。花楓くんがいくつか壊すことを計算に入れても、この石兵稲荷の陣が破られることはない)
「夏羽クンは今頃迷子になっているでしょうから、じっくり流結石を捜すとしましょう」
余裕の赤城だが、ふと思い直す。
万が一陣を抜けられたら、触らないと始末できなくなる。
潔癖症の赤城には耐え難いことだった。
顔をしかめ、すぐに赤城は幻の能力を夏羽達に向けて使った。
夏羽達それぞれに、仲間が命を落とす残酷な光景を見せる。赤城の狙いは精神の破壊だった。
「こんなところでしょうか、自殺でもしてくれたら楽なんですが」
赤城は夏羽達よりも先に天ヶ淵に着き、辺りを見渡す。
「さて…流結石は天ヶ淵の底という話でしたが…」
周辺には蛇や鼠という赤城にとっては汚らわしい生き物がいた。水に入って捜すなど、とうていしたくない。
花楓に頼み、水を蒸発させてもらおうと携帯をかけるが、花楓は電話にでなかった。
「出ませんね。交戦中でしょうか」
力を使い様子を見るが、花楓の姿は見あたらなかった。
(いない…!?陣の外に出たのか!?なぜ?いや…花楓くんはそういう子だ。彼の行動は予測するだけ無駄…)
そして赤城は織の接近に気づく。
(何があった…!?合流されたら森を抜けられる可能性が高まる。あの子がもしさっきまで花楓くんと一緒にいたとしたら、見られているかもしれない。極めて罰当たりな幻の解き方を!)
織は稲荷像を見つけ次第破壊していた。
狐の像は数十メートルごとに置いてあり、『幻の射程距離』を表していると思われた。像に近づかなければ幻は見ない。
何個かまとめて、別の方角を向いているのは、おそらく監視機能プラス壊れた時の保険だろう。
パワー型でない織にとって稲荷像の破壊は容易ではなかったが、一つ一つ壊して進んでいくと夏羽達が倒れ込んでいた。織は夏羽を揺さぶり起こす。
「おい、夏羽!大丈夫か!?」
「っ! シキ!大変だ、お姉さん達が!あれ?」
夏羽が女性と環の様子を見るが、二人とも血は流しておらず、苦しそうに眠っていた。
「たぶん幻を見せられていたんだろ。二人も早く起こしてやった方がいい」
織に言われ、夏羽は慌てて二人を起こす。
二人は無事を確認すると、安堵し、お互いを抱きしめあった。
女性は幼い環を心配するが、環は夏羽の服の裾を握ると、強い眼差しで夏羽を見上げた。
「よし、行こう!」
夏羽は環を肩車して、天ヶ淵に向かう。
その後は何事もなく、すんなりと天ヶ淵に着いた一行。女性は両手に鼠を捕まえ、水辺に近づくと「鱗太郎!おいで!」と声を張り上げた。すると水の中から巨大な大蛇が出現する。大蛇は女性から鼠をもらい、美味しそうに食べ始めた。その間に女性は鱗太郎の首から石を外す。
「はい、これが流結石よ」
夏羽に結石を手渡し、鱗太郎はご褒美のエサをもらって水の中へと帰っていった。
「早速融合させようぜ!」
「今はいい。あいつらを倒してからにする。約束したから。報酬だけ先にもらえない」
「…怪物屋くん…」
「でも、お姉さんが持ってると危ないから一時的に預かる」
「ったく、勝手な約束しやがって…、付き合うほーの身にもなれよな」
すると、突然環が稲荷像へと姿を変えた。
「たっ、環ちゃん!?環ちゃんは…!」
「助かりました。困っていたんですよ。水に触れたくなくて」
声の先には赤城と、大きな幻の狐に捕まる環の姿があった。
「環ちゃん!!」
「幻…!?なんで、像は壊しながら来たのに」
夏羽達に赤城は冷たく言い放つ。
「壊したのは像だけでしょう?石兵稲荷は『もっとも偶然破壊・撤去されにくい外見』を僕が選んだまで…本来どのような見た目にもなるんですよ。石をすべて渡してください。そうすれば子供に乱暴はしません。さっきの幻…どんな気分になりました?」
夏羽は赤城の言うとおり石を差し出す。
「かまわない。あとで取り戻せばいい」
「いいですね。するならぜひ飯生さまに献上したあとにしていただきたい。それなら僕の責任にはなりませんから」
夏羽は赤城の言葉に疑問を抱く。
「…飯生さんに仕えてるんじゃないの?」
「? そうですよ」
