第2怪 降りた幽霊、上から来るか? 横から来るか? ―降霊術ゲームー
「俺がここで喫煙するのを黙認する代わり、君たちは俺の前で降霊術を続ける。ある意味ではお互い第三者に告げ口がしづらいな。取引としては成立するだろう?」
「たしかに成立しますけど。あたしたちまだ誰も『わかりました』って言ってないのに、なんでもう吸ってるんですか」
なぜ吸い始めた。火災探知機が鳴ったらどうしてくれるんだ。
「喫煙者ひとりの煙だったら鳴らないって、誰かから聞いたよ」
あ、そうなの……。グレン、たまに変なところで博識発揮するね。今回は警察官のお兄ちゃんの入れ知恵かな?
「先生、もしかして常習犯?」
「一応窓を開けて誤魔化したこともあるとだけは言っておこう」
「聞かなかった! 聞かなかったから! いいですね⁈」
叩けば埃が出て来そうで怖い。別の意味で怖い!
「アシュ、もういいだろ。さっさと次の降霊術やろうぜ」
「ああ、さすがに【ミッドナイト・ゲーム】は止めるぞ」
「キンバリー先生、よくそれ知ってますね⁈ 一番やっちゃいけない奴ですけど」
それを知ってるなんて、先生本人もなかなか極めている可能性ない? あのオカルトヲタクのシャオでさえ「それだけはごめん」って言うぐらいにはヤバい奴だぞ。失敗した時のリスクが高すぎるし、【こっくりさん】と違って知りたい答えを教えてくれるものじゃないから。そもそも【ミッドナイト・ゲーム】を降霊術に分類していいのかな。異教徒を懲らしめるのが目的じゃなかったっけ?
「なんかないの? 複数でやれる奴」
グレンのこの言葉だけ聞くと、なにか楽しいゲームを強請る子供みたいで微笑ましいが、私たちが実際にやっているのはプレイ非推奨の降霊ゲームだからな? そこのところちゃんとわかってるのかな??
「実はね、キンバリー先生が来てくれたからこそできる奴があるんだわ」
きっと、この時の私は不敵な笑みを浮かべていたと思う。なにを隠そう、4人でやらなければいけない降霊術があるのだ。
「【チャーリー・ゲーム】するけど、覚悟はいい?」
「なにそれ?」
「誰?」
グレンとヤシャは知らないらしい。
「よりによってそれを持ってきたか」
お、キンバリー先生は知ってるっぽい。でも、止める気はない、と。
このチャーリー・ゲーム自体は比較的最近生まれたもの。ある映画の宣伝のために意図的に拡散されたという話が有名だ。「チャーリー」という悪魔を呼び出す呪術だが、なかなかにいわくつきっぽい。某学校でプレイした直後に参加者のひとりが錯乱して暴れ回り、その光景を見た不特定多数の生徒たちが次々とパニックに陥ったとか。悪魔祓いにまで発展した地域もあるとか(魔導省勤務の公務員魔術師の情報提供あり)。
「『チャーリー』って誰?」
「アステカ神話のテスカトリポカ」
「テストカポカリカのどっかにチャーリーの要素あったか?」
「テスカトリポカね。スペイン語で“チャーリー”って呼ぶらしいよ。知らんけど」
つまり、チャーリー・ゲームは、アステカ神話の神様を召喚する降霊術なのだ……?
