人と怪物の辿る道
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ここは隠神探偵事務所。訪れる客などほとんどいない事務所だがコンコン、とドアがノックされる。
「はーい、どちらさま?」
事務所を営む隠神がドアを開けると、長い黒髪の少女が立っていた。少女はラップのかかった大きな器がのったお盆を手に、隠神を見上げて微笑んだ。
「隠神さん、こんばんは。」
「ああ、結莉ちゃん。こんばんは。入って入って」
隠神は少女に微笑み、室内へと招き入れる。
結莉という少女は隠神探偵事務所の隣の家に住む高校生の女の子だ。家事に無頓着な隠神を心配し、時折手作りの食事を差し入れたり掃除をしにきてくれている。
「あー!結莉さんだ!こんばんは~」
「あ、…こんばんは。」
少女に気付いた晶と織が挨拶する。満面の笑顔の晶と、照れくさそうな、でもどこか嬉しそうな表情の織。
「晶くん、織くん、こんばんは。」
結莉も二人に挨拶をし、持っていたお盆をテーブルに置く。
「あっ、ちらし寿司!美味しそう~!」
盆の上の器を覗き込んだ晶が感嘆の声をあげる。
「うん、たくさん作ったからお裾分けにきたの。食べてくれたら嬉しいな」
「いつもすまないね」
「…ありがとな」
隠神と織が結莉に礼を言うと、彼女はくすぐったそうに笑った。それから、室内を見回して「お掃除しても良いですか?」と隠神に尋ねる。
「悪いね、助かるよ」
「とんでもないです。」
結莉は床に散らかった衣類などを拾い上げてたたんだり、箒で床を掃いたり、せっせと掃除を始める。
隠神をはじめ、晶も織も結莉のいるこの和やかな時間が好きだった。彼女が掃除をしている間に差し入れてくれたちらし寿司を取り分けて頂く。
「美味しい~!」
「うまい」
「うん、美味しい」
三人とも美味しい料理に箸がすすみ、あっという間に完食してしまった。
手早く掃除を終えた結莉が三人のもとへ戻ってきて、食べ終えた食器を流しへと運ぶ。
「あ、て、手伝う」
普段は率先して家事を行わない織だが、結莉が来たときばかりは食器洗いを手伝う。
「織くん、ありがとう」
「お、おう」
ふわりと微笑む彼女に頬を染める織。
「良かったね~、織」
そんな織をニヤニヤと見つめる晶に「うるせぇな!」と織が怒鳴る。
食器を片付け終えた結莉は持ってきた盆と器を抱えて「お邪魔しました」と事務所の玄関でぺこりとお辞儀する。
「お、送っていくから!」
すぐ隣だが、夜に一人で帰すのは心配だからと織が彼女を家までいつも送り届ける。
「また来てね~」
「結莉ちゃん、おやすみ」
晶と隠神はひらひらと彼女に手を振る。
怪物と人間の共存の希望。
隠神は彼女の存在をそう確信していた。
ある日
いつものように結莉が隠神探偵事務所を訪れると、無表情の知らない男の子が彼女をじっと見つめていた。
「ああ、そうだ。夏羽、結莉ちゃんに挨拶なさい」
夏羽と呼ばれた少年は隠神に手招きされ、とことこと結莉の前まで歩いてくる。向かい合うとぺこりとお辞儀して、「はじめまして」と挨拶した。
「夏羽くん、はじめまして。私は結莉と言います。よろしくお願いします」
結莉も夏羽にぺこりとお辞儀する。
「結莉ちゃんは、隣に住んでるお姉さんでね、時々うちに来てくれるんだよ」
「そうなのですか。…人間、ですか?」
「!?ばっ、おま、ちょっとこっち来い!」
織は慌てて夏羽をずるずると引きずり、居間から出て行った。
「あー、えーと、夏羽はまだ慣れてなくてね。新入りなんだ。仲良くしてやってくれると嬉しいよ」
「はい、勿論です」
特に気にした様子のない結莉にほっと胸を撫で下ろす隠神。彼女は彼らが怪物であることをまだ知らなかった。厄介事に巻き込みたくないから、というのもそうだが怪物の存在を知った彼女の反応が怖いのだ。信用していない訳ではないし、彼女は悪い人間ではない。だが、特異な怪物という存在と対峙した時、彼女は自分たちのことをどう思うのだろうか。
