人と怪物の辿る道
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
織が駆けつけた時、そこには血まみれで倒れた紺と、ショックで立ち尽くす夏羽の姿があった。
アヤはすぐさま紺の治療にあたる。
応急処置を施し、屋島の屋敷へ紺は運び込まれた。紺の容体は大分落ち着いたようで、今は穏やかに眠っている。
皆が居間に集合したところで、隠神は話を切り出した。飯生との同盟関係が完全に解消されたと判断すべきこと、飯生も妖結石という人心を操る石を持っていること、そして結莉が飯生によってさらわれたこと。
「は?結莉さんが、さらわれた?」
信じられないという目で織は隠神を見る。
「どういうことよ!何で結莉さんが!」
アヤは声を荒げ、組は青ざめた顔をしていた。
夏羽もひどく驚き、言葉がでない様子だった。
「あくまで推測だが…、夏羽の石を手に入れる為の手段として結莉ちゃんを手中におさめたのだろう。…人質だ。だからこそ、飯生は結莉ちゃんに手を出さないだろう」
ガンッ!!!!
織が怒りのあまり机を叩く。夏羽も拳を強く握りしめ、怒りを露わにしていた。
「そんな…結莉さんが、人質…?」
アヤのか細い声が静まった室内に悲しいくらい響いた。
隠神は言葉を続ける。
「おそらく飯生は東京から動くことができない。何か理由があるはずだ。あんな性格の女がわざわざ部下に石を集めさせているのは妙だからな」
「晶とミハイさんは…」
「ミハイはともかく、晶にはまだしばらく旅行を続けてもらったほうが良いだろう。なんにせよ、石を集めるなら飯生とは必ずぶつかる。そしてあいつはとにかく『力』に執着のある女だ。石を求める理由もそこにあるんだろう。結莉ちゃんを取り戻すのは困難だが、必ず助ける道はある。今は信じてできることをやっていくしかない」
島根と福岡に流結石と浄結石という石が存在するという情報を得た隠神は、夏羽と織にふたりで島根に行けるか問う。二人は島根へ向かうことを決意し、すぐに発つことになった。
アヤは自分の髪を切ると、かんたんなケガならこれで治せるからと夏羽に髪を渡した。
「あのヤロー、兄貴には何もナシかよ」
「でも俺はたぶんあれ使わないからシキにあげる」
「えっ?いやオマエさすがにそれは…」
そう言いかけて織はやっと気づいた。
夏羽の為でなく、織のためにアヤは髪を渡したのだと。妹の想いに気づき、頬が熱くなる。どうかしたのかと聞いてくる夏羽をあしらって、島根へ向けて屋島を出た。
道中、電車に揺られながら織は眠気に意識を手放す。
見慣れた探偵事務所。
椅子に腰掛けてぼんやりとしているのは、結莉だ。
「結莉さんっ!!」
勢いよく名を呼べば、吃驚した様子の彼女。
「織くん、どうしたの?」
「どうしたのって…結莉さん大丈夫なのかよ!飯生のばばあに、さらわれちまったんだろ!?どこも怪我したりしてないよな!?」
「怪我はないわ、大丈夫よ。ありがとう。織くん、私がさらわれたこと知ってたの?」
「さっき、隠神さんから聞いた!」
結莉がさらわれたのは真実らしい。目の前に結莉はいるのに、現実では手の届くところに彼女はいない。あまりに辛い現実を叩きつけられ、織の目に涙が浮かんでくる。
「ミハイさん、きっとこうなることわかっていたのね。だから、こうして私と織くんを精神世界で繋いでくれたんだと思うの。織くんに会えて、良かった。繋がっていられて、良かった」
そう言って結莉は織の手を優しく握った。
「織くん、聞いて。私は今閉じこめられているの。でも不幸ではないわ。私の話を聞いてくれるヒトがいるから。…赤城さんっていうヒトなんだけれど、今一緒に生活させてもらっているの。部屋から外に出ることはできないけれど、それでも充分良くしてもらっているから、だから私は大丈夫。大丈夫なのよ」
安心させるように話す結莉に、織の目から涙がボロボロと落ちた。
「…大丈夫なわけねーじゃん…。いつ、何されるかわかんねーのに、ひでーことされるかもわかんねーのにっ、何で結莉さんがっ、何でっ!!」
「…そうね、どうなるかなんてわからないけれど、でもきっと織くんが助けに来てくれるから、大丈夫。待っているから」