「ほんとに神様を呼べんのかよ?」
「まさか。『ヤバい』ってイメージが伝わりやすいから、アステカ神話を強引に引用しただけだと思うよ。ちゃんとしたお供え物がない上に、正式な手順も踏まないやり方で古の神様が降臨 る訳ないじゃん」
「でも、アシュはそれをやりたいんだ?」
「だって4人でやらないといけないんだよ? いま好都合じゃん。ついでに、本当にテスカトリポカが来るか実証したれ!」
「いつになく楽しそうだな、ミス・ハイデルバッハ」
誘霊灯 というものがありながらこっくりさんが空振りに終わったの、本当は悔しいんだからな⁈
「そもそも、なぜ降霊術をやろうとしている? 理由ぐらいは聞いてもいいだろう」
「初めて学校で見た幽霊に、なにがしたくてここにいるのかを聞きたいだけですよ。迷い込んだだけならお帰りいただきたいですし」
「新参者がわかるのか? さすがだな」
「は? どういう意味?」
「グレンには見えてねーのか。この学校、めちゃくちゃ幽霊多いからな?」
いまので確信した。キンバリー先生は“見える”人で、グレンにはこの学校に棲む幽霊がひとりも見えていないことを。全部認識 てしまう私と違って、グレンは自分に無害なものはあえて認識 えないようになってるんだね……。
「知らなかった。幽霊いるんだ」
「おう。ここの七不思議もほとんど本物だったしな」
「七不思議もあるの?」
「噂には聞いていたが。まさか検証したのか、ミスター?」
「嬉々として語ってくるOBが近くにいたんで、入学してすぐにアシュと検証したぞ。ちなみに、そのOBはシャオだ」
「そうなの⁈」
そうなんです、七不思議が実しやかに語られるほど、この学校もなかなかいわくつきなんですよ。
自慢じゃないけど、私はほとんどの幽霊と顔見知りだ。あくまでも自分の身を守るために関係を築いただけ。友好的な人たちでよかったよ……。
そんな状況だからこそ、すぐにわかったんだ。ああ、この幽霊は見たことないなって。ただ、あのときは一瞬しか見えなかったから、放置していいのかまずいのかさえわからくて。顔見知りの幽霊たちも「そんな子は知らない」って言うし。
私の見間違いか、ホンモノか。いいモノなのか、悪いモノなのか。それを知るために、私はあえて降霊術という手段を取ったんだ。コンタクトしてくれるかも、という淡い希望を持って。
「そういうことか」
私の動機を聞いたキンバリー先生はうなずいただけだった。こんなにあっさり引かれると逆に不安だ……。
「用意するものは?」
「十字に区切った4つの枠にそれぞれ『Yes』と『No』を書いた紙と、十字に組み合わせる2本の鉛筆」
「言ってくれりゃあ持ってきたのに」
「シャーペンなら1本あるけど」
出てきたのは、グレンのブレザーのポケットに入っていたシャープペンシルのみ。
それもそのはず。私たちは筆記用具をロッカーに置いてきたし、キンバリー先生に至ってはタバコ休憩で外に行くつもりだったから、シャーペンすら持っているはずがない。詰んだな!
「アシュ。キャラメル4つ寄越せ。どうせ持って歩いてんだろ」
「包み紙を使おうって?」
「わかったならさっさとくれ」
「このために持ってるんじゃないんだけど」
ヤシャに渋々3つをあげて、最後のひとつは私が頬張った。キャラメルがちょうど無くなったのは偶然……?
「こっくりさんの紙は再利用できないのか?」
「無理ですね。使った後はお焚き上げしないとダメなので」
「――こっくりさんといえば、オレたち、『お帰り下さい』してないけど大丈夫?」
そういえばそうだった。いや、終わってから何分経ってるよ?
「失敗だったからノーカンでいいだろ。ナニも来てなかったし」
「うん。まあね……」
「なぜ俺を見る、ミス・ハイデルバッハ?」
「いや……。なんでもないです」
別にキンバリー先生を見たわけじゃないんだが……。
綺麗に折り目を伸ばしたキャラメルの包み紙に、グレンが「Yes」と「No」を書いていく。
「先生、煙草2本くれ」
「未成年の喫煙はさすがに止めるぞ、ミスター」
「一生吸うつもりねーよ。十字に組み合わせるなら先生の煙草でもいいだろ」
「なるほど。考えたな」
ヤシャってたまに冴えてるよね。キャラメルを渋った私と違って、キンバリー先生は気前よくくれた。良い人すぎない?