「馬鹿、夏羽!結莉さんは俺たちが怪物だってこと知らないんだ!つーか、そもそも怪物の存在を知らないんだよ!バレるようなこと言うんじゃねぇよ!」
織は小声で夏羽を叱りつける。
「あ…、弥太郎…」
夏羽は弥太郎のことを思い出すと「わかった、気をつける」と織に返答した。物わかりの良い夏羽を訝しみながらも「わかれば、いいけどよ…」と織は不安に思いながらも夏羽を連れて結莉のもとへと戻る。
「おかえりなさい」
微笑む結莉に夏羽はどうしてよいかわからず狼狽えていた。「あの…その…」結莉は屈んで夏羽に視線を合わせると夏羽の頭を優しく撫でた。
「ごめんなさい、突然私がお邪魔してしまって、きっと吃驚させてしまったのよね。…ごめんなさいね」
「!、いえ、そんなことは」
夏羽は優しく撫でて微笑む結莉に不思議な心地よさを感じていた。
「っ…!」
二人の様子を面白くなさそうに織は見つめる。
「今日は肉じゃがを持ってきたの。良かったら夏羽くんも食べてね」
「結莉ちゃんは時々お料理を差し入れてくれたり、お掃除に来てくれてるんだ。夏羽も頂きなさい」
「はい、頂きます」
隠神に促され、夏羽も皆と一緒に結莉の料理を頂く。
「…おいしい」
気に入った様子で夏羽はもぐもぐと肉じゃがを口いっぱいに頬張る。
「あら…、今日は綺麗に片付いていますね」
結莉は部屋を見回し、不思議そうに呟く。
「ああ、夏羽が働き者でね。率先して家事をこなしてくれてるんだよ」
「そうなのですね。…じゃあ、私はもう来なくても大丈夫なのかしら」
「「「「えっ!?」」」」
寂しそうに呟く彼女の言葉に4人ともギョッとする。
「そんなことないさ。いつでもおいで。ただ遊びに来てくれるだけでいいんだ。結莉ちゃんが来てくれないと寂しいからね」
慌てる隠神に呼応するように織も叫ぶ。「そうだよ!夏羽のやつ、料理はてんで駄目だし結莉さんが来てくれないと…その…」口ごもる織を見かねて晶が「寂しいもんね~」と口を挟む。顔を真っ赤にして織は晶を睨む。
「あの…また来てくれますか…?」
夏羽も不安そうに結莉に問う。
「ありがとう。私も皆に会えないのは、とても寂しいです。また、こちらに伺わせてください」
結莉の答えに皆ほっと息を吐いた。
食べ終えた食器を片付ける結莉を夏羽が「手伝います」と言って追いかける。
「夏羽はいい、俺がやる」
「何故?織はいつもやらない」
確かに織は普段、夏羽に片付けは任せきりだ。しかし結莉の前で図星をつかれ、彼女に自分の印象を悪くするような発言をされた織は夏羽を許せなかった。
ゴン!
織は夏羽に拳骨をくらわせる。
「織くんっ!夏羽くんをいじめては駄目っ!」
結莉は織を強い口調で咎めた。
「~~~!」
面白くない織は、ふんっと顔を背け部屋から出て行ってしまう。
彼の後ろ姿を結莉は悲しそうに見つめていた。
自室に帰ってきた織はベッドに横になり、むしゃくしゃする気持ちを抑えるように髪をぐしゃりとかきあげる。
結莉は憧れの存在だ。とても優しくて可愛くて、しっかりしているようで実は少し抜けているところが放っておけない。ずっと彼女を想っていた。それなのに、突然事務所に入ってきた新入りに、夏羽に、結莉が取られてしまうのではないか。そう危機感を感じたのだ。
「織、怒っている?」
「うわっ!?か、夏羽!?」
突如、現れた夏羽に驚きベッドから飛び起きる織。
「なんで、お前結莉さんと一緒にいたんだろ?」
「片付け、終わったから」
「ああ、そう。で、結莉さんは?」
「帰った」
「ふーん、帰っ…、えっ、帰った…って?」
織は慌てて事務所の玄関へと飛び出す。結莉の姿はもうなかった。
(なんで…、いつも俺が送っていくのに、なんで俺に何も言わずに!)
