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第3怪 レディ・ルナティックご乱心 ―八尺様―

「……ここ、勝手に使って大丈夫なのか?」
「うん。たぶんシャオの知り合いの隠れ家だから」

 時刻はいわゆる真夜中。私とヒノリのふたりは、道路を挟んだアンブローズ探偵局の向かい側――玄関のない3階建てのベランダにいる。もちろん、八尺様の動向を見張るためだ。
 なぜか、探偵局の事務所に置かれたクローゼットからここに出られるようになっている。もしものことを考えて、エムリスが避難経路として繋いだんだろうけれど。

「ここの家主、人に会う気も呼ぶ気もないよな。玄関がないとかそんなことあるのか」
「研究に専念したいんじゃない? エムリスもそんな傾向あるもん。3日ぐらい部屋から出てこなかった時もあったし」
「魔術師って変わり者しかいないのか」
「呪術師だって似たようなもんでしょ」
「……」

 ヒノリが押し黙ってしまったのは、「もしかして自分も変わり者か?」って哲学に入り始めたからだろうか。そもそも“普通”の基準がズレてる私は、誰が変わっていて誰が変わってないかなんて決めようとも思わないので、ヒノリへの言葉は控えた。
 ベランダの柵から真下をそっと見下ろすと、八尺様(仮)はあいかわらず探偵局の方を見つめて微動だにしなかった。私とヒノリが見下ろしてることに気付いていないのか、はなから眼中にないのか……わからない。

「ヒノリちゃんの言う通りだ、」

 本当に怪異って感じがしない。祓い屋としての勘じゃなくて、怪異に憑き纏われることが多い者としての勘だ。って、カッコよさげに言ってみたけど虚しくなってきたな。自分じゃない別の誰かをじっと狙う怪異って、なんだか新鮮だ。グレンには悪いけど。

「だからと言って、生きてる感じもしないよな?」
「うん……」

 ヤシャが指摘した巨人症の清楚系――生きた人間という可能性も絶対にありえない。怪異でもない、生きたモノでもない。それなら、

「魔術で造られたパターンかも」

 はるか昔から、人造生物ゴーレムを生み出す魔術が伝えられている。この八尺様がなにを材料にして造られたかまではわからないけど、これが怪異でも人間でもないなら――魔術しか答えはないだろう。

「魔術でここまでデカいヤツを造れるのか?」
「魔力と素材さえあればね。でも、このニセ八尺様にグレンが魅入られてることは間違いないと思う」
「そうだよな。下手すりゃ死ぬ」
「うん。グレンが取り殺される」

 セト先生の助手を務めている以上、ヒノリも魔術師と対峙することはままあるからすぐに合点がいったようだ。

「誰がなんのために八尺様を魔術で作ったんだ? 限りなく怪異に近いようにするのは難しいだろ」
「それ聞いちゃう? 魔術師変わり者の思考回路が一般人のあたしにわかると思う?」
「アシュのどこが一般人なんだ。お前が一番変わってるだろ」
「ほあー⁈ どこが⁈」
「マクスウェルさんの娘って時点で普通とは無縁だぞ。残念だったな」
「娘じゃないし! ただの上司兼下宿先の大家だし!」

 これだけギャーギャー騒いでも、八尺様は私たちを気にする素振りも見せない。女には全然興味がないのか? まあ、魔術で造られたのが本当だとすれば、姦しい会話への対処法までは書き込まれてない可能性もあるか……。

「――さっきはあえて聞かなかったんだが。八尺様はなぜ男しか狙わないんだ?」

 徐にヒノリが訊ねてきた。怖いものは嫌いって言うけど、興味はあるらしい。きっと、いままでも気になって覗いて、「見なきゃよかった」って後悔したこともあるタイプだよね?