「なのに飯生さんのことどうでもいいの?」
「かわいいこと言いますね。利害が一致しているだけですよ。大人の関係です。彼女に従っていれば欲しいものが手に入るので。僕たちはみんなそんなものです。ある種気の合う仲間とも言えますね。全員が全員自分のことしか考えていませんから」
「慕って…仕えてるんじゃないの?」
夏羽の言葉を嘲るように赤城は笑う。
「飯生さまのこと慕ってる狐なんているでしょうか?」
「いる…いや…いた…」
「そう。ずいぶんおバカさんですね、その方」
赤城の言葉に力強く拳を握りしめる夏羽。
言うとおりに石を地面に置いて離れる。
赤城の方を見ると、環がズボンなどを器用に脱いでいるところだった。
環のお尻に夏羽達が気を取られていると、不審に思った赤城が「どうかしましたか」と声をかけてくる。そこへ環が小便をひっかけた。尿が赤城の腕にかかる。
赤城が取り乱すと幻の狐は消失し、放り出された環を夏羽が受け止めた。
転がるウエットティッシュを赤城は追いかける。
「ああああっ、ふ、拭かないと…早く早く早く早く…」
手が届きそうなところで、織が糸を使いウエットティッシュを奪い取った。
「気になってたんだよなー、アンタが後生大事に抱えてるこれ。もしかして、これがないと幻使えないんじゃないの?」
得意げな織に対し、赤城は懐から袋タイプの予備のウエットティッシュを取り出すと、尿がかかった腕をごしごしとこすった。
「残念です…交換で済むなら…本当にそれで良かったのに…。興味ないですから…僕は。殺戮も食肉も」
「はあ?おい、何の話だよ?」
「狐ってね…イヌ科なんです。ご存知ですか?鼻が利くんですよ。だからよく言われるんです。僕は消毒液臭いから、どこにいるかすぐわかるって」
そんな赤城の後ろに大きな狐が現れる。怒り狂った狐は、先ほど織が橋から落とした男性だった。咆哮する狐の顔面を夏羽が容赦なく殴打する。
「お、おい!今のうちだ!逃げるぞ!なるべく遠くだ!急げ!」
織は女性たちを連れてその場を離れた。
逃げ出す織に向かって「夏羽クン!待ちやがれッ!」と狐が拳をふるう。
「落ち着きなさい花楓くん!夏羽クンはその子です!」
「ああっ!?じゃあ…もういいよっ!おまえでいい!なんだっていいっ!死ねっ!!」
花楓は巨大な火球を生み出す。しかし、その火球は夏羽の拳によって跳ね返され、自分へと返ってきた。もろに火球が直撃し、花楓は倒れ込む。狐の変化がとけた。
「ふ…へへ、お前が夏羽クン、夏羽クンか!うれしいよっ!聞いてたとおりだ!なあ!生とよく焼きどっちが好き?肉ってさあ、ストレスかけるとマズくなるんだよな。食うのがこんなに楽しみなやつ初めてだ…!なっ!怖くねえほう教えろよ!」
体勢を立て直す花楓に、夏羽は構えながらハッキリと答えた。
「? 別に、どっちも全然怖くない」
織たちは大分離れたところまで逃げてきた。目の前には川がある。
「オマエらは川沿いに市街まで逃げろ!東京行きたいとか言ってたよな…」
織はポケットから自分の財布を出すと女性に手渡した。
「頼るヤツいねーなら香川の屋島寺ってトコへ行けよ。仲間がいるから…力になってくれるはずだ」
「待って!あいつらのこと、やっつけるって怪物屋くんは約束してくれたけど、もう…やっつけなくてもいいから…ムチャしないで…!あたし、キミたちに死んでほしくない…!」
「水から離れんなよ!」
女性には答えず織は走り去っていった。
織が現場に戻ると、両腕を失った夏羽が狐に食べられそうになっているところだった。慌てて近くにあった道路の看板を狐の左頬へめがけて織は投げつける。看板は見事命中し、夏羽は一命を取り留めた。
「夏羽!左だ!そいつは左目の視力がない!死角なんだ!左目エグって脳みそにパンチねじ込んでやれ!!」
「わかった!」
夏羽がパンチを繰り出すと、突然現れた壁に阻まれてしまった。
「つり目の君…正解でしたよ。幻も変化も精神力が必要ですから。ティッシュは僕にとってライナスの毛布でした。でも、まだわずかに残っている…!相棒の左目くらいでしたら担ってみせますよ!」