結莉のことだ、きっと機嫌を損ねた自分に気をつかって黙って帰ったのだろう。家はすぐ隣だから大丈夫、と思うが、姿を確認できないと心配でいられなかった。
意を決して織は結莉の家のインターホンを押す。
「はい、どちら様ですか?」母親らしき声が応答する。
「あ、あのっ、隣の隠神探偵事務所の者ですが…、結莉さんはいらっしゃいますか?」
「あ~!隣の!はいはい、ちょっと待ってね。結莉ちゃーん、お客様よ!」
すぐに玄関の扉が開き、慌てた様子の結莉が顔を覗かせた。
「あ、結莉さん…。良かった、無事に…帰ってたんだな。わ、悪い!無事に帰ったかどうか確かめたくて、そ、それだけだから!」
じゃあ、と帰ろうとする織を「待って!」と結莉が呼び止める。
「お茶、飲んでいって。お願い…」
泣きそうな顔で懇願する彼女の頼みを断れるはずもなく、織は結莉の家にあがることにした。
「お、お邪魔します…」
彼女は織を二階の自室に案内すると、飲み物を持ってくるからと下の階に降りていった。女性の部屋に入るのが初めての織はひどく緊張していた。結莉の部屋はとても綺麗に整頓されていてすっきりしている。
あまり部屋をジロジロ見ないように織が俯いていると、彼女が部屋に戻ってきた。あたたかい緑茶の入ったカップが差し出される。「どうぞ」「あ、ありがと…」彼女の方に視線を向けると、彼女は今にも溢れそうな涙をいっぱいにためた潤んだ瞳でこちらを見つめていた。織はそんな結莉の様子にどうしてよいかわからず、ただおろおろとするばかりだった。
「結莉さん?えーっと、なんだ、その、な、泣くなって」なんとか彼女を宥めようと声をかけると、彼女はぼろぼろと涙をこぼし始めた。
「ごめ…なさ…」
「な、なんで結莉さんが謝るんだよ!泣くなって。俺が悪かったから!」
「ごめん、なさい。わたし、織くんを怒らせてしまったから」
「ち、違うって!あれは、俺が、俺が、夏羽に…その…八つ当たりしたからで、結莉さんが俺を注意したのは当然なんだって。だから結莉さんは何も悪くないから、だから、その、泣くな」
「お、怒ってない?嫌いになってない?」
「怒ってないし、結莉さんのこと嫌いになったりしない。むしろ、好…な、なんでもない!」
織の返答に安堵したのか少しずつ落ち着きを取り戻し泣き止む結莉。
「よ、よかった…。わたし、嫌われてしまったのかと…」
「俺が結莉さんのこと、嫌いになるわけないだろ」
「うん…」
彼女が落ち着いたところで、織は立ち上がる。
「じゃあ、俺、そろそろ帰るから。…また!」
「うん、…また、ね。おやすみなさい。」
「…おやすみ」
織は結莉の両親に挨拶してから、彼女の家をあとにした。
隠神探偵事務所に戻ると織に気づいた晶が声をかけてくる。
「あ、織!遅かったじゃん。何してたの~?」
「別に何でも良いだろ」
晶に詮索されると面倒だと思い、織はぶっきらぼうに答えてそそくさと自室に戻る。
(…結莉さんが泣くところ、初めて見たな…)
ベッドに横になり物思いにふける。
彼女の泣き顔が脳裏によぎり、胸がきゅっと締め付けられたように苦しくなった。
もう、泣かせたくない。
それでももしまた彼女が泣いてしまうことがあったら。
必ず俺が彼女の涙を拭ってやろう。
「はーい、どちらさま?」
事務所を営む隠神がドアを開けると、長い黒髪の少女が立っていた。少女はラップのかかった大きな器がのったお盆を手に、隠神を見上げて微笑んだ。
「隠神さん、こんばんは。」
「ああ、結莉ちゃん。こんばんは。入って入って」
隠神は少女に微笑み、室内へと招き入れる。