そう言って結莉はにっこりと笑った。
「っ、絶対助ける!絶対助けに行くから!!飯生の力を削ぐためにも、まずは石を集めないとならない。時間はかかりそうだけど、それでも必ず行くから!」
力強く織は誓う。結莉が嬉しそうに笑った。
目が覚めた。
赤城はまだ眠っている。こぼれ落ちた涙を拭って結莉は身を起こした。
顔を洗い、髪を整える。
結莉は必死に指を曲げたり、伸ばしたりを繰り返し、何かを数え始めた。
そうこうしていると赤城が目を覚ます。
「! 赤城さん、おはようございます」
「…おはようございます。早いですね」
赤城も身支度を整えると、二人は向かい合って朝食をとった。昨日買ってきたコンビニご飯だったが、赤城は不思議と美味しく感じていた。
そこへ、赤城の電話が鳴り出す。
「はい」
「やっほ~赤城、調子はどう?結莉ちゃんも元気ー?」
呑気な調子の声の主は飯生だ。
「…まぁまぁです。何の御用ですか?」
「ふふっ、つれないのねー。まぁいいわ。至急、島根へ向かって頂戴。流結石っていう結石があるみたいなのよねー。花楓も一緒に任務に当たらせるわ。二人で流結石の回収、頼んだわよ」
「わかりました」
電話を切り、赤城は結莉に向き直る。
「突然ですが、花楓くんと一緒に島根へ行くことになりました。しばらく僕はいませんが、くれぐれも外には出ないように。これから買いだしに行きますが、もし何かあれば僕に電話して下さい。」
そして赤城は結莉に連絡先の番号を書いたメモを手渡した。
「ああ、食材の他に、貴女の携帯の充電器も買っておきましょう」
赤城はきっちり歯磨きをして出かけていった。出かける際、結莉が「いってらっしゃい」と声をかけると恥ずかしそうに出て行った。
しばらくして、赤城は大きな袋を両手に抱えて帰ってきた。
「これだけあれば足りるでしょう。すみませんが、時間がないので僕はもう行きます」
結莉に買ってきた袋を渡し、踵を返す。
「赤城さん!ありがとうございます。あの…、お気をつけて」
「………いってきます」
背を向けたまま部屋を出る。
彼女と過ごすと不思議なあたたかい気持ちを抱くことに、赤城は気づいていた。
花楓と合流し、島根県雲南市に着くと夜になっていた。
赤城達は流結石があるという村に入る。不審に思った村人が声をかけてきた。
情報を聞き出そうと赤城が口を開こうとした時、花楓が突然村人を炎で焼き殺す。
「まどろっこしいなー、全部燃やしちゃえば良いじゃん!」
そして村に次々と火を放ってゆく。
業火に逃げ惑う人々。そこここであがる悲鳴。地獄のような光景が広がった。
すべてを焼き尽くし、花楓は命を落とした村人を火でよく炙る。村人は蛇の怪物のようだった。炙り終えた人肉を赤城に差し出す。
「ほい、赤城さんの!」
「結構です」
「だいじょぶだいじょぶ!高温で焼いたもん。ばい菌的なのみんな死んだよ!」
「…一理ありますね」
赤城は人肉を受け取り、花楓と缶酒で乾杯をかわした。
「あーあ、全然やる気でない。なんで野火丸が特課のリーダーなんだよ。俺の方が強いのになー。もしかして飯生さまってああいうカワイイ感じのがタイプなのかな!?」
「そんなの決まってるじゃないですか。花楓くんがバカすぎるからですよ。なんで石の在処聞き出す前に村焼いちゃうんですか?」
「あっ、あははは、そーだった!ごめんなさい!流結石だっけ?」
「全然笑い事じゃないですからね…」
翌日。
織と夏羽も島根県雲南市八つ首村に到着した。
二手に分かれて聞き込みをするが、村人はいくら声をかけても出てくる気配がない。
「お稲荷さん…?」
稲畑の前におかれた稲荷像を不思議そうに夏羽は見つめる。よく見ればいたるところに稲荷像が置かれていた。
織と夏羽が合流すると、「どうかしましたか?」と線の細い男性が声をかけてきた。
「この村には誰もいませんよ」
「えっ、そうなのですか?」
「昨晩異臭騒ぎがありましてね…。住民のみなさんには避難してもらっているんです。危険ですから、遊ぶなら他所にしてくださいね」
「お兄さん、警察の人?」
「ええ」
そう言って男性は警察手帳を二人に見せた。
巡査部長 赤城 一秋
(警視庁…?赤城…!?)