「八尺様にはビビらねえよ。目の当たりにしたし」
「ヒノリちゃんの怖い基準ってなんなの? お祓い中はどんな化け物が来ても全然怖がらないよね」
「上手く言えないんだが、私が怖いと思うのは人の作った存在不確定な奴が多いかな。自分の目で見たら、怖いとかはもうなくなる」
「目に見えないからこそ怖いってこと?」
「それが近いかな。私の目に見えたってことは破魔矢を打ち込めるってことだから、ビビる必要ないだろ」

 あ、祓えるから怖くないってなるの……。物騒な幼馴染だなー。

「八尺様が男しか取り殺さない理由は、あくまでもあたしの考察として聞いてね。山の神様の成れの果てだからじゃないかなーって思うんだ」

 日本の山の神様は女神が多い。しかも、かなり嫉妬深いという。

「……八尺様は、婿取りみたいな感覚で男だけを取り殺すってか?」

 ヒノリが苦笑いする気持ちはわからなくもない。私だって、自分で考えておいてなんだけど、苦笑いするしかないもん。

「もしかしたら、昔から生贄選びむことりが風習としてあった地域の神様だったのかも。十数年に1回って頻度で取り殺したみたいだし、ひとりが犠牲になるたびに地元になんかイイことがあったんじゃない? 豊作になるとかそういうのか。
 ところが、時代が進むにつれて、だんだんと神様の力に頼らなくても生活が安定するようになったから急に疎ましくなって、魅入られた場合の対処方法もできたんじゃないか――」
「考察厨、そろそろその辺にしとけ」

 ヒノリさん、途中から私の考察全然聞いてなかったよね? 私ちゃんと気づいてたからね⁈

「八尺様が動いた」
「え⁈」

 本当だ! 八尺様がよろよろとアンブローズ探偵局に向かって歩き出している。
 ――あれ?

「なんか……大きくなってない?」
「だよな? 私の目の錯覚とかじゃないよな?」
「うん。探偵局の大きさが240cmな訳なくない??」

 一歩ずつ歩き出すごとに、八尺様が大きくなっているのは、決して私の見間違いじゃなかった。
 探偵局を目の前にピタリと足を止めた時、彼女は2階建ての建物に並ぶ長身に成長していた。文字どおりの巨人だ。

「あ、」

 八尺様の細長い指が、2階の窓――グレンが待機している私の部屋の窓を叩いた。そして、


「怖いなら出てきてもいいんだぞ」


 シャオの声で言葉を紡いだ。

「――なあ、見張り隊。シャオの声すんだけど」

 実は電話を繋いでいた私のスマホからヤシャが訊ねてきた。ずっと黙りだったから寝ちゃったのかと思っていたよ。ちゃんと起きていたらしい。

「これがウワサの八尺様の声真似か? 上手いな」

 魅入られた人間が助かる方法は、迎えに来た八尺様の声に応じずにやり過ごし、八尺様の区域から脱出すること。八尺様は魅入った相手を油断させるために、近しい誰かの声真似をして誘き出そうとするという。よりによってシャオを選んだとはね? しかも、外にいる私とヒノリはまだしも中にいたヤシャにさえ見破られたという……。さすがはアンブローズ探偵局、怪異泣かせもいいところだ。

「本当のシャオだったら、さり気なく電話してきて『実況しろ』って言うはずだけど」
「ああ、解釈一致」
「さすがは娘」
「誰が⁈ 誰が誰の娘だって⁈」

 心外です! あんな親はごめんだっての! 今回このネタばっかりだな⁈

「怖かったら電話で実況しろ」

「おいグレン、いまの聞いたか? ニセ尺様、言い直したぞ」
「もう自分がニセモノだって認めたようなもんだね」
「少しは警戒しろ、お前ら。私たちの会話を聞いてるってことだぞ?」