4枚の包み紙の中央に煙草を十字に置いて、さあ完成――! 形だけは立派だ。形だけは。
キャラメルの包み紙と煙草に幽霊が応じてくれるのかな⁈ 今回も空振りで終わりそうな予感……。
「Charley,Charley,are you here?」
呼び出しが成功すれば、十字に組んだ煙草の上の方が「Yes」に動く。仮に「No」に動いてもホラーだけど。人の吐いた息で鉛筆が動くだけなんじゃないの、って否定的に捉えてたんだが……。私たちのいまの距離からして、煙草に息がかかるのは無理そうだ。
そもそもなんでこんなに手軽なんだ? 【こっくりさん】も【ミッドナイト・ゲーム】も、注意事項や準備物がしっかりしているのに。本当に映画の宣伝で仕組まれたゲームなのか? 「みんな騙されちゃって笑」みたいな愉快犯による悪質な悪戯って可能性もあるのかな。だが、本当はなにもないのだとしたら、なんで外国で集団ヒステリー事件や、悪魔祓いにまで発展したんだ? 参加者の後ろめたさ? 本当は、「チャーリー」って名前の悪魔がこちらの世界に来たいがために拡散させた、本当にヤバい降霊術だったりするんじゃ……?
「……反応しないな」
私の脳裏に過ぎった不安を他所に、煙草は全然動かなかった。
「Charley,Charley,are you here?」
本当は4人で呼びかけないとダメなんだが、ルールを破って私だけが呼びかけてみた。
だが、煙草は動かない。
「Charley,Charley,are you here?」
目が合った瞬間、促されていると思ったみたいで、キンバリー先生が問いかけてくれた。それでも煙草は動かず。
先生が聞いても答えないんだ……?
「こっちも失敗か」
「キャラメルの紙と煙草じゃあいやなのかな」
グレンは興味が尽きたようで、私たちに断りもいれずに煙草を解体してしまった。
「タヌキもテスリトカカポも応答なしなんてツイてねーな」
「テスカトリポカね。覚える気ないでしょ、ヤシャ」
ちらりとキンバリー先生のほうを見る。あ、恥ずかしそうに目を逸らされた。この反応は……悪いモノじゃない? グレンが見えてないなら無害か?
「チャーリー・ゲームの紙もお焚き上げしたほうがいい?」
「それぐらいなら煙草のついでに燃やしておくぞ。タヌキを呼べる紙は、君たちで処分してくれ」
キンバリー先生、そんなにタヌキに会いたかったのか。ナニも呼べなかったの、逆に悪い気がしてきた。
「アシュ。まとめ」
「えーと……。肩が凝るとか重いとか、なにか感じる人はいます?」
「俺はなんともない。超元気」
「別に体調不良はないよ」
「俺も、なにも変わらないな」
「本当ですか、キンバリー先生?」
「まだ若いつもりだぞ? 君たちと一回りは違うが」
「いや……。なにもないならいいです」
†
「アシュ。なんで、やたらゼン先生のこと見てたの?」
お開きになった帰り道、グレンが徐に尋ねてきた。お、意外と見てたんだね?
「お前、まさか先生が好きなタイプか」
「え? カッコいいとは思うけどタイプではないよ」
「逆にどういう人が好きなの?」
「スティーブ・ロジャース?」
「誰その人」
「キャプテン」
俳優さんも好きだけどね! ここでセト先生って言わないのはちょっとした意地だ。
「ゲームに乗ってくれるかなーと思って見てただけだよ」
「意外とノリノリだったよな」
「え? ノリ悪かったじゃん。いや、この場合は恥ずかしがり屋?」
「先生のどこに恥ずかしがり屋の要素あったよ?」
「なんでいまキンバリー先生が出てくるの?」
「……ふたりとも、主語ズレてない?」
グレンに言われてやっと気づいた。私とヤシャ、それぞれ違う人のことを言っているなって。っていうか、ヤシャも見えてなかったのか。
「アシュは誰のこと話してたの? よくわかんないよ。ゼン先生しかいなかったのに」
「いや、いたよ。キンバリー先生の後ろに、今朝見た幽霊がずっと立ってた」
キンバリー先生が来たのは、偶然じゃないかったのかもしれない。
「たしかに成立しますけど。あたしたちまだ誰も『わかりました』って言ってないのに、なんでもう吸ってるんですか」
なぜ吸い始めた。火災探知機が鳴ったらどうしてくれるんだ。
「喫煙者ひとりの煙だったら鳴らないって、誰かから聞いたよ」
あ、そうなの……。グレン、たまに変なところで博識発揮するね。今回は警察官のお兄ちゃんの入れ知恵かな?