織は夏羽の肩をひき、「ふーん、せっかく探検しよーとしてたのになー。行こーぜ」とその場をあとにしようとする。赤城は夏羽のフードを指でつまむと、名前を伺ってきた。素直に夏羽が名乗ろうとしたところを織はズルズルと夏羽を引きずって退散する。
「悪いけど俺らガキだからさ。知らない大人に個人情報教えたくないね。親に聞いてくれる?」
「そう、いい子ですね君は」
織たちが見えなくなると赤城は携帯をかけた。
「花楓くん、一度合流できますか?」
織と夏羽は村の近くにあるカフェで作戦会議を開いていた。織はイライラをぶつけるようにバン!と机を叩いた。
「あ~ムカつく!警視庁のケーサツが異臭騒ぎなんかでこんなトコまで来るわけねーじゃん!子供だましのウソつきやがって!」
(つーか、『赤城さん』が男なんて、聞いてない!!一緒に生活してるみたいなこと結莉さん言ってたけど、さっきの男と生活とか…)
イライラを紛らわすように織はフライドポテトを口に放り込んだ。
なんとか冷静さを取り戻し、夏羽と状況を話し合う。
そのとき二人のテーブルにちょこんと小さな子供がやってきた。
「ガキ?」
「迷子?」
「なんだ?ハラ減ってんのか?親どうした?」
「! シキ、財布!」
テーブルに置いていた織の財布を盗み、走り去る人物の背中を追いかけようと夏羽が慌てる。織は冷静に人差し指をクッと引くと糸で繋いだ財布が引っ張られ、盗んだ人物はバランスを崩しその場に転倒してしまった。
盗みを企てた二人は俯いたまま「見逃して下さい」と話す。
「別にかまわない」
「即答すんな!俺の財布だぞ!」
「あの、迷惑ついでにお金貸してもらえませんか?」
「はあ!!?」
「格好からして都会の人ですよね。私たちどうしても東京に行きたいんです。…お願い…何でもします…」
女性は頭を下げて二人に頼むが、状況が変わらないとみるや、二人の手を掴み、自分の胸に押し当てた。
ドン!
「何すんだこの痴漢女!!」
織は勢いよく女性を突き飛ばす。
「あの、もっと触ってもいいですか?」
夏羽のとんでもない発言に織が困惑していると、「あっ、やっぱり、怪我してる」と夏羽が言う。触れた夏羽の手には血がついていた。夏羽は織の許可を得ると、アヤの髪を女性の患部に巻きつける。
「どこでこんな怪我を?」
「言いたくない」
「東京に何の用事?」
「言いたくない」
言いたくないの一点張りの女性に痺れをきらした織は、そのままのたれ死んでもらおうと夏羽に立ち去るよう促す。
「でも地元の人だし…八ッ首村が無人の理由を知ってるかも」
八ッ首村という単語に女性は血相を変えた。夏羽が説明すると女性はますます険しい顔になる。
「キミたち本当に八ッ首村に行ったの…!?」
夏羽達は、八ッ首村へ女性と子供を連れていくことにした。
女性は村の入り口に置かれた稲荷像に悪態をつくと、足蹴にする。
子供は村の様子に目を輝かせ突然走り出した。
「環ちゃん、ダメッ!」
女性が追いかけ、環を捕まえると背の高い男性が女性と環を見下ろしてきた。
「あっ!もしかして赤城さんの言ってた『ガキ二人』?うーん、とは言ったものの~夏羽クンてこんなチビだったかなあ。報告書の写真どんなだったっけ…。まっ、殺せばいいか!」
男性が両手に大きな炎を宿す。
織は男性に目潰しを喰らわせ、その隙に夏羽が二人を救出した。
「先に逃げろ!俺が攪乱する!」
「わかった!」
織は男性を自分に引きつけようと「こっちだ!」と声を張り上げた。
「こっちってどっち?右とか左とか言ってくんないとわかんねーよ」
「うしろだよっ!時計で言うところの7時の方向だ、これでいいか!?」
男性は拳を火打ち石のようにして大きな火球を生み出すと思い切り火球を蹴り飛ばす。
一気に焼き尽くされたのは…3時の方向だった。
「なんつう威力、なんつうバカだよ…!?」
男性は目に覆われた蜘蛛の糸を燃やし、視界を取り戻すと稲荷像を破壊していたことに慌てふためいた。
「まぁでもいっかあ、赤城さん言ってたもんな。『炎の後始末は幻の役目ですから、我慢しなくていいですよ』って…」
グニャリと視界が歪む。現れたのは焼き尽くされ変わり果てた村の姿だった。