 ヒノリの言うとおりだ。見張り隊の私たちの声と室内の声、どちらを聞いていたのかはわからないけど……。

「まあいい。聞いてるなら勝手に聞いてろ。――祓うぞ」
「いけるか?」
「魔術で造られたニセモノなら、私とヤシャだけで十分祓えるぜ」
触媒体質あたしもいるしね!」

 実際、私の触媒体質なんかなくても、ヒノリは優秀な祓い屋だし、ヤシャの邪眼もめちゃくちゃ強いんだけどね。

「アシュの触媒体質って、八尺様も強化されるんじゃない?」
「「……」」

 グレンってばなんてことを言うんだ。たしかにそのとおりなんだけど! 触媒体質はブーストする対象を選べないんだけど! ヒノリとヤシャの無言が痛い。

「こ、こちとら祓い屋が見習い含めてふたりもいるからね! 倍だから大丈夫だって……!」

 私の存在意義よ……。本当に、なんでこんな体質を持っちゃったんだろう。せめて誰をブーストするかどうかを選別できたらよかったのに。

「そう暗くなるなよ。アシュの触媒体質の恩恵に一番あやかれるのは、隣にいる私だろ? なんの問題もねーよ」
「ヒノリちゃん好き‼︎」
「はいはい」

 そんなこと言われちゃったら惚れてまうやないかぁーっ‼︎
 私がきゅんとしている横で、ヒノリは愛用の破魔弓にえびらから取り出した破魔矢を番え、迷わずに矢を放った。狙いは八尺様の右肩――命中!

  ギッ?

 八尺様から声が漏れた。嘘だぁ……『ぽぽぽ』じゃないなんて。造った魔術師、本物に似せるつもりがなかったのか?
 私が考えを巡らせているあいだにも、ヒノリはすかさず2本目を放つ。今度は真っ白な背中を狙って――またも命中! 
 
 ギィィッ

「的がデカくて助かるぜ」

 冷静に3本目を構えるヒノリ、めちゃくちゃカッコいい。
 八尺様がようやく私たちを振り返った。ギロリと睨んでくる真っ赤な目はまるで私の目みたいだ。この目、母親の家系の女しか受け継げないものだから同じ訳がないのにね。……コイツを作った魔術師、ひょっとして私を知っていたりする?
 ヒノリがすかさず3本目の破魔矢を放った。だが、私たちを捉えた八尺様は、大きな手を振り上げて矢を落とそうとする――

「【風又三《かぜまたざ》】」

 ヒノリが呪を唱えたと同時に3本目の矢が八尺様に叩き落とされた――かと思いきや、手が矢に触れた瞬間、鎌鼬が皮膚を裂く。

  ギィヤッ⁈

 ヒノリの破魔矢術、本数によって威力や効果が変わるから見てて面白いんだよね。ちなみに、いまのは風神・風の又三郎にちなんで、矢3本で鎌鼬を起こす初歩中の初歩だけど、威力は強め。
 この人、祓う気満々だ。

「ヒノだけでいけそうか?」

 すかさず4本目を番えたヒノリの横、スマホからヤシャが訊ねてきた。

「念には念だよ。ヒノリちゃんの破魔矢、そもそも怪異に刺さらなかったら意味ないし、矢にも限りがあるんだから」
「じゃあ、フォーメーションB決行か」
「AもBもCもないし、XYZも言わせないからね?」
「そこでシティーハ●ターは無理があるだろ」
「……ふたりとも、ネタに走ってないで準備しようよ」
「「うっす」」

 グレンに冷静なトーンで諭され、ヤシャも準備を始めたらしい。俄かに電話の向こうが慌ただしくなった。八尺様が会話を聞いている以上、私たちも迂闊に喋ることはできない。

「デカい割に器用だな⁉︎」

 私がヤシャと話しているあいだにもヒノリは何発も破魔矢を打っていたが、呆気なく八尺様に叩き落とされたり躱されたり……。【風又三】の鎌鼬で傷を負わせるのがやっとという状況に一変していた。
 だが、これも想定済みだ。