そして赤城は花楓と合体した。
死角のなくなった花楓に夏羽達は苦戦を強いられる。
夏羽が食べられそうになった時、突然地面が大きく揺れ出した。
「花楓くん上です!跳んで!!」
「えっ?なんで?」
「鉄砲水!!!」
花楓も夏羽もなすすべなく水に飲み込まれる。何者かの攻撃に赤城が目を凝らした。
何かが泳いでいる。
それは大蛇だった。
大蛇は夏羽と織をくわえて泳ぐ。
「もしかして…環ちゃんさん?」
「あう」
「あれ?流結石!」
「ビックリでしょ。環ちゃん…キミに助けられた時、石を取ったって言うのよ。自分も戦うって。流結石は『水流を司る石』。大蛇の一族で代々水神さまの生まれ変わりだけが使えるの…それが環ちゃんなの…!」
水にのって流れてきたゴミや鼠が赤城の変化した左目部分にかかった。
赤城はショックで変化を解いてしまう。
見えなくなった左目に花楓がイライラと喚いた。そこへ夏羽が花楓の左目めがけて思い切り殴りつけた。
まともに攻撃を喰らった花楓はそのまま水に流されてゆく。
織が糸を使って夏羽を水から救い出し、環と三人で勝利の拳を重ねた。
その後環は、焼けていく山林を水で消化し、一件落着となった。
「…本当にありがとう。あたし本当に不安でいっぱいだったの。環ちゃんとふたりぼっちでこれからどうしようって…。でも、キミたちのおかげで環ちゃんが元気になってくれた。それが、すごく嬉しくて…あたし絶対八ッ首村を復興するわ。時間はかかると思うけど、鱗太郎もいるしね」
「いいと思う」
環は流結石を夏羽に渡した。早速結石同士を融合させる。石の形はまた変化をとげた。
興味深そうに石を見つめる環に夏羽は石を触らせてみることにした。触れると環は巨大化し、そこここで温泉を噴き上がらせた。
「うおっ、あちちち!」
「こらーっ!環ちゃん!ストップ!ストーップ!」
環が落ち着きを取り戻してから、夏羽は環に石を触らせたり離したりして、その様子を観察した。
「どーなってんだ?」
「わからないけど…流結石の力じゃないかしら。あたしやキミたちが触っても何も起こらなかったのは、環ちゃんに『石を使う力』があるからだと思うの」
「じゃ、さっきのは融合した分パワーアップしたってことか?待てよ。それじゃあ融合してもそれぞれの力は残ってんのか?でも夏羽。晶兄のとき零結石の力は使えなかったって言ってたよな。てことは要るんだ、『適性』が。だから、飯生さんは急いで石をひとりじめしたがってんのか。他の適性者に先越されないように『自分だけ』パワーアップしたいから…!」
そして織は融合で飯生の支配の力が拡大すれば東京どころか最悪地球外逃亡だと言葉を続けた。
「俺は命結石の力を使えてる」
「あ~そっか!そーじゃん!だったらオマエも強くなってなきゃオカシイじゃん!屍鬼の力がパワーアップしたりしねーの!?」
「わ、わからない」
「んだよ期待させやがって。まぁどれも仮想にすぎねーけど。しょーがねー、わかんねーこと含めて隠神さんに報告すっか」
隠神に石を手に入れた報告をするが、またかけ直す、とすぐに電話を切られてしまった。夏羽達は報告を後回しにし、全員で市街に下りることを決めた。
夏羽が女性に名前を尋ねると、女性は恥ずかしそうに『いちご』と名乗った。
「うはは、似合わねー」
「う、うるさいなあ!近道教えるから!行くよ!」
市街に下りた4人は服を買い、銭湯へ行き、食事をすませる。和やかな楽しい時間だった。いちごと環とは駅で別れた。
いちごは大泣きしながら深々と夏羽達に向かって頭を下げていた。
「さて…俺らはどうすっかな」
「もう一度隠神さんに連絡しよう」
「ん~でもかけ直すって言われたしなあ。ジャマすっと悪いし」
「晶は?」
「アイツに連絡する意味ある?まぁ、今何してっかくらいは確認してもいーけどさ…」
織が晶のSNSをチェックすると、南国を満喫する晶が結石のような石を片手にポーズを撮った写真がアップされていた。
「えっ?」
織は慌てて晶に電話をかけた。晶は陽気に電話に応答する。
「晶!!オマエ今どこにいんだよ!」