「夏羽クンって、おまえ?」
逃げてきた夏羽達は木陰で少し休憩をはさんでいた。
「ありがとう…助けてくれて…。さっきのケガももう全然痛くない。キミたち人間じゃなかったのね…」
「お姉さんも怪物?」
「…そう、大蛇っていうの」
そして女性は泣きながら夏羽に訴えた。
八ッ首村はすべて燃やされ、女性と環しか残っていないこと。東京に行きたかったのは祖母の遺言で『怪物屋に行け、きっと力になってくれるから』と言われたからだと。そして流結石は天ヶ淵の底にあり、絶対あいつらより先に手に入れてほしいと。
「流結石は手に入れる。あいつらはやっつけるし、あなたたちも助ける。俺たちが怪物屋です」
話を聞き、決意を新たにする夏羽。
女性は夏羽の正体に驚いたが、夏羽を信用し天ヶ淵を案内する。
特殊能力でその様子を見ていた赤城は流結石が天ヶ淵にあるという情報を得たのだった。
「…そうだ、結莉さんの様子も確認しておきましょうか」
赤城は特殊能力を用いて結莉の様子を確認する。
結莉は部屋から逃げ出したりはしておらず、赤城はホッと安堵の溜め息をついた。
テーブルには料理が並べられていた。
彼女の分と、赤城の分。
結莉はいつ帰ってくるのかわからない赤城の分の料理も用意してくれていたのだ。
そして彼女は、赤城が帰ってくるのを待っていた。
「っ!?」
まだ帰れないので、自分の分は用意しなくて良い、そう伝えようと携帯に手を伸ばす。伸ばした手が止まる。
(そういえば…自分の連絡先だけ伝えて、彼女の連絡先を聞いていなかった)
赤城はもう一度夏羽達の方へ意識を飛ばす。
(…早く終わらせて、帰らなければなりませんね)
織は変わり果てた村の様子に、必死で状況把握を試みていた。
(この光景こそが本当の八ッ首村で、無人の村はすべて幻、狐の石像を壊したせいで幻が解けたんだ。赤城さんに怒られるってことは、幻を作ったのはあの警察の兄ちゃんで、村を全焼させたのは…)
男性はまたも拳を使って火球を生み出し、織めがけて繰り出した。
「あっ!やべー!炎と煙で見えなくなっちゃった。なあ!当たったー!?」
男性の攻撃をかわしていた織は今のうちに擬態糸の力を使い身を隠す。
反応のない織にイライラした男性はとてつもなく大きな火球を生み出し、放った。
間一髪のところで、攻撃をかわす織。
織は隠神の言葉を思い返していた。
狐が使うのは基本的に『炎』と『幻』で力を使うには条件があり、厄介な攻撃は見抜くことができる。だが、例外として炎か幻どちらか一方しか使えない特化型が存在する。厄介な攻撃を単純な動作で繰り出してくる特化型に遭ったら即逃げろ、と。
男性はおそらく特化型だ。
次に隠れるところを探した時、織の糸が切れてしまった。
(そうかやばい、熱…!蜘蛛の糸はタンパク質だから熱されると固まって粘度が下がる!糸が飛ばない…落ちる!!)
織は男性の前に落ちてしまう。慌てて擬態するも炎に影を照らされてあっけなく捕まってしまった。
「なーんか逃げてばっかで弱っちいなあ夏羽クン。野火丸のやつおーげさに言いやがって」
「野火…丸…?」
「あれっ、知ってんの?どう思う?あいつ俺たちのリーダーなんだよ。俺のほうが強くない?」
男性は気を良くしたのかペラペラと話し始めた。
自分達は捜査特課という飯生のための結石捜索チームで、石の力で飯生はこの国の女王になるのだと。
男性は織を仕留めようと火球を生み出す動作をする。拳を合わせると、バチュンと音がして何も生まれなかった。不思議そうに手を開くとねっとりとした蜘蛛の糸が両の拳にまとわりつき、糸をひいていた。織は自分の体液を手に放出させ、蜘蛛の糸で指をドリルのように尖らせ硬化させる。そして思い切り男性の足に突き刺した。
「いっ…てぇ~~~ッ!!?」
男性が苦しんでいる隙に全力疾走で逃げ出す織。
織の背後には火球が迫る。時間稼ぎにもならなかったようだ。織の逃げた先は森だった。織の能力では森は状況が悪い。山火事になれば擬態は意味がない。糸の強度も落ちる。煙を吸うことのリスクもある。
必死に織は思考した。
織の役割は翻弄すること。
夏羽に少しでもラクな戦いをさせること!
そして逃げ切ること!