結莉という少女は隠神探偵事務所の隣の家に住む高校生の女の子だ。家事に無頓着な隠神を心配し、時折手作りの食事を差し入れたり掃除をしにきてくれている。
「あー!結莉さんだ!こんばんは~」
「あ、…こんばんは。」
少女に気付いた晶と織が挨拶する。満面の笑顔の晶と、照れくさそうな、でもどこか嬉しそうな表情の織。
「晶くん、織くん、こんばんは。」
結莉も二人に挨拶をし、持っていたお盆をテーブルに置く。
「あっ、ちらし寿司!美味しそう~!」
盆の上の器を覗き込んだ晶が感嘆の声をあげる。
「うん、たくさん作ったからお裾分けにきたの。食べてくれたら嬉しいな」
「いつもすまないね」
「…ありがとな」
隠神と織が結莉に礼を言うと、彼女はくすぐったそうに笑った。それから、室内を見回して「お掃除しても良いですか?」と隠神に尋ねる。
「悪いね、助かるよ」
「とんでもないです。」
結莉は床に散らかった衣類などを拾い上げてたたんだり、箒で床を掃いたり、せっせと掃除を始める。
隠神をはじめ、晶も織も結莉のいるこの和やかな時間が好きだった。彼女が掃除をしている間に差し入れてくれたちらし寿司を取り分けて頂く。
「美味しい~!」
「うまい」
「うん、美味しい」
三人とも美味しい料理に箸がすすみ、あっという間に完食してしまった。
手早く掃除を終えた結莉が三人のもとへ戻ってきて、食べ終えた食器を流しへと運ぶ。
「あ、て、手伝う」
普段は率先して家事を行わない織だが、結莉が来たときばかりは食器洗いを手伝う。
「織くん、ありがとう」
「お、おう」
ふわりと微笑む彼女に頬を染める織。
「良かったね~、織」
そんな織をニヤニヤと見つめる晶に「うるせぇな!」と織が怒鳴る。
食器を片付け終えた結莉は持ってきた盆と器を抱えて「お邪魔しました」と事務所の玄関でぺこりとお辞儀する。
「お、送っていくから!」
すぐ隣だが、夜に一人で帰すのは心配だからと織が彼女を家までいつも送り届ける。
「また来てね~」
「結莉ちゃん、おやすみ」
晶と隠神はひらひらと彼女に手を振る。
怪物と人間の共存の希望。
隠神は彼女の存在をそう確信していた。
ある日
いつものように結莉が隠神探偵事務所を訪れると、無表情の知らない男の子が彼女をじっと見つめていた。
「ああ、そうだ。夏羽、結莉ちゃんに挨拶なさい」
夏羽と呼ばれた少年は隠神に手招きされ、とことこと結莉の前まで歩いてくる。向かい合うとぺこりとお辞儀して、「はじめまして」と挨拶した。
「夏羽くん、はじめまして。私は結莉と言います。よろしくお願いします」
結莉も夏羽にぺこりとお辞儀する。
「結莉ちゃんは、隣に住んでるお姉さんでね、時々うちに来てくれるんだよ」
「そうなのですか。…人間、ですか?」
「!?ばっ、おま、ちょっとこっち来い!」
織は慌てて夏羽をずるずると引きずり、居間から出て行った。
「あー、えーと、夏羽はまだ慣れてなくてね。新入りなんだ。仲良くしてやってくれると嬉しいよ」
「はい、勿論です」
特に気にした様子のない結莉にほっと胸を撫で下ろす隠神。彼女は彼らが怪物であることをまだ知らなかった。厄介事に巻き込みたくないから、というのもそうだが怪物の存在を知った彼女の反応が怖いのだ。信用していない訳ではないし、彼女は悪い人間ではない。だが、特異な怪物という存在と対峙した時、彼女は自分たちのことをどう思うのだろうか。
「馬鹿、夏羽!結莉さんは俺たちが怪物だってこと知らないんだ!つーか、そもそも怪物の存在を知らないんだよ!バレるようなこと言うんじゃねぇよ!」