「えっ?沖縄!」
「沖縄ぁ!!?」
「そー!兄さんと旅行してたんだけど~、途中お金なくなっちゃって…困ってたら地元のおばーちゃんが助けてくれたんだー!今はお金がたまるまで住み込みでバイトしてるの!結兄さんも一緒だよ!兄さんの焼きそば女の子に超人気なんだよ!毎日スゴイ行列!」
呑気な晶に、織は慌ててSNSの写真の石について怒鳴るが晶は電話を切ってしまった。結石を持つ晶に危険が迫ると判断した夏羽達は沖縄に行く決意をする。
しかし、空港で織のカードを使用すると引き落とし不可になってしまっていた。
旅費のない織は、奥の手として電話をかける。
「頼むわ。オマエの言うことの方が聞きそーだし」
そして織は、電話を夏羽に託した。
夏羽がもしもしと声をかけると、電話に出たのはアヤだった。
「えっ、夏羽さん?お兄ちゃんの番号だったからびっくりしちゃった。どうしたの?」
アヤは嬉しそうに電話に出る。夏羽は織のカンペを片手に読み上げた。
「金貸して。15万くらい。口座は…」
織は慌てて夏羽から携帯電話を取り上げる。
「そのまま読み上げんなアホッ!!おい違うぞ、早とちりすんなよな。いや実は晶がさ…」
織が慌てて説明するも、アヤは怒りに震えた声で話し始めた。
「ひどいわ、夏羽さん。いくらあたしがお金持ってるからって…あたし、オトコに貢ぐような情けないオンナじゃないから!!最低!!」
アヤは怒鳴るとブツリと通話を切った。
資金を頼るアテがなくなった夏羽達は途方にくれてしまった。
手っ取り早くお金を稼ぐ方法がないかと織は街を見て回ることにした。日が暮れた頃、交番の看板に害獣駆除のポスターを見つけた織は「これだ!」と声をあげる。
イノシシを12頭駆除すれば航空券が手に入る。
こうして、織と夏羽は害獣駆除にあたることとなった。
「赤城さん…、まだお仕事終わらないのかしら…」
時計はもう夕刻を指している。まだ帰ってこない赤城に、結莉は思い切って電話をかけてみることにした。
コール音が何度も続くが赤城が電話に出る様子はない。
結莉は諦めて電話を切った。
その後も30分おきに電話をかけてみるが、赤城は電話に出なかった。赤城から結莉に電話がかかってくることもない。
(赤城さん、きっと何かあったんだわ…。どうしよう…)
結莉は険しい顔で考えごとをすると、思い切って部屋のドアの鍵を開けて外に出た。
ガンッ!
ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!
そして出てすぐに部屋のドアを思い切り足で蹴った。何度も何度も蹴った。
「うるっせーなっ!!」
すると、少ししてボブヘアーの女性がやってきた。女性は結莉の姿を確認すると、睨みつけてくる。
「てめー、脱走か!!?」
「違いますっ!!」
脱走を疑う女性にはっきりと否を告げる結莉。
「赤城さんを助けて!!お願いします!」
女性に向かって結莉は叫んだ。そして深く深く頭を下げる。
女性は結莉に近づくと、結莉の髪を掴んで無理やり前を向けさせた。結莉はまっすぐ強い眼差しで女性を見る。
「赤城ぃ?赤城がどーしたよ?」
「電話に出ません。何度もかけても出ないんです。花楓さんと一緒に島根へ行くと言っていました。きっと何かあったのだと思うんです。お願いします、赤城さんを助けて」
女性は結莉の髪を離すと、携帯を取り出して赤城にかける。赤城が電話に出ないことを確認した女性はちっ!と舌打ちして電話を切った。
「しょーがねー、捜しに行ってやるよ」
そして女性は結莉を乱暴に部屋の中に突き飛ばした。
「その代わり、てめーは絶対逃げんなよ」
睨みつけてくる女性を結莉は見上げ、「絶対に逃げません」と強く答えた。
そして女性に頭を下げ「ありがとうこざいます」と礼を言う。
「ふんっ!」
女性は乱暴にドアを閉めて去っていった。
(赤城さん、どうか無事で…)
結莉はただひたすらに赤城の無事を祈った。
途中、女性が足を止める。
「疲れた?」
「いや…ううん、違うの。おかしい。あたし…この村で18年生きてきたのよ。絶対迷うわけないのに…どうして天ヶ淵に着かないの…!?」