橋の上にいた織を見つけた男性が、勢いよく橋に着地する。得意の嗅覚で織を見つけ出したのだと男性は自慢げに話し、上機嫌で火球を生み出した。しかし、突如バランスを崩した男性は倒れ込んでしまう。見れば橋がみるみるうちに溶けていくところだった。
「俺は色んな性質の糸を出せるんだ。たとえば熱で溶けて冷えると固まる糸とかなあ。なんでもかんでも燃やしやがって…燃やしていいモンと悪いモンの区別くらいつけられるよーになるんだな!」
男性の頭上には先ほど自分で生み出した火球が迫っていた。火球は男性の顔面を焼き、熱で橋はみるみるうちに溶けていく。足場を失った男性は、悲鳴をあげながら落下していった。
「てめーの敗因は、てめーの炎だ」
織が見下ろす先に男性が落ちたのか、ポスッという落下音が静まり返った森に響き渡った。
アヤはすぐさま紺の治療にあたる。
応急処置を施し、屋島の屋敷へ紺は運び込まれた。紺の容体は大分落ち着いたようで、今は穏やかに眠っている。
皆が居間に集合したところで、隠神は話を切り出した。飯生との同盟関係が完全に解消されたと判断すべきこと、飯生も妖結石という人心を操る石を持っていること、そして結莉が飯生によってさらわれたこと。
「は?結莉さんが、さらわれた?」
信じられないという目で織は隠神を見る。
「どういうことよ!何で結莉さんが!」
アヤは声を荒げ、組は青ざめた顔をしていた。
夏羽もひどく驚き、言葉がでない様子だった。
「あくまで推測だが…、夏羽の石を手に入れる為の手段として結莉ちゃんを手中におさめたのだろう。…人質だ。だからこそ、飯生は結莉ちゃんに手を出さないだろう」
ガンッ!!!!
織が怒りのあまり机を叩く。夏羽も拳を強く握りしめ、怒りを露わにしていた。
「そんな…結莉さんが、人質…?」
アヤのか細い声が静まった室内に悲しいくらい響いた。
隠神は言葉を続ける。
「おそらく飯生は東京から動くことができない。何か理由があるはずだ。あんな性格の女がわざわざ部下に石を集めさせているのは妙だからな」
「晶とミハイさんは…」
「ミハイはともかく、晶にはまだしばらく旅行を続けてもらったほうが良いだろう。なんにせよ、石を集めるなら飯生とは必ずぶつかる。そしてあいつはとにかく『力』に執着のある女だ。石を求める理由もそこにあるんだろう。結莉ちゃんを取り戻すのは困難だが、必ず助ける道はある。今は信じてできることをやっていくしかない」
島根と福岡に流結石と浄結石という石が存在するという情報を得た隠神は、夏羽と織にふたりで島根に行けるか問う。二人は島根へ向かうことを決意し、すぐに発つことになった。
アヤは自分の髪を切ると、かんたんなケガならこれで治せるからと夏羽に髪を渡した。
「あのヤロー、兄貴には何もナシかよ」
「でも俺はたぶんあれ使わないからシキにあげる」
「えっ?いやオマエさすがにそれは…」
そう言いかけて織はやっと気づいた。
夏羽の為でなく、織のためにアヤは髪を渡したのだと。妹の想いに気づき、頬が熱くなる。どうかしたのかと聞いてくる夏羽をあしらって、島根へ向けて屋島を出た。
道中、電車に揺られながら織は眠気に意識を手放す。
見慣れた探偵事務所。
椅子に腰掛けてぼんやりとしているのは、結莉だ。
「結莉さんっ!!」
勢いよく名を呼べば、吃驚した様子の彼女。
「織くん、どうしたの?」
「どうしたのって…結莉さん大丈夫なのかよ!飯生のばばあに、さらわれちまったんだろ!?どこも怪我したりしてないよな!?」
「怪我はないわ、大丈夫よ。ありがとう。織くん、私がさらわれたこと知ってたの?」
「さっき、隠神さんから聞いた!」
結莉がさらわれたのは真実らしい。目の前に結莉はいるのに、現実では手の届くところに彼女はいない。あまりに辛い現実を叩きつけられ、織の目に涙が浮かんでくる。
「ミハイさん、きっとこうなることわかっていたのね。だから、こうして私と織くんを精神世界で繋いでくれたんだと思うの。織くんに会えて、良かった。繋がっていられて、良かった」
そう言って結莉は織の手を優しく握った。
「織くん、聞いて。私は今閉じこめられているの。でも不幸ではないわ。私の話を聞いてくれるヒトがいるから。…赤城さんっていうヒトなんだけれど、今一緒に生活させてもらっているの。部屋から外に出ることはできないけれど、それでも充分良くしてもらっているから、だから私は大丈夫。大丈夫なのよ」
安心させるように話す結莉に、織の目から涙がボロボロと落ちた。