織は小声で夏羽を叱りつける。
「あ…、弥太郎…」
夏羽は弥太郎のことを思い出すと「わかった、気をつける」と織に返答した。物わかりの良い夏羽を訝しみながらも「わかれば、いいけどよ…」と織は不安に思いながらも夏羽を連れて結莉のもとへと戻る。
「おかえりなさい」
微笑む結莉に夏羽はどうしてよいかわからず狼狽えていた。「あの…その…」結莉は屈んで夏羽に視線を合わせると夏羽の頭を優しく撫でた。
「ごめんなさい、突然私がお邪魔してしまって、きっと吃驚させてしまったのよね。…ごめんなさいね」
「!、いえ、そんなことは」
夏羽は優しく撫でて微笑む結莉に不思議な心地よさを感じていた。
「っ…!」
二人の様子を面白くなさそうに織は見つめる。
「今日は肉じゃがを持ってきたの。良かったら夏羽くんも食べてね」
「結莉ちゃんは時々お料理を差し入れてくれたり、お掃除に来てくれてるんだ。夏羽も頂きなさい」
「はい、頂きます」
隠神に促され、夏羽も皆と一緒に結莉の料理を頂く。
「…おいしい」
気に入った様子で夏羽はもぐもぐと肉じゃがを口いっぱいに頬張る。
「あら…、今日は綺麗に片付いていますね」
結莉は部屋を見回し、不思議そうに呟く。
「ああ、夏羽が働き者でね。率先して家事をこなしてくれてるんだよ」
「そうなのですね。…じゃあ、私はもう来なくても大丈夫なのかしら」
「「「「えっ!?」」」」
寂しそうに呟く彼女の言葉に4人ともギョッとする。
「そんなことないさ。いつでもおいで。ただ遊びに来てくれるだけでいいんだ。結莉ちゃんが来てくれないと寂しいからね」
慌てる隠神に呼応するように織も叫ぶ。「そうだよ!夏羽のやつ、料理はてんで駄目だし結莉さんが来てくれないと…その…」口ごもる織を見かねて晶が「寂しいもんね~」と口を挟む。顔を真っ赤にして織は晶を睨む。
「あの…また来てくれますか…?」
夏羽も不安そうに結莉に問う。
「ありがとう。私も皆に会えないのは、とても寂しいです。また、こちらに伺わせてください」
結莉の答えに皆ほっと息を吐いた。
食べ終えた食器を片付ける結莉を夏羽が「手伝います」と言って追いかける。
「夏羽はいい、俺がやる」
「何故?織はいつもやらない」
確かに織は普段、夏羽に片付けは任せきりだ。しかし結莉の前で図星をつかれ、彼女に自分の印象を悪くするような発言をされた織は夏羽を許せなかった。
ゴン!
織は夏羽に拳骨をくらわせる。
「織くんっ!夏羽くんをいじめては駄目っ!」
結莉は織を強い口調で咎めた。
「~~~!」
面白くない織は、ふんっと顔を背け部屋から出て行ってしまう。
彼の後ろ姿を結莉は悲しそうに見つめていた。
自室に帰ってきた織はベッドに横になり、むしゃくしゃする気持ちを抑えるように髪をぐしゃりとかきあげる。
結莉は憧れの存在だ。とても優しくて可愛くて、しっかりしているようで実は少し抜けているところが放っておけない。ずっと彼女を想っていた。それなのに、突然事務所に入ってきた新入りに、夏羽に、結莉が取られてしまうのではないか。そう危機感を感じたのだ。
「織、怒っている?」
「うわっ!?か、夏羽!?」
突如、現れた夏羽に驚きベッドから飛び起きる織。
「なんで、お前結莉さんと一緒にいたんだろ?」
「片付け、終わったから」
「ああ、そう。で、結莉さんは?」
「帰った」
「ふーん、帰っ…、えっ、帰った…って?」
織は慌てて事務所の玄関へと飛び出す。結莉の姿はもうなかった。
(なんで…、いつも俺が送っていくのに、なんで俺に何も言わずに!)