赤城は稲荷像を順調に配置していた。
(八ッ首村は周辺の森ごとほぼ囲んだ…。花楓くんがいくつか壊すことを計算に入れても、この石兵稲荷の陣が破られることはない)
「夏羽クンは今頃迷子になっているでしょうから、じっくり流結石を捜すとしましょう」
余裕の赤城だが、ふと思い直す。
万が一陣を抜けられたら、触らないと始末できなくなる。
潔癖症の赤城には耐え難いことだった。
顔をしかめ、すぐに赤城は幻の能力を夏羽達に向けて使った。
夏羽達それぞれに、仲間が命を落とす残酷な光景を見せる。赤城の狙いは精神の破壊だった。
「こんなところでしょうか、自殺でもしてくれたら楽なんですが」
赤城は夏羽達よりも先に天ヶ淵に着き、辺りを見渡す。
「さて…流結石は天ヶ淵の底という話でしたが…」
周辺には蛇や鼠という赤城にとっては汚らわしい生き物がいた。水に入って捜すなど、とうていしたくない。
花楓に頼み、水を蒸発させてもらおうと携帯をかけるが、花楓は電話にでなかった。
「出ませんね。交戦中でしょうか」
力を使い様子を見るが、花楓の姿は見あたらなかった。
(いない…!?陣の外に出たのか!?なぜ?いや…花楓くんはそういう子だ。彼の行動は予測するだけ無駄…)
そして赤城は織の接近に気づく。
(何があった…!?合流されたら森を抜けられる可能性が高まる。あの子がもしさっきまで花楓くんと一緒にいたとしたら、見られているかもしれない。極めて罰当たりな幻の解き方を!)
織は稲荷像を見つけ次第破壊していた。
狐の像は数十メートルごとに置いてあり、『幻の射程距離』を表していると思われた。像に近づかなければ幻は見ない。
何個かまとめて、別の方角を向いているのは、おそらく監視機能プラス壊れた時の保険だろう。
パワー型でない織にとって稲荷像の破壊は容易ではなかったが、一つ一つ壊して進んでいくと夏羽達が倒れ込んでいた。織は夏羽を揺さぶり起こす。
「おい、夏羽!大丈夫か!?」
「っ! シキ!大変だ、お姉さん達が!あれ?」
夏羽が女性と環の様子を見るが、二人とも血は流しておらず、苦しそうに眠っていた。
「たぶん幻を見せられていたんだろ。二人も早く起こしてやった方がいい」
織に言われ、夏羽は慌てて二人を起こす。
二人は無事を確認すると、安堵し、お互いを抱きしめあった。
女性は幼い環を心配するが、環は夏羽の服の裾を握ると、強い眼差しで夏羽を見上げた。
「よし、行こう!」
夏羽は環を肩車して、天ヶ淵に向かう。
その後は何事もなく、すんなりと天ヶ淵に着いた一行。女性は両手に鼠を捕まえ、水辺に近づくと「鱗太郎!おいで!」と声を張り上げた。すると水の中から巨大な大蛇が出現する。大蛇は女性から鼠をもらい、美味しそうに食べ始めた。その間に女性は鱗太郎の首から石を外す。
「はい、これが流結石よ」
夏羽に結石を手渡し、鱗太郎はご褒美のエサをもらって水の中へと帰っていった。
「早速融合させようぜ!」
「今はいい。あいつらを倒してからにする。約束したから。報酬だけ先にもらえない」
「…怪物屋くん…」
「でも、お姉さんが持ってると危ないから一時的に預かる」
「ったく、勝手な約束しやがって…、付き合うほーの身にもなれよな」
すると、突然環が稲荷像へと姿を変えた。
「たっ、環ちゃん!?環ちゃんは…!」
「助かりました。困っていたんですよ。水に触れたくなくて」
声の先には赤城と、大きな幻の狐に捕まる環の姿があった。
「環ちゃん!!」
「幻…!?なんで、像は壊しながら来たのに」
夏羽達に赤城は冷たく言い放つ。
「壊したのは像だけでしょう?石兵稲荷は『もっとも偶然破壊・撤去されにくい外見』を僕が選んだまで…本来どのような見た目にもなるんですよ。石をすべて渡してください。そうすれば子供に乱暴はしません。さっきの幻…どんな気分になりました?」
夏羽は赤城の言うとおり石を差し出す。
「かまわない。あとで取り戻せばいい」
「いいですね。するならぜひ飯生さまに献上したあとにしていただきたい。それなら僕の責任にはなりませんから」