「…大丈夫なわけねーじゃん…。いつ、何されるかわかんねーのに、ひでーことされるかもわかんねーのにっ、何で結莉さんがっ、何でっ!!」
「…そうね、どうなるかなんてわからないけれど、でもきっと織くんが助けに来てくれるから、大丈夫。待っているから」
そう言って結莉はにっこりと笑った。
「っ、絶対助ける!絶対助けに行くから!!飯生の力を削ぐためにも、まずは石を集めないとならない。時間はかかりそうだけど、それでも必ず行くから!」
力強く織は誓う。結莉が嬉しそうに笑った。
目が覚めた。
赤城はまだ眠っている。こぼれ落ちた涙を拭って結莉は身を起こした。
顔を洗い、髪を整える。
結莉は必死に指を曲げたり、伸ばしたりを繰り返し、何かを数え始めた。
そうこうしていると赤城が目を覚ます。
「! 赤城さん、おはようございます」
「…おはようございます。早いですね」
赤城も身支度を整えると、二人は向かい合って朝食をとった。昨日買ってきたコンビニご飯だったが、赤城は不思議と美味しく感じていた。
そこへ、赤城の電話が鳴り出す。
「はい」
「やっほ~赤城、調子はどう?結莉ちゃんも元気ー?」
呑気な調子の声の主は飯生だ。
「…まぁまぁです。何の御用ですか?」
「ふふっ、つれないのねー。まぁいいわ。至急、島根へ向かって頂戴。流結石っていう結石があるみたいなのよねー。花楓も一緒に任務に当たらせるわ。二人で流結石の回収、頼んだわよ」
「わかりました」
電話を切り、赤城は結莉に向き直る。
「突然ですが、花楓くんと一緒に島根へ行くことになりました。しばらく僕はいませんが、くれぐれも外には出ないように。これから買いだしに行きますが、もし何かあれば僕に電話して下さい。」
そして赤城は結莉に連絡先の番号を書いたメモを手渡した。
「ああ、食材の他に、貴女の携帯の充電器も買っておきましょう」
赤城はきっちり歯磨きをして出かけていった。出かける際、結莉が「いってらっしゃい」と声をかけると恥ずかしそうに出て行った。
しばらくして、赤城は大きな袋を両手に抱えて帰ってきた。
「これだけあれば足りるでしょう。すみませんが、時間がないので僕はもう行きます」
結莉に買ってきた袋を渡し、踵を返す。
「赤城さん!ありがとうございます。あの…、お気をつけて」
「………いってきます」
背を向けたまま部屋を出る。
彼女と過ごすと不思議なあたたかい気持ちを抱くことに、赤城は気づいていた。
花楓と合流し、島根県雲南市に着くと夜になっていた。
赤城達は流結石があるという村に入る。不審に思った村人が声をかけてきた。
情報を聞き出そうと赤城が口を開こうとした時、花楓が突然村人を炎で焼き殺す。
「まどろっこしいなー、全部燃やしちゃえば良いじゃん!」
そして村に次々と火を放ってゆく。
業火に逃げ惑う人々。そこここであがる悲鳴。地獄のような光景が広がった。
すべてを焼き尽くし、花楓は命を落とした村人を火でよく炙る。村人は蛇の怪物のようだった。炙り終えた人肉を赤城に差し出す。
「ほい、赤城さんの!」
「結構です」
「だいじょぶだいじょぶ!高温で焼いたもん。ばい菌的なのみんな死んだよ!」
「…一理ありますね」
赤城は人肉を受け取り、花楓と缶酒で乾杯をかわした。
「あーあ、全然やる気でない。なんで野火丸が特課のリーダーなんだよ。俺の方が強いのになー。もしかして飯生さまってああいうカワイイ感じのがタイプなのかな!?」
「そんなの決まってるじゃないですか。花楓くんがバカすぎるからですよ。なんで石の在処聞き出す前に村焼いちゃうんですか?」
「あっ、あははは、そーだった!ごめんなさい!流結石だっけ?」
「全然笑い事じゃないですからね…」
翌日。
織と夏羽も島根県雲南市八つ首村に到着した。
二手に分かれて聞き込みをするが、村人はいくら声をかけても出てくる気配がない。
「お稲荷さん…?」
稲畑の前におかれた稲荷像を不思議そうに夏羽は見つめる。よく見ればいたるところに稲荷像が置かれていた。
織と夏羽が合流すると、「どうかしましたか?」と線の細い男性が声をかけてきた。
「この村には誰もいませんよ」
「えっ、そうなのですか?」
「昨晩異臭騒ぎがありましてね…。住民のみなさんには避難してもらっているんです。危険ですから、遊ぶなら他所にしてくださいね」
「お兄さん、警察の人?」
「ええ」
そう言って男性は警察手帳を二人に見せた。
巡査部長 赤城 一秋
(警視庁…?赤城…!?)