「先生、もしかして常習犯?」
「一応窓を開けて誤魔化したこともあるとだけは言っておこう」
「聞かなかった! 聞かなかったから! いいですね⁈」
叩けば埃が出て来そうで怖い。別の意味で怖い!
「アシュ、もういいだろ。さっさと次の降霊術やろうぜ」
「ああ、さすがに【ミッドナイト・ゲーム】は止めるぞ」
「キンバリー先生、よくそれ知ってますね⁈ 一番やっちゃいけない奴ですけど」
それを知ってるなんて、先生本人もなかなか極めている可能性ない? あのオカルトヲタクのシャオでさえ「それだけはごめん」って言うぐらいにはヤバい奴だぞ。失敗した時のリスクが高すぎるし、【こっくりさん】と違って知りたい答えを教えてくれるものじゃないから。そもそも【ミッドナイト・ゲーム】を降霊術に分類していいのかな。異教徒を懲らしめるのが目的じゃなかったっけ?
「なんかないの? 複数でやれる奴」
グレンのこの言葉だけ聞くと、なにか楽しいゲームを強請る子供みたいで微笑ましいが、私たちが実際にやっているのはプレイ非推奨の降霊ゲームだからな? そこのところちゃんとわかってるのかな??
「実はね、キンバリー先生が来てくれたからこそできる奴があるんだわ」
きっと、この時の私は不敵な笑みを浮かべていたと思う。なにを隠そう、4人でやらなければいけない降霊術があるのだ。
「【チャーリー・ゲーム】するけど、覚悟はいい?」
「なにそれ?」
「誰?」
グレンとヤシャは知らないらしい。
「よりによってそれを持ってきたか」
お、キンバリー先生は知ってるっぽい。でも、止める気はない、と。
このチャーリー・ゲーム自体は比較的最近生まれたもの。ある映画の宣伝のために意図的に拡散されたという話が有名だ。「チャーリー」という悪魔を呼び出す呪術だが、なかなかにいわくつきっぽい。某学校でプレイした直後に参加者のひとりが錯乱して暴れ回り、その光景を見た不特定多数の生徒たちが次々とパニックに陥ったとか。悪魔祓いにまで発展した地域もあるとか(魔導省勤務の公務員魔術師の情報提供あり)。
「『チャーリー』って誰?」
「アステカ神話のテスカトリポカ」
「テストカポカリカのどっかにチャーリーの要素あったか?」
「テスカトリポカね。スペイン語で“チャーリー”って呼ぶらしいよ。知らんけど」
つまり、チャーリー・ゲームは、アステカ神話の神様を召喚する降霊術なのだ……?