夏羽は赤城の言葉に疑問を抱く。
「…飯生さんに仕えてるんじゃないの?」
「? そうですよ」
「なのに飯生さんのことどうでもいいの?」
「かわいいこと言いますね。利害が一致しているだけですよ。大人の関係です。彼女に従っていれば欲しいものが手に入るので。僕たちはみんなそんなものです。ある種気の合う仲間とも言えますね。全員が全員自分のことしか考えていませんから」
「慕って…仕えてるんじゃないの?」
夏羽の言葉を嘲るように赤城は笑う。
「飯生さまのこと慕ってる狐なんているでしょうか?」
「いる…いや…いた…」
「そう。ずいぶんおバカさんですね、その方」
赤城の言葉に力強く拳を握りしめる夏羽。
言うとおりに石を地面に置いて離れる。
赤城の方を見ると、環がズボンなどを器用に脱いでいるところだった。
環のお尻に夏羽達が気を取られていると、不審に思った赤城が「どうかしましたか」と声をかけてくる。そこへ環が小便をひっかけた。尿が赤城の腕にかかる。
赤城が取り乱すと幻の狐は消失し、放り出された環を夏羽が受け止めた。
転がるウエットティッシュを赤城は追いかける。
「ああああっ、ふ、拭かないと…早く早く早く早く…」
手が届きそうなところで、織が糸を使いウエットティッシュを奪い取った。
「気になってたんだよなー、アンタが後生大事に抱えてるこれ。もしかして、これがないと幻使えないんじゃないの?」
得意げな織に対し、赤城は懐から袋タイプの予備のウエットティッシュを取り出すと、尿がかかった腕をごしごしとこすった。
「残念です…交換で済むなら…本当にそれで良かったのに…。興味ないですから…僕は。殺戮も食肉も」
「はあ?おい、何の話だよ?」
「狐ってね…イヌ科なんです。ご存知ですか?鼻が利くんですよ。だからよく言われるんです。僕は消毒液臭いから、どこにいるかすぐわかるって」
そんな赤城の後ろに大きな狐が現れる。怒り狂った狐は、先ほど織が橋から落とした男性だった。咆哮する狐の顔面を夏羽が容赦なく殴打する。
「お、おい!今のうちだ!逃げるぞ!なるべく遠くだ!急げ!」
織は女性たちを連れてその場を離れた。
逃げ出す織に向かって「夏羽クン!待ちやがれッ!」と狐が拳をふるう。
「落ち着きなさい花楓くん!夏羽クンはその子です!」
「ああっ!?じゃあ…もういいよっ!おまえでいい!なんだっていいっ!死ねっ!!」
花楓は巨大な火球を生み出す。しかし、その火球は夏羽の拳によって跳ね返され、自分へと返ってきた。もろに火球が直撃し、花楓は倒れ込む。狐の変化がとけた。
「ふ…へへ、お前が夏羽クン、夏羽クンか!うれしいよっ!聞いてたとおりだ!なあ!生とよく焼きどっちが好き?肉ってさあ、ストレスかけるとマズくなるんだよな。食うのがこんなに楽しみなやつ初めてだ…!なっ!怖くねえほう教えろよ!」
体勢を立て直す花楓に、夏羽は構えながらハッキリと答えた。
「? 別に、どっちも全然怖くない」
織たちは大分離れたところまで逃げてきた。目の前には川がある。
「オマエらは川沿いに市街まで逃げろ!東京行きたいとか言ってたよな…」
織はポケットから自分の財布を出すと女性に手渡した。
「頼るヤツいねーなら香川の屋島寺ってトコへ行けよ。仲間がいるから…力になってくれるはずだ」
「待って!あいつらのこと、やっつけるって怪物屋くんは約束してくれたけど、もう…やっつけなくてもいいから…ムチャしないで…!あたし、キミたちに死んでほしくない…!」
「水から離れんなよ!」
女性には答えず織は走り去っていった。
織が現場に戻ると、両腕を失った夏羽が狐に食べられそうになっているところだった。慌てて近くにあった道路の看板を狐の左頬へめがけて織は投げつける。看板は見事命中し、夏羽は一命を取り留めた。
「夏羽!左だ!そいつは左目の視力がない!死角なんだ!左目エグって脳みそにパンチねじ込んでやれ!!」
「わかった!」
夏羽がパンチを繰り出すと、突然現れた壁に阻まれてしまった。