織は夏羽の肩をひき、「ふーん、せっかく探検しよーとしてたのになー。行こーぜ」とその場をあとにしようとする。赤城は夏羽のフードを指でつまむと、名前を伺ってきた。素直に夏羽が名乗ろうとしたところを織はズルズルと夏羽を引きずって退散する。
「悪いけど俺らガキだからさ。知らない大人に個人情報教えたくないね。親に聞いてくれる?」
「そう、いい子ですね君は」
織たちが見えなくなると赤城は携帯をかけた。
「花楓くん、一度合流できますか?」
織と夏羽は村の近くにあるカフェで作戦会議を開いていた。織はイライラをぶつけるようにバン!と机を叩いた。
「あ~ムカつく!警視庁のケーサツが異臭騒ぎなんかでこんなトコまで来るわけねーじゃん!子供だましのウソつきやがって!」
(つーか、『赤城さん』が男なんて、聞いてない!!一緒に生活してるみたいなこと結莉さん言ってたけど、さっきの男と生活とか…)
イライラを紛らわすように織はフライドポテトを口に放り込んだ。
なんとか冷静さを取り戻し、夏羽と状況を話し合う。
そのとき二人のテーブルにちょこんと小さな子供がやってきた。
「ガキ?」
「迷子?」
「なんだ?ハラ減ってんのか?親どうした?」
「! シキ、財布!」
テーブルに置いていた織の財布を盗み、走り去る人物の背中を追いかけようと夏羽が慌てる。織は冷静に人差し指をクッと引くと糸で繋いだ財布が引っ張られ、盗んだ人物はバランスを崩しその場に転倒してしまった。
盗みを企てた二人は俯いたまま「見逃して下さい」と話す。
「別にかまわない」
「即答すんな!俺の財布だぞ!」
「あの、迷惑ついでにお金貸してもらえませんか?」
「はあ!!?」
「格好からして都会の人ですよね。私たちどうしても東京に行きたいんです。…お願い…何でもします…」
女性は頭を下げて二人に頼むが、状況が変わらないとみるや、二人の手を掴み、自分の胸に押し当てた。
ドン!
「何すんだこの痴漢女!!」
織は勢いよく女性を突き飛ばす。
「あの、もっと触ってもいいですか?」
夏羽のとんでもない発言に織が困惑していると、「あっ、やっぱり、怪我してる」と夏羽が言う。触れた夏羽の手には血がついていた。夏羽は織の許可を得ると、アヤの髪を女性の患部に巻きつける。
「どこでこんな怪我を?」
「言いたくない」
「東京に何の用事?」
「言いたくない」
言いたくないの一点張りの女性に痺れをきらした織は、そのままのたれ死んでもらおうと夏羽に立ち去るよう促す。
「でも地元の人だし…八ッ首村が無人の理由を知ってるかも」
八ッ首村という単語に女性は血相を変えた。夏羽が説明すると女性はますます険しい顔になる。
「キミたち本当に八ッ首村に行ったの…!?」
夏羽達は、八ッ首村へ女性と子供を連れていくことにした。
女性は村の入り口に置かれた稲荷像に悪態をつくと、足蹴にする。
子供は村の様子に目を輝かせ突然走り出した。
「環ちゃん、ダメッ!」
女性が追いかけ、環を捕まえると背の高い男性が女性と環を見下ろしてきた。
「あっ!もしかして赤城さんの言ってた『ガキ二人』?うーん、とは言ったものの~夏羽クンてこんなチビだったかなあ。報告書の写真どんなだったっけ…。まっ、殺せばいいか!」
男性が両手に大きな炎を宿す。
織は男性に目潰しを喰らわせ、その隙に夏羽が二人を救出した。
「先に逃げろ!俺が攪乱する!」
「わかった!」
織は男性を自分に引きつけようと「こっちだ!」と声を張り上げた。
「こっちってどっち?右とか左とか言ってくんないとわかんねーよ」
「うしろだよっ!時計で言うところの7時の方向だ、これでいいか!?」
男性は拳を火打ち石のようにして大きな火球を生み出すと思い切り火球を蹴り飛ばす。
一気に焼き尽くされたのは…3時の方向だった。
「なんつう威力、なんつうバカだよ…!?」
男性は目に覆われた蜘蛛の糸を燃やし、視界を取り戻すと稲荷像を破壊していたことに慌てふためいた。
「まぁでもいっかあ、赤城さん言ってたもんな。『炎の後始末は幻の役目ですから、我慢しなくていいですよ』って…」
グニャリと視界が歪む。現れたのは焼き尽くされ変わり果てた村の姿だった。
「夏羽クンって、おまえ?」
逃げてきた夏羽達は木陰で少し休憩をはさんでいた。
「ありがとう…助けてくれて…。さっきのケガももう全然痛くない。キミたち人間じゃなかったのね…」
「お姉さんも怪物?」
「…そう、大蛇っていうの」
そして女性は泣きながら夏羽に訴えた。