「ヒノリちゃん。あといくつ傷があればいい?」
「4つ!」
「了解――」

 ……しまった。私の愛刀、部屋に忘れてきてるじゃん! 
 まあ、なんとかなるか。

「ヤシャ?」
「いつでもいけるぞ」
「オッケー! カウントするよ。3、2、1、」

 ゼロを合図に、私の部屋の窓がパーンと勢いよく開いた。その音を八尺様が聞き逃さないはずがなく、ぐるりと振り向いた。きっと、魅入ったグレンが窓を開けてくれたと思ったんだろう――。

「よぉ、八尺様。【動くなよ】」

 ヤシャの左目が、赤にも緑にも青にも煌めき、邪眼が発動した。

  ギヒャアァァ⁈

 身体が硬直し始めた八尺様が、苦しそうに呻いた。あいかわらず邪眼の効果は素晴らしいね。絶対に当てられたくないやって常々思う。

「グレン!」

 私の声を合図にヤシャがしゃがみ、代わりに姿を見せたグレンが鋭い光を放つ左手の平を、八尺様に向かって伸ばす――

  閃ッ‼︎

 鋭い銀色の光が、八尺様にまっすぐ放たれた。

  ガッ オゴォォォォ

 突然の攻撃に、上半身をくねらせて苦しむ八尺様。喉奥に深々と突き刺さった槍は、さぞかし痛いだろう。
 「キャロルが持ってる槍はとんでもない破邪の力が籠っているから、八尺様にも効くはずだ」ってヒノリが憶測したんだが、予想以上じゃない? やっぱりぶちかまして正解だったね。
 槍を打ち込む作戦はいいとして、問題だったのは、グレンが自分の目で標的を見ないと槍を放てないことだった。そこで、ヤシャの邪眼の出番という訳だ。邪眼で八尺様の呪いを一時的に無効化して拘束したその隙に、グレンが破邪の槍を放つ――至ってシンプルな作戦だった。だからこそ、成功したんだろう。
 ちなみに、グレンの槍、いつのまにか左手から召喚できるようになってたらしいよ。どういう理屈だろうね?
 さて、今度は私の出番だ。≪災禍≫に来てもらおうか。何気に初お披露目だね、私の召喚魔法!

「――老白より生まれし災禍は、影を纏う闊歩の怪猫。【駆けろ、キャス・パ・リーグ】」

 私の部屋で、刀がひとりでに浮き上がったのが見えた。そして、刀はまるで意志を持ったかのように八尺様に向かって飛び、目にも止まらぬ速さで巨躯に3つの刀傷を刻みつけた!

  ンギィィィィィ

「武器はちゃんと持ち歩けやァ、お嬢」

 愛刀は、黒い風と一緒に舞い降りた。
 この低音の声の主は、ユニコーンよろしくツノが生えた巨躯の黒豹――怪猫キャス・パ・リーグだ。アーサー王伝説にも語られた、暴風を呼び嵐を巻き起こす災禍の怪猫。
 いや、豹じゃんかって? ネコ科だから別に間違いじゃないでしょ。

「うん。ありがとう、ネーベル」

 とりあえず喉の下を撫でた。彼とは、「ネーベル」という名前をつけて、契約を紡いでいる。小言も多いけど、困ったときには絶対に助けてくれるんだ――。

「ナイスアシスト!」

 ヒノリが不敵な笑みを浮かべ、最後の破魔矢を番える。準備は整った。これが最後の破魔矢だ。

「魔を祓え、【七曜星】」

 七曜星とは、すなわち北斗七星。祈りを捧げると災厄を退けて穏やかに生きられる、いう信仰がある。ヒノリが私たちの攻撃を含めて7本目として放った矢は、その信仰にあやかった正真正銘の破魔矢なのだ。
 眉間に突き刺さったそれに、八尺様は地面を震わせるばかりの叫声を上げた。
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