「つり目の君…正解でしたよ。幻も変化も精神力が必要ですから。ティッシュは僕にとってライナスの毛布でした。でも、まだわずかに残っている…!相棒の左目くらいでしたら担ってみせますよ!」
そして赤城は花楓と合体した。
死角のなくなった花楓に夏羽達は苦戦を強いられる。
夏羽が食べられそうになった時、突然地面が大きく揺れ出した。
「花楓くん上です!跳んで!!」
「えっ?なんで?」
「鉄砲水!!!」
花楓も夏羽もなすすべなく水に飲み込まれる。何者かの攻撃に赤城が目を凝らした。
何かが泳いでいる。
それは大蛇だった。
大蛇は夏羽と織をくわえて泳ぐ。
「もしかして…環ちゃんさん?」
「あう」
「あれ?流結石!」
「ビックリでしょ。環ちゃん…キミに助けられた時、石を取ったって言うのよ。自分も戦うって。流結石は『水流を司る石』。大蛇の一族で代々水神さまの生まれ変わりだけが使えるの…それが環ちゃんなの…!」
水にのって流れてきたゴミや鼠が赤城の変化した左目部分にかかった。
赤城はショックで変化を解いてしまう。
見えなくなった左目に花楓がイライラと喚いた。そこへ夏羽が花楓の左目めがけて思い切り殴りつけた。
まともに攻撃を喰らった花楓はそのまま水に流されてゆく。
織が糸を使って夏羽を水から救い出し、環と三人で勝利の拳を重ねた。
その後環は、焼けていく山林を水で消化し、一件落着となった。
「…本当にありがとう。あたし本当に不安でいっぱいだったの。環ちゃんとふたりぼっちでこれからどうしようって…。でも、キミたちのおかげで環ちゃんが元気になってくれた。それが、すごく嬉しくて…あたし絶対八ッ首村を復興するわ。時間はかかると思うけど、鱗太郎もいるしね」
「いいと思う」
環は流結石を夏羽に渡した。早速結石同士を融合させる。石の形はまた変化をとげた。
興味深そうに石を見つめる環に夏羽は石を触らせてみることにした。触れると環は巨大化し、そこここで温泉を噴き上がらせた。
「うおっ、あちちち!」
「こらーっ!環ちゃん!ストップ!ストーップ!」
環が落ち着きを取り戻してから、夏羽は環に石を触らせたり離したりして、その様子を観察した。
「どーなってんだ?」
「わからないけど…流結石の力じゃないかしら。あたしやキミたちが触っても何も起こらなかったのは、環ちゃんに『石を使う力』があるからだと思うの」
「じゃ、さっきのは融合した分パワーアップしたってことか?待てよ。それじゃあ融合してもそれぞれの力は残ってんのか?でも夏羽。晶兄のとき零結石の力は使えなかったって言ってたよな。てことは要るんだ、『適性』が。だから、飯生さんは急いで石をひとりじめしたがってんのか。他の適性者に先越されないように『自分だけ』パワーアップしたいから…!」
そして織は融合で飯生の支配の力が拡大すれば東京どころか最悪地球外逃亡だと言葉を続けた。
「俺は命結石の力を使えてる」
「あ~そっか!そーじゃん!だったらオマエも強くなってなきゃオカシイじゃん!屍鬼の力がパワーアップしたりしねーの!?」
「わ、わからない」
「んだよ期待させやがって。まぁどれも仮想にすぎねーけど。しょーがねー、わかんねーこと含めて隠神さんに報告すっか」
隠神に石を手に入れた報告をするが、またかけ直す、とすぐに電話を切られてしまった。夏羽達は報告を後回しにし、全員で市街に下りることを決めた。
夏羽が女性に名前を尋ねると、女性は恥ずかしそうに『いちご』と名乗った。
「うはは、似合わねー」
「う、うるさいなあ!近道教えるから!行くよ!」
市街に下りた4人は服を買い、銭湯へ行き、食事をすませる。和やかな楽しい時間だった。いちごと環とは駅で別れた。
いちごは大泣きしながら深々と夏羽達に向かって頭を下げていた。
「さて…俺らはどうすっかな」
「もう一度隠神さんに連絡しよう」
「ん~でもかけ直すって言われたしなあ。ジャマすっと悪いし」
「晶は?」
「アイツに連絡する意味ある?まぁ、今何してっかくらいは確認してもいーけどさ…」
織が晶のSNSをチェックすると、南国を満喫する晶が結石のような石を片手にポーズを撮った写真がアップされていた。