結莉のことだ、きっと機嫌を損ねた自分に気をつかって黙って帰ったのだろう。家はすぐ隣だから大丈夫、と思うが、姿を確認できないと心配でいられなかった。
意を決して織は結莉の家のインターホンを押す。
「はい、どちら様ですか?」母親らしき声が応答する。
「あ、あのっ、隣の隠神探偵事務所の者ですが…、結莉さんはいらっしゃいますか?」
「あ~!隣の!はいはい、ちょっと待ってね。結莉ちゃーん、お客様よ!」
すぐに玄関の扉が開き、慌てた様子の結莉が顔を覗かせた。
「あ、結莉さん…。良かった、無事に…帰ってたんだな。わ、悪い!無事に帰ったかどうか確かめたくて、そ、それだけだから!」
じゃあ、と帰ろうとする織を「待って!」と結莉が呼び止める。
「お茶、飲んでいって。お願い…」
泣きそうな顔で懇願する彼女の頼みを断れるはずもなく、織は結莉の家にあがることにした。
「お、お邪魔します…」
彼女は織を二階の自室に案内すると、飲み物を持ってくるからと下の階に降りていった。女性の部屋に入るのが初めての織はひどく緊張していた。結莉の部屋はとても綺麗に整頓されていてすっきりしている。
あまり部屋をジロジロ見ないように織が俯いていると、彼女が部屋に戻ってきた。あたたかい緑茶の入ったカップが差し出される。「どうぞ」「あ、ありがと…」彼女の方に視線を向けると、彼女は今にも溢れそうな涙をいっぱいにためた潤んだ瞳でこちらを見つめていた。織はそんな結莉の様子にどうしてよいかわからず、ただおろおろとするばかりだった。
「結莉さん?えーっと、なんだ、その、な、泣くなって」なんとか彼女を宥めようと声をかけると、彼女はぼろぼろと涙をこぼし始めた。
「ごめ…なさ…」
「な、なんで結莉さんが謝るんだよ!泣くなって。俺が悪かったから!」
「ごめん、なさい。わたし、織くんを怒らせてしまったから」
「ち、違うって!あれは、俺が、俺が、夏羽に…その…八つ当たりしたからで、結莉さんが俺を注意したのは当然なんだって。だから結莉さんは何も悪くないから、だから、その、泣くな」
「お、怒ってない?嫌いになってない?」
「怒ってないし、結莉さんのこと嫌いになったりしない。むしろ、好…な、なんでもない!」
織の返答に安堵したのか少しずつ落ち着きを取り戻し泣き止む結莉。
「よ、よかった…。わたし、嫌われてしまったのかと…」
「俺が結莉さんのこと、嫌いになるわけないだろ」
「うん…」
彼女が落ち着いたところで、織は立ち上がる。
「じゃあ、俺、そろそろ帰るから。…また!」
「うん、…また、ね。おやすみなさい。」
「…おやすみ」
織は結莉の両親に挨拶してから、彼女の家をあとにした。
隠神探偵事務所に戻ると織に気づいた晶が声をかけてくる。
「あ、織!遅かったじゃん。何してたの~?」
「別に何でも良いだろ」
晶に詮索されると面倒だと思い、織はぶっきらぼうに答えてそそくさと自室に戻る。
(…結莉さんが泣くところ、初めて見たな…)
ベッドに横になり物思いにふける。
彼女の泣き顔が脳裏によぎり、胸がきゅっと締め付けられたように苦しくなった。
もう、泣かせたくない。
それでももしまた彼女が泣いてしまうことがあったら。
必ず俺が彼女の涙を拭ってやろう。
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