「ほんとに神様を呼べんのかよ?」
「まさか。『ヤバい』ってイメージが伝わりやすいから、アステカ神話を強引に引用しただけだと思うよ。ちゃんとしたお供え物がない上に、正式な手順も踏まないやり方で古の神様が
「でも、アシュはそれをやりたいんだ?」
「だって4人でやらないといけないんだよ? いま好都合じゃん。ついでに、本当にテスカトリポカが来るか実証したれ!」
「いつになく楽しそうだな、ミス・ハイデルバッハ」
「そもそも、なぜ降霊術をやろうとしている? 理由ぐらいは聞いてもいいだろう」
「初めて学校で見た幽霊に、なにがしたくてここにいるのかを聞きたいだけですよ。迷い込んだだけならお帰りいただきたいですし」
「新参者がわかるのか? さすがだな」
「は? どういう意味?」
「グレンには見えてねーのか。この学校、めちゃくちゃ幽霊多いからな?」
いまので確信した。キンバリー先生は“見える”人で、グレンにはこの学校に棲む幽霊がひとりも見えていないことを。全部
「知らなかった。幽霊いるんだ」
「おう。ここの七不思議もほとんど本物だったしな」
「七不思議もあるの?」
「噂には聞いていたが。まさか検証したのか、ミスター?」
「嬉々として語ってくるOBが近くにいたんで、入学してすぐにアシュと検証したぞ。ちなみに、そのOBはシャオだ」
「そうなの⁈」
そうなんです、七不思議が実しやかに語られるほど、この学校もなかなかいわくつきなんですよ。
自慢じゃないけど、私はほとんどの幽霊と顔見知りだ。あくまでも自分の身を守るために関係を築いただけ。友好的な人たちでよかったよ……。
そんな状況だからこそ、すぐにわかったんだ。ああ、この幽霊は見たことないなって。ただ、あのときは一瞬しか見えなかったから、放置していいのかまずいのかさえわからくて。顔見知りの幽霊たちも「そんな子は知らない」って言うし。
私の見間違いか、ホンモノか。いいモノなのか、悪いモノなのか。それを知るために、私はあえて降霊術という手段を取ったんだ。コンタクトしてくれるかも、という淡い希望を持って。
「そういうことか」
私の動機を聞いたキンバリー先生はうなずいただけだった。こんなにあっさり引かれると逆に不安だ……。
「用意するものは?」
「十字に区切った4つの枠にそれぞれ『Yes』と『No』を書いた紙と、十字に組み合わせる2本の鉛筆」
「言ってくれりゃあ持ってきたのに」
「シャーペンなら1本あるけど」
出てきたのは、グレンのブレザーのポケットに入っていたシャープペンシルのみ。
それもそのはず。私たちは筆記用具をロッカーに置いてきたし、キンバリー先生に至ってはタバコ休憩で外に行くつもりだったから、シャーペンすら持っているはずがない。詰んだな!
「アシュ。キャラメル4つ寄越せ。どうせ持って歩いてんだろ」
「包み紙を使おうって?」
「わかったならさっさとくれ」
「このために持ってるんじゃないんだけど」
ヤシャに渋々3つをあげて、最後のひとつは私が頬張った。キャラメルがちょうど無くなったのは偶然……?
「こっくりさんの紙は再利用できないのか?」
「無理ですね。使った後はお焚き上げしないとダメなので」
「――こっくりさんといえば、オレたち、『お帰り下さい』してないけど大丈夫?」
そういえばそうだった。いや、終わってから何分経ってるよ?
「失敗だったからノーカンでいいだろ。ナニも来てなかったし」
「うん。まあね……」
「なぜ俺を見る、ミス・ハイデルバッハ?」
「いや……。なんでもないです」
別にキンバリー先生を見たわけじゃないんだが……。
綺麗に折り目を伸ばしたキャラメルの包み紙に、グレンが「Yes」と「No」を書いていく。
「先生、煙草2本くれ」
「未成年の喫煙はさすがに止めるぞ、ミスター」
「一生吸うつもりねーよ。十字に組み合わせるなら先生の煙草でもいいだろ」
「なるほど。考えたな」
ヤシャってたまに冴えてるよね。キャラメルを渋った私と違って、キンバリー先生は気前よくくれた。良い人すぎない?