「えっ?」
織は慌てて晶に電話をかけた。晶は陽気に電話に応答する。
「晶!!オマエ今どこにいんだよ!」
「えっ?沖縄!」
「沖縄ぁ!!?」
「そー!兄さんと旅行してたんだけど~、途中お金なくなっちゃって…困ってたら地元のおばーちゃんが助けてくれたんだー!今はお金がたまるまで住み込みでバイトしてるの!結兄さんも一緒だよ!兄さんの焼きそば女の子に超人気なんだよ!毎日スゴイ行列!」
呑気な晶に、織は慌ててSNSの写真の石について怒鳴るが晶は電話を切ってしまった。結石を持つ晶に危険が迫ると判断した夏羽達は沖縄に行く決意をする。
しかし、空港で織のカードを使用すると引き落とし不可になってしまっていた。
旅費のない織は、奥の手として電話をかける。
「頼むわ。オマエの言うことの方が聞きそーだし」
そして織は、電話を夏羽に託した。
夏羽がもしもしと声をかけると、電話に出たのはアヤだった。
「えっ、夏羽さん?お兄ちゃんの番号だったからびっくりしちゃった。どうしたの?」
アヤは嬉しそうに電話に出る。夏羽は織のカンペを片手に読み上げた。
「金貸して。15万くらい。口座は…」
織は慌てて夏羽から携帯電話を取り上げる。
「そのまま読み上げんなアホッ!!おい違うぞ、早とちりすんなよな。いや実は晶がさ…」
織が慌てて説明するも、アヤは怒りに震えた声で話し始めた。
「ひどいわ、夏羽さん。いくらあたしがお金持ってるからって…あたし、オトコに貢ぐような情けないオンナじゃないから!!最低!!」
アヤは怒鳴るとブツリと通話を切った。
資金を頼るアテがなくなった夏羽達は途方にくれてしまった。
手っ取り早くお金を稼ぐ方法がないかと織は街を見て回ることにした。日が暮れた頃、交番の看板に害獣駆除のポスターを見つけた織は「これだ!」と声をあげる。
イノシシを12頭駆除すれば航空券が手に入る。
こうして、織と夏羽は害獣駆除にあたることとなった。
「赤城さん…、まだお仕事終わらないのかしら…」
時計はもう夕刻を指している。まだ帰ってこない赤城に、結莉は思い切って電話をかけてみることにした。
コール音が何度も続くが赤城が電話に出る様子はない。
結莉は諦めて電話を切った。
その後も30分おきに電話をかけてみるが、赤城は電話に出なかった。赤城から結莉に電話がかかってくることもない。
(赤城さん、きっと何かあったんだわ…。どうしよう…)
結莉は険しい顔で考えごとをすると、思い切って部屋のドアの鍵を開けて外に出た。
ガンッ!
ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!
そして出てすぐに部屋のドアを思い切り足で蹴った。何度も何度も蹴った。
「うるっせーなっ!!」
すると、少ししてボブヘアーの女性がやってきた。女性は結莉の姿を確認すると、睨みつけてくる。
「てめー、脱走か!!?」
「違いますっ!!」
脱走を疑う女性にはっきりと否を告げる結莉。
「赤城さんを助けて!!お願いします!」
女性に向かって結莉は叫んだ。そして深く深く頭を下げる。
女性は結莉に近づくと、結莉の髪を掴んで無理やり前を向けさせた。結莉はまっすぐ強い眼差しで女性を見る。
「赤城ぃ?赤城がどーしたよ?」
「電話に出ません。何度もかけても出ないんです。花楓さんと一緒に島根へ行くと言っていました。きっと何かあったのだと思うんです。お願いします、赤城さんを助けて」
女性は結莉の髪を離すと、携帯を取り出して赤城にかける。赤城が電話に出ないことを確認した女性はちっ!と舌打ちして電話を切った。
「しょーがねー、捜しに行ってやるよ」
そして女性は結莉を乱暴に部屋の中に突き飛ばした。
「その代わり、てめーは絶対逃げんなよ」
睨みつけてくる女性を結莉は見上げ、「絶対に逃げません」と強く答えた。
そして女性に頭を下げ「ありがとうこざいます」と礼を言う。
「ふんっ!」
女性は乱暴にドアを閉めて去っていった。
(赤城さん、どうか無事で…)
結莉はただひたすらに赤城の無事を祈った。