八ッ首村はすべて燃やされ、女性と環しか残っていないこと。東京に行きたかったのは祖母の遺言で『怪物屋に行け、きっと力になってくれるから』と言われたからだと。そして流結石は天ヶ淵の底にあり、絶対あいつらより先に手に入れてほしいと。
「流結石は手に入れる。あいつらはやっつけるし、あなたたちも助ける。俺たちが怪物屋です」
話を聞き、決意を新たにする夏羽。
女性は夏羽の正体に驚いたが、夏羽を信用し天ヶ淵を案内する。
特殊能力でその様子を見ていた赤城は流結石が天ヶ淵にあるという情報を得たのだった。
「…そうだ、結莉さんの様子も確認しておきましょうか」
赤城は特殊能力を用いて結莉の様子を確認する。
結莉は部屋から逃げ出したりはしておらず、赤城はホッと安堵の溜め息をついた。
テーブルには料理が並べられていた。
彼女の分と、赤城の分。
結莉はいつ帰ってくるのかわからない赤城の分の料理も用意してくれていたのだ。
そして彼女は、赤城が帰ってくるのを待っていた。
「っ!?」
まだ帰れないので、自分の分は用意しなくて良い、そう伝えようと携帯に手を伸ばす。伸ばした手が止まる。
(そういえば…自分の連絡先だけ伝えて、彼女の連絡先を聞いていなかった)
赤城はもう一度夏羽達の方へ意識を飛ばす。
(…早く終わらせて、帰らなければなりませんね)
織は変わり果てた村の様子に、必死で状況把握を試みていた。
(この光景こそが本当の八ッ首村で、無人の村はすべて幻、狐の石像を壊したせいで幻が解けたんだ。赤城さんに怒られるってことは、幻を作ったのはあの警察の兄ちゃんで、村を全焼させたのは…)
男性はまたも拳を使って火球を生み出し、織めがけて繰り出した。
「あっ!やべー!炎と煙で見えなくなっちゃった。なあ!当たったー!?」
男性の攻撃をかわしていた織は今のうちに擬態糸の力を使い身を隠す。
反応のない織にイライラした男性はとてつもなく大きな火球を生み出し、放った。
間一髪のところで、攻撃をかわす織。
織は隠神の言葉を思い返していた。
狐が使うのは基本的に『炎』と『幻』で力を使うには条件があり、厄介な攻撃は見抜くことができる。だが、例外として炎か幻どちらか一方しか使えない特化型が存在する。厄介な攻撃を単純な動作で繰り出してくる特化型に遭ったら即逃げろ、と。
男性はおそらく特化型だ。
次に隠れるところを探した時、織の糸が切れてしまった。
(そうかやばい、熱…!蜘蛛の糸はタンパク質だから熱されると固まって粘度が下がる!糸が飛ばない…落ちる!!)
織は男性の前に落ちてしまう。慌てて擬態するも炎に影を照らされてあっけなく捕まってしまった。
「なーんか逃げてばっかで弱っちいなあ夏羽クン。野火丸のやつおーげさに言いやがって」
「野火…丸…?」
「あれっ、知ってんの?どう思う?あいつ俺たちのリーダーなんだよ。俺のほうが強くない?」
男性は気を良くしたのかペラペラと話し始めた。
自分達は捜査特課という飯生のための結石捜索チームで、石の力で飯生はこの国の女王になるのだと。
男性は織を仕留めようと火球を生み出す動作をする。拳を合わせると、バチュンと音がして何も生まれなかった。不思議そうに手を開くとねっとりとした蜘蛛の糸が両の拳にまとわりつき、糸をひいていた。織は自分の体液を手に放出させ、蜘蛛の糸で指をドリルのように尖らせ硬化させる。そして思い切り男性の足に突き刺した。
「いっ…てぇ~~~ッ!!?」
男性が苦しんでいる隙に全力疾走で逃げ出す織。
織の背後には火球が迫る。時間稼ぎにもならなかったようだ。織の逃げた先は森だった。織の能力では森は状況が悪い。山火事になれば擬態は意味がない。糸の強度も落ちる。煙を吸うことのリスクもある。
必死に織は思考した。
織の役割は翻弄すること。
夏羽に少しでもラクな戦いをさせること!
そして逃げ切ること!
橋の上にいた織を見つけた男性が、勢いよく橋に着地する。得意の嗅覚で織を見つけ出したのだと男性は自慢げに話し、上機嫌で火球を生み出した。しかし、突如バランスを崩した男性は倒れ込んでしまう。見れば橋がみるみるうちに溶けていくところだった。
「俺は色んな性質の糸を出せるんだ。たとえば熱で溶けて冷えると固まる糸とかなあ。なんでもかんでも燃やしやがって…燃やしていいモンと悪いモンの区別くらいつけられるよーになるんだな!」
男性の頭上には先ほど自分で生み出した火球が迫っていた。火球は男性の顔面を焼き、熱で橋はみるみるうちに溶けていく。足場を失った男性は、悲鳴をあげながら落下していった。
「てめーの敗因は、てめーの炎だ」
織が見下ろす先に男性が落ちたのか、ポスッという落下音が静まり返った森に響き渡った。