4枚の包み紙の中央に煙草を十字に置いて、さあ完成――! 形だけは立派だ。形だけは。
キャラメルの包み紙と煙草に幽霊が応じてくれるのかな⁈ 今回も空振りで終わりそうな予感……。
「Charley,Charley,are you here?」
呼び出しが成功すれば、十字に組んだ煙草の上の方が「Yes」に動く。仮に「No」に動いてもホラーだけど。人の吐いた息で鉛筆が動くだけなんじゃないの、って否定的に捉えてたんだが……。私たちのいまの距離からして、煙草に息がかかるのは無理そうだ。
そもそもなんでこんなに手軽なんだ? 【こっくりさん】も【ミッドナイト・ゲーム】も、注意事項や準備物がしっかりしているのに。本当に映画の宣伝で仕組まれたゲームなのか? 「みんな騙されちゃって笑」みたいな愉快犯による悪質な悪戯って可能性もあるのかな。だが、本当はなにもないのだとしたら、なんで外国で集団ヒステリー事件や、悪魔祓いにまで発展したんだ? 参加者の後ろめたさ? 本当は、「チャーリー」って名前の悪魔がこちらの世界に来たいがために拡散させた、本当にヤバい降霊術だったりするんじゃ……?
「……反応しないな」
私の脳裏に過ぎった不安を他所に、煙草は全然動かなかった。
「Charley,Charley,are you here?」
本当は4人で呼びかけないとダメなんだが、ルールを破って私だけが呼びかけてみた。
だが、煙草は動かない。
「Charley,Charley,are you here?」
目が合った瞬間、促されていると思ったみたいで、キンバリー先生が問いかけてくれた。それでも煙草は動かず。
先生が聞いても答えないんだ……?
「こっちも失敗か」
「キャラメルの紙と煙草じゃあいやなのかな」
グレンは興味が尽きたようで、私たちに断りもいれずに煙草を解体してしまった。
「タヌキもテスリトカカポも応答なしなんてツイてねーな」
「テスカトリポカね。覚える気ないでしょ、ヤシャ」
ちらりとキンバリー先生のほうを見る。あ、恥ずかしそうに目を逸らされた。この反応は……悪いモノじゃない? グレンが見えてないなら無害か?
「チャーリー・ゲームの紙もお焚き上げしたほうがいい?」
「それぐらいなら煙草のついでに燃やしておくぞ。タヌキを呼べる紙は、君たちで処分してくれ」
キンバリー先生、そんなにタヌキに会いたかったのか。ナニも呼べなかったの、逆に悪い気がしてきた。
「アシュ。まとめ」
「えーと……。肩が凝るとか重いとか、なにか感じる人はいます?」
「俺はなんともない。超元気」
「別に体調不良はないよ」
「俺も、なにも変わらないな」
「本当ですか、キンバリー先生?」
「まだ若いつもりだぞ? 君たちと一回りは違うが」
「いや……。なにもないならいいです」
†
「アシュ。なんで、やたらゼン先生のこと見てたの?」
お開きになった帰り道、グレンが徐に尋ねてきた。お、意外と見てたんだね?
「お前、まさか先生が好きなタイプか」
「え? カッコいいとは思うけどタイプではないよ」
「逆にどういう人が好きなの?」
「スティーブ・ロジャース?」
「誰その人」
「キャプテン」
俳優さんも好きだけどね! ここでセト先生って言わないのはちょっとした意地だ。
「ゲームに乗ってくれるかなーと思って見てただけだよ」
「意外とノリノリだったよな」
「え? ノリ悪かったじゃん。いや、この場合は恥ずかしがり屋?」
「先生のどこに恥ずかしがり屋の要素あったよ?」
「なんでいまキンバリー先生が出てくるの?」
「……ふたりとも、主語ズレてない?」
グレンに言われてやっと気づいた。私とヤシャ、それぞれ違う人のことを言っているなって。っていうか、ヤシャも見えてなかったのか。
「アシュは誰のこと話してたの? よくわかんないよ。ゼン先生しかいなかったのに」
「いや、いたよ。キンバリー先生の後ろに、今朝見た幽霊がずっと立ってた」
キンバリー先生が来たのは、偶然じゃないかったのかもしれない。